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    私が知っていることとは真逆だけど、忘れさられた女神像については私の地元にもいらっしゃいます。私が生まれる前から死んだあとも、ずっと心が意志として浮遊してます。体が一過性の夢です。体がある時間しか見聞きもお喋りも食感も味わうことも、他者と関わり、自然を感じ、光を浴びることはできません。いまだけ。
    あなたを愛することは死んでもできるけど、愛されることは生きているうちにしか叶いません。人はたくさんの愛を感じるために生まれて死んでいきます。切ないけれど愛が少ない人生もあります。しかし、孤独から自然に目を向けたときにたくさんの愛があったりします。愛は対人に限らないということです。
    忘れ去られた女神像は弥勒院跡地に埋められています。可哀想に菩薩の中で唯一の出来損ないの神様で、修行者においては弥勒より先に仏になれると見下され、言い伝えでも不出来な者だと予言されています。でも、神様はそこは人間の心理を逆手に取って仕組んでいるんです。人は見下した相手に負けたくないのです。また、自分より可哀想な相手にはつい許し手を緩めて優しさを引き出してしまいます。不出来とはたくさんの棚ぼたを受けれる幸いなことなんです。完璧主義の世界の終わりにいいじゃないかと不完全な神様が生まれるということです。
    不完全を補完するためにたくさんの人の助けを受けて、ダメな神様は菩薩の中で一番幸せな神様なんだと思います。たくさんの優しさを味わえるから。