【軸を継ぐ】ニンゲンもどき

 「大丈夫」という言葉は呪いなんです。

 人の形をしてるので、人間として扱われてきました。

 ぼくの正体は泥人形。
 泥が人の形をしているだけなので、本物の人間のように動けません。

 だけどみんなはぼくに「普通」を押し付けるのです。
 みんなが普通にできることでも、ぼくには難しいのに。

 みんなは下手くそなぼくを見ては「どうしてちゃんとできないの?」と責めるのです。

 ちゃんとしてほしいのなら、どうしてほしいのか具体的に教えて欲しいのに。

 なにがダメなのだろう?
 どうして怒るのだろう?
 本当の本当に、わからないのです!

 だけどみんなは、ぼくが本気になればまともになると疑わないので「怠けるな」、「ちゃんとしろ」と殴ってきます。

 殴られて、変形して、歪な人の形になっても、ぼくは普通にならなければなりません。
 だってみんなが怖いから!
 
 ぼくだってちゃんとしたいのです。

 でも、殴られたせいで周りがよく見えません。
 でも、責められてばかりで自分の行動に自信がありません。

 どうしましょう。
 最初のころより悪化しているではありませんか。

「おいお前。大丈夫か?」
 心配してくれる人が現れました。
 藁にもすがるおもいで、ぼくは正直に答えます。

「大丈夫じゃありません。もう無理です」
「ええ? しっかりしろよ。まだ頑張れるだろ?」

 心がつらいだけでは、まだ大丈夫だそうです。

 仕方がありません。悔しいことにぼくの体は健康なのだから。
 もう無理なのに「まだ無理をしろ」と励ますのです。

 だから諦めました。これ以上辛い思いをしないように心を守る蓋を作りました。

 ほら、これで大丈夫じゃなくても大丈夫なんです。



 ある日、「大丈夫」が口癖の人間と出会いました。
 変なヤツです。
 間違っているぼくを責めずに受け入れます。

 「それでいいんだよ」や「自信を持って」という意味で「大丈夫だよ」と言います。

 だからぼくは、ますます「大丈夫」が大嫌いになりました。

 どうして大丈夫じゃないのに大丈夫だと決めつけるのですか?
 どうしてダメダメなぼくを大丈夫だと励ましてくれるのですか?

 意味がわかりません。だけど今さらわかってくれとは言いません。
 だって人間は泥人形が理解できないのでしょう?

 はやく、この人もぼくを出来損ないだと諦めて離れてくれますように。

 だけどそんな願いが叶う前にあなたは事故に巻き込まれました。
 一瞬のことなので理解に時間がかかりました。

「なんで、ぼくを庇ったのですか」

 裂けたお腹からこぼれる泥を見て、ようやくこの人も泥人形だと気づきました。

「なんで、ぼくを庇ったのですか」

 この人は泥人形なのに普通を知っていて、たくさんの人間から認められています。
 よりによって、いなくなってもいいぼくを守るなんて!

「見捨てたくなかった。ごめん」

 最後の言葉が重くのしかかりました。

 違うのです! 
 謝ってほしかったわけではありません。
 むしろ、「ごめんなさい」はぼくが言わなければならないのに。

 期待に応えず耳をふさぎ、変わろうとしなかったぼく。
 なぐさめ、励ましてくれたのに最後まで報われなかったあなた。

 ごめんなさいと呟いても返事はなく。

 だってあなたはもう動かなくて。

 何もかもが手遅れだった。

 だから今さら悔やんだって無駄なんです……。

 否、後悔するくらいならぼくから離れてしまえばよかったのです!
 振り払って逃げればよかったのに!
 あろうことか、ぼくはあなたのやさしさに戸惑いながらも縋ってしまった!

 出来損ないのぼくを責めないなんて普通じゃありませんよ。
 でも、たしかに救われました。

「ありがとうございます。あなたのおかげで、ようやく覚悟を決めました」

 ぼくは生き延びてしまいました。
 だったら生き抜いてやります。
 どんなに辛くてもひとりぼっちで頑張るのです。



 少しだけ視野が広くなったぼくは、意外と泥人形が多いことに気づきました。

 上手に立ち回っている泥人形もいれば、人間とのズレに苦しむ泥人形もいます。

 勝手に失望している泥人形を見ると、つい自分と重ねてしまいます。

 そして、もったいないと思うのです。
 普通がわからなくて不器用なだけであって、悪い人ではないのです。

 あまりにも出来ないことが多すぎて、良いところが見えにくいだけなのです。

「きみが思っているよりきみは大丈夫なのに」

 その瞬間、ぼくはあの人が何度も口にした「大丈夫」の裏側に隠れていた心を理解しました。

 本当に「自信を持って」よかったのですね。
 でもごめんなさい。
 それてもぼくは自分に自信が持てません。

 だから自分を第一に考える癖をやめます。

 どうしても自分に期待できないので、他の泥人形を信じます。

 こうしてぼくは仲間を見つけては「大丈夫」と唱えるようになりました。

 しょせんあの人の真似事です。無駄なエールで終わることもあるでしょう。

 でもあの人がぼくにしてくれたことを無駄にしたくなかったのです。

 「どうせ自分なんか」と落ち込んでいる人に「大丈夫」と否定します。

 間違った自分を憎んでいる人を「大丈夫」と受け入れます。

 あなたには何も返せなかったけど、ちゃんと意味があったんだと証明します。

 ぼくはあなたの意思を継ぎ、生きていこうと決めたした。

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