応援コメント

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  • 恐鳴への応援コメント

    強い怒りでしょうか。
    それは悪に対するものではなく、自然に従わぬ何かに対するような。
    一言では言い表せないものを感じました。

    作者からの返信

    応援コメントありがとうございます。返事が遅くなってごめんなさい。これは、人を変化させるだけの力を持つ人物が、その力が引き起こす過失をいつまでも考えようとせず、その力を暴力のように私に対して振るい続けることに対する怒りです。もしそれを続けるなら私が許せないという意志であると同時に、私が我慢している内に私の傷つき方を見てどうにか改めてほしい、そのような意志が込められています。いくら優しい気持ちで行った人の変化を促す行動でも、相手の中の大切なその自分自身に向けられている気持ちに気付かずに行えばそれは深い傷つきを生むということを伝えたかった詩です。

  • 何かに見切りをつけたような、清々しさが現れているように感じました。長く苦悩した果てに辿り着いた答えのような。
    そして、思い出というカタチだけではなく、今あるもの、または未来へと、向き合いながら生きていくという強い信念のようなものも感じました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。自分自身の友情と戦っているようで、実は自分の性別とこそ戦っているという自分自身への皮肉な痛みを振り切って書いてみた詩です。詩を贈る人物から去る。けれど去り際も返り咲きも明るい花でありたいと思った時に、ヒョイと顔を出すまだまだ男の自分。そんな姿をSIDE STORYでは表しています。いつも感想大変感謝しています。

  • 空白の止む未来への応援コメント

    何度繰り返しても同じ場所へ戻っていくような悲痛さを感じられます。その中でも諦めに似た決断のようなものがあるのでしょうか。
    ラストの場面に哀愁がありました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。自分では明るい詩、友人と将来キャンプにでも行きたいというそんな淡い夢の詩のつもりだったのですが、きっとそこに至るまでに悲痛な感情を沢山載せてしまったんだと思います。「僕には何もしてあげられなかった。」という無力感がただただ支配している詩だと読み返して思います。後半は明るい詩をたくさん書きたいです。

  • 福音書への強い理解、熱意が伝わります。私もまだ読んでいる途中ですが、物語の壮大さを感じております。
    この詩にも、福音書の内容を重ねていらっしゃるのかなと思いながら読ませていただきました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。ルカの福音書、またはルカによる福音書は医師が執筆者の一般読者向けの共観福音書です。特に信仰があるとまで行かなくても、聖書の一番大切な箇所が分かりやすく記述されています。ジェンダーや、LGBTなどの問題の解釈を聖書的に行うためにこの福音書を詳細に理解する必要があると思ってこのSIDE STORYを書きました。まだまだ私の聖書理解は入口にも立っていないのですが、必ずジェンダー問題への解釈もやり遂げたいと考えております。いつも応援コメント本当にありがとうございます。大変励みになっています。

  • Guruへの応援コメント

    読んでいて、理由もわからずに、胸が苦しくなるような切なさがあり、淋しさに包まれます。

    作者からの返信

    ありがとうございます。意外と見せたいラインを決断する前からある程度やっていたので、ボーイッシュなラインに落ち着きそうです。今は写真付きの更新も止まっていますが、落ち着いて来たらまた元気に色んな形の表現していこうと思ってます。hikariさんが複雑な感情を持って下さっているのが、俺には大変ありがたいです。俺もこれから、hikariさんだってこれからです。文学の道は地味ですが長いですよね。後で伺います。本当にありがとうございます。

  • 僕の太陽への応援コメント

    君の来た空、君の行く果て、この二つに思い出の振り返りと見送る寂しさがあるような気がしました。しかし寂しさの中に未来への希望も託されているようにも少し思ったりもしました。

    作者からの返信

    ありがとうございます!
    そうですね。懐かしみ、また行ってしまった。来てくれて、帰って行ってしまった。ほんとうにそれだけのことを書いています。この詩は現実に言葉をもらえずに枯れそうな気持ちになっている時に、水がほしいという苦しみをなんとか通りすぎようと書いた詩です。「水分補給」という詩でもこのテーマを書きましたが、花の性質が違うので黄色い花は雨でやりすごすしかないのです。未来への希望は、生き方を選ぶところに反映されていると思います。

  • トリケラトプスのツノへの応援コメント

    怒っているトリケラトプスのお話なのに、リズミカルで優しい童話を読んでいるような、そんな気持ちになりました。
    猪突猛進なトリケラトプスと獰猛な草食獣の不思議な関係とそれぞれの哀愁が伝わり、じわりとくる作品でした。

    作者からの返信

    hikariさん、お返事遅くなってごめんなさい!!お元気ですか?(・・?
    中々hikariさんの作品に感想付けられなくてごめんなさい。

    この話しは、「こんな怪物みたいな僕の顔をみてうれしそうにしてくれてありがとう。僕カンカンに怒ってるよ。」という照れの詩なんです。
    哀しい内容のようで実はそのほとんどが「うれしいよ。ありがとう。」が詰まってます。俺はこの詩大事にしようと思ってます。

    トリケラトプスうめてうれしいです。(˶°口°˶)♪

  • 情けない顔への応援コメント

    正直に申しますと、やはり難解です。ですがまた読みたくなる中毒性があり、それにとらわれます。
    複雑ながらも表現の美しさを感じているのだと思います。何故、サブの題名が鼻水なのか考えましたが分からないでいます。
    もっと詩の心が感じられるよう精進してまいります。

    作者からの返信

    hikariさん、ありがとうございます。この詩は確かに難しいかもしれません。「鼻水」というのは泣いている「情けない顔」に呼応したタイトルで、泣き顔のことです。夢の中で、以前自分を大切にしていた男性を想って階段を上がり、もう一人の男性と階段を下りるところで出会い、そして二人で歩いていく、という、本当に私自身が見た夢を詩にしています。男性と男性で、体格が同じだと、男性と女性が歩いているようには見えません。男性が男性に女性のように掴まって歩くというのは、その掴まっている男性に恥をかかせる、その意味で恥ずかしいものなので、自分よりも、相手の男性が笑われてほしくない、そんな痛切な苦しみと、そんな状態でもそうして歩けたらという願望が夢に現れたものだと思います。単純な同性愛感情でもなく、また純粋な異性愛感情でもないため難解ですが、実際にみた夢、そして体格や自分の性別のことを相手の恥と言っている夢の詩として読めように書いたつもりでした。もっと、伝わる表現を頑張ります。いつもありがとうございます。hikariさんの作品にも、また伺わせて頂きますね!

  • 救命救助はなドキドキへの応援コメント

    曲をつけてほしいと思いました。

    作者からの返信

    曲のインスピレーションを受けて書いているので、曲にしやすいのかもしれません。青い花は純粋に詩人志望なので、曲を書かなければいけないのはジニアです。届かなければいけないのは、ジニアの想い。詩だけでエネルギー使い果たしている場合ではないですね。精進します。

  • 昨夜の青い花への応援コメント

    静かな空間の中で、友人とも恋人ともとれるような人物に滔々と語りかけていく様子に引き込まれます。
    その人物に対して愛情なのか哀しみなのか、言葉に出来ないような複雑な感情で見つめ語りかけているような気がします。
    ラストでは強い決意のようなものが窺え、全体の水の流れのような文章をキリッとした美しい締めへと繋ぎ、さすがだと感じました。

    作者からの返信

    友人ですよ。いつまでも友人です。そうでなくなるなら、私は自分であることをやめることになります。哀しみもあります、友人と告げ続けなければならないですし、名を名乗っても、僕は彼にとってよい存在にはなれず、花を咲かせても、その花が人に認められるのはいつの日でしょう。詩を、もっと書きたいのですが、苦しく、神経が捩れていきそうです。

  • 翠色の指輪への応援コメント

    ひどく何かを懐かしんでいるような心が、静かな哀しみを伴いながら伝わってきます。
    指にはめた翠色の指輪の場面で、夕焼けを背にした何ものかと、形に出来ない、もしくは出来なかった哀しさを語り合うようなそんな哀愁が胸にささります。
    朝の薄暗さの中から夕焼けまで流れが、何処かワープするようでもあり、それいでいて情景が浮かぶような美しい作品だと思いました。

    作者からの返信

    懐かしんでるよう、と感想を頂いて、何を懐かしんでいるのかと考えさせられました。きっと、どう足掻いても叶うことのない自分の希みを、今のうちから叶わないものとして書いているのだと思います。この詩は、求めている形が得られないことを、かなりワガママに嘆いているような詩だと思っています。犬に骨でもとってこさせるように指輪を投げる人物。そして指輪を嵌めてもらえる。けれど、夕焼け小焼けが鳴るその一瞬の隙にその人物が誰か確かめようとしても、その人物の存在を確かめることは出来なかったのです。その人物はその指輪を形だといいます。だから、この詩の主人公な指輪を口に含んで確かめようとします。それは翠色の花の指輪なのです。葉にしか過ぎないものが花として咲くことを、赦されたようで、通り過ぎてしまった叶わなかった一時。影は重なった気がしただけで、そこでシーンは終わってしまいました。

  • 花喰い花への応援コメント

    今回も飛び交う言葉と感情の嵐に、ただただ圧倒され、何度も読み返したくなる作品です。でもラストがいつもよりソフトであり、キュートな締め方なので、おや?と思ってしまうような意外性も感じました。これもれんさんの技巧であり、魅力の一つなんですね。

    作者からの返信

    哀願しているはずの詩の最後の最後で、詩で述べられている存在より更に冷静な存在が一言発して去っていくような終わり方だと、言って頂けて気がつきました。人の中には色々な面があり、特に私はその分化が顕著なためこのようなことが起こります。この詩は花の詩をよく書かれる女性の詩人さんに褒めて頂けて、ほんの少し自信が持てた詩です。益々言語そのものの追求に精進したいと感ぜさせられます。

  • 黙る女への応援コメント

    この切願が誰に向かわれたものなのか、沁み沁みと考えてしまいます。それは自分自身への問いかけなのか、それともそれ以外の存在なのか。読みながら心揺さぶられる自分がいて、それがこの詩から発せられる魂の叫びに、引き寄せられているのだと感じました。

    作者からの返信

    私の詩は対象をとる性質が強いので、恋愛詩にジャンルされるものを間違いなく書いているという時は対象をとっています。ですがそれが曖昧で実態の薄い存在の場合に様々なイメージが混ざり、空想や幻想と混同されることもあり、この詩はそういったタイプの性質が強い。仰って頂けてそう自己分析出来ました。

  • 契翼への応援コメント

    激しい嵐のような感情、しかしその中で冷静に分析する何かがあるような気がします。はっきりと着地させず、その続きが気になるようなラストも余韻があり、好きです。

    作者からの返信

    ありがとうございます。hikariさんの読解が凄くて、成文として、また今後の展開として、書き方として分析して下さっていて、表現形態としての評価を下さったの意外でした。この詩は、かなり上手く行っています。やはり詩のよさは生の感情のチルドにあるので、ここまで痛みを曝け出すとそれだけで美点が高くなると考えて書き、成功したとは思えていました。しかし意外だったのは、着地させないラスト、どちらかというと私が好まない詩の終わり方に続きを感じられるというよい点を見て頂いたことです。hikariさんの国語力に畏れ入っていますし、ここまでの高度な読解力で読んで頂けているとは感じたこともあったのですが、日本語の可能性を感じて内容以上に表現という見方をこの詩にされたhikariさんに感想を頂けているのが非常に頼もしく、楽しいです。感想がむしろ技アリで、感想に対して感想を付けていますが、これだから作家さんはステキなのです。ステキすぎてめまいが・・・はっきり着地させないことの可能性というのは本当に斬新なご指摘でした。個人的には「濁した」感じとか「濁った視線」であるとか、少し堕落気味の余韻でよくないと思ったんです。でもそれがかえってこの詩の内容に合ってる。先にも繋がっていく・・・本当、俺の方が驚きました。書いてよかったです。

    編集済
  • への応援コメント

    「こうしても何も起こらない。

    だから神はいない。」

    「何も起こらない」に逆説的な意味が含まれているように感じられ、この二人の会話のやり取りが、読む者の心を引きつける深さがありました。

    神はいないといいながら、救い、諦めない心がそこにあるように思えました。

    作者からの返信

    脚色は相当に薄く、随分前の記憶をそのままに想起しているような詩なのですが、これで詩になっているかというのは自分の中で苦しみがあります。登場人物の彼は神とは何かを知っているけど信じようとは思わない、という人なのかもしれないです。私は一方、そこに強い気持ちが日に日に向いていっている人間なので、想いが強いが故に道を踏み誤ってしまわないように注意しないと、本質を実は間違えやすいのかなと思ってこの詩を書いていました。俺は根本において神がいないと完全に否定している人というのはいないと思っていますし、極端なことをいうと天国地獄の地獄は必要ないと思っています。刑務所や精神病院がいい例ですが、存在理由はあっても、なければない方がいいものです。俺がやりたいことというのは、善人や正しい人を教えたり導くのではなく、この世で誰も相手にしない、興味も持たない、同情もしない悪人や見窄らしいと言われる人に善人と同じように花の飾りを付けて歩くような喜びの中に入ってもらうこと。悪人の中にあって、悪人のために苦しんで死んでいくのならそれは本望です。仏教では地蔵菩薩というと仰った方が居たのですが、少し違う。完全に天が見放すと決めた存在、例えば誰かが悪人に取り囲まれて、そこから逃げなければならないと正しい人に泣いて訴えているとします。俺はこの逃げなければならない正しい人も確かに逃げなければならないですが、取り囲んでいる悪人が裁かれるままの方が感覚として許せないのです。全ての人間は元は赤子です。真の悪人はいない。産まれた時に喜んで産まれてきた人間に、神を知らない人などはいない。だから、刑務所も精神病院も出来るならない方がいい。死刑制度はあってはいけない。天国地獄というものが死後にあるとすらなら、その地獄の一切を俺は否定します。そのために俺は文学を書きますし、全てそのつもりで生きます。救いようのない悪人に俺が出逢っていないだけだと、たまに言われることがありますが、それを言うなら、俺がこれまで出逢った中の最強の悪人は少なくとも命が助かる存在です。ならば、そこに向かい、一人でも多くの人を、死から命に至らせたい。俺の信念は強固なのですが、いかんせん、人を信じやすかったり、騙されてしまったり、自分が弱い人間であるのを考慮に入れないため暴走をしがちです。なので、神、という存在を、俺の認識にはないところから語って下さるいわば、俺ほどには神に親しめないと考えている人の冷静な一投は時に目を覚させる。そんな事を、この詩は友情として述べた形になっていると思います。読んで下さって、本当にありがとうございます。心が落ち着きます。長文、気をつけますね。

  • 蹴っ飛ばした春への応援コメント

    一見、相反する矛盾した言葉の流れの中から、何処か揺さぶりをかけてくるような痛快なリズムを感じます。
    人間の誰しもが持つ、感情の昂り、高揚感などをそれが何によって起こるのかを、炸裂させるように表している詩だと思いました。
    人間の本質的なものと、この詩に出てくるプラトニックで得られる快感は、相反するようで同じものだと伝えているような気がします。

    作者からの返信

    hikariさん!ありがとうございます……!!この詩は俺、「やってやった。」という感触があります。多分この性感覚は、世間に馴染みがある感覚でないため書けてうれしいです。俺は、性欲、特に男性の性欲というものを非常に嫌っていて、自分からそんなものなくなってしまえばいいといつも辛い気持ちがあります。ですが、俺が考える理想の性はプラトニックにあるので、その関係においては性は唯一美しくあれる。(極限を言えば、女性性のみでなら性は美しく在れるのかもしれない。)と思うからです。性欲というのは、キリスト教にしても、例えば仏教にしても、その道を行くならば必ず克服しなければならないもの。一方で、神父や牧師にしても、お坊さんや尼さんにしても、性欲を解決するのは非常に難しいらしく、苦しみ抜いて尚トラブルを起こして、そのせいで聖職者はどんなに日常が立派であっても一瞬で失職します。俺は、そのような仕事に就ける程のものがこの先あるか自信はないのですが、性というものを克服しようと思った時、どう「醜い男性性を捨て去るか。」と考えるようになっていきました。目をくり抜いてしまいたい程に男性性を憎んでいる俺だから書けた詩だと思っています。一方、女性からすると、女性性は清らかであるというのなんて、男性の幻想でしかないと考えるのかもしれません。でも俺はどんなドロドロした昼ドラの世界や、それこそ昼顔の話しであったとしても、女性は心で性を感じるのであって、眼や皮膚で感じているのではないという感覚がどうしても拭えないのです。俺は女性の性感覚そのものを追求したら、性転換をして、女性と同じ身体を自己に形成して、それでも叶うことがないどんなに果てまでいっても辿り着けない女性性を夢に眺て身体をボロボロにしていくことになってしまいます。だからせめて、プラトニックな性というのは、女性のそもそもの身体性だというところに接近して、自分自身も性についてはどこまでもプラトニックなのだから、女性の性とある程度同じだと思っても赦されるのではないか、そんな気持ちがあります。恐らくこれは、非常に幻想的で、女性からは反感を買うか、目を覚ました方がいいという声を聴いてしまうかもしれない。けれど男性性を憎み、けれど性そのものには憧れ、むしろ女性の性を自分が身体でもって理解することに強く憧憬し、その結果プラトニックへの没入を深めている自分が、どうにかして自分の考えている自分の女性性を汚さぬままで、本来欲しているはずの人間的な性、男性の眼で見、皮膚で感じるような穢れたものではなく、心のみで通じ合う真に純粋な性というものに辿り着けないのだろうか、そんな苦しみに満ちて……いる……か自信のない俺の葛藤の末に生まれた、女性性="花"の詩だと思います。詩人は、性的なものをモチーフにして一躍世に名を踊り出すこともあれば、それを一切出さず清廉さをのみ追求していく潔白無実の詩人もいるでしょう。俺は詩については非常に欲張りなので、その裏表を併せ持った詩を書いてみたくなるのです。俺が今後どの程度、"性"を描くかはまだ考えていないのですが、単に"性"に憎しみや禁止を向けるのではなく、これなら、醜いと己を責めなくてもいいのではないか、自分の性と向き合い、受け入れて、安心して自分自身の"性"を受容出来るのではないか、そのような"性"に対する安心や罪悪感をどこか少しでも拭い去ることの出来る詩というのは、俺は本当に出来得る限り沢山、山のように書いてみたいのです。今回は、詩の感想に対して詩本文より長い解説を伏してしまいました。でもこれをどうしても、受け止めてもらいたいと思って、本当に苦しく苦しんで憂いで書いているような詩なので、一つの表現の形としてhikariさんが認めて下さっていることに心から感謝しています。受け止め、文学として考え、見て下さってることで心から救われる憶いでいます。心から本当にありがとうございます。

  • 灯油管の精への応援コメント

    いつも通りの日常を過ごしているのに、何か足りていないような、そんな空虚感が伝わってきます。
    そのような空気の中で浮かぶ、あの子と言う存在が主人公にもたらす自由とは、聞くことなのではないかと私なりに感じました。

    作者からの返信

    hikariさんが考えてくれたことがきっと正しいです。この詩の主人公は会話において極端なところがあって、全て受け止めて傾聴に徹したり、逆に反って一から十まで頭の中にあるものを全て聴いてもらわないと安心を出来なかったりするのだと思います。自由にしてほしかった、というのは、自分を縛りつけているあらゆるしがらみからの解放かもしれないし、その子から自由になりたいという皮肉かもしれない。いっそ支配してほしいという身を委ねたい感情かもしれない。けれど、耳を傾ける、本当の意味で心の奥に触れようとして、ただ黙って受け止める。会話において人をもっとも癒すことの出来る営みは俺は「傾聴」にあると思います。自分がその姿勢をもう一度取り戻さなくてはなぁ……とhikariさんの感想を読んで改めて考えたりもしています。自由ってきっと、酷く単純にいうと苦しみが少なくて何かに守られている安心のことだと思います。子どもの安全基地ですね。親が居なくならないという安心の元での探査。どんな大人にもそれは未だに必要な安全で、常に提供し合って生活は成り立っている。ですから、「独り」というのは自由と程遠くてしがらみが多いのだなと俺は考えさせられました。いつも的確なご指摘ありがとうございます。

  • 心の眼への応援コメント

    上手く伝えられませんが、心の眼と眼の違いに淋しさを感じているような、その苦しさを詠っているように思えました。

    作者からの返信

    そんな風に読みとって頂けてビックリしました。意識してなかったのですが、この気持ちも含まれているように思います。俺がそんな繊細な感情を持つと思えないのですが……でも、そんな風に読みとって頂けたことで確かに考えることの出来る気持ちでした。辛いものは辛いですが、頑張って書いていきます。

    編集済
  • 水分補給への応援コメント

    痛みを伴うような感情が滲み出ているような作品でありますが、詩に出てくる血に熱情が表れているような気がします。

    僕の血が〜の部分で、その血には温かさが宿っていて、花は水を吸ってもう少しだけ咲いていられる筈だから、という繋がりに
    作者の諦めず前に進もうとする心が映し出されているように思え、光が見えたような気がしました。

    作者からの返信

    この詩は少し暗かったですよね。ただただ心の痛みを述べるような詩ですが、確かに最後のところで少し苦しみが弛緩したのを覚えています。詩集、何も読まずに頭の中だけで書いていくのは限界があるので、少し鍛錬しつつのゆっくり更新になると思います。一つ一つの詩に力を込めたいので……悪戯に書かないようにします。感想、本当にありがとうございます。

  • 雪ノ日の憂鬱への応援コメント

    言葉にするのが難しい、複雑で何処か甘い心がとてもキレイに上手に綴られており、惹き込まれました。
    最後のリフレインが美しく響きます。

    作者からの返信

    この詩は自分の中でこの文体、書き口で果たして詩と呼べる形を保てているのかと非常に不安だったので、甘い心がよく描けてると読んで下さって、意識して書いていなかったリフレインが使われているという事を言って頂けて、書いて間違いじゃなかったと思えています。詩の文体を色々変えながらも一つのテーマというのをやり遂げたいと思っています。3つの題に一気に感想を下さって大変気持ちが救われました。本当に心が宥められて、書いていて辛かった気持ちが少し緩みました。頑張って続けていきます。

  • 曇リ空ノ公園への応援コメント

    せめぎ合う様子が淡々と綴られているようで、互いが互いに求め合い、目標に向かっていくような強い絆が見えた気がして、読んでいて胸が熱くなりました。

    作者からの返信

    せめぎ合う情景として読んで下さったのが意外です。ぶつかり合いながらも求め合う、そして目標を共にする。個人的には苦手なシチュエーションのはずなのですが、診察を待ちながら病院の側で書いた詩です。少し、こういう暗めの詩が多くなるかもしれません。

  • 強い花への応援コメント

    答えの出せない苦悩の中で、それでも考えることを諦めず、信じるという強い心へと繋がり、読んでいて救われました。

    作者からの返信

    ありがとうございます。これは、厳密には詩ではない文なのですが、最初の詩に続いてもう一度「ジニアとしての自分」がこの詩集を書こうとしていることを自分で確かめるようにして書きました。頑張って書いていきます。

  • 友情の恋花への応援コメント

    遠くにいるものへの想いが、切なく伝わってきます。そして大切に想い続ける心が暖かいです。

    作者からの返信

    この詩は、詩集の最初にして答えを提示するような詩で、「僕はここにいるよ」がその答えなんです。決していなくなることはない、どんな時でも貴方を守りますという意志。それが、友情の恋花という黄色いジニアの花に顕れています。蕾にして、既にジニアという花は顕れているので、この詩集のテーマは、現実の友情です。現実の友情に対しての"恋花"というのを俺なりに綴っていくことになります。この愛情を成し遂げられるかどうかは、一重に俺の中に愛が本当にあるかにかかっています。俺は弱い人間なので、この荷を負うのが重すぎましたが、hikari🪶さんの感想を頂いて、やり切れるかもしれないという憶いでいます。今日はゆっくり寝られそうです。ありがとうございます。