袋小路に迷い込むへの応援コメント
あまりにも根を詰めすぎた時に、こういう現象に見舞われますね。
うまく言えませんが、美味しい料理も毎日食べ続けると飽きるというか、自身の作品に対して新鮮な気持ちで向き合えなくなるというか……
こういう時、私は迷わず執筆をやめてます。
(´ω`) ま、元々あまり書いてないんですけどね〜。笑
作者からの返信
花京院 依道様、コメントありがとうございます。
作品に対して真摯に向き合っているからこそ、どうしてもそう感じてしまう瞬間は訪れるのだと思います。
それだけ真剣に創作に取り組んでいる証拠なのかもしれませんが。
私も思い詰めると何も取り掛かれなくなるので、素直に離れるようにしています。
それで書けれるようになったタイミングで戻るって感じですね。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
通りすがりで失礼します。
「これ、本当に面白いのか?」はあまり頻度は多くないかもしれませんが、私もやっぱりありますね。
私の場合、そういう時でも完全に執筆から離れることはしないで毎日一行でも書くようにしてます。もちろん時間の都合などで書けない日もありますが、必ずパソコンの前には座るようにしてます。
実際には、常にコンテストとかで締切に追われてるので、そうせざるを得ないんですけどね……。
作者からの返信
市瀬瑛理様、コメントありがとうございます。
ちょっとだけでも書き進めていく。
それがそのうち、どんどんと書く量が増えていく。
そうしていく中でまた書けるようになる時もあるかもですね。
私の場合は書けないことに対してストレスを抱えてしまうので、書けない時はきっぱりと離れるようにしていますね。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
筆が止まることはあります。
非日常の前には日常を書きます。
もちろん、日常の中に非日常への"つなぎ”を仕込むんですが、意外とこういう時止まってしまうんです。
また、ラブコメの起承転結の結の段階、ハッピーエンドに向けてどんどん収束させている時に、なんというか書いている話に"あてられて”止まることがあります。
作者からの返信
獅子2の16乗様、コメントありがとうございます。
頭の中でイメージ出来ていたり、プロットは立っていても、筆がどうしても止まってしまう時はあると思います。
人によってそれぞれでしょうけど、作品に対する想いが真剣だからこそ、起きるようなものじゃないでしょうか。
編集済
袋小路に迷い込むへの応援コメント
ありのままの気持ちが乗ったエッセイ、読ませていただきました。
こういうのを素直に書けるのは、とても素敵だと思います😊
今回のこれこそ、1つの作品だと思いますし。
ちなみに自分は、渾身の作品が読まれなかった時に書くのがイヤになったことが多々ありました。
それは作品で人の心を震わせ、世の中を変えたかったからです。
けれど、それを乗り越えて”書きたい”と思えるようになったのは、表面だけでなく”読んで”くれる人がいたから。
結果それ以降、
───書きたい作品と設計作品の二つを書く。
これにしてから、気持ちはだいぶ変わりました。
しかしこれは、あくまで自分の事例に過ぎません。
今回、八木崎さんが仰られたことについては、
───なぜ、乗り越えたいと思うのか?
そこを掘り、向き合ってみるのがいいんじゃないかと思います。
ウチらweb小説を書いてる人は、基本、誰にも強制されていない。
もちろん人によって、読者に返事をしたり更新頻度を決めてたりとかはあると思います。
けど、基本は自由。
書籍化の作家を除き、会社の仕事と違って、外部からの強制力はありません。
なのに”書きたくならないこと”に悩む。
書かないと何がマズいのか?
───書籍化への夢が絶たれる?
もしそうなら、それはお金?
それとも、自己の想いを伝えられなくなるから?
はたまた全然違って、自己の中にあったものが消えてゆく、もしくは薄まることへの焦り?
例えば、病気で動けなくなるのと、ケガをして動けなくなるのは”治療法”が違うのと一緒で、
───書きたくならない。
その理由をハッキリさせることが、一番必要なのかもしれません。
ただ、間違いないのは八木崎さんが真剣であるからこその悩み。
現れたそれと、大切に向き合ってみてください。
作者からの返信
ジュン・ガリアーノ様、コメントありがとうございます。
本当は近況ノートに載せるつもりでしたが、いろんな方の意見を聞きたくて、作品として投稿してみました。
そして思った以上にいろんな方の意見を聞くことが出来て、嬉しく思っています。
私も今回のカクヨムコン、そして現在進行形で更新中の作品が立て続けに読まれなかったことで、気力が底をついたというのもあります。
結局は読まれないことで自分の面白さが分からなくなったというものかもしれません。
PVは伸びず、誰のコメントもなく、先細るばかり。
それでも続けられるのは、相当に揺るがない芯を持っている人だと思います。
自分の作品は面白い!という確固たる自信があれば、悩まずに進められそうですね。
悩みは尽きませんが、いろいろと考えながら創作を続けていこうと思います。
貴重なご意見ありがとうございます。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
長編書いてると、3万文字あたりで訪れますね。
「これ、本当に面白いのか?」症候群
実際、それでボツにした作品がいくつかあります……。
手が進まないときは、小一時間ほどお風呂でぼんやりします。
湯舟に入ったり出たりを繰り返し、執筆中の作品のことや、新しい作品のことを考えたり。
あとは、何度も観たお気に入りのアニメを見返したり。
あ、最近ではChatGPT相手に何時間も会話してることもありますw
作品とはまったく関係ない、思い付きのトンデモ説や未解決事件の真相や、何やら哲学めいたものまで。
そうしているうちに、まったく新しい展開が降ってきたりして、
書き進めたくなったり、ならなかったり……です(;'∀')
作者からの返信
角山 亜衣(かどやま あい)様、コメントありがとうございます。
序盤はまだまだ読者が離れていないから、そうはならないんですよね。
中盤辺りで離脱率が顕著になってきた時、面白いのか?という疑問がふと湧いてきます。
私も今回のカクヨムコンで文字数が足りない状態で無理矢理完結させた作品があります。
ChatGPT相手に何時間も会話。かなり新しい手法ですね。
私は相談ばかりなので、会話する目的で使ったことがありませんでした。
たまには会話相手になってもらおうかしら……。
参考になるエピソード、感謝です。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
「これ、本当に面白いのか?」
この言葉、本当によく出てきます。思いついた時は面白いと思っていたのに、書いていくうちに「これ公開したら、今まで面白いと思って読んでくれた人までガッカリさせるのでは」と悩んでしまいます。
これを解決するのが、「もったいない精神」。
「公開したら、誰か一人くらいは面白いと思ってくれるかもしれないけど、公開できなかったらここまで書いてきた時間も努力も無駄になるぞ!」との思いで、書き続けます。
作者からの返信
志草ねな様、コメントありがとうございます。
私も良く感じてしまう言葉だと思ってます。
投稿しても反応が薄かった場合、今まで信じてきたものが崩れるように感じます。
だからこそ、次の一歩を踏むことが出来なくなってしまうのですが。
もったいない精神。その考え、いいですね。
私も見てくれる人は少数でも、その中の面白いと思ってくれる人の為に書き進めていくのがいいかもですね。
素敵なご意見、感謝です。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
すごく共感しました。「書けない」って技術より、面白いと信じた感覚が崩れる瞬間ですよね。
私の場合は“休む”以前に、詰まりの種類を切り分けることが多いです。気分の問題の時もあるけど、章の目的が曖昧だったり、情報の順番が崩れてたり、人物の行動が成立してない時は、距離を取っても戻ってきた瞬間また同じ場所で止まるので。
「面白いか?」まで飛ばずに、「この場面で誰が何を失う・守る?」「次の一手は何?」みたいに問いを小さくすると、指が動くこともあります。
皆さんの“詰まりの見分け方”も聞いてみたいです。
作者からの返信
青羽 イオ様、コメントありがとうございます。
自分にとっては面白いと思い、書き進めてきた文章が実はそうじゃなかったと思わされた瞬間、書けなくなることってあると思います。
技術はいくらでもあれど、書こうと思う気力が湧かなければどうにもならないというもの。
詰まりの種類を切り分ける。なるほど、そういう対処法もあるのですね。
この作品を通じていろんな方の対処法を共有するのもいいかもです。
袋小路に迷い込むへの応援コメント
ちょうど1週間前くらいにこれになってました!!!
寝不足だったりお腹空いてたり、なんらか体調がマックスじゃないとなるような気がします。
なので、よく寝てよく食べて、あとは「8割の出来でもエンディングに向かって物語を進めていくんだ」という気持ちで書いてました。