人はなぜ山に登るのか? 登山家のジョージ・マロリーは「そこに山があるからさ」と言ったそうだが、人生=山に達した登山家レベルならともかく一般人にはもうちょっと具体的な理由がある。運動不足の解消だったり、たまには自然と触れ合いたくなったり、社会から離れたいだけだったり……。さて、今回はそんなそれぞれの理由で山に登る人々を描いた作品を紹介しよう。米寿を記念して霊峰に挑む老人、山で死のうとする少女とたまたま居合わせたゾンビ、妻と死に別れ山の生活を生きがいにする猟師、週末にだけ会社の先輩とアウトドアを満喫する社会人。年齢も境遇もそれぞれ異なる彼らは山でどのような体験を得るのか?
 それは読んでみてのお楽しみ。

ピックアップ

祖父と登山に出かけた青年が目にしたものは……。

  • ★★★ Excellent!!!

 医療用ナノロボットが普及し日本人の平均寿命が八十八歳になった近未来。主人公は祖父の米寿の祝いに合わせて、以前から祖父が登りたがっていた霊峰への登山のお供をすることに。老人であるにもかかわらず祖父は軽々と山を登っていくのだが……。

 現実の社会問題を思いもよらぬ手法で解決するというのはSF小説でよく見られる手法だが、本作でも高齢化社会に対する一つの解答を見せてくれる。

 この作品の見どころは何といっても中盤のある場面! 祖父と孫の暖かな交流から、いきなり切れ味の鋭い展開が飛び出して読者の意表をついて来る。そしてラストで感傷的な気持ちになっている主人公とは裏腹に作中の描写は非常にドライなものとなっており、この落差が大変印象に残る。

 2000文字に満たない短編なので一気読み間違いなしの作品なのだが、読み終わった後に冒頭を見直すとちゃんと伏線を張ってあるのも非常に上手く、タイトルに秘められた意味にもつい唸らされてしまう。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)

死んだ男と死にたい少女が行く冬の山道。

  • ★★★ Excellent!!!

 ゾンビウィルスを使った化学兵器によって長い戦争が終結したとある国。冬の登山に向かったある男は山の入り口で、明らかに登山をする格好ではない一人の少女と遭遇する。少女は男に対して開口一番「おじさん、ゾンビでしょ?」と男の正体を看破し、さらに「いいよ、咬んでも」と言葉を続けてくる。彼女は死ぬためにこの山に来たというのだ……。

 本作はゾンビになってしまった元軍人と自殺志願者の少女が冬の山を登ろうとするかなり風変りな作品。

 ゾンビと自殺志願者の組み合わせだけあって、作中で語られる死生観は少し捻りが効いていて、男が命を大切にしろと月並みなことを言うのではなく、死ぬ前に頂上の景色を見て行けと言ったり、捜索が大変だから行方不明になって死ぬのはやめろと言ったり、登山家らしい言い方で遠回しに少女の自殺を止めようとするのが凄く良い。そして登山の果てにそれぞれが見つけた答えも、「生きているだけで素晴らしい」といったわかりやすいヒューマニズムからは少し離れた屈折した内容になっているのも良い。

 また登山途中で熊との戦いがとっても壮絶。熊と戦う作品は数あるが、本作はゾンビにしかできない強烈な戦法を編み出しており、それだけでも一見の価値あり。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)

偏屈な老猟師が体験する恐怖の一夜。

  • ★★★ Excellent!!!

 山で猟をして暮らす老人が体験した奇妙な一夜を描いた作品だが、雰囲気の作り方がとにかく抜群。

 健康な歯も連れ添った妻も相棒だった犬も失い、身体はすっかり衰えた。人生で残った楽しみらしい楽しみは山での狩猟のみ。そんな世間から孤立した老人の強情さや頑固さをわずかなセリフやモノローグでしっかりと伝えてくるのが非常に上手い。

 息子が家でチワワを飼っていることに憤り「いのししを、三日は追いかけまわすような動物だけが……犬なんだ。」と考えるあたりの頑固ジジイ感が最高だが、一方でこうした考えが既に時代遅れなことに薄々気づいている姿には哀愁が漂う。この老人の造形だけでも素晴らしいのだが、ここまで老人の境遇と心情を丁寧に描いた後に炸裂する山で起きた怪奇現象も非常に強烈。

 老人に突き付けられた異常な状況はただ生命の危機を感じさせるだけでなく、老人が自負してきたこれまでの生き様や尊厳までをも完膚なきまでに蹂躙していく。ただ恐ろしいシチュエーションを用意しただけではなく、そこに至るまで丁寧に登場人物を掘り下げたからこその恐ろしさが本作にはある。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)

週末は社会を離れて山に繰り出そう!

  • ★★★ Excellent!!!

 普段は会社で普通に働く社会人の、神崎玲。そんな彼の週末の楽しみがキャンプ。山にテントを張り、たき火で調理をし、時には山に登り、温泉にも入る……全部一人で。

 誰にも邪魔されず、気を遣わずにいられる時間こそが現代人に与えられた最高の癒しであると、有名な偉い人も言っていたがソロキャンプにはこうした癒しの時間で満ちているのだ。

 それなのにそんな彼に積極的に絡んでくるのが、会社の先輩である天道明日奈。神崎と同じくアウトドアを趣味とする彼女は、一緒にソロキャンプをやろうと誘いかけて来るし、それどころか神崎がソロでキャンプ場や登山に来ている時もスルリと合流してくる。

 この二人が山でアウトドアを満喫する様子が非常に楽しそうで、合間合間に山やキャンプ場での実践的な知識が披露されるのも大変参考になる。

 また安易にイチャイチャしすぎずに互いを尊重しつつも一定の距離を取る二人の空気感が絶妙で、この節度のある距離感がアウトドアの楽しさをより純粋に伝えてくれるのだ。


(「山を登る人々」4選/文=柿崎憲)