5話 異能戦解禁



「はーい。みなさんちゃんと揃ってますね~。一人も欠席者がいないなんてすごく偉いわ~。感心感心~」

 と。

 教卓に置かれた出席簿を開きつつ、みるくはそんな甘ったるい声でみんなを褒め称えた。

 結局あの後、みるくの計らい(罰ゲームとも言う)もあって、Dクラスは一応の収束を得た。美々奈などはしつこく食い下がろうとしたが、みるくが本気で接吻を迫ろうとするや、すぐさまだんまりを決め込んだ。効果は抜群である。

 ちなみに、アインは御影の隣りの席に着くことになった。顔見知りだったこともあり、みるくが御影の隣りを勧めたのだ。

 御影としても、拒む理由はない。むしろカップル認定されてしまった件で打ち合わせもしなければならないし、逆に好都合だ。

 余談であるが、アインが御影の隣りへと着席した際、



「奇遇だね。こうしてまた会えるだなんて」

「そうですね」

「僕は御影。高坂御影って言うんだ。なにかわからないことがあったらいつでも訊いてよ」

「そうですね」

「…………、なんか警戒されてる?」

「そうですね」

「……殺人鬼を題材にしたサイコスリラー映画と言えば?」

「ソウですね」

「微妙に発音を変えてきたね」



 という、上記のようなやり取り(漫才?)があった。

 あれこれ突っ込んだ質問をしたせいか、すっかりアインに警戒心を抱かせてしまったらしい。

 それを言うなら、美々奈の方がよっぽど酷かったように思えるが、校舎前の件もあるし、油断ならない奴と思われたのかもしれない。

 別段アインを貶めるような考えは一切ないので、誤解も甚だしいところではあるのだが、とりあえずは時間をかけながらゆっくり壁を取り除いていくしかないだろう。どのみち、アインは御影とカップル役を演じてもらわないと互いに困る羽目になるんだし、拒否権なんてとうにないのだが。

 それに。

 個人的にアインという少女にはなにかと関心がある。異能もそうではあるが、異世界の迷い子ロストチャイルドであるという彼女が、どういった経緯で元の世界へと戻り、この学園へと訪れる気になったのか。



 そしてアインの影に、『彼女』の姿が――が頭にチラつき、胸がざわついては過去の傷が疼むく。



 確証があるわけではない。だが『彼女』が一枚噛んでいるように思えてならないのだ。

 なんせ『彼女』は、ことあるごとに御影を試そうとするきらいがあるから――



 ――過大評価、されてるよなぁ。



「出世確認も終わったところで~、次は連絡事項を伝えるわよ~」

 D組のみんなを正面に見据えつつ、みるくは柔和な笑みを湛える。

「まず、このHRが終わったら体育館で入学式があるから、在校生のみんなも必ず出席してね~。式中は大人しくしてなきゃダメよ~」



「入学式って、オレらなんかするんだっけ?」

「在校生代表で誰かひとり壇上でスピーチするはずよ。去年もそうだったじゃない」

「あー、私も思いだした。その後で本格的に能力開発されて、それからクラス分けされるのよね」

「おい、やめてさしあげろ。みんな去年のことを思いだして、黒い影を背負い始めちまったじゃねぇか……」



 一斉にどんよりとした空気が漂いだしたD組。さんざんバカにされ続けた記憶が去来してきたのだろう。御影なんてその筆頭だったので――影が薄いせいか、今となってはD組以外に顔も覚えられていないが――気持ちは分からなくもない。

「あらあら~。急に暗くなってどうしちゃったのみんな~。先生の可愛い顔でも見て、元気だして~☆」

 本当にブレねぇな、この先生。

 D組の全員が、心の底からそう思った瞬間だった。

「それと~、後のLHRで委員長や他の委員も決めるから、みんなもよぉ~く考えておいてね~」



「Dの委員長なんて、ひとりしかいなくね?」

「そうよね。というか去年と同じでいいと思う」

「オレ達を纏めれるのは、アイツ以外に他ねぇ!」



『頼んだ(ぜ)(わよ)! 高坂御影!』



「あらー? もう決まちゃった感じかしら~?」

 異口同音に御影の名を上げたみんなに、みるくが少し意外そうに両の眉を上げた。

「ちょっと待ってください……」

 頭痛に耐えるように額を手で押さえつつ、御影は重々しく口を開いた。

「みんな、ただ単に面倒な仕事を僕に押し付けようとしてない?」



『まっさか~!』



 ここぞとばかりに足並みを揃えるクラスメイト達が憎い。



「いいじゃん。俺もミカがやった方がいいと思うぜ」



 と。

 最後尾に鎮座する虎助が、嬉々とした声で御影に一票を投じた。

「トラ、お前まで……」

「なに戸惑ってんだよミカ。こんな個性だらけのクラスを引っ張れんの、ミカぐらいしかいねぇだろ。実際、去年も立派にやってたじゃんか」

「誰もやりたがらないからクジ引きで決めようという事になって、それでハズレを引いてなし崩し的に委員長をやってただけなんだけどね……」

 しかも、決して平坦な道だったわけではない。みんながみんな虎助の言う通り個性の塊ばかりだったので、纏めるのにかなり大変であった。反芻してみても、気苦労の絶えない日々ばかり送っていたような気がする。

 D組の委員長を実際にやっていた身として、簡単に言ってくれてほしくないのだ。

「はいはい! ウチもミーくんに一票や。ていうか、ミーくん以外に相応しい人なんておらんとちゃうん?」

 御影が頭を抱えていると、今度は美々奈が推薦してきた。

「ウチもトラ君と同じ、ミーくんみたいな冷静沈着な人の方がええと思うねん。『異能戦』のことも考慮したら、なおさらや」

「………………」

 異能戦。

 クラス別に行われる、団体競技。

「はあ、仕方ないか……」

 聞こえよがしに溜め息を吐いて、御影は起立して片手を上げた。

「先生、僕が委員長をやります」

「あら~。なんだかイヤそうにしていたけれど本当にいいの~? 先生としては早めに決まって助かりはするけれど~」

 できることなら、こんな面倒極まりない役職なんてやりたくない。去年委員長をやったのだから、今回ぐらいは別の誰かにお願いしたいと考えともバチは当たらないはずだ。

 が、美々奈の言う通り、これからのこと――異能戦のことを考えるなら、委員長という立場はそれなりに重要なポジションとなってくる。

 端的に表せば、委員長とはイコールそのクラスの顔となる。異能戦においては大将ともいうべきに位置するわけで、当然クラスの指揮も委員長が取ることになるのだから、戦略とリーダーシップ性に長けた人物こそなるべき役柄だ。

 そういった意味では、大人しい部類の御影ではなく、虎助のような人望も胆力もある者の方が、本来なら性に合っていると見るべきだろう。



 だが、クラスメイト達は御影こそ委員長なるべきだと言った。

 期待されているのだ。御影なら、他のクラスにもきっと負けないと。

 史上最弱と呼ばれたD組でも、上位クラスに勝てると。




 別段、御影は委員長に向いていると思ってはいない。

 けれど、みんなが期待が寄せてくれる程度には、御影の先導力を認めてくれているのだ。

 だったら――



 みんなの期待には、極力応えたい。



 それが、御影が委員長になるのを決断した、最終的な理由だった。

 それに。

「僕みたいなでもない限り、多分『あの人』には勝てないだろうし」

「……? 何か言ったかしら~」

「いえ、なんでもありません」

 かぶりを振る御影。心中で呟いたつもりが、思わず口に出てしまったようだ。

「僕にやらせてください。これだけみんなに推薦されたからには、無碍にもできませんから」

「分かったわ~。それじゃあ、委員長をやってくれることになった高坂くんに、みんな拍手~」

 パチパチパチパチ、と手を打ち鳴らす音が教室に響く。なんだか小学校の発表会みたいで気恥ずかしい。

「委員長も無事に決まったことで、次の連絡事項に移るわよ~」

 拍手が鳴りやんだ頃を見計らって、御影は静々と着席する。

 とその時、不意に視線めいたものを感じた。

 なんとなく、視線の感じた方――アイン側へとそれとなく顔を向ける。

 ふとアインと目が合ってしまった。

「……なにか用?」

「いえ、別に」

 そっけなく言って、アインはみるくへと向き直ってしまった。

 一体なんだったのだろう。そこはかとなく警戒とは違う驚嘆にも似た感情が窺えたのだが、はたして。



 ――人のこと言えないけど、無愛想な方だから、表情から感情が読み取りにくいんだよなあ。



 よほど御影が委員長に選ばれたのが珍しかったのだろうか。真意は定かではないが、どうにも掴めない少女だ。

「高坂くーん。アインさんが美人なのは分かるけど~、よそ見はしちゃダメよ~」

「あ、すみません」

 いけない。注意されてしまった。



「なぬぃぃぃ!? 高坂てめぇ、ソードフェルトさん狙いだったのかよ! オレも狙ってんのに!」

「恋愛に興味なさそうな顔してるくせして!」

「貴様とは、拳で語りあう必要があるみたいだな……」



 今日も元気に、Dクラス男子は斜め上に突き抜けていた。頭が痛い。

「みんな静かに~。えっと、後で集会でも言われると思うけどー、異能について色々注意だったり補足だったりしていくわよ~」

 というより、先生こういった特殊な学校は初めてだから、確認したいのもあるんだけど~。

 そう言って、出席簿のページをめくるみるく。おそらく、出席簿の方に詳しい連絡事項が記載されているのだろう。

「宝条学園については、先生もたくさん説明を受けたんだけどー、まだ理解が追いついてないのよね~。んー、ひとまずみんな、それぞれに異能を持ってるって考えていいのよね?」

 みるくの問いに、全員がこくりと首肯する。

「じゃあ初歩的な注意になるけれど、くれぐれも先生達の許可なしに異能を使用しちゃダメよ~。特に器物を破壊したり、暴力沙汰を起こしたりしたらすぐに処罰対象――場合によっては異界取締官に連行されかねないから、気を付けてね~。仮に隠そうとしても、すぐに感知できるようになっているから、隠蔽しようとするだけ無駄よ〜。よぉく覚えておいてね〜」

 それは、入学当初から厳重に言われていたことだ。

 御影達D組は一度たりとも問題を起こしたことがないが――それ以前に、能力がしょぼ過ぎて使いものにならないというのが実情ではあるが――異能を使用して暴力事件などを起こす不埒な生徒が毎年のように出てくるのだ。

 一応、生徒会だったり風紀委員だったり、暴徒を鎮める部隊はいるが、そうならないよう学園側としても問題行動――特に異能関連のトラブルには厳しめの処分を下し、事件の抑制に努めでいない。ちょっとしたおふざけ異能で器物を損壊させ、そのまま異能を消されて退学扱いになった生徒も実際にいるくらいだ。異界取締官となれば命の危険(自身だけでなく、仲間の命を含めて)を伴うし、規律を守れない問題児などいらないということだろう。

「それと、異能の力量差によってクラス分けされているのよね~。一番上からS、A、B、C、D。で~、クラスによっては禁止区域もあるらしいけれど、みんな知ってる~?」



「あー、宝具管理室とか?」

「あと、異形生物研究室とかそうだったわよね?」



 みるくの質問に、クラスメイト二人が答える。

 北条学園内では、教師だけしか行けない区域や、クラスによっては入れない教室があったりする。それは危険性のあるものを扱っていたり、重要な物品が保管されていたりと事情は様々であるが、D組のようないざという時に対応できない生徒達は、堅く進入を禁止されている。

 とどのつまり、落ちこぼれ達は無闇に近寄るなというわけだ。

「そうなの~。なんだかね、進級したことでごく一部の場所だけ行けるようになったらしいの~。後日発表するらしいから、楽しみに待っててね~」

 ごく一部――とは言うが、D組であることを鑑みれば、さほど期待できるようなところでもないだろう。

 一応頭の片隅に入れつつ、せいぜい無害な異形生物の飼育室ぐらいだとおもっておいた方がいいだろう。

「それでここから重要なお話になるんだけれど~、晴れて二年生になったみんなには、明日から異能戦が認められるようになったの~」



 異能戦。



 それは異能力者を育てるカリキュラムとして設けられた、クラス対抗の団体競技だ。

 今まで授業の一貫として、過去に一度だけ試験的にクラス対抗で争ってみたり、個人競技でクラスメイト達と競ったことがあるが――言うまでもないが、D組なのでたかが知れている――二年生に進級すると各クラスの意向で異能戦が認められるようになるのだ

 なぜ団体戦なのかというと、理由は至って単純。個人同士でやるより多くの経験値を得り、また協調性も育てるのに一石二鳥だからである。

 異界取締官にもなると、こちらの世界で突如現れた異形の対応などを除いて、グループを形成してゲートをくぐり、異世界へと赴くこととなる。そうなるば当然ワンマンプレーなど言語道断だし、常に仲間を意識する必要がある。言わば異世界での戦闘を想定した演習なのだ。

 と言いつつ、歯に絹を着せぬ表現をすれば、御影のような劣等生に対する救済措置だったりもする。

 仮に御影のような生徒がつつがなく卒業して異界取締官になれたとして、せいぜい雑用程度にしか扱われないであるのは自明の理。警察でたとえると一生を巡査で過ごすようなものだ。



 そんな彼らが、もし上位組と渡り合えるだけの実力があれば。

 一見使えない異能でも、十分通用することが証明されれば。

 教師陣――ひいてはこれから上司になるかもしれない異界取締官の意識を変えることができる。D組みんなへの評価も変わり、進路への道も開ける。



 一発逆転の活路――それが異能戦なのだ。



「認められたとは言っても~、あれこれと条件があったりするから、ちゃんとそこは頭に入れておいてね~。放課後か明日の朝にはプリントも渡しておくから確認してね~」

 連絡事項はこれくらいかな~、とみるくは出席簿を閉じた。



「ついに始まるんだな、異能戦が」

「不安もあるけれど、ちょっとドキドキするわよね」

「ふふふ、ついにオレの異能が日の光に当たる時がきたか。このオレのリモコンなしでテレビの電源の点けたり消したりできる能力が……!」

「便利ではあるけど、ぶっちゃけかなりしょぼい異能だぞ」

「私、水道の通っているところなら遠くからでも水が出せるんだけれど、どう活用すればいいのか……」

「……手がふさがってて蛇口が閉まってる時とか普通に使えるんじゃね?」

「オレ、女子のスカートをめくる能力なんだけど、こんなのどうやって使えばいいんだ?」

「のび太くんか。結構羨ましいぞこのやろう」

「私、どんなフタでも開けられる力なんだけど、いまいち便利なのかそうでないのか分からないのよね……」

「おれの母ちゃん、よくジャムのフタが開けられないって言ってから、紹介しようか?」

「わ、わたしの異能もいまいちしょぼくて使い道が――」

「みんなのを聞いてると、オレの悪臭を消す異能がマシに思えてくるな」

「大差ないわよバカ」

「うぅ、存在感が薄すぎて、誰もわたしの相談に乗ってくれない……」



 異能戦と聞いて、D組がにわかに活気だす。異能のしょぼさに消極的な意見も目立つが、異能戦自体に反対の声は上げていない。学園側にアピールできる貴重な機会であると、みんなして意欲が沸いているようだ。その方が、御影としても統率が取りやすくて助かる。

 とその時、始業時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。

「は~い。これで朝のHRはおしまいよ~。これから十五分後に校庭で集会が始まるから、みんなちゃんと遅れずに来るのよ~」

 みるくはそれだけ告げて、出席簿を手に教室から退出していった。


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