17話 日向の異能



 ことのあらましを話し終えて、虎助と美々奈の口から出た感想は、

「ミカお前、よく生徒会長にそんなでかい態度が取れたな……」

「ちゅーか、ミーくんと会長って知り合いやったん? 初耳やねんけど」

 であった。

「やっぱミーくんと会長ってなんかあったんやん! なんでもっと早く言ってくれへんかったん!」

「なんでって、わざわざ話すことでもないし……。だいたい、話してその後どうするのさ?」

「そんなん、面白可笑しく拡散するに決まってるやん!」

「やめてよ。余計なトラブルを招きかねないんだから……」

 どうしてこの友人はことあるごとに御影を追い詰めるような真似をすれのだろう。そこまで窮地に立つ姿が見たいのであろうか。どんなトラブルメーカーだ。

「ま、とりあえず、俺らとしては生徒会長だけを倒せばいいんだよな?」

 焼きそばを食べ終えた虎助が、缶ジュースを口にしながら確認を取る。

「うん。向こうから願い出てくれたんだけどね。あと敗北条件は僕らの全滅だから、すぐに勝敗が決まる心配はいらないかな」

「だからってよお、相手は学園最強なんだぜ? なんでも千の軍に匹敵するとまで聞くじゃねぇか。本当に勝ち目なんてあるのか?」

 眉間を寄せて訊ねる虎助に、御影は言葉を選ぶようにサンドイッチを咀嚼しながらしばし間を空ける。

 いくらかこっちに有利に働くよう好条件を取り付けてきたが、正直言ってこれでも全然キツいくらいだ。どちらが勝つと問われれば、十人が十人日向と口にするだろう。

 が、これ以上の交渉は困難だった。生徒会側としても問題のある――それこそ不満の声が上がっている生徒を野放しになんてできようはずもない。だからと言ってD組の訴えも無碍にはできない。ゆえに異能戦という解決策を呈じてきたのだろうけど、きっと己の勝利を信じて疑わないからこそ平気で御影を舞台に上がらせてきたのだ。生徒間の不和を生まないためにも。

 ――否。バトルジャンキーな日向のことだ。純粋に御影と戦いがための口実という可能性すらある。

 城峰日向は、そういう人間だ。



 ――本当に困った人だ。



 昔から『彼女』はそうだった。

 御影がゲートに巻き込まれ、一ヶ月近く異世界を放浪して化け物達と対峙していた時も。

 御影が命の危機に瀕しながらも、死に物狂いで戦っていたのがまったく無駄としか思えないのような鮮やかさで一掃してしまい、地べたを這う自分に対して、日向は当然のようにこう発したのだ。



『気に病む必要はないよ。君はよく頑張った。そうだな。ただ唯一難点を上げるなら――

 君があまりにも弱過ぎた――ただそれだけの話だ』



 あの一言は、御影の心を深く抉った。

 あまりの悔しさに、全身が震えたほどだった。

 御影だって男だ。子ども達がゲートの向こうでいつか活躍するのを夢見ていたように、御影だっていつか異世界で活躍する日を――マンガやアニメのような主人公にずっと昔から憧れていた。実際は突然ゲートに巻き込まれて、ろくな活躍もできず、現地の心優しい人達の世話になりっぱなしだったわけだが。

 それでも、御影は自分の可能性を信じていた。弛まぬ努力を続ければ、いつかは正義の味方になれる日が来るのだと。

 しかし、そんな努力を嘲笑うかのように、日向はたまたま遠征に来ていた異世界で苦境に立たされていた御影を発見して、糸もあっさり突破してみせたのだ。

 その後、異能力を得ることもなく、日向に救出されて元の世界に帰還した御影であったが、なす術なく、無力さながらになにもできなかった自分が許せなかった。日向の発した『弱い』の一言になんら反論できなかった自分が情けなくて仕方がなかった。

 だから後日、日向が御影の見舞い――異世界で負ったケガが酷くて、しばらく入院していたのだ――に来てくれた際、彼女に向かって宣言したのだ。

 いつか日向の横に立てるほど強くなってみせると。



 ――威勢の良いこと言って、『彼女』と同じ宝条学園に通えるまでになったのはいいけれど、結局おんぶに抱っこって感じだな……。



 異能の素質がなかった御影が宝条学園に入学できたのも、日向の口利きがあってのことだ。一体御影のどこを買ったのかは見当付かないが、それなりに期待を寄せてのことらしい。

 そうして今回の異能戦にしても、日向に無茶な要求を呑んでもらって――御影のもそれなりに代償を払ったが――正直頭の上がらない思いだった。

 だが、どのみちこうなっては引き下がれない。元々約束を果たすつもりでいたし、なによりアインの処分を帳消しにするためにも、必ず勝利するしか他ないのだ。

「まあ、どうにかするよ。どうにかしてみせる」

 数十秒ほど置いて、手にしていたツナサンドを食べ切って、ようやく言葉を発した。

「決意は固そうだな……」

 自然と握り拳を作っていた御影を見て思うところがあったのか、「よしっ」とあぐらを掻いた太ももを叩いて快活に笑みを浮かべた。

「こうなりゃ乗りかかった船だ。どっちにしろ生徒会長と戦わなきゃソードフェルトの処分を取り下げられねぇんだ。男ならやるっきゃないだろ」

「そう言ってくれると心強いよ」

 こういう時、虎助の気っ風の良さは同性から見ても男前だなと思う。そりゃあクラスの女子にもモテるわけだ。

 一方の美々奈はと言うと、先ほどから箸からペンへと持ち替えて、小難しい顏をしながらメモ帳に書き込んでいた。

「どうしたんだフネさん。さっきからペンを走らせて」

「いやな、ミーくんと会長の話をまとめてるんやけどな……」

 疑問を投げる虎助に、美々奈が悩ましげに頭を掻いて言葉を返す。

「……ひょっとして、まだ僕と会長の関係を勘ぐってるの?」

「ちゃうちゃう。いやちょっとは気になるとこやけど、今回やる異能戦のルールをまとめてん」

 こんな感じなんやろ、と突き出して来たメモ帳の文字列に、御影は目を走らせた。



・勝利条件は生徒会長単体の撃破。敗北条件はD組全員の撃破


・フィールドの範囲は校舎全体(本校舎と第二、第三)。校庭は三十メートルまで。


・先行はD組から


・試合は四日後。ちょうどアインさんの謹慎が解けてから


・制限時間は二時間。時間内に決まらなければ引き分けとする


・D組が勝利すればアインさんの転校処分は取り下げられるが、敗北した場合は自動的に転校処分が執行される



「うん。だいたいそんな感じかな」

 一通り読み終えて、御影はパックジュースをストローですすりながら頷いた。

「これ見て疑問に思うたんやけどな、引き分けになったらどうなるん? どっちか言うたら、引き分けになる可能性の方が高い気がすんねんけど」

「引き分けになったら次回に持ち越しになるけれど、あんまり何度も続くようだとそのまま転校処分になっちゃうかな。ソードフェルトさんの学業にも影響しちゃうだろうし」

「う~ん。やっぱそうなるわなあ。でもそれやと、わざと引き分け狙いで来るのもあるんちゃう? 適当に逃げ続けとったらその内アインさんも転校してくれるわけやし」

「あの人の性格上、それは考えにくいかな。ちまちま策を弄するより、即断即決で勝負を決めるタイプだと思う」

 それに、下手に長引かせて本気で戦うつもりがないと知れたらマイナスイメージに繋がりかねない。生徒会長としては支持層を減らすような愚行は起こさないだろう。

「な~る。疑問が解けたわ。でもいくらこっちが優遇されとるからて、全然勝てる気がせんというのもすごい話やな」

「それだけS組というネームバリューと前回の生徒会選挙の件が尾を引いているんだろうね」

「あー、生徒会選挙って言えば、昨日ミカに頼まれた資料ってやつも、前回の生徒会選挙関連のやつだったなあ」

「それって、ミーくんが生徒会の人らに呼ばれる前に渡しとったアレ?」

 アレとは、昨日虎助に手渡されたUSBのことである。その場に美々奈もいたので、記憶に新しいところだろう。

「でもなんで選挙のやつなん? 会長に異能戦を挑んだ今なら分かるけど、頼んだのってそれよりずっと前なんやろ?」

「さてはミカ。今回の件とはまったく関係なくて、元からS組に勝負を挑むつもりだったろ?」

「……否定はしない」

 などと言いつつ、追求を避けるように目線を逸らして、御影はハムカツサンドを口内に含んだ。言外に肯定しているようなものである。

「はあ!? S組って、ただでさえ学園最強がおるのに、他にも化け物級の人らが五人もいてんねんで! ぶっちゃけ生徒会全員と戦うより、よっぽど自殺行為やんか!」

「いや、別にすぐS組と異能戦をやるつもりじゃなかったよ。あくまで視野に入れていただけで、資料集めもその一貫でしかないし……」

 憤然とする美々奈に、御影はたじろぎながら弁明を口にした。

 嘘は言っていない。次にA組と戦うにしても、勝利すればいずれは対峙しなければならない相手だ。だから今の内に相手の情報を探ろうとしていただけなのである。

「けど、タイミングは良かったよな。生徒会長と戦うならさ。もう資料には目を通したんだろ?」

「うん。とは言っても、さらに頭を痛める結果になっちゃったけどね……」

 生徒会とのいざこざがあった後、すぐに映像記録なり何なりと調べたのだが、その噂通りの圧倒さに、正直目まいすら覚えたくらいだ。

「その資料って、具体的にはどういうやつなん? 去年の選挙のってのは分かんねんけど」

「主に会長が候補者の人達と異能戦をやっていた時の映像記録だけど、二人も見てみる? 去年見たことがあるやつだろうけど」

 言って、ハムカツサンドを口に挟みながら、御影は携帯端末を取り出した。昨日の内にノートパソコンから携帯端末にダウンロードしておいたのだ。

 さっそく携帯端末を操作して、動画ファイルを開く。

「あった。これだ」

「お、どれどれ」

「ウチも見せて見せて!」

 身を乗り出してきた二人に、御影は見えやすいように手前に出して動画を再生する。

 少しノイズが走ったあと、よく異界取締官達が模擬戦で使う学園併設の闘技場が画面に映った。

 そこには六人男女が入り混じながら相対しており、中央部に凛然と立つ日向の姿が窺えた。

『お集まりの皆さま、お待たせいたしました。いよいよ生徒会異能戦選挙、生徒会長の部の始まりです!』

 放送委員による高らかなアナウンスの後、人混みで覆いつくされた観客席から盛大な歓声が上がった。



 生徒会異能戦選挙――。



 それは毎年数多くの候補者をしぼるために、宝条学園が制定した選挙方法である。

 ここでの異能戦に、勝敗は関係ない。彼らの戦いぶりを見て、どちらが生徒会役員に相応しいか、生徒達に一票を投じてもらうシステムである。

 なので、どちらと言えば勝ち残った方が良い印象を与えやすくもあるが、あまりに非道なやり方だと、敗者が選ばれるケースもままあったりするのだ。

 とは言え、前もって公約なりポスターを貼るなりで生徒達の目に触れているので、単純に強さだけで生徒会役員に選ばれるわけでもない。あくまでも異能戦選挙はデモンストレーションみたいなもので、これだけで全てが決定するわけではないのだ。

 しかしながら、やはりそこは宝条学園と言うべきか――異能が優遇視されるこの世界で、圧倒的な強さはそれだけで憧れの対象となる。端的に言えば、その他の選挙活動より生徒会異能戦選挙こそ重要だと言えなくもないのだ。

 だからこそ、生徒会役員に立候補する生徒は、そのほとんどがA組かS組である場合が多い。当然と言えば、当然の流れである。

「うわー、懐かしいなあ。ウチこれ、見に行けへんかったんや~」

「俺も俺も。倍率が高過ぎて結局教室のモニターからしか観戦できなかったんだよなあ」

 御影の持つ携帯端末から映し出された画像を見て、美々奈と虎助が悔しそうに声を零す。例にもれず、御影もモニターで観た側だ。

 生徒会異能戦選挙は上位クラスばかりが主となるので、駐留している異界取締官――つまり卒業生達も参考のために見物する場合が多い。特に新人や半人前などは厳しい訓練の日々に明け暮れているので、せめてもの気晴らしにと見物客として来る者で絶えないのである。

 そうなれば無論倍率も高くなり、闘技場の席も取りづらくなる。そして結果的には、不運にも御影達のようにあぶれる者が出てきてしまうのだ。

「こうして改めて見ると、ほとんどの奴が会長狙いだな。この頃はまだ一年生だったつーのに」

「宝条学園に入る前から有名人だったらしいからね。それも助っ人として何度も異世界遠征に出ているくらいだし、警戒されてしかるべきだろうね」

 付け加えるなら、日向は学年トップの成績(異能にしても学問にしても)でS組入りした超優等生だ――いくら日向以外は二、三年生しかいないとは言え、要注意危険人物と見なすのは自明の理だ。

 そんな不利な状況ながら、日向はひとり喜悦に浸るように瞑目して、静かに微笑んでいた。

 日向にしてみれば、動じるほどのものでないと信じきっているのだろう。

 日向のことだ。むしろちょうどいい準備体操とすら思っている節があった。



 ――ほんと、『彼女』らしいなあ。



 呆れというより感嘆に近い視線を向けながら、食い入るように見る美々奈と虎助と一緒に、異能戦選挙が始まるのを待つ。

『さあ、場も温まってきたところで始めましょう。時間制限は30分。気絶するか、相手が降参を申し入れたのみ敗北と見なします。それでは、レディぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――』

 ――ファイっっ!

 溜めに溜めた合図の後。



 一斉に日向以外の候補者が、彼女目掛けて突っ込んだ。



 ある者は片腕から丈狂う火焔を生み出し。

 ある者は圧縮した空気の塊を頭上に浮かべ。

 ある者は拳大の幾多の水泡を周囲に生成し。

 ある者は石造の舞台をかち割って巨石を抱き上げ。

 ある者は二匹の虎にも似た異形を召喚して。



 その全てが、日向を目標に放たれた。

 しかし日向は、殺到する数々の攻撃を逃げるでもなく正面から見据えて。

 そうしてなにを思ったのか、日向は不意に足を踏み鳴らし。



 突如として現れた透明の丸い壁によって、五人全員の猛撃を全て弾き返した。



 驚愕で顔を引きつらせる五人に、日向は空中から一振りの長刀を取り出し、そして――



 一瞬稲光が走った後、日向以外の人間が同時に倒れ伏せていた。



 まさに、刹那の出来事であった。

 観客もなにが起きたか分からないといった具合に唖然としており、奇妙な沈黙が闘技場で続いていた。

 日向はと言えば、涼しい顔で刃を鞘に収め、修理の合図を待たずして颯爽と壇上を後にした。

 そこで映像は終わり、携帯端末の画面が暗転する。

 去年教室で観たのと含めて、これで二回目(御影は三回目になるが)となる異能戦選挙の映像となるが、三人ともコメントに窮するように閉口していた

 そうして、少し間を空けた後、

「なんちゅーか、ほんま化け物みたいな人やなあ……」

 と元の位置に座り直して、美々奈は感想を呟いた。

「倒された人、みんなA組やS組やったんやろ? それがこんな手も足も出せへんなんてなあ」

「学園最強ていうか、人類最強の間違いなんじゃねぇのか?」

 虎助も定位置に戻りつつ、呆れたような口調で言う。御影としても同意見だった。

「これで全力ってわけでもないしね。この感じだと異能も三つぐらいしか使ってないと思う」

「そういえば、会長って五つぐらい異能持ってんだっけ? チート過ぎるだろ」

「だね。まあ異能が一つだけという決まりがあるわけじゃあないけれど」

 アインのような異世界の迷い子ロストチャイルドならともかく、宝条学園のほとんど生徒は、入学と同時に異能を発芽させたものばかりだ。しかも異能はひとりに一つしかないのが通説だ。

 日向のように多くの異能を得るには、異世界に渡って力を得るしか方法はないのである。

 その点、御影は異世界に渡ったにも関わらず異能の一つも授からず、あまつさえ宝条学園に来ても力を得られなかったというのだから、現実は非情である。

「多分ここで使ったのは、『アイギス』と『千本刀』。それと『雷帝』かな」

「残り二つは『レーダー』と『人壊』やったな。能力名からして物々しいで」

 美々奈が御影の言葉を継いで、はあ~と感嘆の息を零した。

「能力名ぐらいなら俺でも知ってんだけど、実際どういう能力なのかまでは詳しく知らないんだよなあ」

「生徒会長自身も能力名ぐらいしか明かしてないからね。みんなの前で異能を見せたのも選挙の時だけだったし」

「はいはい! ウチ知ってんでぇ~」

 二人の会話を聞いて、美々奈が元気よく挙手した。さすがは情報通。ちゃんと調べは付いているらしい。

「おっ。じゃあ教えてくれよフネさん。会長の異能を詳しくさ」

「え~? どうしよっかな~? 教えたってもええねんけど、タダってわけにもな~」

「僕知ってるから、代わりに教えてあげようか?」

「ちょ! やめてやミーくん! ウチの商売邪魔する気なん!?」

「友人が悪徳商法にかかろうとしているのに、黙って見過ごすわけにもいかないでしょ」

「あ、悪徳ちゃうし! ただちょっとお布施をもらっとるだけやし!」

 などと意味不明な供述をしており、聞くからにインチキくさい宗教団体みたいな言い回しだった。

 一応友人として、キチンと注意しておくべきなのだろうか。

「……金をむしられるくらいなら、ミカの方が断然いいな」

「トラくん!? 裏切る気なん!?」

「だってフネさん、タダじゃあ教えてくれないんだろ?」

「うん!!」

 即答だった。迷いない喜色満面の頷き様だった。下衆過ぎる友人だった。

「じゃあやっぱ、ミカに頼むわ」

「うん。まずは使わなかった方を説明しようか」

 隣りで「えー。ウチには訊かんの?」と不満そうにしている美々奈をスルーして、御影は説明を始める。

「一つ目は『レーダー』。これは文字隣り周囲にいる人間を探知する能力。範囲はどの程度までは把握できなかったんだけど、まあこの学園ぐらいなら隅まで探れるって思ってくれていいかな。

 次は『人壊』。これはソードフェルトさんとほとんど同じ異能だね。肉体強化系だ」

 二つ分指を折り曲げる御影に、「それって――」と虎助が口を挟んだ。

「ソードフェルトみたいに暴走するかもしれないってことか?」

「え、ああごめんごめん。トラとフネさんにはまだ話してなかっけ? ソードフェルトさんの異能は『鬼』っていう肉体強化系なんだけど、あれはたまたま特殊だっただけで、会長の『人壊』にはそんな欠点はないよ。暴走状態の『鬼』よりは劣るだろうけどね」

「ウチらにはって、アインさん、ミーくんには事前に話してたん?」

「一応ね。言っても、暴走の件までは知らなかったけれど」

 でなければ、もっと早くに対応策を考えていたはずだ。

 少なくとも、彼女にあんな危うい真似はさせなかった。

 こうして思い返しても、自分の浅慮が生んだ失態でしかないと思う。

「くっ。ウチすら知らん情報をミーくんが持ってたなんて……!」

 なぜか悔しがっているアホはこの際スルーして、「三つ目は」ともう一本指を曲げて話を続ける。

「『千本刀』。一度に千の刀を生成できる能力だね。今のところ、一本しか出したことがないけれど。

 次に『雷帝』。候補者全員を倒してみせた雷撃――どの程度まで出力があるのか分からないけど、あの選挙戦を見るに本気じゃなかったんじゃないかな。

 最後に――『アイギス』」

 五本目の指を曲げて、御影はこれまでとは違う神妙な顔で言葉を継ぐ。

「正直言って、これが一番厄介だ。能力はあらゆる物理攻撃を無効化する全方位型防御。さっきの映像でもあったけど、生半可な攻撃じゃああっさり防がれてしまう強固な結界シールドだ。この『アイギス』を攻略しない限り、僕らに勝ち目なんてない」

「全方位であらゆる物理攻撃も効かないとか、これが格ゲーキャラなら大ブーイングものだな……」

 難攻不落だな、と渋面になって呟く虎助。虎助の言葉を借りて言うなら、日向ほどラスボスにふさわしい人材はそういないだろう。プレイヤーがブチ切れてゲーム機本体を叩き割らんばかりには。

「ミーくん、えらい詳しく調べてあるやん。それ全部自分でやったん?」

「まあね。いつかは闘うつもりでいたから、前々から調査してたんだ」

 それが予想外にも、こんなに早く相まみえる機会が訪れてしまったわけではあるが。

「で、こんな仰天人間に、ミカはどう勝つつもりでいるんだ?」

「ある程度ビジョンは固まってる。『アイギス』にしたって突け入る隙がないわけじゃない。でも……」

「でも、なんだ?」

「でもこの作戦には、ソードフェルトさんの協力が必要となる」

「ソードフェルトが?」

「どういう意味なん? アインさんなら後三日くらいで謹慎が解けるんやろ? ミーくんの言い方やとまるでアインさんが異能戦に参加せえへんみたいな言い方になってまうやん」

「参加しないとまでは言ってない。けど以前みたいに異能を使ってくれないと生徒会長には到底敵わない」

「あー、協力ってそういう……」

 御影の言わんとしていることが伝わったのだろう――美々奈は納得したように何度も頷いた。虎助も同様に腕を組んで「なるほどな」と呟いた。

 今回、Dクラス全体の参加を認められたので、謹慎さえ解ければアインも参戦が了承されるのだが、しかしアインには『鬼』の力を制御しきれておらず、いつまた暴走するか分からない危険を孕んでいる。まして、今回の件でさらにトラウマを深めてしまったはずだ。次からは異能どころか、まともに指示通り動けるかどうかすらも怪しい。最悪の場合、精神的な事情で除外される可能性すらある。

 しかも、現在アインは引きこもり中。誰とも連絡を絶っている時点で、作戦の打ち合わせすら困難だった。

「だからどうにかしてソードフェルトさんと二人で話をしたいんだけど……」

 無理だよなあ、と御影は嘆息した。

 アインがいるのは女子寮の一室。言うまでもなく、男子禁制だ。

 ゆえに、御影にはせいぜい美々奈などに伝言を頼むぐらいしか手はない。本当は直接話してアインのトラウマを取り除いてやりたいのだが――彼女の心の傷に触れて少しでも理解したいところではあるのだが、性別の違いというのは御影には高すぎる壁がそびえたっていた。

「あそこは女子寮だもんな。俺らにしてみれば魔窟みたいなもんだし」

 懊悩する御影に、虎助も同調して微苦笑を浮かべる。

「人聞きの悪いこと言うたらあかんでトラくん。魔窟やのうて、乙女の安息地や言ってもらわんと」

「悪い悪い。けど実際問題、俺ら野郎どもが入るわけにはいかないし、難しいところだよな」

「そうなんだよね。一体どうしたもんかなあ……」

「二人とも、なにを悩んでるん? そんなん普通に行ったらええやんか」

 そうこともなげに言う美々奈。まるで御影達の心情を理解していない口調で。

「簡単に言わないでよフネさん。男の僕が女子寮に行けるわけないでしょ」



「せやから、男のままで行かんとけばええやん」



「…………んん?」

 とても異なことを言われた。

 心中で復唱しつつも、やはり言葉の意味が分からず、御影は首を傾げる。

「どういうこと? なにか妙案でもあるの?」

「ミーくんにしては鈍いなあ。あるやんか、ちょっと見た目を変えたらええだけの単純な方法が」

 その含みのある言い方に。

 御影は、遅まきながら意味を理解して顔を引きつらせた。

「それって、まさか……」

「ほな準備しよか、ミーくん」

 尻込みする御影に、美々奈が邪悪に口許を歪めて詰め寄った。

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