2026年1月29日 01:28
第6話残響への応援コメント
コメント失礼します。私とタピオカ転売屋さんは、同じような意識を持っているのではないかな、と思いながら読ませていただきました。善意など、人間の良さを信じたい。でもそれを信じ切ってもいない。人は、コミュティという枠の中で、自分がしたい役割、所属感があれば、生き生きとする。生きがいを感じられる。これはある意味、都合がよい、心地よい、満たされるからです。そのときは。究極の善意は、目の前に助けを求める人がいたら、ただ、助ける。私は最後、1人で釣りをする人間の境地に達したいなと、思いました。長文の私見です。ありがとうございました。
作者からの返信
感覚や意識が近いとのこと、完全に同意です。ナカさんのほうが、こういう感覚を文章に落とし込むのが上手いですけど(嫉妬の炎)私も、良い人・悪い人というより、そこにあるのは善意と悪意の揺れだと思っております。最近、AIについてよく考えています。これから人と人との関わり方が変化していく中で、目の前の誰かをただ助けるという感覚がどうなっていくのか――そんなことをこの作品を書きながら考えていました。
第6話残響への応援コメント
コメント失礼します。
私とタピオカ転売屋さんは、同じような意識を持っているのではないかな、と思いながら読ませていただきました。
善意など、人間の良さを信じたい。でもそれを信じ切ってもいない。
人は、コミュティという枠の中で、自分がしたい役割、所属感があれば、生き生きとする。生きがいを感じられる。これはある意味、都合がよい、心地よい、満たされるからです。そのときは。
究極の善意は、目の前に助けを求める人がいたら、ただ、助ける。
私は最後、1人で釣りをする人間の境地に達したいなと、思いました。
長文の私見です。ありがとうございました。
作者からの返信
感覚や意識が近いとのこと、完全に同意です。
ナカさんのほうが、こういう感覚を文章に落とし込むのが上手いですけど(嫉妬の炎)
私も、良い人・悪い人というより、そこにあるのは善意と悪意の揺れだと思っております。
最近、AIについてよく考えています。
これから人と人との関わり方が変化していく中で、目の前の誰かをただ助けるという感覚がどうなっていくのか――そんなことをこの作品を書きながら考えていました。