#1 「どこですか!?」

1. 前日の平和(前半)

戦端が開こうとしている。

これは国に住んでいるほとんどの人が知らないこと。

だからこそ、その前日なのに普段の生活環境が織り成されている。

いつものように漁で獲れた魚が市場に上げられ、活気のある空間となる。

道路では掃除を始める人、仕事に行く人、ランニングを始める人などで挨拶を互いにする。

心地の良い朝を迎える街はすべての人が相互に関係し始めて動き出す。

そんなことを今日という一時最後の平和な日も迎える。


『ピピピ!

起きないと悪夢を見るんだからね!

ピピピ・・・』

「うぅ・・・」

ラクシア本人が作った目覚ましでありながら、何故だか目覚めの悪い朝。

夜中の間に格闘技を受けたかのように体全体に力が入らない。

お腹がきゅぅと鳴ってはいるものの、体を起こせなかった。

「ほんとう、つくりかえないといけない。

このままではからだが・・・」

手をグーにして枕横をポンと一叩き。

特に意味は無いが、やる気を出すためのようなものである。

そんな時、下の階から声が響いてくる。

「お姉ちゃん!

早く降りてこないとスープが冷めちゃうよ。おいしくできたのに、このままだとまずくなっちゃう~!」

「はぁーい。

いまいくよ」

ラクシアはいま有るすべての力を使って頭、上半身と起こしていく。

せっかく妹が自分より早く起きて作ってくれた朝ごはん。

彼女はそのまま寝ることはできなかった。

ベッドからの脱出を果たし、ふらつきながらもカーテンに手を伸ばして太陽の光を部屋の中に呼び込む。そして大きな背伸びをする。

髪は所々跳ねており、近くにある姿見を見る限りは外に出られる格好ではない。妹に見せられる状態ですらない。

未だ半分閉じかかっている目で着替えを探し、寝巻きから外着になる。

そして、ドライヤーで一気に髪を整える。

脱いだ寝巻きを持って部屋を出発し、食卓に着くまでの途中にある洗濯機近くのカゴにそれをポンと入れる。

カゴには既に妹の分と見られる服があり、中はそれなりの量となっていた。

(今日もランニングに行ってきたのかな)

朝食後に洗濯することを頭に入れて、妹の待つリビングに急いだ。

廊下とリビングを隔てるドアを開くと朝食のやさしい香りが鼻を包む。

食卓の上に並んだ料理。ほどよくきつね色になったトーストにジューシーに見えるソーセージ。サラダはトマトを頂点にタワーとなっており、その器の横には、温かさがすぐに判るスープがあった。

ラクシアのお腹はベッドで鳴った時より大きく音を鳴らし、よだれが増量される。

「お姉ちゃん、口からよだれが出ている」

「!?」

裾で直ぐに拭き取る。

「いやぁ~あはは。

とてもおいしそうなのでつい」

「それはありがとうございます」

二人は互いにお辞儀をした状態となり、次第に笑いが出てきてしまう。

「さあさあ、おいしいごはんとなっているので、早く食べましょ?」

「そうしましょう!」

食卓を囲むように座り、手を合わせて「いただきます」をする。

最初にどれを食べようか迷ってしまいそうだったが、ラクシアは妹オススメのスープに手を伸ばした。そして一口。

「お、おいしい!

クア、また料理が上達しているね」

「うん。友達のお母さんからアドバイスとかをもらっているの。

このスープも教えてもらった料理で、自分なりにアレンジをちょっと」

「スゴい!

妹がどんどんハイスペックになってゆく」

「お姉ちゃんも一緒にやる?」

「わたしは苦手なので」

ラクシアは降参のポーズをする。

事実、彼女は小学生以来、包丁を持って料理することは無かった。

「でも、そろそろ練習しないといけないよ。このままだと、お姉ちゃんの旦那さんになる人がかわいそうだよ?」

「わ、わたしはまだ彼氏もいないし、クアがいれば大丈夫」

「私が先に結婚したりして」

クアはイタズラをする子供のような顔をして、姉を見る。

「は!

・・・お姉ちゃんは飢えていくのです」

ラクシアは手にフォークを持ったままだが大きなリアクションをしてしまう。

それを見て妹はため息をするしかなかった。

「はいはい。そうならないためにも練習しましょうね」

「うぅ。クアのいじわる」

「お姉ちゃんのことを思って言っているんだから」

「申し訳ありませんでした。今夜よりよろしくお願いいたします」

「よろしい」

クアのえっへんポーズがきまり、それを見たラクシアはきょとんとしてしまう。

そして、また二人で笑ってしまった。

ごはんは順調に進み、途中、夕食のメニューについて話し合う。しかし、食材でいい物が思いつかず、結果、夕方には一緒に買い物へ出かけることを決めた。

「ごちそうさまでした」をした後は、空になった食器を片付けて、それぞれの支度を始める。

ラクシアも大学に行く準備を済ませ、ザッグと共に階段を下りると、洗面所で身だしなみなどを整える。髪の毛の癖が少しばかり残っているのに苦戦はしたものの、時間通りに家を出発できそうだった。

「お姉ちゃん、ちょっといい?」

「どうしたの?」

ラクシアが靴を履こうとしていたときに妹に呼び止められて後ろを向くと、妹はバッグを持っていた。

「夕方の買い物用のバッグなんだけど、私のバッグに入らなかったから持って行ってほしいなぁって」

「いいよー。

はい、パスパス!」

ラクシアはキャッチャーのように構える。

これは本人が最初は望んだことだったが、妹の超高速ストレート弾を受けたことにより、通学中、後悔しか残らなかったことは内緒の範囲である。




大学までは自転車通学で、大学直前は急な坂となっている。

朝の負傷により全力を出せないラクシアは講義に遅れないためにも一生懸命こぎ続けた。

「今日に限って分厚い参考書というのは、修行の一環なのかな。

これでダイエットできてなかった時には・・・立ち直れない!」

ラクシアの足にさらに力が入る。額には汗が輝き、鼻呼吸も難しくなってきた。

そして、講義開始の二十分前に駐輪所に到着。急いで一コマ目の講義室に向かった。

エレベーターが同じ館にあったが、ダイエットのことを考えるとラクシアの足は階段を上っていた。一階から六階までの駆け上がりだ。その結果は、講義室で待っていた同級生が驚くようなこととなっていた。

「さあラクちゃん、質問です。

今の気持ちをもてる全てで表現してください」

「ノノ。私は、ここで息絶えていくのです。お腹にいっぱい溜まった贅肉たちを減らすこともできず、哀れに終わっていくのですよ」

ラクシアは講義室に入ってすぐのところにうつ伏せで倒れたのだった。そして、身動きを一つもせず、友達であるノノの質問に答えるのだった。

「あ~、これは駄目かな。動きもなく、贅肉の話まで出てきてしまった。先月より六百グラム程増えたのがここまで・・・」

ノノがラクシアをペンで突きながらそこまで言うと、ラクシアは跳ね起きてノノの口を手で塞いだ。

そして耳元でひそひそ話を始める。

「なんでそのこと!」

「趣味で情報を集めてみた」

ノノは右腕を前に上げて親指を天に向けてあげる。ラクシアは心なしか、その親指にスポットライトが当たっているかのようなエフェクトを見る。

「誰から?」

「それについては守秘義務項目のため、開示は無理」

「ノノ~」

ラクシアの顔がノノに近づいていき、ノノから見ると目の前の顔は引きつっていた。

「だ、ダメなの。これを破ってしまっては情報源が減ってしまう!」

その言葉を聞いてからのラクシアは早かった。

両手を上げる。それに釣られてノノは顔を上げる。

その直後である。ノノの脇に刺激が走った。

「ひ!

あ、あははははははははははははははははははは!!!」

必殺・ラクちゃんの愛の手。

絶妙なくすぐりが繰り出され、ノノは床に倒される。

(しまった!)

彼女は次の展開を知っていた。

ノノが倒れると同時にくすぐりは終わり、ラクシアは次にノノの足を掴んでいた。

そして寝技が始まる。

「ぎ、ギブギブ!

このままだと私の体があらぬ方向を向いてしまう!」

「では、言ってもらえますね?」

天使のような笑顔は、ここでは悪魔のようだった。

「い、言いますから・・・。

言いますから~!」

普段、周りからはお淑やかな印象だったラクシアが寝技をかけていたことに他の同級生は視線を逸らすことができなくなっていた。

開放されたノノは少しの間、先程のラクシアのように床にのびた。

顔を覗き込めば魂が口から出て、元気よく飛び回っていそうな感じである。

しかし、それも長くは続かず、ラクシアに起こされて事情聴取が始まった。

「それで、誰から聞いたんですか」

「うぅ・・・」

未だに彼女は口に堅くチャックだ。そこで、もう一度ラクシアは両手を上げる。

「わかったわかった!

・・・」

ノノはどうにか体勢を戻し、女の子座りになる。

惜しくも彼女は一つの情報源を失うこととなるのだ。

残るのは惨敗だけ。

「ラクシア、あんたからよ」

ドサッ!

今度はラクシアが座る番がやってきた。

「うそ!?

そんなことを言った憶えは無いですよ」

過去の自分を思い出していく。

食堂のパンで新商品のメロンパンがとてもおいしかったこと。財布を持って来るのを忘れてしまい、お昼が抜きになってしまったこと。その他にも思い出そうとしたが、お昼に関係することしか出てこない。

彼女の中に検索をかけた結果はヒットなしだ。

それを見て、ノノは「そうでなくては困る」と言って説明していく。

「あんた、先週は随分ずいぶんお疲れ様のようだったけど」

「う、うん。

面白い小説を早く読み終えたくて、遅くまで読んでいたんです」

「そして、放課の間に寝ていた」

「恥ずかしながら・・・」

ラクシアは笑顔で今の恥ずかしさから開放されようとしていた。

「寝るのは勝手よ。

でも、そこで寝言を言われるとね」

そこまで聞いて感づいた。

笑顔が一気に消え、次には震えしかなかった。

「ままま・・・まさか、わたし、ねごとで、たいじゅうの、ことををををを!?」

目は大きく開かれている。

文章が崩壊しそうなことを今は放って置くべきだろうとノノは思った。重要なのはそこではなく、ラクシアの寝言にあるのだ。子供のように可愛いことを言っている分ならいいが、個人情報をそこでさらけ出しているとなれば彼女の今後が心配される。前々から言おうとはしていたが、ノノ自身も面白さを感じていたことは嘘ではない。

(まぁ、今日がいい機会だったってことにしよう)

何となくの納得である。

自身の今後の計画を決めたノノはラクシアを落ち着かせることから始めた。

「は~い、一回思考停止しようか」

「そんな暢気のんきな!?

わたし、これまでにもいろいろ言ってきたかもしれないんですよ」

彼女は頭を抱えたポーズをする。はたから見れば「世界が終わってしまう!」というフレーズを当てたくなる。

「うん。

他にもいろいろ言っていたね」

「た、たたたたたとえば」

ラクシアの涙腺るいせんというダムは崩壊寸前だった。そして、日本語も崩壊寸前である。

それを分かっていながらもノノは口を開くのだ。

そう、これはラクシアのためである。

そうだと信じて言うのだ。

「今日の下着選びとか・・・」

「ぐはっ!!!」

強烈なパンチを食らったかのようにくすぐり魔は倒された。

ノノが考えていた方法とは違ったものの、ラクシアは思考停止したのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変わった個性の交差記録(ディファンストーリー) 桜空みかたまり @hana2kokoro5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ