第32章 エピローグへの応援コメント
カールスバート、チェコ語ではカルロヴィ・ヴァリを父アマデウスが訪れていたという話は聞いたことがあったのですが、その息子フランツが彼の地で生涯を終えたことは知りませんでした。
「父の名が彼の墓碑銘であるべき」と刻まれていることは、どうしても気になってしまいます。フランツが深く父を敬愛していたことを表しているのでしょうが、そこにあったものはまっすぐな愛だけではなかったはずです。晴れがましい記念碑にふさわしいのは華やかできらびやかな文言なのでしょうが、それに隠された思いもまた、忘れてはならないものだと感じます。
多くの貴重な情報を含む作品を読ませていただき、ありがとうございました。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。また、暖かい感謝のお言葉をたまわり、恐縮です。この作品を書いて良かったと思います。
実はこの作品を執筆するにあたり、このエピローグの場面のイメージが最初に浮かびました。作品を読んで下さった方程、「人間フランツ」を知り、彼に感情移入する程に、この石碑の文言は「皮肉」に見える。「親の影に生涯覆われた2世の悲哀」の象徴ではないか?という思いは強まると思います。
私もフランツという人物に興味を持ち始めた頃に、この石碑の文言を読んで、気の毒な人物の印象を覚えました。一般の音楽ファンにはおそらくそういうややステレオタイプなイメージでフランツを捉える方も少なくないと思います。日本語で出ている評伝自体は少ないですが、多くは「ジュニアの悲哀」のトーンが多いです。
このエピローグを彼の人生を知った上で読んだ時の感想は、
私が知っているフランツはそうではない、全然わかってない人が考えた文言だ。「歴史の皮肉」という捉え方をするのは自然です。
一方で、最晩年の父を祝う音楽会を病身を押して開催するという使命感、手紙にはW.A.Mozartと署名していることも結構あり、「モーツァルトブランド」の継承者としての役割は役割で、父を敬愛する気持ちとともに果たしていた節もあり、案外器用に立ち回ることもできたのでは?と調べれば調べる程、人間の複雑さを感じることになりました。
どのように解釈するかも、正解はなく、解説も要らない。そう考えた結果あのようにしました。
この辺の作者としての思いは、あとがきでも述べたいと思います。
第31章 残響の季節への応援コメント
フランツの音に耳を澄ましていたジュリーは作曲家になったのですね。そしてその孫のヴィルマも。血ではなく教えとして受け継がれていくもの。ジュリーからヴィルマへと受け継がれたものも、血を足掛かりとしてフランツから続く教えが、そして音が、受け継がれていったのだと思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。私も今回の作品執筆にあたり、フランツの周辺情報をいろいろと調べていくなかで、まさに血縁によらない系譜が続いたこと、フランツが人の育成に自らの適性を見出すことで、生き方を定めることができたのだと思いました。父にも弟子はいましたが、弟子の育成や教えの継続性、リヴィウで今も顕彰されるという点では父にはできないことを成し遂げたのだと思います。
第28章 G minorへの応援コメント
こんにちは。
記念すべき演奏会でした。フランツがモーツァルトの息子という肩書から自由でさえあれば、亡きモーツァルトのためにただただ素晴らしい演奏会を企画し演奏した見事な音楽家、と周囲も本人も素直に受け止めていたでしょう。彼は今でも、当然のことですが、父モーツァルトを単なる同郷の偉人として見ることはできません。父の音を受け入れ、自分の音をつかんだとしても、どこかに父の影は落ちる。その自由になり切れない陰影が、フランツのありかたそのものなのかもしれませんね。
作者からの返信
佐藤様
ご愛読ありがとうございます。
いつもながらの深い洞察に感銘を受けました。
5/22の近況ノートに書いた大発見というのが、実はこの演奏会の開催を裏付ける手紙であり、作品中のフランツからの手紙の表現等も実際の手紙の内容に基づいています。この手紙、彼の最後の年のものであり、ウィーンで父をたたえるための演奏会を必死に準備している様子がうかがえます。
※史実では、1838にヨゼフィーネ一家とレンベルクからウィーンに移住してるようです。
「モーツァルトブランド」はやはり絶大だったのだと思いますが、意気に感じた仲間が手紙の呼びかけに即座に集まり、実現に至ったというのもドラマチックな史実からの着想です。
しかも、この手紙ではW.A.MOZARTと署名しています。
これは、ある意味ブランドの版権を有する者としてのサインかもしれません。
弟子の育成に自らの適性を見出し、自分の音を掴んだとしても、父の存在は生涯誇りとして、あるいは自分のアイデンティティとして拘り続けたのかもしれません。その陰り自体が彼の作品の特徴になっているとも思います。
前章での「精神的な和解」を経て、その「和解」をどのように「実践」していたのか。
が覗える章ともいえるのではないでしょうか。
ステレオタイプな父の影に苦しみ続けた生涯というよりは、父は意識せざるを得ないが、適度に折り合いがつけられるようになり、また周囲が期待する「モーツァルト氏」としての役割も果たせる様になっていたのではないかと私は思っています。
第16章 Sotto voceへの応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
おお、フランツはシューベルトと交流がありましたか。なるほど同じくサリエリに師事したもの同士だったのですね。シューベルトの心の内面を深く掘り下げるような音楽性とヴァンハルの光と影を見すえた祈りの音楽、それらといまフランツの置かれた境遇とは引き合うような気がします。
作者からの返信
佐藤さま
いつもご愛読戴きありがとうございます。
フランツは、ガリツィアという辺境に拠点を移しながらも、愛憎半ばするウィーンの動向は気になっていたのでは?と思いました。音楽家という流行に敏感にならざるを得ない職業故もあったでしょうし、生粋のウィーン子であるフランツには気になる「故郷」だったと考えました。
ヴァンハルに会いにいったのも、こんな頃だったのかもしれません。
シューベルトはモーツァルトを尊敬していたので、その息子であるフランツは気になる存在でしたでしょうし、性格的にも合ったのではないでしょうか。時代はロマン派に向かう頃であることを改めて認識すると、他のビッグネームを出したくもなりましたが、話が拡散しそうだったので、ここはシューベルトに留めておきました。
キャラクターや音楽性は父よりもヴァンハルやシューベルトに近いのかもしれないというのは同意見です。
第23章 魔法の言葉への応援コメント
思わず一気読みしてしまいました!! まるでお洒落なヨーロッパの映画を鑑賞している気分です!! 出版しても十分なくらいにほんっとうに最高でした!
作者からの返信
渋谷さま
これまた過分なお言葉に感激しています。緻密な描写で全てを描き尽くす作風ではなく、映画原作ぐらいのイメージを持って書いていますので、そこは狙い通りかもしれません。
まだ彼の人生にはドラマがあります。
完走迄お付き合い下されば幸いです。
第22章 光を分け与える人への応援コメント
自分の音を見つけられなかったフランツがとうとう音の家なるものを創設するとは感慨深いですね……
作者からの返信
ネタバレぽくなりますが、この辺史実から着想しています。
第16章 Sotto voceへの応援コメント
おお! とうとうシューベルトの登場ですね!
作者からの返信
渋谷さま
はい!実は伏線があって少年期のフランツが書いた歌曲はまだ時代が早すぎた。この頃に漸くシューベルトの歌曲でそのジャンルも注目を集めた。
フランツの作品は早すぎたのかも。
シューベルトはサリエリにも師事していたことがあったので、交流があってもおかしくないと考えたのと、何となくナイーブなところが性格も合いそうだな。と。
第1章 ウィーンの冬の朝への応援コメント
モーツァルトの息子、という人物に焦点を当てた小説は今まで読んだことがなかったので凄く凄く興味深いです!! クラシック大好きなので、正直カクヨムで見てきた小説の中で一番惹かれました!
作者からの返信
渋谷さま
とっても嬉しいコメントありがとうございます。
フランツ・クサーファーの存在はモーツァルト好きがその名を知っているぐらいで、ちゃんとした日本語の文献は乏しい中、自分で読んでみたい作品をめざしています。
余白も多い人物なので、フィクションも含みますが、史実はリスペクトしているので、ある程度安心してお読み戴けると思います。
父の名に隠れた人生で片付けてしまうのは惜しい人物です。
近況ノートに関連作品や豆知識も載せて小さなメディアリミックスも試みていますので、作品と併せてお楽しみ下さい。
第14章 ガリツィアのレクイエムへの応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
音楽家として名が知られるようになればなるほど、父の名がより濃くついてくる。まさに光が強くなれば影も強くなる、ですね。
ヨゼフィーネの言葉は禅問答のようでもありますが、フランツがアイデンティティを確立するためには父の音楽を避け続けることは不可能でしょう。苦しいことだと思います。でも、思い切って影の中に立ち、影を真摯に見つめたとき、フランツはしっかりと父を受け止めることができたのではないでしょうか。いつか、これぞ自分と思える音を彼には見つけて欲しいものです。
作者からの返信
佐藤さま
ヴァンハルに続き、フランツの物語もご愛読戴きありがとうございます。
前章で体験したことがフランツの心境にも大きな影を落としたことでしょう。
父の影から離れたい。だが、父を失いたくない。
父に似ていれば、流石血筋だ。
だが似ているが父程ではないと言われ、父と違う作風にすれば、モーツァルトらしくないと言われるとすれば、モーツァルトらしさも残しつつオリジナリティを発揮せねばならない。
針の穴を通すような狭いストライクゾーンを狙うことが課される様な創作は尋常ではない苦労があったのではないでしょうか。
ヨゼフィーネの言葉、若者の純粋な気持ち、音そのものからは離れられない音楽家の定め、それらが死せる父と向き合おうとさせたのでしょうか。
第11章 小さな季節の変わり目への応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
当時の音環境は、現代とはまるで違っていたのでしょうね。楽器の創り出す音を耳にすることはごく限られていたからこそ、それを耳にしたときには、はっとするような感動が生まれるのかもしれません。特に、当時のまだ幼い子供であれば、音に対する感度は、今の私たちとは比べ物にならないくらい、良かったのかなと思います。フランツの音を他の音と区別して「好き」と告げたジュリーのあどけない声に、フランツはどれだけ勇気づけられたことでしょうね。
作者からの返信
佐藤様
ご愛読ありがとうございます。
雑音が少ない時代であるからこそ、音にシビアに向き合うことも出来たのかもしれませんね。
まして純粋な子どもの耳。彼女の特異な才能の萌芽ともいえるかもしれません。
第1章 ウィーンの冬の朝への応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
うおっ、フンメルが出てきましたね! ヴァンハルの物語のほうでフンメルは出ないのかなあ、と思っていましたが、こちらではさすがに出ますよね!
生まれおちたその時から冠されていた「モーツァルトの息子」。もうそれだけで、フランツの苦難の道が見えてしまいます。誰しもがそう呼ばざるを得ないほど、父が偉大であったと証左なのですが、道を探っている当人には、時に過酷な重荷となってのしかかってきますね。
作者からの返信
佐藤様
こちらの作品も読んでいただきありがとうございます。
現代にいたる迄名前が知れ渡っている人物はまさに例外中の例外であって、その周囲には綺羅星のごとき才能がいたことを全て述べるには多すぎるものの物語にリアリティを与え、歴史を俯瞰する上で、外せない方々については言及しました。プレイエルなんかはヴァンハルの弟子?とも言われているので、出すと面白いのかもしれませんが、ちょっと話が広がってしまいそうで、入れていません。
ただ、ここに挙げた巨匠たちはそういった作者の意図以前に「チーム・モーツァルト」として遺族たちを支えようと事実懸命だった様子はあったようで、英才教育の極地ですね。当時既にそれだけの評価を得ていた父モーツァルトであったが故、フランツの重荷もまた想像を絶するものはあったことでしょう。
補遺 名の持つ意味への応援コメント
@jbvanhalさま
こんにちは。
父と息子の名前が持つ意味の対照性。これはとても興味深いです。偶然かもしれない。必然かもしれない。
東欧(少なくともチェコ)では父の名を息子や娘が継ぐことが日常的ですが、それとはまったく違う形で、彼らは名を与えられ、祝福され、名を生きていくのですね。