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  • 編集済

    第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    例示されてる描写テキストは憑依型・プロット設計型のどちらも「説明」止まりです。そもそも描写とは説明を省くことではありません。

    「あまりに腹立たしく、絶叫とともに足元にあった物を感情任せに蹴りつけた。プラスチックのバケツが収まっていた掃除用具をばらまきながら転がっていく。思ったよりも大きな音が響いてしまったことに驚いて、つい周囲を窺ってしまう。バケツに駆け寄り、特に変形もしていないことを確認して安心している己の小心に嫌気が差し、溜め息を吐いた。」
    このように典型的な心理描写テキストであっても、説明を避けたようには思わないでしょう? 説明が足りないことを「書けていない」と評価するのも不当ではないと思います。

    感情や心理は説明すべきものです。書ける作家は「説明」をしています。
    そしてこのような描写文はプロットによって希薄化されることもありません。

  • プロット設計で記すべきことは「ここで寒がらせてやろう」ではなく「寒さによる何らかの障害を解決あるいは継続することで、状況の進展あるいは取り返しのつかない状況に追い込み、物語の山場に向けた準備にする」です。没入感が弱いのは下手糞だからであってプロットのせいではないです。

    プロットとキャラクターは対立しません。それは平行であるのではなく同居しているということです。住み分けではないのです。キャラがどれだけ自由に動いても地震の日付けが変わらないようにプロットは盤石でよいのです。

    (余談ですがジャズとクラシックは対立していないこともないです)

  • まず大前提としてプロットは台本ではないです。
    シド・フィールドのまとめた三幕構成論(プロット主義者の聖典です)に対して、キャラクターの精神的自由や文芸の情緒を入れる余地が無いとはならないんですよ。

    キャラクター主導型とテーマ主導型というべき話ではないでしょうか。
    家族愛というテーマのために造られたキャラクターや舞台設計、各種エピソードは家族愛を肯定するために消費される、という意味で。
    プロットがキャラクター描写の対立概念だと解釈する理由がないです。

  • 最後にへの応援コメント

    拝見できたことが嬉しい。
    ありがとうございます。
    普通だと思ったら違っていた……。

    憑依すると抜けずに今困っているので、切り替え方など知りたかったですが……それでも共感や勉強になることばかりで助かりました。

  • やはりメモ……ですか。
    私もやってみます……。

  • 第四章 憑依型を自覚への応援コメント

    思い当たる節が……沢山ある……。

  • 第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    前に荒いと言われ、私の中では細かいつもりが……今思えば憑依型。今も変わらずですが、設定書こうとしても脳内のキャラはその通りには動いてくれず……だったので。
    とても参考になります。憑依型、で描いてもいいんですね……。少し救われました。

  •  興味深い創作論ですね。
     人様はそういう風に書いているのか、と学びがあります。

     私は憑依型でもプロット型でもありません。テーブルトークRPGというジャンルのゲームがありますが、あれですね。

     私にはある程度、物語の予定があって、シナリオを脳内構築しています。そこはプロット型的な感覚です。書くと調整できないので、事前に書いたりはしませんが。

     しかし登場人物は私の思考とは別個に、それぞれ存在しています。

     「この場合ならどうするの」と私が質問すると「その状況なら、こう言いますね」と返してきます。

     作者の私はそれを記録しているだけです。私でも登場人物に言いたい事を言わせることはできませんので、シナリオの側を調整して、狙ったセリフを言いやすい社会状況を構築するわけです。


  • 編集済

    第四章 憑依型を自覚への応援コメント

    ボクも憑依型作家だと実感しました。
    読み物も似てくるんですね。

    ただ本職が映像監督なので、憑依と構築型のハイブリッドかも。憑依主観とメタ視点を同時進行させてる感じです。

    プロットはキャラの背景と舞台設定だけ用意してます。
    通過してほしい地点に重力を設置。
    最終ゴールは決めている。

    主人公にとっては宿命とか運命みたいなものですね。
    当然、抗おうとしますがそんな簡単じゃないので、詳細プロットが無くても、物語を制御することが出来るというか。

    憑依型の作家、自覚がないだけで結構いると思いますね。


  • 編集済

    第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    いま憑依型の声優の話を書いていて共感する部分が多いですね。特に説明過多の説明。

    ボクは一人称の内面描写において、主人公の五感。音や匂い光などから、読者の記憶を刺激して同調してもらい、共犯者となって没入してもらうようにしてます。
    憑依型作家と同じように、憑依型読者も居るからです。
    憑依没入している読者に対して、主人公が感情を説明した瞬間に蛇足になると思います。

    でもたしかに。憑依型の作家は、メタ構造だけで見る審査員や、速読でシナリオを追うタイプの読者とは相性が悪いかもですね。

  • 言語化が上手いですね
    とても共感、腹落ちします。

  • 第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    なるほど、それで表現にクドさを感じる事があるんですね。
    モノローグと同じセリフが書かれて居たり。
    やけに説明クサかったり。

  • 最後にへの応援コメント

    学生時代に戯曲を書いてた時の事を思い出しながら読ませていただきました。

    登場人物が勝手に動き出す感覚って普通だと思ってました。

    今は一般的じゃないんですね~。

  • 第四章 憑依型を自覚への応援コメント

    計算手順がガウスっぽいですね

  • 最後にへの応援コメント

    必ず、テンプレ至上主義は崩壊します。

    本当にそうなって欲しいです。小説もアニメも既視感だらけの作品ばかりで、悪い意味で期待を裏切られてばかりで辟易しています。


    完結までご苦労さまでした!
    バネ屋さんの作品がなぜこんなにリアルなのか、どうしてここまで深掘りできていたのか、小説創作の裏側が見れて凄く勉強になりました。
    それに、テンプレばかりのカクヨムの中で、本来小説家とはこうあるべきという技術や向上心が知れて、バネ屋さんの小説が今までと違った角度でも読めて、凄く良かったです。

  • うわ、続きが読みたい。
    バネ屋さんの作品で初期のころからそうですが、必要なことだけ描写して、説明臭さが全く無いのですよね。没入感が凄いのは、そのせいなのですね。
    ケンゴさんのキャラも、セリフだけで立ってるし、しかもリアルでいそうな味もあって、この会話だけで独特の魅力があります。
    普段当たり前のように読んでいましたが、作者さんは様々な技法を駆使して、情緒や温度、人格などを描写していたんですね。その技法も説明されて初めて気づくということは、それだけ自然に溶かし込んでいるということで、凄すぎます。

  • 当たり前のことのように書いてありますが、ここまで具体的に技法の効果を理解出来ている作家ってラノベではプロでも少ないかと思います。カクヨムだと、ほんの一握りでは。テンプレ作品じゃまずいないでしょうね。

  • 荒川君の御前会議、以前読んだ時は分かっていませんでしたが、改めて読むと凄いですね。数えたら8人どころか10人の会話シーン。どのキャラも人格と口調を使い分けて、会話のテンポもセリフの被りもあって、台本読みのような不自然さが全くないです。
    今回の解説読んで、改めてその凄さが分かりました。その高度な技術が読者には分からないくらい自然にやっているから凄いのでしょうね。

    セリフでの名前呼びも指摘されて気付きましたが、本当にその通りで、おそらくそこまで気を付けて書いてる作家は、カクヨムではごく少数では。大半は、バネ屋さんが言う通り、誰のセリフか分からない不安で、名前でラベル貼りしてるのでしょうね。
    バネ屋さんは語彙のセンスと笑いのセンスが凄い人というイメージが強いですが、技術的にも理論的にも凄いです。

  • 敬語がおかしいの、私も気になっていました。世界観が安っぽく見えてしまうんですよね。

  • 情報の取捨選択が大事なのは読者の私でも分かりますが、瞬発力やどのような情報を拾うかで個性が出るというのが作家さんならではの視点で、そのようなことを考えて執筆されているのだととても勉強になります。
    言われてみれば、バネ屋さんの作品はどれも生活に関する描写が異常なほど精密で、拾う情報も、越前そば、天井の木目、竹皮包み、顔面補修作業、袋一杯のガリガリ君、へのへのもへじのサイン、白ヘル、などなどただの生活情報ではなく独自視点ばかりで、挙げたらキリがないほどですから、本当にセンスの塊なのが頷けます。

    短編集「悪意」も、取捨選択を研ぎ澄ませたというのもめちゃくちゃ分かります。
    一行一文字の重みが全然違うのでしょうね。あれだけ短い文章で、情景が自然と頭にイメージできますからね。
    創作論でありがちな、口では尤もらしいこと言いながらも作家本人が全然できていないのと違って、バネ屋さんの理論は全てご自身の作品が裏付けしているから凄いです。


  • 編集済

    作品が物語を語る場ではなく、知識自慢の場になっているのです。だったら、小説じゃなくて実用書でも書けばいいのに。

    凄く同意。
    「ここは読み飛ばしてもOKです」とか書いてる人もいますが、だったら書くなよって言いたいです。自己主張が強すぎて作品の空気を壊してでも、主人公たちよりも前に出たいのでしょうね。本当に、何のために小説書いているのだろうと思います。


  • 編集済

    第四章 憑依型を自覚への応援コメント

    とても興味深いお話ですね。
    バネ屋さん自身も最近までは憑依型だとは気付かずに、あれだけの作品を沢山生み出していたのですね。
    とても頭の良い方だとは思っていましたが、根本的に脳の使い方が常人とは違うのでしょうね。
    作品を読んでいても、視点や語彙のセンスが普通じゃ気付かないし思いつかない様なことが次々に出てくるので、いつも感心させられていましたが、このお話を読んで、計算しているとか狙っているのではなくて、バネ屋さんにとってはそれが普通なのかも、と思いました。

  • 第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    読解力の低下は、インターネットの刺激に慣れ切った若者の「読書離れ」からも来てそうですね。うーん難しい💦

  • 第三章 憑依型の現在地への応援コメント

    このパートを審査員や出版業界関係者に読ませたくなるエピソードですね。
    心理の説明は、描写じゃなくて解説なんですよね。
    それを「描けていない」という時点で、描写の本質をはき違えているのですね。
    説明できていないことを指摘するなら「説明不足」

    インスタントラーメンと頑固おやじの拘りらーめんの例え、素晴らしいです。
    拘りらーめん派なので、凄く納得感があります。
    そして、テンプレ作家と同類と見られたくない気持ちも、めちゃくちゃバネ屋さんらしい。