11話 御影の策略
『うわあああ…………』
『ミーくんきったな! えんがちょ! えんがちょ!』
「絶対そういう反応されると思ってたよ……」
虎助と美々奈のあからさまなドン引きに、御影は気落ちした声で返す。
『ミカ。いくら勝負に勝ちたいからって、もう少し自分の体を労わるべきだと俺は思うぞ?』
『ウチも同意見や。もっと友達を頼ってええんやで。ウチは友達やめるけどな』
「違うんだよ二人とも。僕の話を聞いてくれ……」
憐憫に満ちた言葉をかけてくる二人に――約一名、ものすごく薄情ことを言っているやつがいるが――御影は頭を痛めつつも弁解する。
「マンホールって言っても、汚水が溜まっている方じゃない。電気や通信に関する方なんだよ」
『電気や通信? そんなんあるん?』
聞いたこともない話なのか、初耳とばかりに問い返す美々奈。
「あるんだよ。マンホールには汚水を溜めるもの、雨水を逃がすもの、電気や通信のケーブルを管理する場所と、色々用途によって違ってくるんだよ」
マンホールと聞くと汚水のイメージが先行しがちだが、決してそれだけではない。御影が上げたもの以外でも、点検時に人が入るためのものや、小さいもので消火栓に使うものと多岐に及ぶ。
御影のいる通信ケーブル用のマンホールは、灯りが点いているせいか、想像していたよりも明るい。目の前には太いパイプじみたケーブルが機械と一体になっており、素人である御影にはどういう構造になっているか、微塵たりとも分からない。今後も、きっと知ることはないだろうが。
『でもそういうのって、関係者以外は全身入れないようになってるもんじゃないのか?』
「普通の場合だったらね。でもうちのクラスに、フタならなんでも開けれる人がいたでしょ?」
御影の返しに、虎助は「あー」と納得の意の示した。
この間、新担任であるみるくと顔合わせをしていた際にも漏らしていたが、二年D組にはフタならなんでも開けられる異能を持つクラスメイトがいる。そのクラスメイトの異能を借りて、マンホールのフタを開けてもらったのだ。
『ちょっと前にかくれんぼの必勝法がどうとか言ってたけど、こういうことだったのか』
『そういや、そんなことも言うてたなあ。そらあ、まさかマンホールの中に隠れてるなんて、だれも思わんわ』
まさにしかり。
かくれんぼの必勝法とはすなわち、いかに相手の予想もつかない場所に隠れるかが重要になる。
たとえば猛犬がいると有名な民家や、不良がたむろしている駐車場などに好き好んで近寄ろうと思う人間はそうはいまい。そういう意識から除外しているところこそ、絶好の隠れ場となるのだ。
『つまりうんこ野郎なミーくんは、異能戦が始まってからずっとマンホールの中に隠れてたことになるん?』
「だからうんこの方じゃねぇつってんだろうが」
ドスの利いた声ですかさず突っ込む御影。
どうやら美々奈には、後でキツく訂正しておかねばならぬようだ。
憤りつつ、御影は気を取り直して、
「委員長さえ倒されたらお終いのルールだからね。捕まりでもしたら元も子もないし、異能戦が終わるまでずっと隠れていようって作戦だよ」
これが、かねてより考えていた御影の奇策である。
人員を分散させてD組の殲滅に心血を注いでくることはあらかじめ予想していた。だったらその間御影は絶対に見つからない場所で身を隠し、仲間達には安心して敵の迎撃に集中してもらえるよう、一計を案じてみたのだ。
その計略も上手く嵌って、銀次も今や群れからはぐれた狼みたいなものだ。そういうやつほどヤケになってなにをしでかすか分からないので、より注意を払う必要があるが。
もっとも追い込んでいるのはこっちだし、この先銀次らが御影一点狙いにしぼっても、絶対見つかりはしないという自負がある。あとはいかにして銀次の取り巻き達を排除して、勝利へと導くかが肝となってくる。
――現状、数だけならこっちに分があるし、タイムアップを狙って勝つ方法もなくはない。
なくはない――が、腐っても相手はB組。態勢を整えられたら逆転される可能性だって十分にある。
どうにか策をろうじて相手を翻弄させているが、それもいつまで保つか不明瞭だ。実力だけならばB組の方が格段に上であるし、小細工なしの真っ向勝負で挑まれたら、迷いなく銀次達に軍配が上がるであろう。
あくまでも、まったくの無策でかかればの話ではあるが。
――チェックメイトに至る布石はすでに打っておいた。けど、不安だけは拭いきれないんだよなあ。
上手く策が嵌れば一気に勝利へと持ち込めるが、いかんせん、『彼女』には未知数が多い。そんな不確定要素に頼る時点で推して知るべしだが、しかしながら御影が考えた中で一番勝率が高かったのだ。
最悪、敵の数だけでも減らしてもらえば、残りのみんなでもなんとか対処できようが、願わくばつつがなく役目を果たしてもらいたいものである。
『にしても、驚くほどミカの狙い通りだったよなあ。一ノ宮が本校舎に陣取るとこまで読んでたし』
思索の淵に沈んでいた最中、ふと漏らされた虎助の言葉に、
「ん? ああ」
と、御影は胡乱に反応する。
「良くも悪くも、一ノ宮くんは分かりやすい性格をしてたからね。堂々と自分達の在籍しているクラスに陣取って僕らを蹴散らすつもりなんじゃないかなって考えたんだよ」
『あいつが自信家だからか?』
「その通り。D組相手にこそこそ逃げ隠れするぐらいなら、大胆不敵に分かりやすい場所で返り討ちにした方がカッコいいだろうっていうのが、一ノ宮くんのキャラクターかなって。だからまず本陣を叩く前に、他所にいる敵を倒して一ノ宮くん達の裏をかきつつ、じわじわと不測の事態を起こして混乱させてやろうと思ってね」
『なるほどな。本校舎に監視役のフネさんだけを置いて、第二校舎と第三校舎に半々で人員を割ったのも、数にものを言わせてのことか』
「もちろんそれもあるけれど、本校舎って机と椅子が並べてあるだけの教室ばかりで隠れるところが少ないしね。部室や実験室みたいな物が溢れている第二、第三校舎みたいな箇所の方が奇襲もさせやすかったんだよ」
B組も個々でD組のみんなを探していたようだが、本校舎と同じで第二と第三で十人ずつ、その上で各階にニ、三人だけしかいなかったのも、実に好都合であった。
時間がなかったせいか、満足に教室を調べられず、見回りの方に徹してくれたものだから、虎助達にしてもずいぶんと隠れやすかったことだろう。
『なんやミーくんばっか活躍したみたいな言い方やけど、ウチかてめっちゃ頑張ったんやで? 八面六臂の大活躍やったんやで?』
虎助が御影ばかり称賛して嫉妬を覚えたのか、美々奈の妙にくぐもった声が通話口から届いた。子どもみたく頬でも膨らませているのだろうか。
『悪りぃフネさん。別にフネさんをないがしろにしてたわけじゃないぞ?』
「そうだよ。特にフネさんが調べてくれた異能表もすごく役立ってる。フネさんには感謝してるよ」
事実、異能表がなければここまで
それと、架空フィールドの稼働域を調査してくれたことも大きい。マンホールの中まで架空フィールド化していなかったから、こうして御影は安全なところで指示を飛ばせなかっただろうから。
実に、美々奈さまさまである。
『ふふーん。もっと褒めたってええんやで。情報料はまけんけどな』
『ミカお前、金取られるのか……』
「何かを得るには何かを失わずにはいられないらしいんだよね……」
本当に、この金にがめついところさえなければ、素直に褒める気にもなるというに。おのれ守銭奴め。
『おっと、一ノ宮が動き出したみたいだな。そろそろ切るぜ』
『ほなウチも。第三校舎に余計なヤツが来んよう聞き耳立てつつ見張っとくわ。ほななー』
「うん。二人とも息災で」
ピッと通話を切り、御影は浅く嘆息しつつ、じめったい壁に背を預ける。
――さあ、泣いても笑ってもこれが最終局面だ。この異能戦に勝てるどうか次第で、『あの人』に近づけるかどうかが決まる……。
地下空間にいるせいか、じわりと全身に汗を感じながら、御影は祈るようにケータイを握りしめた。
◇◆◇◆
「新山さんと私、そして一ノ宮くんを入れて中衛。あなた達二人は前衛、内一人は後衛でD組の奇襲に警戒して」
連絡を受けて急遽B組の教室に馳せ参じた護衛班三人に、天理が次々に指示に飛ばす。
現在所は二年B組の教室前。そこに六人ほどの生徒が、円を描いて集まっていた。
本来ならば、ここに偵察班である二人が来るはずだった。が、どれだけ連絡を取ろうとしても、一切ケータイが繋がらなかったのだ。
「諦めるしかないわね。様子を見に行く時間も人いないのだから」
と言うのは、偵察班への通話を切って天理の意見である。
「今は一刻も早く、ここから脱出すべきよ。煙に巻かれるより早く、D組が第三校舎に大挙する前に」
それには銀次も賛成、というより賛成せざるをえなかった。
煙が本校舎に流れ込む前にというのが言わずもがなであるが、第二校舎から出火し、本校舎も危険域と化した今となっては、現状最も安全である第三校舎(または校庭)に人が避難してくるのは自明の理だ。
なればD組がたむろするより前に、先んじて第三校舎のどこかで陣取り、迎撃態勢に入る必要がある。
確認しようもないが、こうなるとD組よりもB組の方が人員がたりていない可能性も考慮しなければならない。そういう意味では、殲滅にこだわるあまり、本校舎以外でクラスメイト達を個々に配備したのは失敗だったかもしれないと、今更ながら後悔の念が押し寄せる。
始めからグループを形成させて行動させておけば。油断せず、もっと用心するように言い含めておけば。殲滅はあくまで理想にとどめておいて、D組委員長である高坂御影を先に狙うよう命じておけば。先に立たない後悔ばかりが思考を埋める。
後悔したところで始まらないのは自分でも分かっている。だが、格下とあなどっていた有象無象にしっぺ返しを喰らわされて、想像以上にショックが大きかったのだ。
見兼ねた天理が、実質指揮を取るぐらいに。
もとより、参謀役を務めていたのでこういった事態にも難なく対応してくれてはいるが、委員長である銀次としては面目ない次第であった。
「頭を切り替えましょう。決して負けてるとは限らないのだから」
暗い表情を見せる面々――特に意気消沈とする銀次を励ますように、天理は手のひらを叩いて声を張り上げた。
「むしろこれは好機かもしれないわ。仮に数の上でD組が勝っているのだとしたら、タイムアップを狙って第三校舎に潜む可能性が十分あるわ。単純な戦闘力なら私達の方が圧倒的に優れているし、まとまりつつ各個撃破でいけば、必ず勝機は見えるわ」
運良く残っていた子達とも、第三校舎で合流できるかもしれないし、と続ける天理。
「あのあのあの、も、もしもD組の人達が全員で襲いかかってきたら、危なくないんでしょうか?」
「逆に好都合だわ。さっきも言ったけれど、単純な戦闘だったらこっちの方に分があるし、私達六人だけでも渡り合えるだけの余力があるわ。それにわざわざ探す手間も省けて一石二鳥よ」
おずおずと挙手した新山に、天理が毅然と応える。
「とにかく、ここだと落ち着いて話もできないわ。さっそく動きましょう」
天理に促され、指示された陣形で行動を開始する。
護衛班二人を先頭に、銀次達は第三校舎までに至る中央通路口へと向かう。
「周りによく気を付けて。いつ襲ってくるとも限らないから」
移動しながら、天理はみんなに注意を呼びかける。
「一ノ宮くんも、いつまでも無様に落ちこんでないで、大将らしく堂々としなさい」
「……分かっているよ」
ぶっきらぼうに応えつつ、銀次はみんなに守られる形で共に歩む。
自分でも分かっている。落胆したところで、もはやどうしようもないのだと。
が、自尊心を傷付けられ、味方にも取り乱す姿を見られ――これ以上の屈辱を受けたことが過去にあったろうか。
銀次の歩んできた道は、いつだって輝かしいものだった。自分の人生に苦難の二文字はなく、栄光こそ自分たらしめる言葉だったはずだ。
それなのに、どうだ。地べたを這いずる駄虫だと見下していた連中にコケにされて。
仲間に同情の視線を向けられて。
ことごとくみじめな仕打ちを受けて。
プライドの塊みたいな銀次にとって、筆舌に尽くしがたいほど忌むべき事態であった。
敗北と呼ぶには早過ぎる。挫折と呼ぶには軽過ぎる。
それでも銀次にとって、きっと生まれて初めてとなる逆境だった。
「だだだ、大丈夫ですよ! 今からでも巻き返せます! 一ノ宮くんは優秀なんですから!」
右隣りを歩く新山に、ぎこちなく励まされる銀次。印象の薄いクラスメイトではあるが、女の子にここまで熱っぽく語られると銀次としても悪い気はしない。むしろ嬉しい。
「そうね。私も賛同するわ。テンションも口調も至極ウザくはあるけれど、みんなを盛り上げるだけのカリスマ性はあるんだから、いつも以上に胸を張っておきなさい」
自身満々でない一ノ宮くんなんて、逆に調子が狂うだけなんだから。
言って、照れたようにそっぽを向く天理。銀次の左手側に並んでいる彼女ではあるが、そばにいてくれているおかげで耳が赤く染まっているのが視認できた。
その初めて見る表情と、普段は悪罵しかない天理に褒めるような言葉をかけられて、銀次は思わず目が点となった。
「驚いた。君もデレたりするんだね」
「デレてない! 勘違いしないで!」
何というテンプレートなツンデレ的反応だろう。一種の感動すら覚える。
「ふ、ふふふ――」
自然と笑みが零れた。せり上がる感情はとても清々しく、気分が良い。
「まったく世話を焼かせるね君達は! このぼくがいないと士気が上がらないだなんて!」
それまで沈鬱とした顔が嘘のように、銀次は煌めかんばかりの気色満面の笑顔を浮かべて胸を威丈高に胸を反らした。声にも以前の陽気さが復活しており、いつものウザいテンションも――否、一層増して高揚していた。
「なに、安心するといい。優秀なぼくが――いや、天才なぼくがこの状況を立て直して、すぐさまひっくり返してみせよう!」
「だれも天才とまで言ってないわよ。本当、お調子者よね」
「でもでも! やっぱりそちらの方が素敵です!」
呆れる天理とは反面、新山は嬉しそうに声を上げる。周りにいる者達もつられて可笑しそうに口許を綻ばせた。
これだ。これこそがB組だ。
ムードメーカーの銀次がクラスを率いてこその二年B組なのだ。
自分はなにを過去の失態にこだわっていたのだ。天才に失敗は付きもの。かの偉大なエジソンもよく言っていたではないか。
まだまだこれからだ。反撃の手はいくらでもある。ここから巻き返していけばいいのだ。
――天才なぼくならば、一発逆転なんて造作もないさ。
完全に暗澹とした雰囲気を払拭させ、銀次達は意気揚々と三階中央口の中枢付近までたどり着く。
が――
その和やかなムードは、意図もあっさり崩壊することなる。
轟音。
轟音としか言い様がなかった。
轟音と共に、突如としてひび割れた天井から、瓦礫と積み上げられた椅子や机などが頭上から降ってきたのだ。
「なっ――――!?」
予想だにしなかった事態に、銀次は血の気が引いたように顔面を蒼白させて、脊髄反射的に頭を抱えて屈み込む。
先頭にいた護衛二人が瓦礫や椅子などにまみれ、周囲から絶叫が上がる景色の中で。
さながら天使のごとく、燦々と照りつく陽光を背に、アインが華麗に舞い降りたのが見えた。
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