6話 宣戦布告



「で、結局どうなん? ミーくんはアインさんとどんな関係なん?」



 虎助と一緒に体育館へと向かっている最中、不意に背中を指で突かれて振り返った。

「……しつこいね、フネさんも」

「当たり前やん。こんな面白そうなネタ、絶対逃しはせえへんで~」

 迷惑そうに半眼になる御影にまるで厭わず、美々奈は左隣りに並んで口端を吊り上げた。

「フネさんは本当にゴシップ好きだよなー。ゴシップなしでは生きられないって感じがする」

 御影の右隣りで並行する虎助が、美々奈をそう評する。決してバカにしているわけではなく、素直な気持ちをそのまま伝えた感じだった。

「よお分かってるやんかトラくん。せやで、ウチはゴシップに生きる女――情報こそがウチの人生における潤滑油や」

「勝手に潤滑油にされた身として、たまったもんじゃないけどね。油まみれでギトギトになった気分だ」

「あっはっはっ。なかなかおもろいこと言うやん、ミーくん」

 褒められたところで、微塵たりとも嬉しくない。

「ちなみに、その噂とやらの僕に対する評判を聞いても大丈夫?」

「ええよー。なんや女たらしやら美人キラーやら、実は愛人がいっぱいおるとんでもないクズやら、めちゃくちゃ言われとるで」

「酷い言われようだな、ミカ」

 同情の眼差しを向ける虎助。実情を知っている虎助だからこそ向けてくれる憐憫ではあるが、風の噂程度にしか小耳に挟んでいない者からしたら、美々奈のような感想が抱いたとしても無理はない。

「なになに、やっぱこの写真みたいにアインさんをたらしこんだん?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれるかな。あと、その写真も無闇に出さないで」

 懐から取りだしてきた写真を掴もうとするも、美々奈にヒョイと素早く躱された。実に腹立たしい。

 幸いなるかな、周りの人間にスクープ写真を見られずに済んだ。御影達と同じく、校庭へと向かっている生徒が廊下に三々五々と集まっているのだから勘弁してほしいところだ。

「ちょっとした経緯で彼女を助けただけだよ。彼女に対してやましい気持ちはこれっぽっちもない」

「ちょっとした経緯ってなんなん?」

「ソードフェルトがB組の野郎に絡まれてたところをミカが助けたんだよ。少しキザっぽかったけど」

 美々奈の質問に、御影が答えるより早く虎助が代弁した(一言余計ではあったが)。

「へえーっ。ミーくん見かけによらずやるやん! 朴念仁みたいなところあるのに!」

「お前らは最後に余計な言葉を添えないと気が済まないの?」

 ケンカを売っていると受け取っていいのだろうか、これは。

「まあまあ、そんなに気を悪くすんなよミカ」

「せやせや。これでもウチ、ちゃんとミーくんのこと信じてたんやで?」

「本当かなあ。嘘くさいなあ。フネさんだしなあ」

「ちょい待ちや! なんでウチやと信用できへんねん! 納得のいく説明してぇや!」

「この間、廊下を歩いててうっかりつまづいて壁に頭をぶつけた時の話を、尾ひれ背びれ付けてペラペラ喋ってたお下げ娘のいうことなんて信用ならないなあ。誰だよ、『ミーくんが廊下でバナナの皮踏んづけてスベって転んで通りがかりの女子のスカートをずり落としたらしいでぇ~』って笑いながらクラスのみんなにあることないこと言いふらしてたヤツ」

「ほんま怖いなあ。噂話ってすぐ内容が変わっていくさかい、真実を見極める目が必要やわ~」

 あからさまにしらばっくられた。

 あの後、どれだけ苦労したと思っていやがる。



 ――まったく。こういうやり取りばかりしているから、クラス内でズッコケ三人組とか言われるんだよなあ。



 虎助とは親交も深いのでよく行動を共にしているのだが、なぜだかそこにもれなく美々奈も引っ付いてくる時が多々あり、D組内では完全にトリオとして見られている。

 別段美々奈は嫌いでないし――困った趣味は持っているが――なんなら友達ぐらいにも思っている。このゴシップ好きさえ目を瞑れば、美々奈の明朗快活な人格は個人的にも好ましい。裏表がはっきりしているというか、むしろ裏しかない点などが、いっそ清々しくて接しやすいのだ。他人にこうも自分の腹の内を明かす人間など、そうはいまい。

 が、そういった決して尊敬できない分が周りの耳目を集めてしまい、一緒にいる御影や虎助にまで同一視されてしまうのだった。はっきり言って二次被害の何物でもない。

 まあ、美々奈ともそれなりに付き合いは長いし――年数でいえば虎助と変わらないけれど――今となっては諦めの境地ではあるが、他のクラスの生徒にまで目立つ行為は極力控えてもらいたいところである。

 そういった内情もあり、なおさら御影とアイン――それも美少女転入生とのスクープ写真を奪取したいところではあるのだが、生憎と美々奈がふところに収めているせいもあって、手の出しようがない。

 せめてもの意趣返しにと、片目を眇めてやると、さすがに悪いと思ったのか、

「そんな怒らんといてぇなミーくん。代わりにおもろい情報を仕入れたったんやから」

 と美々奈が苦笑を浮かべながら話を振ってきた。

「内容にもよるよね」

「そら大丈夫や。なんせミーくんの知りたがってたアインさんの情報やからな」

「ソードフェルトさんの?」

「せや。HRの時アインさん、異世界の迷い子ロストチャイルドやって言うてたやろ? あの後ウチなりに色々調べてみてん」

「ああ、なんか仕切りに携帯いじってたのって、それだったんだ」

 道理で、HRの後にすぐ御影とアインとの関係を問い詰めたなかったわけだ。

 しかし、携帯端末だけでどうやって個人の過去を調べたのだろう。芸能人や凶悪犯罪者とかならともかく、一般人では調べようにも情報が少ないように思えてならないのだが。

 それとも、ハッカーよろしくネットワークにも精通していて、個人のプライベートな情報すら手のひらの中なのだろうか。想像するだけで背筋が寒くなる話である。藪蛇なので、絶対口には出さないが。

「それで、一体何が分かったの?」

「アインさん、とある人に世話になったゆーてたやろ? あれな、どうも生徒会長のことみたいやねん」

 ぴくっ、と眉を微動させる御影。



 生徒会長。

 六人しか入れないと言われているS組の一人で、御影達と同学年。

 そして、一年生ながら生徒会長に当選し、実質、宝条学園最強と謳われている規格外。



「なんでも異世界におった時にかなりヤバい状況に陥ってたらしくてな、そん時に生徒会長に助けてもろうたみたいやねん。ほんで重傷やったし、こっちの世界に連れて帰って良い病院紹介してもろうて、手厚く保護までしてくれた生徒会長に恩義を感じてるって話らしいねん」

「生徒会長って、確かソードフェルトと同じ異世界の迷い子ロストチャイルドだったよな? じゃあその時の知り合いか?」

 虎助の疑問に、「ちゃうちゃう」と手を振って否定する美々奈。

「ほら、生徒会長ってこの学園に来る前から政府に頼まれて異世界遠征に行ってたって話があったやん。そん時に知り合ったみたいやで」

 噂じゃあ宝条学園に入学したんも、向こうからスカウトが来たかららしいで、と付け加えつつ、美々奈はふところから取り出したメモ帳のページをぺらぺらと捲っていく。

「よくそこまで調べられたね」

「こんなん大した労力やないで、ミーくん。宝条学園のSNS見たら一発やったわ」

「SNS?」

「せや。だってあれだけの美人やで? しかもミーくんと熱烈なチュウまで交わしたやんや。騒がれん方が変やろ」

「未遂なんだけどなー」

 と突っ込みつつ、かなり衆目に晒されていたし、美々奈の言も一理ある。

「そんで一番興味深いんはな、騒動があった時に近くで生徒会長も居合わせてたらしいんや」

「生徒会長が……?」

「そうやねん。でな、たまたま一緒におった子とアインさんの話になったみたいで、こう話しとったらしいねん」



 実力だけなら、彼女はB組相当だろうね――――。



 美々奈が生徒会長の口調を真似るように言う。

 正直似ていなかったが、振りだけでも彼女の勇ましい姿が脳裏に映った。

「それってマジか! だとしたら、D組の戦力が大幅にアップできんじゃん!」

「せやろせやろ!? トラくんもそう思うやろ!?」

 はしゃぐ二人をよそに、御影は顎に指を当てて黙考する。

 B組相当というのは、おそらく異世界に迷い込んだ際に得た異能のことを指しているのだろう。あちらの世界の異能は破格だし、最弱ばかりの能力しかないDクラスにとっては心強い人材となりえるだろう。

 が――



 ――という言い方が妙に引っかかる。なにか欠点でもあるのか?



 それに、生徒会長とアインとの関係も気になる。憶測でしかないが、アインがD組に入ったのも裏があったりするんじゃなかろうか。話の端々でちらつく生徒会長の影が、やけに薄気味悪くて落ち着かない。



 ――『彼女』のことだ。なにを企んでいるかわからないし、用心しておいた方が無難だな。



「フネさん。ソードフェルトさんの異能についてなにか知らない?」

「アインさんの異能かー。ウチも調べたんやけど、今はなんも分からん状態やなー。あとでアインさんにも訊いてみるけど」

「でも、イヤがってなかった?」

「ダメ元で訊くつもりやから期待はしてへんよ。ていうか、ミーくんやったら答えてくれるんちゃうん? 助けてもろうた恩やるし」

「どうかな。ちょっと警戒されているみたいだし」

 察するに、詮索されるのを拒絶しているような感じだったので、これ以上は逆効果になりかねない。おいそれと明かせない事情があるのだろう。

「そういえば、そのソードフェルトはどこに行ったんだ? 俺がクラスのヤツと話していた時には、もういなくなってなかったか?」

「それなら、クラスの女子連中と一言二言話してから、さっさと教室から出て行ったよ。多分、校庭の方へと向かったんじゃないかな」

 おそらくクラスメイト達からの追求を避けたかったのだろう。特に御影と美々奈には。

 そういう意味では、純粋に彼女と仲良くなろうとしていたクラスメイト達に悪いことをしてしまったかもしれない。素直に反省だ。

「ミーくんは当てにできんかー。せやったやら、あとでもっと漁ってみるしかなさそうよなあ」

「かもね。なにか分かったら僕にも教えてよ」

「ミーくん。人生は等価交換が常なんやで」

「……基本がめついよね、フネさんってさ」

「ミカ、今更だぞそれは」

 と、クラスメイトに情報料をせびる美々奈に二人して引いてると――



「また会えたね! 運命の君!」



 突然響いてきた、演劇じみた仰々しい大声。

 ちょうど一階へと辿り着き、校舎から出ようとしていた最中の出来事だった。見ると中央口付近で人だかりができており、ちょっとした騒ぎとなっていた。

「おいミカ。今の声って……」

「うん。『アレ』と同じ声だったね」

 顔面を険しくする虎助とは対象的に、至って御影は冷静に断定する。

 SNSで情報が流れていると耳にした時点で予測はしていたが、思っていたより行動が早かった。アイン自体も目立つ容姿をしているせいもあって、探すのに労も費やなかったのだろう。

「二人とも、知っとる声なん?」

「ああ。あれが件のソードフェルトを口説いてた野郎だよ」

 美々奈の疑問に、虎助が吐き捨てるように答える。

「うひょ! こりゃあ特ダネの匂いがするでぇ!」

「ちょ! フネさん!」

 御影の静止の声を振りきり、美々奈は喜色満面に騒動の渦中へと突っ込んでいってしまった。

「あーあ、行っちゃった……」

「それよかミカ、俺達も行った方がよくないか?」

「…………だね」

 騒ぎの中心になっているのは、間違いなくB組の彼とアインだ。放っておけば余計火種が肥大しかねない。

 虎助と連れ立って、人波をかき分けながら輪の中心へと歩む。



「あれから君の美しい姿が瞳に焼きついて頭から離れられなかったよ! ああ、君はなんて罪作りな女性なんだ。ぼくの心に火を付けるばかりか、こんなにも夢中にさせるだなんて!」

「あの、離してください。体育館に行けません」

「なら、このまま手を繋いで行こうではないか! なに、ちゃんとぼくエスコートするから、心配ご無用だよ!」



「いたな……」

「いたね……」

 今朝とまったく変わらないやり取りをしている二人に、虎助と同じく呆れたように半眼になる御影。がっちりとアインの手首を握っているあたり、今度こそ逃すまいという気迫が窺える。むしろ暑苦しい。

「ひとりで行くので結構です」

「遠慮しなくていいのだよ。だいいち、あの時の恋人はどうしたんだい?」

 男子生徒の問いに、アインは若干眉間を寄せた。

「HR中にSNSで確認させてもらったよ。君、恋人のいるD組に特別編入したんだってね」

 得意げに語る男子生徒に、虎助はチッと舌を打った。まさかこんなに早く気付かれるとは思ってなかったのだろう。

 反面、御影は美々奈からSNSの話を聞いた時点で、いずれこうなるであろことは覚悟していた。そのせいもあって、御影は冷静に状況を観察しながら、出処を見極めていた。

「あれだけ過激な真似をしておいて、同じクラスになった恋人を置いてひとりで行動するなんて、おかしな話ではないかい?」

「……ひとりでいる方が好きなだけです」

「なるほど。けれどね、よくよく思い返してみても、どうにも腑に落ちないというか、君の態度に疑念を抱かずにはいられなくてね」

「態度……」

「そうさ。あの時の君は、恋慕する彼に会ったというより、まるで初対面の人間に接するかのような対応だった」

 なかなかに鋭い。甘やかされた金待ちの坊ちゃんといった感じのクセに。

「それに、ぼくからは見えない体勢で接吻したみたいだけれど、本当に唇を重ねていたのかな? ぼくを謀ろうとしたんじゃないのかい?」

「………………」

 図星なだけに反論が思い浮かばないのか、アインはわずらわしそうに目を眇めつつも押し黙った。

「しかも、だ。どうやら君、B組並みの実力を持っているらしいではないか。そんな君がD組ごときに甘んじるなんて悲劇だよ! あんな低脳どもの中に混じってはいけない! いずれ毒されてしまうっ!」

 ずいぶんな言われようだった。

 まあ、D組のDはダメダメのDとか陰口を叩かれてるぐらいだし、心象は最悪なのだろう。

「君はぼくらみたいな有能な人間といるべきなのさ。なにせ、ぼくもB組の委員長だからね!」

 去年と同じく、どうやら彼は今年もB組になったらしい(しかも、また委員長に)。

 それ以前に、B組も他の者から見れば少し優秀という扱いなだけで、決して胸を張るほどのものではないのだが(D組からしてみれば、十分に秀でている方ではあるけども)。



「さあ、ぼくと来たまえ! 君はぼくにこそ――この一ノいちのみや銀次ぎんじにこそ相応しい!」



 高らかに男子生徒――銀次がアインに思いの丈を告げる。

「私は誰とも懇意にするつもりはありません。ですから貴方と行くつもりなどさらさらありません」

「おや、認めるのだね。恋人なんていないのだと」

「…………っ」

 常にクールな表情を保っていたアインが、ここにきて初めて顔相を険しくさせた。癪に障る下卑た笑みを浮かべているせいも相乗して、アインの神経をさらに逆撫でているのだろう。



 ――誘い込まれてるな、これ。



 時折周囲を探るように動く銀次の眼。あれはどう見ても誰かを探している風だった。狙いは御影であるのはまず間違いない。

 おそらくはアインを挑発することによって御影をおびき出し、今朝の一件の糾弾するつもりでいるのだ、恥をかかされた鬱憤を晴らしたいという復讐心もあるのだろうが。

 銀次からでは野次馬が邪魔で御影が見えないのか、今はまだ露骨に呼びかけるような真似はしていない。名前も知らないだろうし、叫びようもないのだろう。

 横を見ると、我慢ならないと言わんばかりに、虎助が歯を喰いしばっていた。握り拳も小刻みに震えており、今にも飛びかからんばかりだ。



 ――そろそろ頃合い、かな。



「照れて怒る君も素敵だけど、ぼくは素直な女の子の方が好きかな」

「照れてなどいません。早くその手を離してください」

「ふふ、なかなか強情だね。ますます気に入ったよ。ほら、恥ずかしがらずにぼくに心を委ねて――」



「やめてあげなよ」



 御影の放った一言に、それまで雑然と集まっていた人波が、モーゼの十戒のごとく二手に割れる。

「しつこい男は嫌われるって、これまでの人生で学ばなかったの?」

「……やっと出てきたね」

 御影の皮肉には答えず、にやりと口を歪めて銀次は正面に向かい合った。

「ミカ、いざって時は加勢するぜ」

「ありがと。でも今は二人だけでやらせてくれないかな?」

 後方で気炎を吐く虎助に、御影は落ち着いた口調でたしなめる。

「待っていたよ。いずれこうしていれば出てくると思っていた」

「喜ばしくない待ち人だね。男に待ち焦がれるなんて胸やけがしてきそうだよ」

「軽口を叩けるのそこまでだ」

 ギロっと御影を睨めつけて、銀次は唐突に両腕を広げた後、声高にこうのたまった。



「みんな聞いてくれ! そこにいる彼はぼくの恋路を邪魔しただけでなく、そこにいる少女と付き合っていると大衆の前でデマまで流した卑怯者なんだ!!」



 銀次の大声に、にわかに野次馬達がざわつき始めた。



「えー? それって酷くない?」

「人の恋愛を邪魔するなんて最低~」

「男の風上にも置けない奴だな」



 一斉に軽蔑の目が御影に集中する。

 その様を見て、いくらか胸がすいたのか、銀次は勝ち誇ったようにフフンと鼻を鳴らした。

「ふざけんな! ミカはな――!」

「虎助、口は出さない約束だったはずだよ」

 けどよ、と不満げに柳眉を立てる虎助を手で制して、御影は数歩進んで銀次と相対する。

「嘘をついたことは訂正しない。けどイヤがってる彼女を助けようとしたまでだよ。そうだよね、ソードフェルトさん」

「はい。その通りです」

 間髪入れず、アインが首肯する。

「私は何度もお断りしているのに、この方は一切耳を貸そうとせず、今こうしているように無理やり手を掴んで離そうとしてくれませんでした。非常に迷惑しています」



「え、だったら一ノ宮って奴が悪いんじゃん?」

「わたし、それ見てたよ! あの銀髪の子の言う通り、すごくイヤそうな顔してた!」

「よく見てみりゃ、今でもイヤがってる感じだしな」



 アインの進言を機に、周囲の雰囲気が一変――蔑視の矛先は御影から銀次へと向き、形勢は逆転していた。

 さすがに劣勢を感じてか、先ほどまで掴んでいたアインの手を離して、

「し、しかし!」

 と銀次は声を荒げた。

「公衆の面前で接吻など、たとえ振りでも校風に障る! それは罰せられるべきではないのかね!?」

「あの場を収めるのはあれが一番手っ取り早かったんだよ。注意したところで聞き入れてくれなさそうだったし」

「だからと言って、やり方に問題があるのは事実だ!」

 苦し紛れの言い訳に聞こえるが、以外と周りの反応は「確かに、一理あるよなー」と肯定的だった。

 青春真っ只中な彼らにしてみれば、目の前でイチャつかれるのは虚偽でも快く思わないのだろう。

 しかしながら、非があるのは銀次の方だ。それを理解しているのか、銀次も余裕がない様子だ。



 ――攻めるのなら、ここだな。



「で、一ノ宮くん……だっけ? 君はどうしたいのかな?」

「どう、とは?」

「どんな風に決着を付けたいのかって話」

 訝しむ銀次に構わず、御影はさらに叩きこむ。

「君、ソードフェルトさんのことを諦めるつもりはないんでしょ?」

「当然だ。彼女のような逸材をD組なんぞに置いておくなんて、宝の持ち腐れだよ」

「だったら、はっきりさせておくべきだろうね。

「なに……?」

 御影の言葉に、訝しげに眉をひそめる銀次。

「奇遇にも、。これの意味、一ノ宮くんには分かるよね?」

「……なるほど」

 御影の含みのある物言いに、銀次はすぐさま理解を示した。

「つまり、君はこう言いたいんだね? 、と」

 銀次の問いかけに、御影は笑みを象ることで答えた。

「くく、くくくくく……」

 どこかツボにでも入ったのか、銀次は不意に手のひらで顔を覆って忍笑した。

「面白い……実に面白い。D組風情がこのぼくに意見するなんてね」

 いいだろう、その安い挑発に乗ってやる――。

 そう言って、銀次は緩慢な動作で手を顔から手を離し。

 怒りの炎をたぎらせた双眸で、凄烈に宣言した。



「B組代表として、D組に異能戦を申し込むっ!!」


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