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    第4話への応援コメント

     ついにはじまりましたね、孫策vs呂布。
     一目、出会ったその瞬間、互いに目を光らせ、怒涛のパンプアップで服どころか鎧さえも引きちぎり、ムキムキ筋肉を見せつけながら殴り合う……という映像が目に浮かぶこのカード。
     満喫させていただいております。

     しかし、考えてみれば、呂布は孫堅と同年代なわけですよね。つまり、本来なら孫堅こそが董卓・呂布と戦う立場だった。
     孫堅がもっと長く生きていれば孫策にせよ、周瑜にせよ、あんなふうに生き急ぐ必要もなく長生きできたのではないか。
     そして、この三人がそろい踏みしていれば、七海さんの言われるとおり、北の曹魏、南の孫呉で二分され、小競り合いをつづけながらもそれなりに安定した時代がやってきた……という可能性は充分にあったと思います。
     そうなっていれば異民族の侵入も防げ、晋崩壊後の五胡十六国時代もなく、長きにわたって安定した時代がつづいていたかも知れない。
     そう思うと、孫堅の早世がつくづく惜しまれます。同時に、一個人の生死がこれほどまでに歴史を左右することもあるのかと感慨深い思いに駆られます。
     できることならば、孫堅が長生きした世界の歴史を見てみたいものです。

    ※追伸
     『リーダーの人格などどうでもいい』
     この言葉について補足させていただきます。
     私も『人を動かすためには志が必要』と言うのは重々、承知しています。
     『WHYから始めよ! インスパイア型リーダーはここが違う』(サイモン・シネック 日本経済新聞出版社)という本がありまして、
     凡庸なリーダーは自分のしていることを語り、
     世界を動かすリーダーは自分の目的、つまり、志を語る、
     と説いています。

    凡庸なリーダー
     「私はこんな素晴らしい製品を作りました。買ってみませんか?」

    世界を動かすリーダー
     「私は世界の環境破壊を食いとめたいと思っています。その目的を追求した結果、こんな素晴らしい製品ができました。この製品を買うことで、環境破壊を食いとめる活動に参加しませんか?」

     私はこの本に従っています。
     だからこそ、ロウワンは『人と人が争う必要のない世界を作る』という目的を掲げ、世界に向かって語るわけです。
     そして、この目的は私自身の目的でもあります。私は本気で『人と人が争うことのない世界』を作るつもりです。そのための方法論もすでに確立しています(文明ハッカーズ第二部序の一〜序の六参照)。
     その方法論を世間に伝えるために、物語を書いています。以前に言ったように『目指すべき未来を提示するためにフィクションを作っている』ということです。
     つまり、私は『志を語って人を動かす』という役割は自分でできる。他人に求める必要はないんです。
     私が他人に求めるものは、目的を達成するための力。それだけです。
     だから、力あるものにつく。
     その力を使って戦乱を収めたあと、目的を共有できる相手なら全力で協力する。
     それができない相手の場合『お前、もういいから酒飲んで寝てろ』が発動する。
     そういうわけです。

     さて、またも長々と語ってしまいましたが、七海さんは自分と異なる意見であっても感情的にならず、冷静に自分の意見を語ってくれます。
     そのため、実に気持ちよく読むことができます。
     これからも遠慮などせず、存分に語ってください。
     私ももう、七海さん相手には遠慮などかなぐり捨てて好き放題に長文を送りまくっているので本当、ご遠慮なくw 
     

     

    作者からの返信

    藍条さん、ありがとうございます。

    おわあああああああ!!! 藍条さんのようにしっかりした自分の美学を持った人でも「確かに孫堅が長生きした世界を見てみたい」って言われるの聞くとなおさら孫堅がカッコよく思えます!!! さすが堅パパ!!✨

    私孫堅も本当に大好きで、堅パパが凄い人だったから孫策も【小覇王】になり、周瑜も堅パパを慕ったから、彼の息子の孫策と兄弟みたいな共感を持ったんだ、という理論で孫策と周瑜を義兄弟視してるんですよ。

    同じ人を父と慕った、息子。なわけですね。
    だから孫策と周瑜は他人だけど兄弟なのです。
    周瑜の史実の合流の仕方はおかしいといつも言っていますが、でも「もし孫策と周瑜が兄弟だったら」あの合流の仕方は、別に変ではないのですよ。
    兄にせよ弟にせよ、
    その挙兵に兄弟だったら駆けつけるなんて当たり前ですからね。

    ただ、周瑜は他人なのであんなに何も持ってない孫策の為に兵すら持って合流してやるのはおかしいのです😊

    しかし兄弟だと思ったら別に変じゃない。

    これが私の答えかなと。あの二人は「兄弟だとお互いを想っていた」のではないかなと。

    周瑜は孫家と違って名門の子です。
    そんな子でも、駐留部隊として孫堅が近くに来た時見に行って、感動した。成り上がりの当主だとか思わず、見惚れるほどのカッコいい武将だったんでしょう。

    そんな憧れの人に、自分と同い年の息子がいるって聞いた時の周瑜の気持ちですよね。

    「絶対友達になりたい!🥰」

    とか思いそうです。
    周瑜は切れ者なだけではなく人柄も素晴らしい人ですから、きっと策に「君はあんな人が父親でいいな✨」なんて素直に言ったんじゃないですかね。孫策にとっても憧れの自分の父親をそんな風に誉めてくれる友達がいて、無茶苦茶嬉しかったんじゃないかなと。

    「へへっ。そうかー? じゃ、周瑜も親父の子になればいいじゃん!✨」

    とか言ってそう。

    そうして彼らは血ではなく「心」によって結ばれた兄弟になったのでした。

    私孫堅が、董卓にまで「孫堅は本物の豪傑だから敵に回すと厄介」などと言われてるのがクソカッコよくて好きでしてね……。

    敵にすら賞賛される本当の覇気、威勢。
    名門の子どもにすら分かる、凄さ。かっこよさ。

    堅パパには本当に立場の違う人間にさえ分かる威風のようなものがあったんだろうなと想像するのです。





    藍条さんはもう自分の宝になる、考え方の指針となるものに出会ってるんですね。それもすごいこと。

    私の場合、スポーツがとても好きなのですが、スポーツで一番感動する時がどんな時かと言いますと……こんなすごい選手二度と出て来ないに違いない!!!✨ って思うほどの選手がスポーツにはいるんですよ。
    それを感じるのです。
    でも、時がたつと必ず若い十代の選手の中から、「ちょっと見たことねえタイプの選手だ……!!!」って素晴らしい才を持った選手が生まれて来るんですよ。

    この時に一番、なんというか人間の凄さを感じるのです。

    それに心底感動しているので、

    私の場合、すでに完成された考え方や理想となるものが今既存のものとしてある、とはあまり考えず、新しく生まれて来るものへの敬意こそが未来に希望を持つ理由なんだと思っているかもしれません。

    藍条さんのように「これだ!!」というものをすでに自分の中に持っているのもとても素晴らしいと思いますが、

    私は敢えてそういうものを持たず、これからもドンドン素晴らしい選手が生まれて来るように、いい考えや、未来の希望の在り方も、今生きている人間たちが探してずっと見つけて行くべきだと思っています。

    私は人間が生きている限り、利権などが絡んで争いは決してなくならないと思っています。
    信じていると言ってもよく、
    本当に戦争とかも嫌いなので「ある意味」という部分を十分強調したいですが、人間のサガである争いが起こった時に、【争いを止める為に、集結する力こそが唯一争いを止める力になり得る】と思っています。

    人間は自分の生き方や考え方があり、
    これを力ずくで奪われた時に、最も悲しみや苦しみを覚えます。
    私はそうだったので、そうする人間には憎しみや怒りを感じて、戦いを挑みました。つまり、ある意味で私は争いを起こす者だったと言えるでしょう。
    しかし、そんな私に「反抗するな黙っとけ! お前さえ黙ってたら争わずにみんな幸せにいられるんだから」みたいなことを言うとなると、(実際、こういうニュアンスのことを言われたことがある)なるほどな、そうかお前らは自分たちが平穏に生きていられれば私の心の内が憎しみや怒りでボロボロに荒れ果てようと、どうでもいいってことなんだな なるほどなるほど 確かに私が黙って我慢してりゃ平穏だね!

    ……。

    ……。

    ……って納得出来るかぼけえええええええええええい!!!!!!!💢💢😊💢💢✨✨


    と怒髪衝天をついて、私には書くことが生きることなんじゃ!!!💢 ということで創作をこうして書いているので、

    やっぱり誰か一人の言葉が絶対とか、たとえそれが正論でも、一つの考えとか、一つの立場とかに依存したり、それ以外を認めないような思考にはならないようにと思っています。

    私動物も好きなんですが、やはり動物を見ていて幸せを感じるのは、違う種類の生き物でも共生し合って生物として生きている姿を見た時なんですよね……。

    寺の池をぼーっと一日中眺めるのとか好きなんですが、
    花が咲いていて、
    カメがいて、
    カモがいて。
    池の魚を食いにサギとかが来て。
    花の蜜を虫が吸って、
    木の実をカラスが食いに来て、

    命のやり取りとかもこの瞬間行われてるわけなんですよね多分。

    カモの雛とかカラスに狙われたりしますし。
    でもカラスは人間が嫌いなので、人間がいるとその間は寄って来ません。
    大きな蓮の影とかにカモの雛とかは隠れとるわけですよ……大型の鳥に襲われないようにと。

    こういう違う生き物が互いを警戒し利用し、でも共生してる風景を見ていると、なんか一番安心するんですよね。
    これが例えばカモだけとか。
    蓮の花しか世界に咲かなかったり。
    単一の種になったら、そらもしかしたら争い減るかもしれませんが、なんか未来もどうでもよくなってきます。

    誤解だけはされたくない言葉を敢えて言いますが、スポーツ愛好家としては 人間が、誰かに負けまいと思って自分の真価を磨いたり発揮したり、懸命に見い出そうとする姿が、私はとても好きなのです。
    それはたった一人で平穏な世界でぼーっとしていても、存在しない世界観。

    (意味もなく人を殺すとか、土地が欲しいからその土地にいた人を追い出したり殺したりするみたいなのは当然、人道に反する虐殺とかは省いて)
    人が戦う姿が、私は好きなんですよ。
    その姿を見た時に、自分も強くならないととか、何かあったらこの人たちのように勇敢になって、誰かを守ってあげようとか。

    人間の闘争心が好きなんですよね。

    押し込められそうになった時に、それを拒否する力。

    人が争うのは本能的な欲求なのです。ある部分。それを「争いの無い世界にしたいから争うのをやめろ」というのは一種他人の生き方に干渉する部分ですから、なかなか藍条さんの「争いの無い世界は作れる」という信条、正直難しいと思いますよ。
    みんなが争いの無い世界を求めてるわけでは絶対ないですから……(この場合の争いは広義です。戦争、とか虐待とかだけじゃなく、遊びやスポーツも含むので。スポーツで試合前に国歌を歌ったりします。あれはナショナリズムを煽る思想なので、他国の国歌が流れている時にブーイングしたりすることがあります。ブーイングされた方はいい気持ちしませんよね。なんとなくまだ戦ってないのに戦う前から嫌な雰囲気になるのですよ。
    私はあれが嫌いで、だったら国歌なんかみんな平等に歌わなければいいのにともある意味思うのです。そうしたら憎しみなど下手に煽らず、試合に入れるのに、と。

    だけど、ブーイングのことを省けば、やはり自分の国を愛すること自体は悪いことでは無いと思いますし、こういうのを見ていると自分の国を愛することは、ある意味他国を憎むことにも繋がってるんだよなと思ったりするのです。)


    力で作り出した争いの無い世界は、絶対力で崩れる気がします。


    それよりは人は争うんだということは理解し、争いが起こった時に各国が協力して争いを止められる強力な体制を作り続けること。
    繰り返しじゃないかっていう人いるんですけど私はそうとも限らないと思うのです。いわゆる多くの人の自由を奪って独裁者が身勝手に振る舞う国というのは、やはり地球上において減って来てると思います。
    例えばあそことあそこが崩れたら、また全然違う世界が生まれて来るんじゃないかなと思ったりするし。

    西暦2000年代ですか。

    個人的に全然人類はまだ若い分類なんじゃないかなと思ったりしています。

    色んな素晴らしい考えがこれからも生まれて来ると思うし、
    素晴らしい才能を持つ者たちも。
    SNSが普及しているので他国のそういう人たちも国境を越えて支持を集めたり出来ますし、

    「争いの無い世界を作る」

    「人間が千差万別である限り絶対争いは無くならない。むしろ争いの無い世界はどこかで不自然な犠牲が生じているはず。争いを避けるためにそういう犠牲が無視されたら平穏な世界という言葉も意味を成さない。それよりは争いが起きた時に止めることの出来る仕組みを作る」

    ここが私と藍条さんの決定的な違いかなと感じます。
    とても真逆で興味深いです。

    幸運にも、どちらも長編書き。

    自分の思想を作品に委ねることが出来ます。

    今回の話とか聞いていると、やはり【三つのオルゴール】がどういう結末までを迎えているのか、非常に気になりますね。

    最後の最後の信条みたいなものは、正直この時点で真逆です。
    藍条さんは 誰かが争いの無い世界をその考え方に従えば作れる、と信じている。

    私は争いの無い世界は他人を慈しむ心がけで作り上げるもの。しかも絶対的ではない。つまり人間が他人の痛みに共感したり、助けようと思える、そういう心を大切にすべき。
    争いの無い世界を作るのではなく、争いの無い世界にしていくよう心掛けて生きて行くのが人間の人生だ、

    と思っている。

    これは真逆なので、今現在【三つのオルゴール】の話をとても楽しませていただいてる私ではありますが、もしかしたら最後の最後の結末で、この考え方の違いで「うーん……?」となる可能もあるということです!✨✨

    面白い!! それが面白い!

    あんなに そうだロウワンいいぞ! そうだ!! って今思ってても最後うーん……? ってなる部分があるのかないのか分からんのが面白い!!
    その可能性もあるのが!

    藍条さんはやっぱりそのあたりちょっと変わってますよね。
    もちろん途中までしか読んでないのでこれから見えて来るのかもしれませんが、現状では「争いの無い世界を作る」というロウワンの大望はものすごく感じるのですが、「じゃあ争いの無い世界で争いがもし起こったらどうするんだろう?」という部分までは私は見通せていません。

    あああああああいわないでいいですよ!!!

    読ませてください!!!✨

    読みたい!!

    是非読んで、今現在藍条さんに感じている疑問の答えを見つかるならあの話で見つけたいです! それが楽しそうなので!🥰

    GWにまた読みに行かせていただきますね。

    とりあえず孫堅が長生きしていたら南北二国の安定も有り得たかもなあなんて言って頂けたのが本当嬉しいです!!✨ありがとうございます!
    私も本当に思うのですよ。
    孫堅は一人で孫堅ですが、
    孫策は周瑜と比翼の鳥となって、二人一つで【孫堅】になれる存在だと思っています。

    よって孫策が長生きしてても周瑜が側にいればきっと南北二国の安定も出来たと思います。

    孫権は無理です!!!!!!!!😇

    絶対的な権力持ってたくせに二宮の変なんか起こしちゃった孫権には絶対無理です!!

    孫権の起こした【二宮の変】は、
    私的に曹操の行った【長江征伐(赤壁の戦い)】くらい

    なんでやっちゃったのよ!? なのですよ

    やる必要どう考えてもないだろ!!

    呉なんか絶対北上して来ねえし!! 北上する理由がねえもん!!
    曹操が攻めるなら絶対涼州とか陸地からの蜀攻めの方が理に適ってる。
    なんで慣れてねえ水戦なんかしようとしたんだよ莫大な労力使って!! と私は赤壁の戦い大好きなので「やってくれてありがとう💕」ではあるのですが、でも理論的に考えるとあの部分だけ曹操絶対行動おかしいと思いますね。

    覇者の驕りというやつなんでしょうか。自分が生きている間に天下統一をとか思ったんですかね……。

    私は↑この理論があるので、なんか赤壁で蜀の連中が「呉に手を貸してやった」みたいに言う時あるんですが、いやお前ら手を貸さざるを得ない立場だろ。手を貸さずに呉が滅んだら次がお前達になってあっという間にやられるだけやろアホか ごちゃごちゃ言わずに死にたくなかったら手を貸せ 普通に考えて自分たちの為にも呉と共に戦うのが利なの分かるやろと思うので、赤壁に関しては蜀が恩着せがましいこと言って来たらぶちのめすようにしてますね

    長江を自然の国境にして、こう美しく二国が成り立ち、交易をする。

    そんな風景をちょっと一回見てみたい気しますね