14話 敗北者はだれか
異能戦、B組対D組。
結果、D組の勝利――。
その知らせは瞬く間に学園全体に広がり、二年D組以外の教室でどよめきが伝播した。
実際、B組に勝利したという事実は多大な影響を及ぼしていた。
中でも顕著だったのが、D組以外の生徒達の反応だった。
それまで、D組の人間が通る度に嘲るような視線を向けていた者達が、認識を改めたように警戒を払っていた。B組などは負けたショックからか、露骨に目線を逸らし、こそこそと身を隠す者すらいた。さんざんバカにしてきただけに、どんなしっぺ返しを喰らうのかと恐々としているのだろう。こちらとしたら別段そんな気は毛頭ないのだが。
というより、みんな勝利の余念に浸るばかりで、B組のことなどもはや頭にない感じだった。むしろ浮かれるあまり、異能戦が終わった翌日など、羽目を外してクラスの男子が裸踊りをするまでだった。補足するまでもなく、クラスメイトの女子生徒にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
そんなお祭り騒ぎが続く中で、御影は――
「なーんや、浮かない顔しとるやんかミーくん」
B組戦から二日ばかりが過ぎた、ある日のことだった。
机に突っ伏して物憂げにボールペンをコロコロ転がしていた御影の元に、美々奈がひょっこりと顔を除き込んできた。
周りにいるクラスメイト達は、未だ興奮冷めやまぬといった調子で談笑に花を咲かせている。話題は言わずもがな、格上のB組に勝利した件だ。しばらくはこの話で持ちきりだろう。
が、中にはアインを気遣うような声もちらほらと上がっており、どこか無理に盛り上がろうとしている風も窺えた。下手したら大怪我に繋がりかねなかったのにだれもアインを批判しないあたり、D組はお人好し連中が多過ぎると思う。虎助や美々奈と一緒になって、御影らが必死に彼女の弁護をしたせいも起因しているのだろうが。
そんな色々と複雑な事情で賑わうD組の教室で、ひとり物思いに耽る御影を見て「辛気臭いなあ」とそばにいた美々奈が無遠慮に言葉をぶつけてきた。
「ひょっとして、ミーくんがマンホールに入ってた件を、ウチがみんなにバラしたことまだ気にしてるん? それやったら大丈夫やって。ちゃんとウチがフォローしといたさかい。うんこじゃなくて通信設備の方やって注釈しといたから。言わば、ミーくんは擬似うんこ野郎なだけで、決してうんこじゃないってな!」
「そのせいで不名誉なニックネームを付けられたりした屈辱を、僕は絶対に忘れないからな」
あと、年頃の女の子がうんこうんこと小学生男子みたく連呼しないでほしい。周りの視線が痛いから。
「そないに怒らんといてぇな。ああいう面白可笑しい話は、ついつい血が騒いでしまうねん。うっかり脚色してしまうほどに」
「そんな血、今すぐ絶えてしまえ」
どうなっているんだ、三船家の遺伝子は。
「それで、なにか用?」
気怠く上体を起こして、御影は美々奈に胡乱な視線を向ける。
「あるっちゃあるんやけど、何や暗い顔しとるさかい、ハゲさせてやろうかいなって思うてな」
「僕の貴重な頭皮になにをする気だ」
そんな暴挙、みすみす見逃すとでも思いっていやがるのだろうか。
「あ、言い間違えてもうた。励ますの方やった」
「励ますってなにを? 別に落ち込んだりしていないんだけど」
「落ち込んではおらんようやけど、悔やんではおるんやろ? この間の異能戦での件で」
「………………」
美々奈の核心を突いた問いに、御影は口を真一文字にして閉ざした。
美々奈の言う通りだ。気が沈んでいるわけでもないが、今回の異能戦は反省点が多過ぎた。
かろうじてB組戦には勝利できたら良かったものの、あんなのは偶然の産物にすぎない。たまたまアインが暴走した際に銀次を真っ先に狙ってくれたから勝てただけのようなものである。
なによりアインの――未然に防げたであろう彼女の暴走を止めることができなかったことが、とても悔やまれて仕方なかった。
あれだけ、アインが態度で警告を発していたというのに。
――焦り過ぎた、か。
勝利を目前にして、つい性急に状況を展開させてしまった。やり方としてはあれがベストだったと今でも信じてはいるが、だがしかし、アインに対する配慮が足りていなかった。彼女の気持ちをまるで考慮していなかった。
熱に浮かれて、愚考に走って。
こんな様では、D組の大将なんて失格だ。
「ソードフェルトさんは、その後どんな感じ?」
自責の念に苛まれつつ、御影は重々しく口を開く。自分などさて置いて、今はアインのアフターケアに努めるべきだろう。
「あー、それやねんけどな。あれから全然連絡つかへんねん。多分寮の部屋にいてんのは確かなんやろうけど」
「そっか……」
力なく応え、御影は隣りの空席――アインの机を見やる。
異能戦が終わった後、アインは一週間ほどの謹慎処分となった。
本来ならもっと重い罰(異能を現実世界で使用した罪で)が下るところなのだが、決して故意ではなかった点と、生徒会長である城峰日向が学園上層部にかけ合ってくれたおかげもあって、比較的軽い処分で済んだ。
が、アインの心には相当に深い傷を残したらしく、現在まったくと言っていいほど連絡が付かなくなっていた。
「心配やなあ。自分の部屋に塞ぎ込んどるんちゃうやろか」
「フネさん、同じ女子寮だったよね? 見舞いに行ったりはしないの?」
「もちろん行っとるよ。けどノックしても全然返事が返ってこおへんねん」
一応、ちゃんと食事は取ってるみたいやねんけどな、と美々奈。
食事が取れているのならそこまで重いものではないのだろうが、やはり心配には変わりない。御影もアインの元へ伺いたいところだが、女子寮は男子禁制(無論、逆の場合もだ)なので、そういうわけにはいかない。歯痒い限りだ。
御影は自宅通学なので学生寮の詳しい規則はそれほど詳しいわけではないが、過去に男子生徒がちょっとした用事で女子寮に足を運んだ際も、取り付く島もな追い返されたという逸話すらあるぐらいだ。厳格なのは美点であるとは思うが、アインの部屋に赴くどころか、女子寮にすら入れないのではお話にならない。用件すらまともに取り合わず、けんもほろろに追い返すというのはさすがに厳し過ぎやしないだろうか。
それにしても、一見芯が強そうに見えて、以外とこんな脆い部分があったなんて。ますます扱いには注意が必要のようだ。異能戦でアインを使う場合はなおさらに。
――なんて、すぐこういう発想をしまうから、みんなにも冷血漢とか言われてしまうんだろうなあ。
自分の悪い癖というか、もはや職業病みたいなものなのだが、だれかと接する時はなるべく表面に出ないよう気を付けねば。いらぬ火種を振りまきかねない。
「そんで、どないするん?」
「どないするって?」
「そんなん、アインさんのことに決まってるやんか。ずっとこのままってわけにもいかんやろ」
「それは、まあ……」
御影としてもどうにかしてやりたいのだが、現状どうすればいいのか分からない。電話は繋がらないし、メールを送っても返信が来ない。アインの部屋にもいけない。彼女自身が外界からの接触を拒絶しているため、御影の言葉を直接届けられない状態だった。
ただ一つ、ある方法を除いては。
「でもなあ、それだけはなあ。失敗した時のリスクがなあ……」
「? なんなん? どないしたんよミーくん」
突然頭を抱えて悩み始めた御影に、美々奈はキョトンとした顔で訊ねる。
「いや、なんでもない。ひとまず、もう二、三日様子を見ようか。あんまり無理に干渉するのもどうかと思うし」
「うーん。一理あるかあ。みんなにケガさせたこと、えらい気に病んでたみたいやからなあ」
「そうだね……」
日向に気絶させられ、その後数時間で意識を回復したアインだったが、詳細を耳にした際の様子が、未だ脳裏に焼き付いたように離れない。
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……』
暴走して周囲に被害を出したと聞いた時、アインは顔を両手で覆って、うわ言のように謝罪を繰り返していた。以前のどこか超然としていた雰囲気など、一切窺えないほどに。
「最悪、謹慎処分が終わっても引きこもる可能性もあるし、デリケートな問題でもあるから、長い目で見ていくしかないね」
「せやなあ。そうするしかあらへんよなあ」
御影の言葉にやたら仕切りに頷いた後、「ところで」と美々奈は唐突に話題を変えてきた。
「結局、ミーくんはだれにするか決めたん? あ、『だれって?』とか野暮なこと訊かへんといてな」
「能力付与のこと?」
そうや、と快活に首肯する美々奈。
能力付与とは、異能戦に勝利したクラスのみに与えられた権利の総称である。負かしたクラスの内二人から、一定期間だけ異能をコピーできる、いわば戦勝品だ。
異能戦が終わった直後は、さすがに双方とも重軽傷者がいたのですぐにとはいかなかったが、その翌日には完全に回復していたので――異能を扱う学園なだけあって、超常としか思えない処置だ――すでに能力の選択は済ませていた。
「選んだんは『切断』と『異能封じ』の二つ。まだどっちともコピーさせてないんやろ?」
「うん。こうしてケースの中に入れて保管してるよ」
言って、おもむろに御影は懐をまさぐり、透明のケースを取り出した。
そこには飴玉ほどの二つの球体が、カラコロと音をたてて転がっていた。ケースは丸みを帯びていて、ちょうど試験管をミニマムサイズにしたような感じである。補足しておくと、青と白に分かれていて、青い方が『切断』。白い方が『異能封じ』となっている。
「ほぉ、いつ見ても単なるビー玉にしか思えへんなあ。ちなみに、これってどうやって使うん?」
「手の甲に押し込むだけだよ。後は手の中に消えて、契約印が浮かんで、そしたら終了」
「契約印? なにそれ?」
「文字通り、契約が完了したっていう印だよ。紋章みたいなのが手に浮かんでくるって思ってくれたらいい」
「ふぅん。あれやな、若気の至りで目立つ箇所にタトゥー入れてもうたバカチンみたいなもんか」
「う、うん。だいたいそんな感じであってるかな」
言い方にちょっと悪意を感じるが。
なにか、個人的な恨みでもあるのだろうか。
「そんで話を戻すけど、だれに使うかはもう決めたん?」
「いや、まだだよ。もう少しばかり時間がほしくてさ」
一応どのタイミングでだれに使わせるかは候補に入れてはいるが、準備も万全とは言い難いし、なによりアインの様子が気掛かりだった。別段急ぐ理由もないし、ここはじっくりと次の作戦を練っておきたい。
「時間なあ。ちゅーことは、次に異能戦をやる相手は決まってるんやな? 順当なとこでA組なんやろうけど、勝てる見込みあるん?」
「どうかな。どちらにせよアインさんが抜けている間は戦力も減ってしまうし、こちらから異能戦を申し込むのは避けたいところかな」
そのアインが、再び復帰するとは限らないけれど。
たとえ運良く戻ってきてくれたとしても、今度こそ『鬼』の力を使うのを拒むかもしれない。それならそれで別の使い道もあるし――それこそ今回得た二つの異能のどちらかを付与させるのもひとつの手である。
どちらにせよ、人手が多いのに越したことはないし、早めに戻ってくれるのを祈るばかりだ。
「まあええわ。D組の委員長はミーくんやしな。頭脳労働はずる賢いミーくんに丸投げするわ」
「ずる賢いは余計だよ。しかも任せるんじゃなくて丸投げにするのかよ」
「それはそうとミーくん」
強引に話を変えられた。
「……なにさ」
「ミーくんと生徒会長の関係について、色々訊きたいんやけど」
うっ、と思わずたじろぐ御影。
そんな御影の様子に、美々奈はニヤリと卑しい笑みを浮かべて、さらに詰め寄る。
「端から見とったけど、生徒会長とミーくんって顔見知りなんやろ? どういう関係なん?」
おそらくは、日向が体育館の壁を破った時の話をしているのだろう。あれだけ派手な登場をして御影の名前を呼んでいたのだから、いつかこうして問い詰められる日が来るとは覚悟していたけれど、みんなが勝利の余韻に浸っている間はしばらく大丈夫だと思っていたのに。
「どうなんどうなん? どういう関係なん? 学園最強で国からも一目置かれとる大物と、一体どこでどうやって知り合ったん?」
「あー、まー。一応因縁浅はかならぬ関係というかなんというか……」
嬉々として顔を寄せる美々奈に、御影は曖昧に言葉を濁して露骨に目線を避ける。
まずい。覚悟はしていたけれど、追求された時の対応をまるで考えていなかった。アインや次の異能戦のことで頭がいっぱいだったせいもあるが、自分としたことが迂闊過ぎた。
しばしそうして、猫に追い立てられたネズミみたいな心境を味わっていると、
「おーい、ミカ。頼まれてやつ、持って来てやったぞ~」
救世主、現る。
「ありがとうトラ! ずっと君のことを待っていたよ!」
「お、おう。あれ? ミカってそんな大袈裟なやつだったけ?」
教室の戸を開けた途端、輝かんばかりに破顔して走り寄ってきた御影に、虎助は顔を引きつらせながら手を上げて応える。
「なんなん? トラくんになんか頼んでたん?」
惹かれるように、トテトテと御影達の元に近付いてきた美々奈。どうやら日向との関係から虎助の頼みごとへと興味を移してくれたことにホッと胸を撫でおろしつつ、
「トラにね、去年の生徒会選挙に関する映像資料を集めてもらったんだよ」
と、御影は返答した。
「選挙? 映像資料?」
「うん。トラの知り合いに去年の選挙の様子をカメラで撮っていた人がいてね、それを借りてきてもらったんだ」
「あー、トラくんイケメンやから、D組の人間でも他のクラスの女の子に顔が利くもんなあ」
美形は得よね、とこくこく頷いてみせる美々奈。そういう美々奈も、十分に美少女の部類に入る方だと思うのだが。
「でもそんなん、ウチに言ったらいくらでも調達したったのに」
「フネさんに頼んだら、見返りを求めてくるじゃん……」
「イヤやわ~。ギブアンドテイクや言うてぇや」
金どころか、社会的地位まで失いかねない情報を要求するのが、美々奈の言うギブアンドテイクなのだろうか。
「つーわけで、ほらよミカ。お目当ての品だ」
言って、虎助は制服の胸ポケットからUSBを取り出して、御影に手渡した。
「ありがとう、トラ」
「いいってことよ。けどよ、そんなのどうするんだ?」
「ま、色々とね。これからきっと役に立つ代物だよ」
「あ、ミーくんが悪巧みする時の顔になっとる! 今度は生徒会相手に鬼畜な真似するん?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれるかな、フネさん……」
「ああそうだ。生徒会と言えば」
と、虎助はなにかを思い出したように再び胸ポケットに指を突っ込み、四角折りにされた紙を取り出した。
「ここまで来る途中に生徒会の知り合いって人に言伝されたんだけど、この紙をお前に渡してほしいってさ」
「僕に?」
怪訝に思いながらも、御影は紙を受け取って、その場で広げた。
『二年D組高坂御影。今日の放課後、生徒会室に一人で来られたし。』
「………………」
紙を折り直して、眉間にシワを刻む御影。
「どうしたミカ。いきなり難しそうな顔して」
「なんなん? なんて書いてあったんよミーくん!」
訝る虎助と興味深々といった表情で訊ねる美々奈に「うーん」としばらく唸った後、御影は当惑しつつ言葉を返した。
「多分、挑戦状?」
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