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  • 第16章 Sotto voceへの応援コメント

    @jbvanhalさま

    こんにちは。
    おお、フランツはシューベルトと交流がありましたか。なるほど同じくサリエリに師事したもの同士だったのですね。シューベルトの心の内面を深く掘り下げるような音楽性とヴァンハルの光と影を見すえた祈りの音楽、それらといまフランツの置かれた境遇とは引き合うような気がします。

    作者からの返信

    佐藤さま
    いつもご愛読戴きありがとうございます。
    フランツは、ガリツィアという辺境に拠点を移しながらも、愛憎半ばするウィーンの動向は気になっていたのでは?と思いました。音楽家という流行に敏感にならざるを得ない職業故もあったでしょうし、生粋のウィーン子であるフランツには気になる「故郷」だったと考えました。
    ヴァンハルに会いにいったのも、こんな頃だったのかもしれません。
    シューベルトはモーツァルトを尊敬していたので、その息子であるフランツは気になる存在でしたでしょうし、性格的にも合ったのではないでしょうか。時代はロマン派に向かう頃であることを改めて認識すると、他のビッグネームを出したくもなりましたが、話が拡散しそうだったので、ここはシューベルトに留めておきました。
    キャラクターや音楽性は父よりもヴァンハルやシューベルトに近いのかもしれないというのは同意見です。

  • 第23章 魔法の言葉への応援コメント

    思わず一気読みしてしまいました!! まるでお洒落なヨーロッパの映画を鑑賞している気分です!! 出版しても十分なくらいにほんっとうに最高でした!

    作者からの返信

    渋谷さま
    これまた過分なお言葉に感激しています。緻密な描写で全てを描き尽くす作風ではなく、映画原作ぐらいのイメージを持って書いていますので、そこは狙い通りかもしれません。
    まだ彼の人生にはドラマがあります。
    完走迄お付き合い下されば幸いです。

  • 自分の音を見つけられなかったフランツがとうとう音の家なるものを創設するとは感慨深いですね……

    作者からの返信

    ネタバレぽくなりますが、この辺史実から着想しています。

  • 第16章 Sotto voceへの応援コメント

    おお! とうとうシューベルトの登場ですね!

    作者からの返信

    渋谷さま
    はい!実は伏線があって少年期のフランツが書いた歌曲はまだ時代が早すぎた。この頃に漸くシューベルトの歌曲でそのジャンルも注目を集めた。
    フランツの作品は早すぎたのかも。
    シューベルトはサリエリにも師事していたことがあったので、交流があってもおかしくないと考えたのと、何となくナイーブなところが性格も合いそうだな。と。

  • 第1章 ウィーンの冬の朝への応援コメント

    モーツァルトの息子、という人物に焦点を当てた小説は今まで読んだことがなかったので凄く凄く興味深いです!! クラシック大好きなので、正直カクヨムで見てきた小説の中で一番惹かれました!

    作者からの返信

    渋谷さま
    とっても嬉しいコメントありがとうございます。
    フランツ・クサーファーの存在はモーツァルト好きがその名を知っているぐらいで、ちゃんとした日本語の文献は乏しい中、自分で読んでみたい作品をめざしています。
    余白も多い人物なので、フィクションも含みますが、史実はリスペクトしているので、ある程度安心してお読み戴けると思います。
    父の名に隠れた人生で片付けてしまうのは惜しい人物です。
    近況ノートに関連作品や豆知識も載せて小さなメディアリミックスも試みていますので、作品と併せてお楽しみ下さい。

  • @jbvanhalさま

    こんにちは。
    音楽家として名が知られるようになればなるほど、父の名がより濃くついてくる。まさに光が強くなれば影も強くなる、ですね。
    ヨゼフィーネの言葉は禅問答のようでもありますが、フランツがアイデンティティを確立するためには父の音楽を避け続けることは不可能でしょう。苦しいことだと思います。でも、思い切って影の中に立ち、影を真摯に見つめたとき、フランツはしっかりと父を受け止めることができたのではないでしょうか。いつか、これぞ自分と思える音を彼には見つけて欲しいものです。

    作者からの返信

    佐藤さま
    ヴァンハルに続き、フランツの物語もご愛読戴きありがとうございます。
    前章で体験したことがフランツの心境にも大きな影を落としたことでしょう。
    父の影から離れたい。だが、父を失いたくない。
    父に似ていれば、流石血筋だ。
    だが似ているが父程ではないと言われ、父と違う作風にすれば、モーツァルトらしくないと言われるとすれば、モーツァルトらしさも残しつつオリジナリティを発揮せねばならない。
    針の穴を通すような狭いストライクゾーンを狙うことが課される様な創作は尋常ではない苦労があったのではないでしょうか。
    ヨゼフィーネの言葉、若者の純粋な気持ち、音そのものからは離れられない音楽家の定め、それらが死せる父と向き合おうとさせたのでしょうか。

  • @jbvanhalさま

    こんにちは。
    当時の音環境は、現代とはまるで違っていたのでしょうね。楽器の創り出す音を耳にすることはごく限られていたからこそ、それを耳にしたときには、はっとするような感動が生まれるのかもしれません。特に、当時のまだ幼い子供であれば、音に対する感度は、今の私たちとは比べ物にならないくらい、良かったのかなと思います。フランツの音を他の音と区別して「好き」と告げたジュリーのあどけない声に、フランツはどれだけ勇気づけられたことでしょうね。

    作者からの返信

    佐藤様
    ご愛読ありがとうございます。
    雑音が少ない時代であるからこそ、音にシビアに向き合うことも出来たのかもしれませんね。
    まして純粋な子どもの耳。彼女の特異な才能の萌芽ともいえるかもしれません。

  • 第1章 ウィーンの冬の朝への応援コメント

    @jbvanhalさま

    こんにちは。
    うおっ、フンメルが出てきましたね! ヴァンハルの物語のほうでフンメルは出ないのかなあ、と思っていましたが、こちらではさすがに出ますよね! 
    生まれおちたその時から冠されていた「モーツァルトの息子」。もうそれだけで、フランツの苦難の道が見えてしまいます。誰しもがそう呼ばざるを得ないほど、父が偉大であったと証左なのですが、道を探っている当人には、時に過酷な重荷となってのしかかってきますね。

    作者からの返信

    佐藤様
    こちらの作品も読んでいただきありがとうございます。
    現代にいたる迄名前が知れ渡っている人物はまさに例外中の例外であって、その周囲には綺羅星のごとき才能がいたことを全て述べるには多すぎるものの物語にリアリティを与え、歴史を俯瞰する上で、外せない方々については言及しました。プレイエルなんかはヴァンハルの弟子?とも言われているので、出すと面白いのかもしれませんが、ちょっと話が広がってしまいそうで、入れていません。
    ただ、ここに挙げた巨匠たちはそういった作者の意図以前に「チーム・モーツァルト」として遺族たちを支えようと事実懸命だった様子はあったようで、英才教育の極地ですね。当時既にそれだけの評価を得ていた父モーツァルトであったが故、フランツの重荷もまた想像を絶するものはあったことでしょう。