差別といじめへの応援コメント
未来を奪ってしまうから。ですかね。
差別やいじめは何かしらの"目立つ"能力や容姿などが、加害者の中での普通より劣っている、または突き抜けて優れていると起こりやすいと思っています。じゃあその加害者が何も劣っていないかと言われるとそうではないと思うし、何かしら人より得意なこともあると思います。
それを他の人から否定されることを考えると、得意なことができなくなったり、劣っていることを常に考えてしまったりすることで、その子の未来が少なくとも狭くなってしまう。
だからこそ、ダメなんですかね。
他の人に言われたって俺は構わない系の子だとしたら、矛先を生徒ではなく先生に向けさせて話が聞けるような関係性を作りたいですね。
将来教職に就きたいものとして考えさせられました。ありがとうございます。
作者からの返信
カラクリ粉さんコメントありがとうございます。
いじめや差別の始まりは人それぞれで何が原因かなんて変わるんですよね。
でも、やっぱりいじめはカラクリ粉さが言うように未来を奪ってしまうかもだし、相手の可能性を潰してしまう。
人生の土俵から落としてしまうんでよね。
そこを考えるとやはり、難しい話しでよね。
教員の免許は難しいと思いますが、頑張ってください。
編集済
差別といじめへの応援コメント
因果は巡る
イジメや差別をする人は、いずれ形を変えて自分に反ってくると思います。
弱肉強食だけで済む程に人間社会は単純ではありません。
代表的な例で云うと、某野党は批判と誹謗中傷を自分たちの敵対正当や政治家にしますが、自分たちを批判、誹謗中傷をする人を許しません。
告訴を匂わせて恫喝する始末です。
結果、彼らを支持する人は減ることに……
負の感情に支配された時、それは破滅への道を歩み始めることになると思います。
作者からの返信
月影 流詩亜さんコメントありがとうございます。
私も、一度目の前で差別と呼んでいいのかはわかりませんが、あってはならないことを目撃したことがあります。
自分は衝撃すぎて、その発言に対してなにかいうことができませんでした。
言った人に良くない事が行けば良いとは思いませんでしたが、いつかその発言がだめだったと知ってほしいです。
差別といじめへの応援コメント
一部の集団が強くなり過ぎるからですかね?
我々人間は集団でなくては生きていけません
昔は自然という大きな敵がいた為もしくは生きるのに苦労する様な世界だった為、仲間割れと言える様な「イジメ」は起きなかった。
しかし、発展し生きるのに困る事が減り共通の敵がほとんどいなくなった今では仲間の絆を強固にするのに必要な「共通の敵」がいません
なので本来、味方である様な者を生贄にして「絆を強固なモノにする」んだと思います。
しかしそれではバランスが崩れます。
仲間割れはさらに仲間割れを起こし、いつかは崩壊する。
これを防ぐ為「イジメはいけない」んだと私は思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
一部の集団が強くなり過ぎた。
その文を読んで本当に心に残りました
最初はみんな敵のようなものが、自然など一致してましたけど、今は同じ人間同士が戦争したり争っています。
もとはみんな同じ仲間だったのに。
私の言葉やみんなの言葉で世界が変わったり、国を動かすような力はまだありません。
でもそんな言葉が集まると一つの大きな力になる。
それが、いじめのない、固まった心なのではと思っています。