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  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    エッセイというかノンフィクションというかすごく丁寧で読んでいて感心しながらも面白かったです!!

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    普段あまり「最期の時」を意識することはないですが、その時になってみないと気づけないことって、色々ありますからね。
    本作でそんな気付きを得られれば幸いです。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    これはエッセイなのか?とジャンルを見直しました。
    それくらい真実味があるお話でした。
    腰の部分に最後まで温もりが残ってるってほんとですか?
    私は、祖母も父も死に目に会えず、数時間後にしか行けなかったので、すでに全身冷たくなってました。
    温かくて良きお話をありがとうございました♪

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    ジャンル、色々と悩んだのですが、最終的には「お話」という形に落とし込むことにしました。
    なんというか、変に気を使わせてしまっても申し訳ないですからね。
    私も祖父が亡くなった時に初めて腰の温もりについて教えてもらったので、本当に驚きました。
    良い葬儀屋さんに巡り合わせてもらえたと思うと同時に、流石昔ながらの地元の葬儀屋さんだな、と思うなどしました。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    コメント失礼します。

    葬儀屋さんの心づかいが染みますね。

    自分も、数年前に実の兄を亡くしました。
    急なことだったので、連絡を受けてすぐに病院へ向かいましたが、間に合いませんでした。今でも、運転中のあの焦燥感を覚えています。
    間に合わなかったことには後悔があります。もっと早く家を出ていればとか、道程を考えてもっと早い道を選べば、とか。

    でも、間に合っていてもいなくてもその時に他に自分に出来ることは無かったので、間に合わなくても行ってよかったと今は思っています。

    亡くなった後の温もり、温かさ。
    自分も、あの時ほんの少しだけ兄の手に触れて感じた覚えが有ります。そして、まだ、柔らかい手なんだな、と思った気がします。

    ご冥福をお祈りします。 

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    お悔やみ申し上げます。
    お兄様の手が柔らかなうちにお会いすることができたのは、とても幸せなことだと思います。
    時間とともに後悔の波は静けさを取り戻していきます。
    きっとそれは、悔やむ気持ちを糧にして、前に進むことができた証だと思います。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    何度でも、思い切り悲しまれたらよいと思います。押し殺す必要はないのですから。もっとああしておけばと悔やむのは誰しも同じなのでしょう。私の場合は罪の意識を感じることも多々ありますが、全部含めて自分の人生なので仕方ないです。
    葬儀屋さんの細やかな心配りに感銘を受けました。今まで五人の家族を見送りましたが、そんな場面は一度もありませんでした。
    最初の一報から、最期の温もりに手を触れるまでの時間の流れと気持ちの動きがリアルでした。悲しみ、悔やんでくれる家族がいることを、おじい様はきっと幸せに思っておられるのではないかと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    「全部含めて自分の人生」、確かになるほどと思わされました。
    悔やんだ後に、それを糧として前を向いて生きる。
    そしてこの経験を糧にできるのは、自分だけですしね。

    祖父の葬儀にお付き合いいただいた葬儀屋さんは、昔ながらの地元の葬儀屋さんでしたね。
    最近は葬儀会社も全国チェーン展開している会社が多く、色んな葬儀のプランでそれぞれ業績を伸ばしていらっしゃるようですが、最終的にはやはり「遺族に親身になって寄り添ってくれるかどうか」が大事なポイントだと思います。
    そういう意味では、祖父の葬儀を取り仕切ってくださった葬儀屋さんは本当に助かりました。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    月並みな言葉で申し訳ないですが、ご愁傷さまでした。こんな状況を泣かずにやってのけられるのは50代に入ったとしてもできるんだろうか……と思ってしまいます。
     父と祖母と、何匹かの相棒を見送って言えることは、忘れないようにすること。思い出してあげるようにすることだけが亡くなった親しい存在に対する生きている者の出来る事のような気がします。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    お気遣い痛み入ります。
    今でも日常のふとした場面で、祖父のことが思い出されるくらいなので、忘れるという事は出来そうにないなぁと思っております。
    記憶の中に生き続けるとは、まさにこのことですね。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    私は父が亡くなった時、号泣しました。
    もうね、押し殺そうとしても無理だって思って、心のおもむくままに泣きました( ;∀;)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    自分はずっと泣きっぱなしでした。
    告別式の時など、始まりから終わりまでずっと涙が止まらなかったくらいです。
    流石に火葬場に着くころには止まりましたが、それでもどうにもならないもの悲しさだけはずっと引きずっていましたね。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    肉親を亡くすことは本当に辛いことです。
    最期の温もりに触れることが出来て良かったですね。
    お祖父様も嬉しかったと思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    弟の友人である葬儀屋さんには本当に感謝しています。
    そういうものがあるとすら知りませんでしたし、葬儀屋によってはここまで遺族に寄り添ってはくれませんからね。
    ただ、やっぱり自分よりも弟の方がこの温もりを感じ取るべきだったように思います。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    お辛い経験をなさいました。何と申し上げたら良いか。とは言え、今際の際の際に立ち会えた事は、よかったのかもしれません。貴重な経験をありがとうございました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    いやはや、どうにも大人になれないもので駄目ですね。
    書いている途中に祖父の事を思い出してしまって、涙をこらえるのに苦心しました。
    祖父のいない世界に慣れたと思っていたのですが、どうにもまだまだのようです。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    コメント失礼致します。

    私も昨年、祖父を亡くしました。その時のことを思い出し、悲しみの先にある寂寥が思い起こされました。しかしこの寂寥も、祖父から頂いた最後の贈り物なのだと思い、生きることにしています。

    おごそかでかつ、悲しみに寄り添うような筆致に静かに感じ入りました。読ませていただき、ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    お悔やみ申し上げます。
    寂寥を「最後の贈り物」と仰られるというところに、お祖父様との素敵な関係性が感じられますね。
    そのお気持ち、大切になさってください。

  • 四月某日 午後九時前後への応援コメント

    死の瞬間ではなく、「消えかけの体温」を描いたところに、この作品ならではの優しさを感じました。
    タイトルの回収も自然で、余韻の残し方が美しい……。
    なんか…………ありがとうございます( ;∀;)

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    心に感じ入るものがあったようで何よりです。
    そして、葬儀屋さんというのはやはり遺族に寄り添うプロなのだなと痛感しました。