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  • こんばんは(^^)/
    最近、モチベーションがガタついているので拝読させていただきました。レビューも書かせていただきますね。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。
    レビューまで頂き、繰り返しお礼申し上げます。

    自分に思い浮かんだことを作品にしただけなので、正直、少し気恥ずかしい気持ちでおります。
    苦しんだ後、今はまた歩み始めました。楽しいと思う時がある限り、歩んで参ります。

    カクヨムに投稿されている皆様の、執筆活動が実り多きものとなりますよう、お祈り申し上げます

    編集済
  • コメント失礼します。すごく元気づけられました!
    私もたくさんエタらせてきました。自分で書いてる物語なのにいつのまにか第三者の視点で見てしまって、こんな駄文!とぶん投げてしまったり……
    読者目線や客観視ももちろん大切ですが、それよりも自分がなにをどう書きたいかがブレないでいることを大切にしようと思いました。
    「未完の傑作より、完成した大駄作」を書く、とってもいい言葉ですね。
    読ませていただきありがとうございました!

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。
    一読者としての感想なのですが、カクヨムを知らない時にWebから読んだことがあります。(だから応援マークとかもできない)ただ、連載を止めてしまって先が読めなかった。残念だなと。
    読者って続き読めないと分かると、そのまま離脱してしまうんですよね……。

    自分はPVが0でもいいと思って、カクヨムに参戦(?)しました(^^;。話を考える時、小エンディングと大エンディングを作るのですが、どうしてもその大エンディングを書きたい!というのが参戦動機です。
    なので、下手くそ、この野郎!と転んで泥水に顔を突っ込んでしまうんですが、どうしても「このエンディングを書きたいんじゃあ~!」という熱意だけ(謎の熱意)で走り続けています。できればエンディングを最初に書きたいくらいですが、できないので苦行マラソンをしております。

    編集済
  • 素晴らしいお話ありがとうございます。
    元気づけられました。その通りだと思いました。
    少しでも多くの人に読まれ、良い評価をされ、あわよくば書籍化を、なんて思いながら書いていますが、そう、でも最初は、書いてみたから折角なのでUPしてみよう、だったのです。
    物語を書くこと、人間を描くこと、そしてそれを書く時間、さらにはそういうものを書いている自分のことも、きっと好きなのです。
    昔は、書いても自分の部屋に原稿が貯まるだけ、賞に応募しても落選すれば廃棄行きでした。今はサイトにずっと残るんですものね。
    いつか訪れるかも知れない、未知の読者との出会いに期待しながら、私は自分の好きな小説を書き続けたいと思います。
    ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。
    「未知の読者との出会い」これ、私です。カクヨムのサイトを初めて知ったのは、検索からでした。
    その人のサイトを、ただの検索から見つけて訪れたことがあります。Webに載っていたから。

    WebやSNSの功罪はありますが、出版物と違って残るのです。
    (その運営サイト自体がなくなったら消えますが、運営本体は株式会社KADOKAWAですからね。自分がカクヨムを選んだのも、これが理由。カクヨム10thとか出ていますが、「出版社」なのに、万一サイト閉鎖したら投稿作家たちが怨念化するぞ~。消えた作品は死霊になるぞ~ドロドロ~)

    ただSNSは、ネットの世界と自己を分離できなくなって、苦しくなる。投稿サイトは特に。小説を書くことは簡単じゃないですから、余計にそうなる。

    「自己主体性」の再確認をどうやって行い、自分の立ち位置に戻るか? ちょっと近況ノートに書いたのですが、それをしないと引きずり込まれる。
    その一つの方法が、他人のように検索してみる。存在が見える。
    人の心は、自己は、確固たるものでなくて、結局は、周囲・環境との関係でしか成り立っていない。

  • 初めてコメントさせていただきます。
    当方、既に50代。
    ちょうど自分のことを、生産性のない駄文書きだな、と自己嫌悪になっていたので
    作品の中身、刺さりまくりです。「サイトに残る」。心の支えにします。
    そして削除グセ(明らかな駄作を消してました)、やめます。
    感謝いたします!。

    作者からの返信

    コメント、ありがとうございます。
    「生産性」という言葉……資本主義社会の核心ですよね。利益を上げ、分配し、再投資する。
    けれど、資本主義の中では労働者も結局消費され、埋もれている(いかん、書き方がちょっと暗いな……)

    反対に言えば、その中で「生産性のないことをしている」って、とても贅沢なことなのかもしれません。(自分はそう思うようにしている)

    「推し活」をしている人が冷めた時(もしくは押し活が負担になった時?)、グッズ類が急に色褪せてくるかもしれません。(私には押しがいませんが)
    でも、推し活に夢中になっていた時に、ワクワク高揚していた記憶は残る。

    Webの上に駄作を置いたままで、あの時そういえば頑張ったなぁwと眺められるのも良いかも。(←自分の場合)
    けれど、それが辛いと思う人は残さなくてもいい、と思う。(押しつけはいけないから)
    ただ、「消すのはいつでもできるよ」、です。
    本当に消したいの? それはご本人しか分からない。

    ログイン状態で、自分で見返すから凹んですよね(←この話は長くなるので、翌晩近況ノートに載せようと、今書いています。気が向けばお立ち寄りください。近況ノートはPV圧力がないので、好きに使っています(^-^))


  • 編集済

    はじめまして。アイデイアと申します。書くのが苦しくなっている私ではないのですが、自分自身で書いたものに愛着が持てず、消すことに何のためらいもありません・・・ですので、最後の一文が「他者から今一番言ってほしい言葉」でした。「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」という三つの言葉は知りませんでした。とても勉強になりました。ありがとうございます!

    作者からの返信

     コメントありがとうございます。
     カクヨムでの作者は、カクヨムにログインしたままで、カクヨムの世界を見ている気がします。
     カクヨムさんは、一長一短で交流するには面白いのですが、書き手にとったら、ちょっと苦しいw。

     ログアウトしてみて見ましょう、というのは『「メタ認知機能(Metacognition)」を使いましょう』、という意味です。
     人が持っている、AIには持っていない機能です。

     メタ認知機能とは、「自分の思考や行動、感情を客観的に把握し、自分自身を見つめる」ことです。

     と言っても、なかなかできません。人は主観に引きずられるから。

     だから、最後の一文を書きました。

    編集済
  • 書いて、消す。書いて消す。の繰り返しの毎日で小説を書く意味と、読者、自分。色々わからなくなってしまいますよね。エッセイは、自分の気持ちや考えを共有できる面白い文学だと思います。その中で本物の自分の感情をぶつけられる人は非常に少ない。けどこの作品は、言葉の一言ずつに重みがあって、何か自分の中にも湧いてくるものがありました。僕もまた一ついい作品が書けそうです。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    この作品は、わざと句読点を多く入れました。その方が言葉が重くなるからです。

     小説家が書いていました。人は経験したことしか書けない(自分なりの空想でも経験)と。
     苦しいのを経験することは、その時は、「花が咲かない」。タイパも悪い。
     けれど、小説を書く人にとっては、その経験はどこかで活かせるかもしれませんね。小説は「内在」だから。

     人間は立ち位置が見えなくなる時、先行きが見えない時が一番不安。
     だから、そういう時は、誰でもすごく苦しい。
     自分はそう考えます。みんな、苦しい。

    編集済
  • 注目の作品から来ました。
    私もよく、書くのが辛くなります。

    4年前、私が初めて小説を書き始めた時は、それまで自分が頭の中で想像していたことを文章化したもの。自分の想像の記録のようなもので、独りよがりでしかありませんでした。

    でもそれから年月を経て、今となっては読んでくださる人も増えました。いつの間にか自分の中で、「自分の書きたいもの」と「読み手の方が求めているもの」の境界線が曖昧になってきました。

    書いている途中に書けなくなるんです。前は自分の頭の中から直接パソコンに流れ出てくるような感じだったのに、それが止まってしまった。

    ここで書いていると、承認欲求ってどうしても大きくなってしまうんです。昔よりも増えた評価が嬉しくなってしまう。だから止まってしまうのですよね。

    本当に私が書きたいことを書いていいのだと言ってくださったような感じがしました。
    ありがとうございます!!

    作者からの返信

     コメント、ありがとうございます。私も大した人間じゃないので、偉そうなことは書けないのですが、少し自分が思っていることを返信します。

     読者側から作者側になろうとする人は、皆、頭の中に作品がある気がします。良いじゃないですか~。たった一つの作品なのだから。
     ただ「作者」(作家)には、二つ種類があると思う。書きたい人と、商業作家。
     商業作家は読者から支持されないと、次の書物が出せない。
     書きたい人は、書きたい気持ちが折れると書けない。それを、書く人がどう捉えるか、はそれぞれ違う。

     それから、これは商業作家がどこかで書いていましたが、早くに商業作家になった人は、それから作家として生きていく時間が長い(つまり大変だよ)と。書くことは、頭の引き出しから出すことで、書くためには「入れなければならない」。早くに作家になることが良い事とは限らないと。
     そして、流行り物を最初に書いている人はまだ良い。それに乗じて、書きたいわけでもないのに書いている人は、その流行りが廃れた時取り残されると。

     つまり、何でも<トレード・オフ>という関係がある。これは、「一方を追求すると他方を犠牲にする関係」という事。

     読者が多ければ、承認欲求が満たされる(カクヨムはそういう構造になっている)。
     読者が少なければ、自分の好きな書き方に、好きだけチャレンジできる。

     このトレード・オフという関係を知っておけば、人生で苦しむ時ちょっと楽かもしれません。(まあ、それでも辛いですけれどね)

     カクヨムのログイン状態で自分を見るだけでなく、外から見ましょう~。