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HBNトーク/紳士諸君Ver. 完結

*後夜祭(あとのまつり)

「それで結局、ミューシィくんと娼館にでも繰り出したの?」

「なんでだよ、んなことしたらアイツ翌朝、悟り開いちゃうだろ? もうこの道でいいやって」

「かわいそーに」

「ぜんぶお前のせいだぞ」

「じゃあ、二人で飲みにでも行った?」

「いや、それがさー、教官がかっこいいか、かっこよくないかって話になっちまって」

「教官って……ガードナー教官?」

「『鍛えよ! 筋肉は裏切らない!!』ってちげーよ!」

「似てる似てる」

「ミノタウロスみたいな熱い筋肉の塊じゃなくて、鬼の方ね」

「〝鬼のシン〟か。――キミのヒーローの」

「お前それ、本人の前で言ったらブッ殺すからな」

「素直じゃない」

「そーゆー問題じゃナイ」

「わかったよ、それで?」

・・・

「だぁら、ミューシィが男もわるくないって言い出すから、娼館どころか二人きりで飲みに行くのも微妙な空気になったわけ」

「行けばいいのに、友達甲斐がないな」

「お前にだきゃ言われたくねぇ、先に帰りやがって」

「まぁまぁ、ミューシィくんと積もる話もあったろう」

「そういう気を遣うなっつってんだよ」

「逃げるなと?」

「ちがう、遠慮だ」

「………考えておく」

「で。お前、シンのことどう思う?」

「ミューシィくんじゃなくてか? ウーン、そのお前が抱く憧れと同じ種類のものじゃないのか? 正直、シン教官の魅力はわからないけど、鬼のようだと思ってるあの厳しさは、ごく一部という気がする。自分に対してこそ厳しい人だね」

「ミューシィはヤツをかわいいっつったぞ」

「だまされてるね」

「何に?」

「教官の大人なところに。オレたちはあの顔を見て、なごめないだろう」

「あたりまえだろ、笑いながら怒るんだぞあの人」

「お前のせいだ柊馬」

「なんでよ」

「お前といっしょに怒られるから、教官の笑顔の怖さを知ってるんだオレは」

「それオレのせいか?」

「何を今さら……ちょっと待て、本気で言ってるのか?」

「シンに干された時に、お前がいっしょにいるのは、お前の責任だろ」

「っっ……言いたいことが山ほどあるが、一つ一つ思い出させてやるから、よく聞け」

「いや、いーよ」

「よくない!」

「二人とも」

「「!!ひぃっっ」」

・・・

「だっ、だだだだれに呼ばれて来たんすか、教官っ」

「しゃべり方がすこしおかしいですよ、柊馬」

「誰も呼んでませんよ、教官っ」

「言い方がすこし失礼です、ホルスタイン」

「「すみませ……」」

「説明もせず、そう簡単にあやまって済ませるつもりですか?」

「何の説明もなく現れたら、驚くでしょーが、オレたちが!」

「落ち着け、柊馬」

「無理だっつの、心拍数上がってるっつの!」

「私の名前が連呼されているから、呼ばれているのかと思って来てみたんですが、それに話の方にもちゃんと出てますよ?」

「そーですね、そーだけどっ、話が振りにくいっつーか、話題の内容がだから、リク、パスっ」

「なっ」

「二人で何を話していたのかは知りませんが、私に答えられることですか?」

「ええと、むしろ聞かないふりをして頂けると助かるというか、つまりですね、教官はカノジョいますか?」

「!?おいっ、なんか話まざってんぞ、何言ってるのかわかってんのかお前!」

「わかるわけないだろっ」

「あいにく仕事人間なので、恋人はいませんよ?」

「じゃあ、カレシは……あてっ」

「シンに失礼なこと聞くな、白髪博士」

「結局、シンさんに肩入れするのか、大好きめ。ミューシィくんと同じだな」

「いっしょにす、」

「カレシ?……柊馬、私にはそういう噂が?」

「自覚ないのか?」

「特には」

「男に告られる割合多いだろ」

「それは局員の比率の2/3が男性だからだよ」

「そーかもな、で、告られてあんた何て返すよ?」

「ありがとう、と礼を言う。丁重に断ることになるが」

「守備範囲が違うって、ちゃんと理由言わないだろ」

「言わないな」

「なんで? 期待もつだろ」

「期待はさせない、そう言われてうれしく思うのは事実だから、嗜好や好みを否定するような真似はしたくない。個人的にはね」

「教官は柊馬と話してる時は、すこし砕けますよね」

「そんなんだから、ヤローがつけ上がるんだろーがっ」

「お前たちと話すと忙しいな。ホルスタイン、私は身内がかわいいからね。広く取れば局員全体だが、手間がかかる者には思い入れも強くなるし、手厳しくもなる」

「おい、それって、オレが問題児ってことか」

「お前もホルスタインも、だ。ミューシィなら叱れば次は柊馬を止めようとするのに、ホルスタイン、お前は何もしない、どころか次は完璧にやり遂げようとする」

「もしかして、褒められてる?」

「黙ってろ柊馬、もっと深い傷をえぐられるぞ」

「そうして、調子に乗ってきたお前ならわかるはずだ。柊馬、慕ってくれる者がつけ上がるのを許して、私に何か不利益が生じるかな」

「ないな、むしろ逆だ」

「だったら、自分の嗜好などどうでもいい。純粋に好かれてうれしいでは、ダメなの?」

「もうどうでもいいっつーか、相手に期待してる時が幸せなのかも。あんたにどんな夢を見ようと落ち込もうと勝手だもんな」

「時に、教官ってカノジョいたことあるんですか?」

「怖いもん知らずかよ、リク」

「聞いたらすっきりするじゃないか」

「…………」

・・・

「なんだ、この間は?」

「教官?」

「そういえば、記憶にないかも……」

「ちょっと教官、柊馬系?」

「リクてめぇ、どういう括りだそりゃ」

「平たく言えばそうなりますね」

「のほほんと言うセリフじゃねーし? え、何言ってんのこの人」

「お前が動揺するのか、柊馬」

「だって、にこやかにシンが」

「それは現在進行形でですか、教官?」

「ほんとーに怖いもの知らずだね、お前? よく聞けるよな?」

「だって気になるだろ、そこんとこ」

「もう飽きた、というか」

「「あきた!?」」

「もう満足したというか」

「ま……29になったらオレもこう?」

「そうじゃないだろう……いったい何人斬りしてきたんだ?」

「それは秘密です」

「柊馬、聞くんじゃなかった」

「おせぇよ、だから止めただろ、何を察したのお前?」

「そういう時って口説くんですか?」

「しぶといですね、ホルスタイン?」

「なんの参考にするつもりだよ」

「純粋な興味だ」

「好奇心が猫を〜という言葉、教えてあげたらどうです、柊馬」

「根っからのサイエンティストなんで治んないっす、痛い目みて鈍くなる一方で」

「なるほど? そこで口説かなかったら、私は強姦魔になってしまいます」

「そうか」

「もうスリッパで頭はたくぞ、『そうか』じゃねーよ」

「……興味がなくなって、告白も断……?もう誰とも……」

「どした、痴呆か?」

「好きな人もいないんですか?」

「おまー、んなもん、」

「いますよ」

「うそだろ?」

「やっぱり」

「え、でもさっき、誰とも付き合ってないって言ったよな」

「いるんだよ、だから、ぜんぶ断ることができるんだ。男とか女とか属種とか範囲の問題じゃない。可能性は……彼は兄弟いたっけ?」

「いや、ぜんぜん知らね」

「私は一人っ子ですよ」

「それがどーした?」

「禁断のじゃなければ、片思いかな」

「本気で言ってんのか?」

「秘密です」

「当たりかよ、すっげ笑ってるじゃん」

「あやうく強姦魔なのにね」

「言い方な」

「相手が女性か男性かケモノか気になるところだな」

「ケモノは、いつからどっから出てきたんだよ」

「二人はどれだと思うんですか?」

「えらい楽しそーだな、答え知ってる奴の前で考えなきゃいけねーのかコレ? 面白いか? なあ」

「相手が男だったら、おもしろいなーと思う」

「フツーに考えてんじゃねえよ。面白いじゃなくって、そこは気持ち悪いじゃねぇの?」

「ミューシィくん含め、教え子たちが男泣きしそうじゃないか」

「そーゆーアホな光景好きね、お前」

「柊馬はどう思うんです?」

「思うも何も……どストレートなのは知って、ん? なんでオレ、シンがノーマルだって疑ってないんだ?」

「痴呆だな」

「伝染性の痴呆なんて聞いてないぞ、奇病をうつすなよホルスタイン博士」

「刺すよ?」

・・・

「っかしぃな、女の影を見たことはこれっぽっちもないんだよなあ」

「潔癖に見えるよね、イメージが」

「答え知ってます? きょーかん」

「お前がそう思う理由を私に聞くんですか?」

「ルールすれすれでも手段選ぶなって、誰かさんが」

「そうでしたね。一度だけ、柊馬と女について話したことが」

「エ?」

「そうなのか、柊馬?」

「…………」

「忘れてしまいましたか」

「んあ? ぁああアーそれだ。それか? いや、それだ。ぅうん、よく覚えてたなぁ」

「いえ、実は何を話したかよく覚えてなくて、しかし、ほかに心当たりもない」

「あん時、失恋してました?」

「そうだったんですね」

「?」

「リク、寮生になる前にオレが古書店にいたってことは、話したか?」

「聞いた。シンに助けられて局員を目指したんだろ?」

「そこはっ、黙っとけっ」

「フフフフ」

「くっそ、にこにこすんな、忘れろよ今の、オレは忘れるっ」

「わかりました。そこを省くと話が進みませんから、補足させてもらうと、中央局の資料分室でもある古書商が、子供を拾い、それが局員に興味があると聞いて、何度か訪れたことがあったんです」

「寮生になる前から教官と知り合いだったのか、柊馬」

「だーから、初めっからビシバシ目ぇつけられてたんだよ」

「期待の表れです」

「ウソつけ! オレで試してからテストの難易度決めてただろ!」

「期待の表れです」

「もーいい! でだ、当時カノジョみたいな子がいて、あれは、肉屋の子か、車に轢かれそうになってたヤツかどっちかだ。入局試験が近かったから、オレはやることいっぱいだったわけ、でもちゃんと女の子と会う時間は惜しまなかったぜ?」

「どっちとも会ってたのか?」

「なんでそこ聞くよ、そこはいいだろ、じゃなくて、その子がさ試験を通ったらもう会えないのかって言うんだよ」

「そうだろうね」

「そうですね」

「え? マジで? でもな、 落ちたら今まで通り会えんのはわかるだろ、受かっても近所だから会えるだろうなって思ったけど、入ってみないと実際はわかんないじゃん」

「そうですね」

「お前、そのまま言ったのか?」

「言ったんだけどさ、なんかフラれた」

「……仕方ないよ。十四、五の頃の話だろ、デリカシーがないのは昔からだ」

「器用にディスってんじゃねぇよ」

「〝天外堂〟の屋上で涙ぐんでましたね」

「オレは泣いてねーすよ」

「おおかた、その子の顔を思い出して、もらい泣きしたんだろう?」

「うるせー。んなことで終わると思ってなかったから、ショックでぽかんとしてたのは覚えてる。そこにたまたまあんたが来て、拗ねてるオレに色々話したでしょ」

「そうでしたか」

「そうですよ、マイペースに屋上から見える退治局の塀の高さとか、全長はいくつで形状にも意味がとか、結界の基礎構成をさりげなく人の頭に詰め込みやがって」

「教官なりの独特な励ましですか?」

「まさか。失恋くらいで慰めません。柊馬から言われれば聞きますし、言わないなら聞くことではないし、私はその時話したかったことを喋ってたんだと思います」

「ひどいだろ、この人。本当に今日のオミオツケの具はなんでしたか? から、ずーっとその話題で時間潰せるくらい延々と話し続けるからな、しまいにゃオレもなんで女の子はわけのわかんないことを言うんだって、聞いてたんだよ」

「そこか」

「もやもやすんのは、そこだよ」

「しかし、答えなんてあるのか?」

「そう思うだろ? ねぇ、教官?」

「私はなんて言ったんですか?」

「覚えてないか。オレが面白くないって顔で急に八つ当たりしたから、きょとんとしてましたよ。ちょっと間があって、理解して、『でも、女の子はかわいいですよね』ってにこやかに」

「うわ……」

「無垢な笑顔で言うの反則だろ? そう言われてなー、たしかにそれでもかわいいなって納得しちまった。それ以来か、なんとなくシンは女しか興味ないだろうって思ってんの」

「柊馬が言うなら、本当にそう言ったんでしょうね。恥ずかしいものですね、自分の言葉を人から聞くというのは」

「根拠は思い出したぞ、合ってんのか?」

「ええ、女性が好きです」

「ほーらー、ミューシィに出る幕はねぇな」

・・・

「しかし、教官が片思いに甘んじてることが、解せないよ」

「事情は色々あるんじゃね?」

「もうフラれてるとか?」

「フラれてからが勝負だろ」

「キミは勝負したか?」

「ンー、深追いはしねぇな」

「柊馬は、今も同じように正直に相手に説明するんですか?」

「え。フラれたシーンをやり直せるなら? 受かって寮に入って〝天外堂〟に帰るこたほとんどなかったからな。正直に言ってから泣かれないようにフォローするか、ごまかしてギリギリまで付き合うか、とにかく泣かれないようにすっかな」

「ホルスタインだったら同じ状況でどうします?」

「まず、二股はかけませんけど」

「オレ、そんなこと一言も口にしてないだろ」

「言わなくてもわかる」

「ンだと? ツラ貸せコノヤロ」

「その子を見たことがないからわからないけど、この場合、聞かれてるのは事実じゃなくて、もう彼女の中では一度答えが出ていて、それを止めてほしいってことなんじゃないか?」

「は? 何言ってんのお前」

「別れないならマメに古書店に帰ることにして、心配しなくていいと伝えるし、望みを叶えられないと思ったら、なるべくきれいに別れる方法を考えます、ね」

「気ぃ回し過ぎじゃね?」

「さぁ、そうするものだと思ってるから。むだに傷つけ合うのが嫌いなだけだ」

「相手のことを考え過ぎて、踏み出せなくなりませんか?」

「逆というか、踏み込みにくい所に踏み込んでほしいみたいで、返って踏み込みやすいところは、重要じゃなかったりしません?」

「そうですね」

「教官が片思いでいるのは、そういう理由でですか?」

「幸せにしたいとは思ってるんですが、自分の実力も性格も知っていると、ふさわしくないと思ってしまいますね。かと言って他にそう思える相手はいません」

「なんだそりゃ、臆病なだけじゃねえか」

「柊馬、教官をお前といっしょにするな」

「じゃ何か、他のヤツに取られても冷静でいられんのか」

「オレは無理だよ、相当引け目があったら受け入れるかもしれんが」

「お前、暗いぞ」

「うるさいなぁ、わかってるよ」

「リクと違ってあんたは、烈火の気性をもってるはずだ、違うか?」

「相手にふさわしいように自分を変えるつもりはありませんが、納得できる相手以外、他の男を近づける気もありません」

「……ちょ、それ、やり過ぎだろ?」

「ハタ迷惑で、しかも横暴だ。そのことお相手の方は知ってるんですか?」

「もちろん秘密です」

「よくわかんねーけど、その信念はヘンタイだからな!? ったく、オレこんな狂気じみた人目標にしてたのか」

「ちゃらんぽらんなお前では、狂気にはまだ遠いですね」

「なってたまるか!!」

「恋愛って性格とか仕事とか出るんだなァー……」

「おい、戻ってこい、逃避すんな!」

「柊馬、ホルスタインやミューシィのことは頼みましたよ」

「んっで、オレが」

「もう違いはわかってるでしょう? 私は自分かわいさにここまで上り詰めました。私自身は犠牲を払っていませんが、代わりに対価を払った者たちを忘れることはできません。それが私が自分に負けられない理由です。奪われたままのお前とは違います。でもその分、他人の願いを柊馬は信じることができるでしょう」

「違くても、オレは自分を信じ切れるあんたの強さがうらやましい」

「私も、あなたの優しさと甘さが羨ましいと思いますよ」


Fin

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