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  • イノセント・キラーへの応援コメント

    狂気的な感じで良かったです。終わり方も素晴らしかったです。

    作者からの返信

    しき さん

    お読みいただきありがとうございます✨
    物語に潜む狂気を感じ取っていただけて嬉しいです。ありがとうございます!

  • イノセント・キラーへの応援コメント

    「カクヨムでは評価されづらい作品、集え」から来ました。

    私は、作品の構造や、その奥にあるものを読むのが好きです。ホラー作品にも、怖さの奥にある仕組みを読む面白さを感じています。

    この作品の奥で静かに支えているものについて、私なりに考えました。



    一度読み終えて、「悪いことをした人間が、最後に同じように処理される話」として読んだとき、たしかに筋は通っているように見えました。

    刃物になるスカート
    切り落とされていく手
    ニュースで明かされる痴漢の情報
    転学した男の子の盗撮の噂
    そして終盤で、アカムシの解剖手順がそのまま鏡子自身に戻ってくる場面

    表面だけを追えば、因果応報の物語として読めます。

    もう一度読み返すと、この作品の怖さは、そこだけではない気がしました。



    怖いのは「ちゃんと裁かれたこと」ではなく、「理由があとから上書きされていくこと」だと思いました。

    鏡子は、最初から「私が裁いた」とは言いません。
    むしろ反対に、何かが起きるたびに、自分をその行為の外側へ置いていきます。

    スカートが切った
    先生が言ったからアカムシを殺した
    言われたから、言われたとおりに指示しただけだった
    理由なんてなかった
    私の意思ではなかった

    この言葉の形が、場面を変えながら何度も出てきます。

    ニュースや噂として「悪いこと」は後から出てきます。
    それがスカートが切った理由だったのかどうかは、最後まで確認できません。

    痴漢だったから切られたのか。
    切られたから、痴漢だったことになったのか。

    その順番が、読んでいるうちにだんだん分からなくなっていきました。



    特に怖かったのは、お母さんが切られた直後です。

    鏡子はまず、「お母さんは、何も悪いことをしてないのに」と思います。
    でもすぐに、「いや、悪いことをした」と言い直す。

    悪いことをしたから切られるのではなく、
    切られた以上、悪いことをしたはずだ、という形に、理解が一瞬で上書きされる。

    この場面に、鏡子の正当化がいちばん剥き出しになっている気がしました。

    しかも怖いのは、鏡子だけが特別におかしい、というだけでは済まないと思いました。

    切ったあとで理由を作る。
    起きたことに合わせて、あとから説明を上書きする。
    そうすれば、誰が切られても、何が起きても、いちおう説明できてしまう。

    その形が、鏡子の中でどんどん強くなっていくと感じました。



    終盤で、その同じ形が鏡子自身に返ってきます。

    鏡子は過去を思い出しかけながら言います。

    「理由なんてなかった。だって、それは私の意思ではなかったから」

    でも最後に、鏡子を処理する側もこう言う。

    「べつに理由なんてないんだし」

    この一言が、本当に怖いと思います。

    鏡子が他人に向けて使い続けてきた言葉の形——「理由なんてない」「私の意思ではない」——が、今度は鏡子自身に向けて、同じ形のまま戻ってくる。

    正義が戻ってくるのではない
    道徳的な清算が完了するのでもない

    「言い訳の形」だけが、そっくりそのまま反転して帰ってくる感じです。

    執行する側も「理由なんてない」と言う。
    だから、この終わり方は、単純な「罰」としては組まれていないように感じました。

    理由があるから処理するのではない
    理由なんてない、という形のまま処理する

    鏡子がずっとそうしてきたように。

    この作品で本当に閉じるのは、そこなのだと思いました。



    最後に残る「考えすぎだよ」という言葉も、読んでいて強く心に引っかかりました。

    この言葉は途中まで、鏡子の不安をなだめる声として出てきます。

    考えすぎ
    気にしすぎ
    大丈夫

    そういう声があるから、鏡子は立ち止まらずに済んでしまう。
    疑惑の影が差したものを、もう一度ふたの下に戻せてしまう。

    最後に、鏡子という人物がほどけていくような場面のあとに、まだその声が「聞こえたような気がした」として置かれています。

    鏡子が消えていく終局にもなお、「考えすぎだよ」は鳴っている。

    これは救いの言葉ではないと思いました。
    止まるべきところで、止まれなくさせた言葉だと。

    鏡子の不安をなだめていたはずの言葉が、最後には、何をなだめているのかも分からないまま残る。

    そこがとても冷たく感じました。



    この作品は、悪人が罰を受けて終わる話ではないと思います。

    「理由なんてなかった」と他者を処理してきた語り手が、
    「理由なんてないんだし」と、同じ形の言葉で処理される。

    正義が戻るのではなく、言い訳の形が戻る。

    そして鏡子が消えていく最後の場所でも、
    「考えすぎだよ」という声だけは、まだ鳴っている。

    そこが、この作品のいちばん暗くて、いちばん冷たい中心だと思いました。

    作者からの返信

    Lina lotus Fluctus さん

    お読みいただきありがとうございます。また、作品について深く考察していただき、感無量です……!😭

    私たちが直面する事実は、初めから決まっていたことなのか、後から決められたことなのかーー。
    一つ確かに言えることは、事実を上書きすることは、未来を創造するよりも、ものすごく簡単だということです。未来は過去になった瞬間、私たちの手の中に落ちてくる。現在《今》を生きる私たちは、未来を作ることはできないけれど、過去は作ることができるのです。たとえ揺るぎない事実があったとしても、自分の中で、そうだった、ことにすればいいから。

    因果応報の物語としてだけでなく、作品のうちに潜む"怖さ"の要因にまで触れていただけて嬉しかったです。本当にありがとうございました✨

    編集済