20話 負け犬の誓い



 生徒会長――城峰日向とD組との異能戦当日。

 御影率いるD組勢は、体育館前にて一同に会していた。

「いよいよだな、ミカ」

 隣りで血気盛んに拳を打ち鳴らす虎助に、

「そうだね……」

 と御影は静かに首肯した。

 時刻は試合開始十五分前。扉が閉め切っているので中の様子は窺えないが、針で刺すようなピリピリとした空気が周囲に漂っていた。すでに日向が中にいて、今か今かと待ちわびているのだろう。まだ姿すら見せていないのに、足が竦むような殺気が否が応でも感じられた。

 緊張で肌がひりつく。右手の先に痺れを感じて、御影は空いた手で右手首を優しくさすった。

 それは他の人も同様で、各々髪をいじったり深呼吸を繰り返すなどして気持ちを落ち着かせていた。

「いやー、ついにこの日が来てしもうたなあ」

 感慨深げに、美々奈が体育館の正面扉を眺めて呟く。

「まさかあの学園最強と戦う日が来るなんて夢にも思うてなかったわ」

「なんだフネさん。ここにきて怖気付いちゃったか?」

「そらビビるもするわ。トラくんはええなあ。きっとこんな緊張感なんて、人目を忍んで女の子とズッコンバッコンするよりどうってことないんやろし」

「誤解を招くようなこと言うなよ! ごめん悪かった! 茶化すようなことを言って本当にごめん! だから今すぐ訂正してくれ!」

 軽口を叩き合う虎助と美々奈に、ドッと笑いが起きる。狙ってやったのかは分からないが、ちょうどいい清涼剤となってくれたようだ(一部の女子は違う意味で殺気立っていたが)。

「それにしてもアインさんが来てくれてほんまに良かったわ~。今日になるまでずっと心配してたんやで~?」

 そばに立っていたアインの手をぎゅっと握って、美々奈は破顔一笑する。今にも飛び上がらんばかりの喜び様だった。

「……ご心配をおかけしました」

 感極まったように繋いだ手を振る美々奈に、アインは申し訳ないといった風に目線を伏せて謝りを入れる。

「ええねんええねん。こうして来てくれただけでも十分やって。せやろみんな」



「おお! 元気そうでなによりだ!」

「私達、ずっと気にかかって仕方なかったのよね?」

「うん。でも思っていたより大丈夫そうで安心したわ」

「今日の活躍に期待してるよ!」

「オレと突き合って!」



 美々奈の一声に、クラスメイト達が一斉に賛同の声を上げる。かつてのアインの暴走など露ほども気にかけていない様子だった(約一名、変質者がいたが)。

「皆さん……ありがとうございます。それと遅くなってしまいましたが、B組の異能戦の際は本当にご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げるアインに、

「気にすんなよ!」

「そうよ! 戻ってきてくれただけですごく嬉しかったわ!」

 と続々と励ましの言葉が投げられた。

「ほらな。みんな喜んでるやろ?」

「はい……」

 温かい空気に包まれて、アインが嬉しそうに微笑を浮かべる。

「おっ。アインさんが笑うたで! ウチ初めて見た! 可愛ええわ~」

「あの、三船さん。あまりべったりくっ付かれるのは……」

「三船やのうて美々奈でええで。ウチもアイちゃんて呼ぶさかい」

「アイちゃんって……」

 無遠慮に密着する美々奈に、アインは困惑したように顔を引きつらせる。微笑ましい限りだ。

「御影、笑っていないで助けてほしいのですが……」

「ああごめん。なんだか可笑しくてさ」



『御影!? アイン!?』



 御影とアインのやり取りを見て、クラスメイト全員が揃って大声を上げた。

「なんなんなんなん!? いつの間にそない親密になったん! やっぱ昨日の件と関係してるん!?」

「いやー、関係しているというかなんというか……」

 美々奈の追求に、御影は露骨に目線を逸らして明言を避ける。

 正直めちゃくちゃ関係はあるのだが、さすがにこの間の顛末を洗いざらい話す気にはなれない。思い返すだけで羞恥に悶えそうなセリフばかり吐いているし。



「ヤダぁ~。二人の関係がすごく気になる~」

「くっそ御影め。自分だけ密かに抜けがけしやがって……!」

「もげろ。もげろ。もげろ」

「オレこの戦いが終わったら、豚カツをヤケ食いするんだ……」



 妄想逞しく邪推し始めるクラスメイト達。色めき立つ女子とは反面、男子のほとんどは怨嗟に満ちていた。このクラス終わってる。

「おいおいみんな。いくらなんでもリラックスし過ぎじゃねぇか?」

 見兼ねた虎助が、呆れた口調でざわつくクラスメイト達を諌める。

「いい加減開けちまうぞー? 生徒会長も待ってるだろうしな」

「あ、ごめんトラ。うん、お願いしていいかな?」

 扉のふちに手をかける虎助に、御影はGOサインを出す。時間も差し迫っているし、そろそろ入らないと棄権となるかもしれない。

「うし。じゃあ開けるぞ」

 虎助の一声に、みんなが一斉に扉へと注目する。

 そうして、ゆっくりと扉が開け放たれて――――



「やあ。D組諸君」



 瞬間。

 凄まじい威圧感が、意気揚々と足を踏み入れようとしたD組を阻むように襲いかかった。

 それまでの陽気な雰囲気が一気に消し飛ぶ。とてもじゃないがこんな強大な存在を前に、だれも彼も平然といられるはずもなかった

 生徒会長にして学園最強。

 だれもがその威容に畏怖してひれ伏す少女。



 城峰日向――!!



「ずいぶんと盛り上がっていたみたいじゃないか。外から漏れ聞こえていたぞ」

 日向は。

 体育館の中央で皆に向けていた背を悠然と翻し、ゾッとするような壮絶な笑みを覗かせた。

 D組全員がその圧倒的な剣気に呑まれて言葉を失っていた。

 二の足を踏み出せずにいた。

「ん? どうした? そんなところに留まっていないで、こちらに来たどうだ」

「……行こう、みんな」

 嘆息を吐きつつ、御影はみんなを伴って足を踏み入れる。

 どこからか息を呑む音が聞こえる。響く足音の波がどこか空々しく思える。ピリピリと刺すような空気が、否応なく肌を粟立てる。

 そして日向の前まで歩み寄り、正面に対峙する。

「ほう。これはこれは……」

 と、日向はD組生徒の手に着目し、興味深げに頷きを繰り返した。

 

 みんなの両手には、どこにでも売られている軍手がはめられていたのである。

 決して寒かったとかそういったわけでは決してない――むしろ今日は温かいぐらいだ――とある作戦の一環として、こうしてみんなに軍手をはめてもらっているのだ。

「なるほど。その軍手は文様対策だな? そういえば、B組から二つばかり能力をコピーしていたのだったか。はてさて一体だれが能力をコピーしたのか、取ってもらわない限りは判断が付かんなあ」

「……………………」

 舐め回すように御影らを観察する日向に、一同は口を閉ざして警戒する。

 日向の推理は当たっていた。能力をコピーする際、どうしても手首に文様が浮かび出て目立ってしまうため、こうしてだれがコピー能力者かわからないよう隠しているのだ。

「ふふ、そこまで臆することもなかろうに。皆、面白いほど表情が固いぞ?」

 そう微笑を零しつつ、日向は胸の前で組み、思わず見惚れんばかりの姿勢の良さで言の葉を紡ぐ。

「とりわけ、委員長リーダーであるはずの御影が一番顔色が悪そうだ。昨日はちゃんと眠れたのか?」

「……心遣いどうも。少し貧血気味なだけで、特に問題はありませんよ」

 ふうん、と訝しげに頷く日向。御影の取り巻き連中が心配げにしているものだから気になったのだろう。

「まあいい。なんにせよ、この日が来るのを待ちわびていたよ。ようやくあの時のを果たしてくれるのかとね」

「約束? どういうことだミカ?」

 横に並ぶ虎助が、怪訝に眉を潜めて訊ねる。

「まだ話したことなかったけど、昔ゲートに巻き込まれて異世界に漂流した経験があって、その時生徒会長に助けられたことがあったんだよ」

「異世界で日向さんと……? それじゃあ御影は――」

「うん。アインと同じ異世界の迷い子ロストチャイルドだ」

 アインと違って、なんの異能も得られなかったけどね。

 そう自嘲するように応えて、御影は話を続ける。

「懐かしいな。あそこには調査の一環として訪れたのだが、偶然御影が何匹もの異形に囲まれているのを発見してね。満身創痍の状態で逃げる体力もなさそうだったから、急いで私が助けてやったのだったな」

「ええ。よく憶えていますよ。あの時会長に言われたセリフも」

 血がたぎるような感覚に陥りながら、御影は眼光を凄ませて凛と立ち尽くす日向を睨め付ける。

「『君があまりにも弱過ぎた――ただそれだけの話だ』――地べたで這いつくばっていた僕に、会長はそう何気ない調子で吐き捨てたんだ。あの言葉を聞かされた時、どれだけ悔しかったか……っ」

 血色の悪い顔をしつつも、御影は怒りをこらえるように歯噛みした。

「しかし、事実だ。私はなにも間違えたことは言っていない。弱さは罪かもしれないが、同時に強者によって守られるべき権利がある。これのどこに怒りを覚える必要がある」

「そうですね。実際、僕はなにもできなかった。あまりに無力過ぎた。ですが、必ずしも弱者が強者になにもかもを守られる必要なんてない。弱者が強者に敵わない道理なんてない。だから僕は、会長とある約束を交わしたんです」



 いつか日向に勝負を挑んで、隣りに並べ立てるぐらいに必ず強くなってみせると――――!!



「その信念だけを糧に、僕はここまでやって来た。最弱でも最強に勝てるだって正面するために――!」

「ふふ、それでまさか私と同じ学園にまで入学するとは思わなかったよ。ましてこうして相対する日が来ようなんてね」

 いかにも楽しそうに目笑して、日向は言葉を被せる。

 まあ結局は宝条学園に入学する際も日向の温情をかけてもらって――他にも融通を利かせてもらったりと、申し訳ないやら情けないやらで立つ瀬がない気分ではあるが。その内、場を改めて感謝の念を述べるとしよう。

「嬉しいよ、私は。ほとんどの人間は私の強さに酔いしれるか、はたまた忌避するかかのどちらかだったからね。御影のように真っ向から勝負をふっかけてくる者をずっと待ち望んでいたんだ」

「多勢無勢の立ち位置ではありますけどね。そのあたりは了承してもらえると助かります」

「構わないよ。数に物を言わせるのだって立派な戦法だ。存分に私を楽しませてくれ」

 数の不利なんてまったく気にした素振りもなく、日向が胸を弾ませた様子で言葉を発する。



 ――こうまで嬉々とされると、もっと数を増やしても良かったんじゃないかって思っちゃうな……。。



 いや、日向にしてみたらD組だけでも物足りないくらいなのだろう。それだけのポテンシャルを、日向は当然のように持ち合わせているのだ。

 ただでさえ怪物級なのに、それでいてバトルジャンキーとか笑えないにもほどがある。

「しかし、アイン・ソードフェルトまで連れて来るとはね。てっきり今回は来ないとばかり思っていたのに、つくづく面白い奴だよ、御影は」

 名前を呼ばれ、ピクっと僅かながらに肩を跳ねさせるアイン。特に言葉をかけるつもりはなく、御影の背後で静かに佇んでいた。

「なにも言わなくていいの?」

「今はまだ。対戦相手でもありますし。それに――」

 にわかに語気を強め、じっと日向を直視しながら、アインは厳かに言う。



「伝えたい言葉は、全部異能戦が始まってからにしてますから」



「そっか……」

 昨日の弱々しい姿と打って変わって、決意に充ち満ちたアインの色濃い瞳を見て、御影は相好を崩した。

「さあ、機は熟した。そろそろ始めようじゃないか!」

 待ちきれないと言わんばかりに、日向が両腕を広げて声高に告げる。

 すでに日向は文様――架空フィールドに至るためのポジションに着いており、あとは御影は足を運ぶだけだった。

 高鳴る胸の鼓動を表面に出すまいと努めながら、御影は文様の中心部へと歩を進める。

 そうして日向との距離を狭め、間近で向かい合う。

「存分に楽しませてくれるのを期待しているぞ、御影」

「……最弱なりに善処しますよ」

 勝気に右腕を突き出す日向とは対象的に、御影は辟易したように左腕を前に出す。

 そして――



『架空フィールド、展開!』



 眩い光と共に、御影達は架空世界へと転送された。



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