15話 宝条学園生徒会
「やあ御影。呼び付けてしまって悪かったね」
と。
宝条学園生徒会長――もとい城峰日向は、尊大にワーキングチェアに座りながら、対面で直立する御影に声をかけた。
第二校舎四階――その一際面積広い教室に、生徒会室はあった。
一見して、机や書類といった物が規律正しく整理されている。窓は汚れひとつなく陽光で燦然と輝いており、床も満遍なくワックスが塗られており、上履きとはいえ、土足でいるのが申しわけなく思えるほど綺麗に掃除が行き届いていた。D組の教室なんて、ゴミが床に散らばっている時もあるのに。
中でも驚きなのは、冷暖房完備はもちろんキッチンや冷蔵庫――果ては仮眠室と称した部屋まで設えてある点だ。もはや生徒会室というより、重役のプライベートルームのような様相を呈していた。寡聞にも、重役のプライベートルームなんてついぞ目にしたことなんてないが。
それとも、生徒会室なんてどこも感じなのだろうか。なにぶん生徒会だなんて小中学と含めて一度も関わった経験がなかったので、御影の見識では判断つけようもなかった。机一つ見ても超一流企業が使いそうな上質素材なのだが、果たして。
などと、終始豪華な室内に圧倒されていると、
「どうしたんだ御影。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして」
と、日向が耳心地の良い張りのある声で窺ってきた。
「ひょっとして緊張しているのか? なに、一応生徒会メンバーが全員揃ってはいるが、私以外はみんなホログラムだ。実質私と二人っきりと思ってくれて構わない」
日向の言う通り、生徒会長である彼女を中心に、半径を描くように机が並べてあるが、どの席にも人は着いていなかった。
その代わり、各机の上に置かれた端末の画面から発する光から、なぜか動物を模したホログラムが浮き出ていた。
ちなみに、御影から見て左手側が犬と猫。右手側か猿とウサギといった順に並んでいる。しかもデフォルトというか、幼児向けのアニメに出てきそうな図で描かれているせいで、ある意味不気味な雰囲気をかもし出していた。厳然とした生徒会室には不釣合い過ぎる。
「ん? ああ、このホログラムが気になるのか? 可愛いだろう。私の提案なのだが――」
「いえ、そういう話はいいですから」
慣れない状況に困惑を覚えつつ、努めて平静を装いながら、御影はようやく口を開く。
「それよりも、ここのどこに生徒会メンバーが揃っているんですか? 実質二人っきりみたいなものと言ってましたが、どこかで僕らの様子を見ているという解釈でいいんですか?」
〈まさにしかり。その通りですよ高坂二年生くん〉
と。
犬のホログラムから、男性と思われる低音調で話しかけられた。
〈ゆえあって、生徒会室には赴けない事情がありまして、失礼ながらホログラムを通して高坂二年生くんと会話させてもらいます〉
犬がコミカルに両腕を動かして、そう御影に言う。愛嬌ある姿をしているのに微塵も可愛いと思えないのは、彼から理知的なものを感じるせいだろうか。
〈ちなみに、君に関してはある程度生徒会長が聞き及んでいるから、改めて紹介する必要はありませんよ。なんでも知己の間柄とかで〉
「ええ、まあ……」
副会長の言葉に、御影は曖昧に明言を避ける。
眼前の日向を見やると、妙に含みのある笑みを浮かべてこちらを眺めていた。なんて説明したかは定かでないが、誤解を招きかねないことを口走っていないかが気がかりだ。
〈もう一つちなんでおくと、今のが副会長ね。ボクは書記ー〉
〈俺っちが会計だ〉
〈あたしが庶務よぉ〉
上から順に、猫、猿、ウサギと紹介を始まる生徒会メンバー。副会長と会計を除き、あとは全員女子のようだ。
「――というわけだ。別に私は二人っきりでも良かったんだがね」
苦笑混じりに呟く日向。彼女としてもこの形態は不本意なものらしい。
〈いけませんよ会長。今回の決議は生徒会メンバー全員の総意です〉
「私が決めたことなんだから、私一人で十分だろう」
〈ダメよ会長。結果的にはあたし達の意見も反映してるんだから~〉
〈だな。でないと他の生徒に示しがつかねえ〉
〈にゃはは。会長のそういう自由奔放なところ、ボクは好きだけどね〉
不服そうにする日向に、生徒会メンバーが揃って諌める。こうしたやり取りを見る限り、関係は良好のようだ。
「それで、話というのは? わざわざ僕を呼ぶくらいなんですから、よほどのことですよね?」
「……御影。私達は同級生なんだ。敬語なんて使わなくてもいいのだぞ」
「いえ、立場はわきまえるべきだと思いますから」
日向の譲歩に取り合わず、御影は毅然と応える。それより、決議とやらの内容が気がかりだった。
「ふむ。ではさっそく本題に入るとしよう。もう少し雑談に興じていたかったのだがね」
そう惜しむ微苦笑して、日向は机の前で懊悩に手を組んだ。
「君のクラスにいるアイン・ソードフェルトだが……」
「ソードフェルトさん?」
不意に出てきた名前に、御影は意表を突かれて復唱する。
なぜここで急にその名が出るのか。処罰だったらすでに決まって、大人しく寮で謹慎しているはずなのに。
イヤな予感がする。御影の感知していないところで良からぬ動きがあるかのような、そんな不穏な予感が。
「この間行われた異能戦――そこで起きたアイン・ソードフェルトによる暴走だが、生徒会で協議をした結果、謹慎だけで済ますわけにはいかなくなってね」
「……どういう意味ですか?」
不安に駆られながらも、御影は冷静に訊ね返す。
「単刀直入に言おう」
そこで日向はぐっと上体を前に乗り出し、眇めるように目を細めて、日向は厳かに告げた。
「アイン・ソードフェルト――彼女を宝条学園から追放することにした」
「追、放……?」
愕然と両目を見開く御影。思わぬ言葉に、一瞬何を言われたのか分からなかった。
〈んもう。ダメだよ会長。追放なんて言い方したら誤解されるでしょ〉
猫のホログラム――生徒会書記が、口をパクパク開けながら日向に苦言を入れる。
〈追放じゃなくて、転校処置。別に島流しにするわけでもないんだからさ〉
〈彼女の言う通りです。我々は厳正な協議の末、ソードフェルト二年生に適切な道を示しただけに過ぎないのですから〉
書記に賛同する形で、犬の副会長が後押しする。
「転校処置って……。異能はどうするんですか? まさかそのままにしておくつもりじゃあ……」
〈んなわけねぇだろ。ちゃんと異能を消してからに決まってんだろうが〉
〈そうでないとぉ、一般校に被害を出しかねないしねぇ〉
粗暴な口調で猿の会計が、対象的にウサギの庶務が妙に甘ったるい口調でそれぞれ返答する。
異能を消す。具体的にどうするかは皆目見当も付かないが、言われてみると今まで退学処分に科した者達が異能を使って問題を起こしたという話は一切聞かないし、そう考えると不可能というわけでもないのだろう。
「――というわけだ。御影」
話が一区切り付いたところを見計らって、日向が当惑したままの御影にさらに追い打ちをかける。
「まだ学園上層部に伝達していないが、近々アイン・ソードフェルトの転校処置が決定するはずだ。彼女をここに連れて来た身としては、心苦しい限りなのだがね」
「会長が……?」
「うむ。三年ほど前に人手が足りないというので、異世界遠征に協力したことがあってね。アイン・ソードフェルトとはその時に知り合ったのだ。リスクはあったが捨ておくには惜しい異能だったし、物は試しにと宝条学園を勧めたのだよ」
よくよく思い返してみると、アイン本人も異世界でお世話になった人がいると言っていたか。そのお世話になったという人が日向だったというわけだ。
しかし、疑問が残る。
三年前ということは、ちょうど御影達が中学二年生だった頃になる。それならば、わざわざ今になって編入せずとも、御影らと同じ時期に新入試験を受ければよかったものを、なぜこんなにも期間が空いたのだろうか。
「とは言え、彼女は外国生まれの外国育ち――日本語はまるで話せない状態だったんでね。まともに日本語が話せるようになるまで試験も受けられず、今頃になっての編入になってしまったのだよ」
表情に出ていたのだろうか、御影の疑問に答える形で、日向が言の葉を紡ぐ。
「ま、一番の理由は、彼女をこのまま野に放っていいものなのかどうなのかを審議していたせいもあるのだがね。異能を抑制する施設に入居していたらしいのだが、向こうの国にでもずいぶんと物議を交わしたらしい。手続きに時間がかかるのはどこも同じだな」
と、辟易したように日向は言う。
それだけ、アインの暴走を危険視しているのだろう。間近で見ていた一人として、正直気持ちは分からなくもない。
あの時、日向がすぐさま助けに来てくれたから良かったものの、下手したら死傷者――しかも最初の犠牲者として御影の名を連ねかねないほど危うい事態だった。こうして思い出してみても、未だに背筋が寒くなる。
「つまり、だ。あちら側にしても自国の民が問題を起こすのを懸念しながらも、宝条学園への編入を認めたことになる。そんな中で、今回の件だ。どうやら学園上層部は内々で済ますつもりでいたらしいが、学園内でもけっこうな反発が出てきていてね、私達生徒会としても重い腰を上げざるに得なかったのだよ」
「反発って……。ソードフェルトさんの処遇についてですか?」
「その通りだ。謹慎処分だけでは軽過ぎるという声があってね、中には本国に即効送還しろという厳しいものまである。もっとも、こちらとしても体裁というものがあるし、せっかく留学してくれた生徒をすぐに追い返すような後味の悪い真似もしたくない」
「そこで異能を消した上での、転校処置ですか……」
そういうことだ、と御影の言葉に首肯する日向。
ようやく得心がいった。つまり生徒会としては、これ以上生徒達の不満を高めたくないのだ。校内の風紀を乱さないためにも。
いくら暴走していたとはいえ、架空フィールドでもない学園内で禁止とされている異能を使用したのは周知の事実。それが謹慎だけで終わるのを良しとしない連中がいてもおかしくはない。
「……それは、ソードフェルトさんも知っているんですか?」
〈メールで通達しておきました。返信等はありませんでしたが、目は通しているはずですよ〉
御影の問いに、副会長が代わりに応えてきた。言い方からして、副会長がメールを送ったのだろう。
が、やり方が気にいらなかった。
いくら他の生徒から不満があったとはいえ、ろくに公表もせず勝手に話を進めて、なおかつ学園側の決断を覆して独断に処遇を決めて――どれもこれもアインの意思をまったく尊重していない。アインの心情を全く無視したやり方に、御影は苛立ちを禁じえなかった。
アインとは短い付き合いだ。正味、彼女が編入してから一週間とも経っていない。まだ浅い関係と表されても、あながち間違いではないほどに。
それでも、アインとは異能戦も共にしたクラスメイトだ。
一緒に戦った仲間だ。
そんな大事な仲間を見捨てるような真似、死んでも認めてたまるものか。
「ずいぶんと横暴ですね」
自分でも驚くほどの凍った声音で、御影は日向をまっすぐ直視して言う。
「先ほどから話を聞くに、学園側とはなにも相談せず、不満を漏らす生徒の鎮静のために動いているみたいなものじゃないですか。仮にも生徒の一端でしかないあなた達が、同じ生徒の処遇を決めるだなんて権限がおありで?」
〈あるんだなあ。これが〉
御影の反論に書記が笑顔すら覗けそうなほど、陽気に返事をした。
〈前年度までの生徒会ならまだしも、今年度は学園最強って言われる城峰さんが会長をしているんだよ〉
〈しかも過去に何度か異界取締官の手伝いをしている。それも数々の功績を上げてな〉
〈要は、国にはいっぱい借りがあるってことなのよねぇ〉
「………………っ」
書記、会計、庶務の説明に、御影は思わず歯噛みした。
つまり、生徒会の奴らはこう言いたいのだ。
日向ならば日本政府にも顔が利き、学園上層部にも取り合ってもらえると。
それこそ、お偉方の意見を取り下げてしまえるほどに。
――さすがに権力を使われたら、一般生徒でしかない僕にはなにも手出しができない……!
こうなってしまっては、もうお手上げとしか言い様がなかった。
チェックメイトですらない。御影が駒を動かそうとする前に、投了せざるをえない状況に追い込まれてしまったのだから。
これが、城峰日向。
戦わずとも勝ってしまう、学園最強の生徒会長――!
「聞いての通りだ、御影」
と、そこでアインはおもむろに立ち上がり、並べられた机の列を経由して御影の元へと歩み寄る。
「これは決定事項だ。もはや何者にも覆すことはできない」
コツコツと靴音を鳴らしながら、その脚線美を惜しみなくさらして、日向は懊悩する御影の前に立つ。
本当にどうにもならないのか。このままアインの気持ちすら尊重できず、生徒会の権力に屈するしかないのか。
なにか方法はないか。なにか――!!
「ただひとつ、とある方法だけを除いてはな」
と。
不意に囁かれた言葉に、御影は拍子を抜かれたように顔を上げた。
「え…………?」
「あるのだよ、方法が。生徒会の決議を無効にする方法がね」
知らなかったのか、と御影の顔を覗き込む日向。
「生徒手帳にも記載してあるが、生徒会の決議を無効にしたい場合、全生徒の過半数以上の署名を募るか、もしくは異能戦によって勝利した場合のみ異議が認められると」
知らなかった。生徒手帳なんてそれほど熟読しているわけでもないし、またそういった事態に遭遇した経験がなかったので、正直初耳だった。
しかしながら。
「けど異能戦って、クラス単位で行われるはずじゃあ……」
「通常はそうだが、いくつかの特例のみ異能戦が可能なんだよ。若干ルールは変更されるがね」
「変更……?」
「ひとつ例を上げるならば、数の調整だな。生徒会メンバーに合わせるか、はたまた賛成派か反対派に分かれて行うか。そのへんの取り組みを双方合意の元でルールを決めていく。他の項目は生徒手帳で調べてみるといい」
なるほど。お互いに不平不満が生まれないように、ルールを順次固めていくのか。やり方自体は、普通に異能戦をやる場合の勝利条件や指定範囲の決め方と変わらない。
「無論、決して異能戦でないとダメなわけでない。先に上げた通り、署名を過半数以上用意すれば、異能戦をやるまでもなく決議を無効にできる。署名をしている間は決議も保留となるし、そのまま押し通される心配もない」
もっとも、署名が集まればの話だがね。
そう不適に笑んで、日向は机の縁に腰かけて、優雅に足を組んだ。
署名を募る。口で言うには簡単ではあるが、実際かなり難しいだろう。
アインが在籍している二年D組ならば満場一致で署名してくれるだろうけど、他のクラスの人間にしてみれば赤の他人のようなものだ。転校して日も浅いせいもあって、今回の暴走の件で悪いイメージも先行しているはず。とてもじゃないが過半数以上集まるとは思えない。
となると――
ニタァ
と。
目の前にいる日向が、一瞬ピエロのように口が三日月を象ったように見えた。
ゾッと怖気を走らせつつ改めて日向の様子を窺うと、平素と変わらない凛々しい表情をしていた。
気のせいなんかではない。早々に署名を諦めた御影を見て、いかにも好戦的な笑みを浮かべていた。
待ち望んでいるのだ。御影が生徒会メンバー――ひいては日向に異能戦を申し込むのに。
――このバトルジャンキーめ。
内心毒つきながら、御影は深く嘆息する。
しかしどのみち、異能戦でしかアインを助ける方法がないのは事実だ。それが分かっているからこそ、日向は悠々と釣り針に獲物が喰いつくのを待っているのだ。
覚悟を決めるしかなかった。学園最強といわれる生徒会長に。
だが。
――予定より巻いてしまったけれど、こんなにも早く『彼女』と戦える日が来るなんてね。
学園最強を前にして、御影は身体の奥から湧き上がる高揚感を抑えられなかった。
反芻する。『彼女』との出会いを。
想起する。『彼女』から受けた耐えがたい屈従を。
想像する。『彼女』に打ち勝つ瞬間を――!!
――もう二度、弱いとは言わせないっ!
「さて、どうするか決めたか御影よ」
日向が問う。今度は
「ええ。決めました」
その挑戦的な笑みに。
御影も勝ち気に口角を吊り上げて声高に宣言した。
「宝条学園生徒会長に、異能戦を申し込みます――!!」
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