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⑪淀川戦記~鋼鉄魔機激闘編(壱)~

 チン♪

 エレベーターの扉が静かに左右に開いた。幅の広い廊下がまっすぐに先まで延びている。
 ここは五階の画像診断セクションだ。いくつものレントゲン室やCT室、超音波診断室などが並んでいる。各部屋のドアの横には小窓が設けられていて、そこで別途受け付けるシステムだ。その前に待機用の椅子が並んでいる。椅子に座って待っている人々の表情は険しい。画像で何か悪いものが見つからないか、それなりに不安なのかもしれない。

 淀川大は言われた部屋の郵便受けのような所に、下で受け取ったファイルをそのまま入れた。入れると同時に中からファイルが引き抜かれる。横の小窓が開き、年配の女性看護師さんが顔をのぞかせた。
「510番ですね。朝何か食べて来られましたか?」
「いいえ。水だけです」
「最後にお食事されたのは、昨日の何時ころですか?」
「夜十時頃だった思います」
「あらら。パンとかお菓子ですか?」
「ラーメンと小カレーのセットを……」
「……食べましたね。いつもお夕飯は遅いの?」
「いや、今朝なんとしても排便しようと、無理して四食目を食べまして」
「……消化されてるかなあ。お腹の感じはどうですか」
「それは問題ないと思います。さっき清水一学してきましたので」
「は?」
「さきほど、下のトイレで出してきました」
「吐いたのですか?」
「いえ。ちゃんと固形物で下から」
「なるほど。では大丈夫かもしれませんね。レントゲン医の判断を仰ぎますので、少々お待ちください。バリウムでアレルギー反応が出たことは無いですね」
「はあ。たぶん」
「ま、番号をお呼びしますので、そちらでお待ちください」
と言われて、待合の椅子に腰を降ろそうとすると、また呼ばれた。
「510番の淀川さん。先に体重と身長を測りましょうか。三階の受付窓口にこちらを提出してください」

 またファイルを指し戻された。まったく、どうなっているのか。

 もう一度エレベーターに乗り、三階に移動。

 あのね、ツンツルテン検査着のまま、あっちゃこっちゃ移動したくないのですがね。

 三階に到着後、同様にして受付を済ませると、今度はスムーズに順番がきて、測定室の中に呼ばれた。

 意外と狭い。ていうか、狭すぎる。ドアを開けると、すぐ横にカゴが置いてあり、足下の空間は90cm四方ほど。その先に一坪もないほどの空間があり、そこに足形を記した板の上に鉄製の柱を立てた測定器が置いてある。隣には、それとコードで繋がったパソコンが一台。その前に若いハキハキとした女性の看護師さんが立っている。こんな狭い空間に居て、よく息苦しくないものだ。

 ドアを閉めた淀川大が、入ってすぐの畳半分ほどの空間で立ったまま検査着の紐を解くと、看護師さんが慌てたように手を振った。
「いやいや、脱がなくても大丈夫ですから」

 そうなのか。じゃ、なんでカゴが置いてあるんだ。

「スマホとか、腕時計などはそちらに入れてください」

 なるほど、そういう事か。確かに、こんな狭い閉鎖空間で、いきなり知らない男がパンツ一丁になったら、そりゃ怖いわな。女性としては。

 淀川大はスマートフォンを胸の下あたりのポケット(くどいようだが、このポケットは本来なら腰の横あたりに位置するデザインであるはずだ)から引き抜くと、それをカゴに入れた。

「それでは、お名前と生年月日をお願いします」

 淀川がそれらに応えると、その看護師さんは
「正解です。では、測りましょうか」と言った。

 不正解の訳がないだろう。間違う奴を見てみたい。そっちの記載を確認しているのだろうが!

「その台の上に載って、まっすぐこちらを見て下さい」

 載ってみた。

 気持ち、視界が下にズレたような気がする。いや、それは気のせいだろうが、これは体重計になっているらしい。たぶん圧力センサーで計測するタイプだ。意識しなければ全く気付かない。諸君も気を付けたまえ、街中で知らぬ間に体重を測られているかもしれ……あ痛っ!
「あ、上から身長計が降りてきますので、コツンとしますよ」

 早く言え。コツンしてから言うな。

 背中を当てているレールのような柱の上から、自動で計測器が降りてきたのだ。結構に早い。

「じゃあ、もう一度いきますね。背中を後ろの柱にピーンと当ててください。顎を引いて。そ、そうです。肩はまっすぐに。はい、いいですね。では、行きまーす」

 アムロか。ここの身長計はカタパルト式で降りて……あイテっ!

「はい、終わりました。お疲れ様でした」

 パソコンのキーを叩きながら、その看護師さんはケタケタと笑った。
「178cmですね。去年より縮んでますね」

 笑いごとでは無かろう。しかも、体重は69㎏。そっちの方が衝撃なのだが!

「あの……先月よりも4キロほど落ちているのですが……。大丈夫ですかね」

 若いチャキチャキお姉さん風の看護師さんは明るく答える。

「羨ましい。私なんか1キロ落とすのに何か月もかかりますよ」

 それを基準にするな。そういう問題じゃなかろうが!

「身長が……縮んでますね……クスクス」

 なんで笑っているんだ。なにが面白い。この計測器が上から高速ガツンしたから、頭が陥没してその分縮んだんじゃないのか?

 淀川大はプルプルと震えながら尋ねてみる。
「なんで縮んだのでしょうね」
「歳だからでしょうね。みなさん骨が縮みますから」

 この女は何か俺に恨みでもあるのか……。

「それより、4キロも落ちていることが気にかかるのですが……」
「でも、去年より3キロ増えてますよ」
「いや、去年は特に体重が落ちていた時期に検診でしたので……」
「なにか運動をされているのですか?」
「いえ、そうではなくて、在宅で介護していたものですから、一番大変な時期だったので、痩せたのでしょうね」
「そうかもしれませんね。でも、マイナス4キロとプラス3キロで、結果マイナス1キロですから、大丈夫ですよ。前向きにいきましょう」
ガッツポーズをしてみせるチャキチャキ看護師さん。今すぐに、俺の高熱魔法で焼き尽くしてくれようか。

 中一の数学くらい、出来る! そもそも、そういう問題ではなかろう。淀川大は1か月の体重減少の過大を指摘しているのだ!何か書類に書き込んでいるようだが、ちゃんと書いてくれているのだろうな。

 書類からペンの先端を離したチャキチャキ看護師は頷いた。
「よし。イケメンだって書き足しておきましたから。これは重要な申し送り事項ですので」

 ぶっ殺すぞ! 小ネタのギャグのつもりだろうが、笑えん。淀川大はこの数か月、急激に痩せているのだ。心配になるだろうが!

「適正範囲の体重ですし、問題ありませんって。では、お腹周りを測りますね」

 その看護師さんが急に抱き着いてきたかと思うと、へその前でメジャーの端を交差させた。

「あっらー。ウエストが随分大きくなりましたね。自然とですかね」

 問題あるじゃねえか! しかも、体重が落ちていて腹囲が増えているって、どういうことだよ。

「そういうこともありますよ。ケタケタケタ」

どういうことだ! しかも、何で笑っている。笑顔で時間を止められるのは中森明菜だけだ! 貴様の笑顔など、ミジンコの糞程度の威力もな……

「お疲れさまでしたあ。では、これを持って5階の画像診断セクに行ってください。行き方は分かりますかね。角のエレベーターに乗ってですね……」
「分かります。5階から来たので」
というよりも、エレベーターに乗った後に、他にどうやったら5階に行く方法があるんだ。エレベーターは、すぐそこ。ここから見えてるだろうが!

「では、行ってらっしゃいませ」

 馬鹿にしているだろう。この野郎、いや、この女郎!

 額から湯気を発しながら(こういうのを神視点だあ、とか言って笑われるのだろうなあ。それくらいカッカしてという事ですよ。イメージ、イメージ)、淀川大が5階のさっきの受付に着くと、さっきの年配の看護師さんが小窓からまた出てきた。

「終わりました?」
「まあ、一応……」
「正確に身長と体重が分からないと、飲むバリウムの量がきめられませんからね。じゃあ、中に入ってください」

 お、待ち時間なしか。スムーズじゃないか。これは幸先がよいぞ。

 淀川大は意気揚々としながらレントゲン室の中に入っていった。


《つづく》


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