第5話 入学式、名前を覚えて帰ってね
会場の講堂まで移動すると、吹奏楽の演奏に迎えられA組から順に入場していった。こうして入学式が始まる。
校長の長い話に、鼻につく来賓の祝辞。
延々と続く「地獄」のような時間に生徒たちは苦悶の表情を浮かべ、先生たちも心做しか顔が引きつっている。
続く在校生代表の歓迎の言葉も新入生代表の宣誓も子守唄のように聞こえ、何度か舟を漕ぎそうになって慌てた。
「はぁ〜……長かった」
やっと長く退屈な時間から解放され、講堂を出ると同時に結真は小さく伸びをした。
兎萌が前を歩いている。結真は音もなく近づいて、そして───
後ろから勢いよく抱きついた。
兎萌は、「ひゃあッ!」と可愛い悲鳴をあげた。
彼女のマシュマロのような身体の感触を味わいながら、「びっくりした?」といたずらっぽく笑う結真。
「もう、びっくりしたよー」
そう言いながら、肩に顎をのる結真の頭をそっと撫でると結真は気持ち良さそうに目を細めた。
「結真ちゃん、なんだか猫みたい」
顎を右手の人差し指の腹で撫でてあげると、「にゃあ〜」と結真が冗談っぽく鳴いて、擦り寄ってくる。
面白がって兎萌が愛でていると、一頻り甘えて満足したのか、気ままな猫は璃羅の元へとまたそっと忍び寄り、背後から飛びつこうとして失敗し、お説教を食らっていた。
何とも微笑ましい。
そして羨ましい。そう思った瞬間。
兎萌は自分でも驚くくらい一直線に、ふたりの元へと駆け寄り、結真の真似をして飛びついていた。
◇◇◇
3人で肩を並べてウキウキしながら、教室へ戻ってくるとすぐに担任の豊島先生が教壇に立ち、LHR《ロングホームルーム》が始まる。
「はい、みんな入学式お疲れ様。これで晴れて正式に我が校の一員となったわけだ……」
先生はそこで言葉を区切った。
そして一人一人の顔を見回して、こう言った。
「これから1年間、楽しくやろう!」
頷く生徒たち。
満足そうに頷き返す先生。
先生が一番、楽しそうで結真はちょっと笑ってしまった。
「それじゃあ改めて簡単な自己紹介ね。名前は豊島麗奈。好きなことは旅行と読書。まぁあとは……、興味があったら聞いてください」
すると早速、個性溢れる髪色をした女の子が元気よく手を挙げた。
「はい、先生〜。何歳ですかー?」
ホワイトシルバーとミントグリーンのインナーカラーを入れた背中まである髪。
立ち上がるのに合わせて、孔雀の羽のように鮮烈に広がった。
(透き通るようないい声……)
結真が、気を取られている間に、先生は質問に答えている。横目で手を挙げていたクラスメイトを盗み見て、少し聴き逃したかもと、意識を先生の方に集中させた。
「早速質問ありがとう。年齢は非公開。なんて言っても直ぐにバレるので、25歳です」
ひとりが先生に質問すると、クラス全体の緊張がほぐれてみんなが続々と手を挙げ始めた。
「好きな食べ物はありますか?」
「パエリアとかスペイン料理が好きかな」
「先生、料理するんですか?」
「一人暮らしだから家事はするよ」
飛び交う質問にサクッと答えてくれる先生。
生徒に興味を持ってもらえて嬉しいのだろう。
少し口角が上がっている。
生徒たちも先生の回答に、盛り上がっていた。
「それって学校の近く?遠くですか?」
「プライベートなことは答えません」
「ハイ、恋人はいますかー?」
「それも、ノーコメント」
段々と攻めた質問もでてくるが、先生は焦ることなく、少し踏み込みすぎたものは上手くあしらい、躱していく。
そして、ここで時間切れ。気になっていたことはどんどん誰かが聞いてくれたおかげで、結真が手を挙げるタイミングがなかった。
「はいストップ。みんなにも自己紹介してもらうからね。先生への質問は一旦終わり」
先生が切り上げると、「えー」と言って、みんなが残念がる。周りを見ると璃羅や兎萌ももっと色々、聞きたそうな顔で、先生を見ていた。
先生も満更でもなさそうな顔をしているが、この後がある。
「最後に先生、君たちが初担任なんだよ。だから色々、言葉を考えたんだけどそうだな……」
先生が教室を見渡して、背筋を正す。
つられてみんなが引いた椅子の足と床との摩擦で鳴った音がガタガタと反響する。
「今日からみんなは高校生になるわけだけど───」
そこで言葉を区切った先生は、もう一度真剣な表情で私たちに向き合った。
「君たちの行動にいちいち口を出したりはしないので、自分で考え、分別を持って行動できると信じています。失敗しても構わない。またやり直せばいい。それでも、自分だけではどうしようもないときは相談してほしい。そのために大人だから。程よい距離感でやっていこう。えー、これから一年間よろしく」
そんな言葉で先生は締め括った。
───先生の寄せる信頼と期待。
それがちゃんと伝わってくるから、この言葉をきっと忘れられない、と結真は思う。
1-D の生徒たちはすっかり豊島麗奈先生に魅せられて、虜になっていた。
(今、先生と目が合ったよね?)
そんな気がしてにっこりと笑って、小さく手を振ってみた。だけど見ていてくれたかは分からない。先生はもう次に移っていたからだ。
「次はみんなの自己紹介。名前と何か一言。窓側の席から順番にね」
切り替えるように先生は手を叩くと、自分の机に腰を下ろした。みんなの自己紹介を眺める姿は早くも教室に馴染んでいた。
ガタンと椅子を引く音がして、最初の生徒が慌てた様子で立ち上がった。
名前と何か一言。それだけなのに、中々奥深い。
本当に無難にすませる人。
上手く場を沸かす人。
目立とうとしてスベる者と、それぞれの個性が出ている。
晴信の番になると、女の子たちから小さく黄色い悲鳴があがる。
「白金晴信。陸上、やってます。って言っても知ってる顔のほうが多いと思うけど」
そして男子たちからは、「有名人ヅラか?」とか、「自慢か?」と野次が飛ぶ。
「野次ったヤツ顔、覚えたからな!」
晴信が叫ぶとクラス内がどっと笑いに溢れ、晴信も笑いながら、「みんなよろしく」と言って、席についた。
中学陸上部のエース改め高校陸上の期待の新星が人気なのは今に始まったことじゃない。
仲の良い結真たちを快く思わない連中に絡まれたこともある。
思い出すと腹立つ。あとで晴信に八つ当たりしようと決めた。
「はい。白金君、ありがとう。一旦、落ち着いて。次の人が自己紹介始められないから」
空気が緩んで、おしゃべりが多くなったところで、先生が場を鎮めた。そして皆をもう一度、聞く体勢にさせる。
「じゃあ白金君の次の人」と言って、先生が促すと晴信のすぐ後ろの席の旭がゆらりと立ち上がった。
「どうも、瀬戸旭です。中学では空手部でした。でも飽きたんで、高等部では別のことをします。あと犬派です。よろしく」
何ともマイペースな旭らしい自己紹介だった。晴信に続き、旭も何人かの女の子に小声で「カッコいい」や、「背ぇ、高い」などと囁かれ、旭の性格を知る男子は、相変わらずだなと苦笑い。
爽やか系に思える晴信とクール系に見える旭は中学でも人気があったので、そう驚くことでもないが。
「はじめまして!。
先生に一番に質問していた女の子だ。
見るのは初めてだ。
中等部にこんな子がいたらもっと目立つはずだから高校から入学してきた子なのだろう。
(さっき、緊張してる子に声かけてあげてたんだよねぇ)
纏う華やかな雰囲気と周りを気遣う人柄、見た目のインパクトも相まって目が離せない。
それは駆け抜ける稲妻のように───
この出会いはきっと、代わり映えのしない世界を撃ち抜く霹靂だ。
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