16話 取り引き



「ミーくんって、頭良さそうに見えて案外アホやんな」

「今回ばかりは俺もそう思う」



 本校舎屋上。そこで御影はいつもの二人と昼食を取りながら、二回目となる作戦会議を開いていた。

 議題はもちろん、生徒会との異能戦についてだ。

「まさかあの学園最強やって言われとる生徒会長に異能戦挑むなんて、むしろアホ通り越して愚かやで」

 今日も持参した弁当箱から玉子焼きをつまみながら、美々奈は半眼になってそう言い捨てる。

「気持ちは分からなくはないけどな。生徒会長からそんなめちゃくちゃなことを言われたら俺だってカチンとくるし。けどまさかミカがあっさり挑発に乗るなんて思わなかったぞ」

 対する虎助は、購買部で買ってきた焼きそばをすすっていた。濃厚なソースの匂いが様々な具材と混ざり合って実に食欲をそそる。

「僕だって我慢できないことぐらいあるよ……」

 一方の御影はというと、こちらは前回同様サンドイッチだった。

 ハムカツサンドにツナサンド。合わせて430円也。

 別にサンドイッチが好物というわけでもないが、食べやすく他の作業にも徹せれるのがなによりの利点だった。効率を重んじる御影ならではの選択だった。

 本日も清々しいほどの快晴。じきに春も終わろうという時節ではあるが、校庭の桜は構うことなく咲き乱れていた。

 散り際が最も美しいというのが桜の話に対する常套句ではあるが、叶わぬ願いだとしても、いつまでも咲いていてほしいものだと思ってしまう。春を過ぎれば早々に散りゆく儚さを知っているからこそのワガママみたいなものだが。

 そんな春の風景に浸る御影に、美々奈と虎助とだけは冬のような冷たい眼差しを向けていた。いつになく感傷的だったのに、この反応はあんまりだと思う。言ってることは正しいとしても。

「でもやで、もうちょっと後先考えても良かったんちゃうん? D組の反応かて驚愕と怒号の二色やったやん」

 まさしくその通りだった。日向と異能戦をやると朝一番に告げた時は、みんなひっくり返りそうなほど驚いていた。むべなるかな。

 その後の怒号も凄まじいものだった。あれだけ大勢に悪口雑言の数々を吐かれるなんて初めての経験だった。

 だが。

「いや驚かせたのは事実だけど、怒号に関しては僕だけのせいじゃないでしょ。誤解もあったんだから」

 そうなのだ。

 日向の名前を出した当初、美々奈みたくバカだのアホだのクソだの無謀だの女顏だのどちらかと言うと攻めだの、単純な罵倒から関係ないことまで散々な言われようだった。

 その後、挑むのはSクラスではなく生徒会であるということと、負けてもペナルティーを負う必要はないといううむを説明をしたらどうにか納得してもらえたが、数と言葉の暴力というものを身に染みて体感した瞬間だった。

 いつか機会があれば、この鬱憤を絶対晴らしたいと思う。

「それで具体的にはどんな感じになりそうなんだ? ある程度取り決めはしてきたんだろ?」

「ああ、それなら――」

 と、御影はサンドイッチを啄ばみながら、滔々と日向に異能戦を申し込んだ際の話を語りだした。



 ◇◆◇◆



〈正気ですか高坂二年生。我々生徒会を相手取るなんて〉

 日向に堂々と宣戦布告した直後、嘆息すらつきそうなほどの呆れた口調で、副会長が問いかけてきた。

 犬のホログラムも「無益な」と言わんばかりに首を横に振っており、愛嬌のある姿をしているから特に怒りは湧いてこないが、これが生身ならカチンとくるであろう態度だった。

〈ま、正直無謀だよねー。生徒会長は別格としても、ボクらはみんなA組で構成されてるしー〉

〈成績が悪いんじゃあ、他のヤツらに示しがつかねぇからな〉

 書記と会計が、副会長に賛同するように補足を入れる。S組が日向しかいないのは、そもそも彼らが登校を免除されているからだろう。

 彼らの反応も無理はない。最弱のD組が学園最強だけでなく、その他全員がA組ばかりで構成されている生徒会に異能戦を挑むなんて、無謀にもほどがあるだろう。

 が、今更撤回するつもりはない。これでしかアインを助けられないというのなら、迷いなく御影は日向に異能戦を申し込んでいただろう。

 それだけ、御影は本気なのだ。

〈あらー。でもあの子の顏からすると、引く気はないみたいねぇ。本当にあたし達と異能戦をやるつもりだわぁ〉

「その件に関してだが……」

 驚いた風に話す庶務の言葉に重ねる形で、日向が悠々とその美脚を組み直しながらのたまった。



「今回、私ひとりで御影達の相手をしたいと思う」



 唐突に奇妙な静寂が降りた。

 ややあって――

〈会長!? なにをお戯れを!?〉

 と、副会長が声を荒げて日向に問い詰めた。

〈なぜわざわざ会長おひとりで挑む必要があるのですか! 我々と組んだ方が勝率も上がるというのに! いえ、会長おひとりでも十二分に事足りるかもしれませんが、しかし……っ!」

「それだ」

 動揺する副会長をピッと指し、日向は薄く微笑みながら発言する。

「アイン・ソードフェルトの転校処分取り消しという名目の元での異能戦になるわけだが、現状、賛成派と反対派と分かれて戦ったところで、賛成派に大きく傾くのは明らかだ。率直に言って、御影らに勝機はない」

 署名を募るぐらい、結果は見えているだろうな。

 そう断定的な物言いをする日向。アインの悪評が広がっているであろう今、御影としても頷かざるをえない。

「さらに、だ。我々生徒会がD組全員と勝負したとしても、やはり勝敗は決まっているようなものだ。断言してもいい。確実に私達が勝ってしまうだろう」

 ずいぶんと歯に衣を着せないことを言ってくれる。

 だが実際、D組全員で生徒会の五人を相手取っても、勝率は絶望的なほど低いだろう。日向の言葉は正鵠を射ている。

「そこでだ。少しでも対等で戦えるように、私ひとりで相手をしようというわけだ。無論D組全員でかかってきてもいいし、何人か選抜して私と当たらせても構わない。どうするかは御影に一任する。どうだ? 破格の条件だろう?」

〈お、お待ちください会長! なぜそんな不利な条件を自ら呑む必要があるのですか! ここは通常、生徒会メンバー全員と、向こうも同程度の人数で異能戦をやるのが筋でしょう!?〉

「しかしだな、副会長。負け戦ならぬ勝ち戦をしたところでなんの意味がある? 巨象がアリを踏み潰す行為になんの価値がある? 私は見え透いた勝負をやるのが嫌いなんだ。どうせやるなら少しでも面白くした方がいい」

〈で、ですが……!〉

 逡巡もなく愚々おれおれしいことを言い始めた日向に、副会長が慌てて説得に入る。が、日向は馬耳東風とばかりに澄ました顏をして、一向に取り下げる気配がなかった。対する副会長も引くつもりはないようで、話が落ち着くのに時間を要しそうだ。

 なんにせよ、御影としてもこれは願ったり叶ったりだ。

 悔しい限りだが、日向の言う通り、生徒会全員となんて、まったく勝てる気がしない。日向ひとりですら敵うどうかも分からないのに。

 それは、終始泰然としている日向も自覚しているようで、

「心配無用だ副会長。私ひとりとは言えど、生徒会の勝利は変わらない」

 と威容に告げた。

「それとも副会長は、私を信用できないのか?」

〈……ずるいですよ会長。そんな風に言われたら、了承するしか他ないじゃありませんか〉

 日向の一言に観念したのか、副会長は深い溜め息を吐きつつ、〈今回だけですよ……〉と呟いた。

〈にはは。ほんと副会長ったら会長に甘いよねー〉

〈基本的に心酔してるからな、会長に〉

〈あたし達も似たようなものだけれどねぇ〉

 いつものことなのか、日向と副会長にやり取りに諦観にも似た反応を見せる生徒会メンバー。日向は見るからに剛毅な性格をしているし、逆に副会長は理詰めで合理性を追求しそうなタイプだし、なにかと衝突し合う機会が多いのだろう。

「というわけだ、御影。君はなにも気にすることなく、クラス全員で存分に力を振るうがいい」

「……ご配慮頂けてどうも」

「うむ。素直は美徳だぞ」

 御影の皮肉を譜面通り受け取って、日向が相好を崩す。その純粋な笑顔に、自分が取るに足りない小者のような感覚に陥ってしまった。



 ――まったく、色んな意味で一筋縄じゃあいかない人だよ。



 思わず苦笑が漏れる。つくづくとんでもない大物を前にしているんだなと思い知らされてしまう。

 こんな調子で、本当に学園最強と渡り合えるのだろうか。

 いや、弱気になるな。アインが転校されずに済むかどうかは己の――そしてD組の手腕にかかっている。まだアイン本人に取り合ったわけではないが、このまま終わらせるわけには絶対いかない。

 それが、どれだけ希望の薄いものだとしても。



 権謀術数を尽くして、必ず勝利を掴んでみせる――!



「さて、参加形式が決まったところで次に移るが――」

「その前に、少しいいですか?」

 と御影は不意に挙手して、日向の話を遮った。

「ん? なんだ?」

「他にも三つほどこちらの要求をのんでほしいんですが……」

〈君! 自分がなにを言っているか分かっているんですか!〉

 その場にいたらすごい剣幕で詰め寄ってきそうな雰囲気で、副会長が怒声を上げた。

〈会長があれだけ譲歩しているというのに、あれで満足していないというのですか! 厚顔無恥にもほどがあるっ!〉

「落ち着け副会長。怒りは己を見失うだけで益はないぞ」

 粛々とたしなめる日向に、副会長はしかめっ面になりつつ――やっているのは犬なので、いまいち怒気が伝わりにくいが――口を閉ざして静観に努めた。

「だが、副会長の言も一理ある。君の要求をそのまま受け入れるわけにはいかないな」

「でしょうね。真っ当な意見です」

 これ見よがしに肩をすぼめて、御影は口角を吊り上げる。



「なので、引き換えとして僕がなんでも会長の言うことを聞く権利というのはどうでしょう?」



「御影が……?」

 唐突になにを言い出すんだと言わんばかりに、日向が片眉を曲げて訝しむ。

 自分でもとんでもないことを口にしているなと苦笑が零れそうだったが、しかし御影にはそれなりの算段があった。

 日向ならば、絶対に耳を傾けるはずだと。

「ええ。もちろん一回限りですよ? さすがに三回分はキツいですから」

「君は三つも一度に要求するのにか?」

「それほど無茶苦茶なことを要求するつもりはありません。まあ、気になるなら僕の条件を聞いてからでいいですけど」

「ほう……?」

 御影の言葉に、いかにも興味深げに目笑する日向。

「いいだろう。聞くだけ聞こうじゃないか。条件を呑むかどうかはその後だ」

 食いついた。まだ要求が通るかどうかは御影次第だが、これだけでも十分に御の字だ。

「では早速一つ目ですが、僕らに先攻権を譲ってもらっていいですか?」

「先攻? そんなものでいいのか?」

 まるで欲しけりゃ勝手にくれてやるとばかりに平然と日向が言う。彼女にしてみれば先攻だろうが後攻だろうがさしたる問題じゃないのだろう。少しでも有利に働くならたとえ驕りだろうとだろうと大歓迎だ。

「じゃあ次に移りますね」

 特に問題なさそうなので、御影は話を進める。

「二つ目。勝利条件をD組全員の撃破でお願いしたいんですが」

「急に厚かましくなったな」

 二つ目の条件を聞いて、日向が呆れたように失笑を漏らした。

 日向がひとりで異能戦に出る以上、こちらの勝利条件は自動的に彼女だけを撃破すればいい。

 そんな中で日向の勝利条件がD組の全員の当滅となれば、不平を訴えられても仕方がなかった。

 が、妥協するつもりは毛頭ない。どれだけ恥知らずと罵られようとも、それで勝率が上がるなら甘んじて非難を受ける所存だった。

「以外ですね。会長ならすぐ承諾してくれるものとばかり思っていましたが。さすがの会長も腰が引けました?」

「安い挑発だな。だがいいだろう。私にしてみれば大差ないことだ」

 よし。これも乗ってくれた。

 実際日向にしてみれば、たとえ御影だけだろうとD組全員だろうと変わりはしないのだろう。



 なんせ彼女は、学園最強なのだから。



 ともあれ、残るは三つ目のみだ。

 ある意味、これが一番重要な案件だ。

「それで、最後の三つ目は?」

 日向が次の要求を急かす。微塵たりとも己の勝利を疑っていない自信に満ちた顏で。

 そんな日向に対し。

 御影は生唾を嚥下しつつ、日向にこう告げた。



「最後の条件は――――」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る