第7話 原因者:鷹宮恒一

 崩落は、終わっていない。


 天井の奥で、ゴゴ……という音が続いている。

 床が、たまに沈む。

 粉塵が舞う。空気が重い。呼吸すると、喉が痛い。


 電磁障害が、断続的に回復している。

 遅延した救助要請が、一斉に届く。


 俺――鷹宮恒一は、現場を見る。


 床に散らばる資材。折れた支柱。転がるコンテナ。

 そして、倒れた探索者たち。


 優しさは、ゼロだ。

 時間が、命だ。



 ◇



 ここで死者が出ると、書類が増える。

 書類が増えると、俺の胃が死ぬ。


 だから、死なせない。

 速さで。



「喋るな」



 俺は、最も近い探索者に声をかける。

 足を挟まれて動けない男だ。


 男が何か言おうとする。



「喋るな」



 もう一度言う。

 男の口が閉じる。


 俺は、男の足元の瓦礫を蹴る。

 瓦礫が転がる。足が抜ける。



「立て」



 男が立つ。



「歩け」



 男が歩く。



「走るな」



 男の歩みが落ち着く。



「壁沿い」



 男が壁に手をつける。



「出口まで止まるな」



 男が、出口へ向かう。

 次。

 泣いて固まっている女がいる。



「立て」



 女が、俺を見る。



「呼吸だけしろ」



 女の呼吸が、少し落ち着く。



「立て」



 女性が、動かない。



「立て。……立て。ここで死ぬと、お前の保険が降りない」



 女の目が、一瞬だけ理性を取り戻す。



「歩け」



 女が、ゆっくり立つ。



「歩け」



 女が、一歩踏み出す。



「止まるな」



 女が、出口へ向かう。


 次。


 荷物を抱えて動けない男がいる。

 高価な装備だ。手を離せない。



「置け」



 男が、俺を見る。



「置け」



 男が、荷物を握りしめる。



「手を離せ」



 男が、首を振る。


 俺は、荷物を蹴る。

 荷物が転がる。男の手が離れる。



「立て」



 男が立つ。



「歩け」



 男が、出口へ向かう。

 次。

 酸欠で、しゃがんでいる者がいる。50代、ベテラン。



「目を閉じるな」



 目が開く。



「呼吸だけしろ」



 呼吸が整う。



「立て」



 立つ。



「左を見ろ」



 左を見る。



「出口が見える。歩け」



 歩く。

 次。

 サンプルに手を伸ばしている者がいる。20代、初心者。

 青白く光る鉱物。未解析鉱物だ。



「触るな」



 手が止まる。



「立て」



 立つ。



「歩け」



 歩く。



「振り返るな」



 前を向く。

 遠くで、ミシ……という音がする。

 天井が、まだ鳴っている。



「止まるな」



 全員に言う。



「止まった奴から死ぬ」



 全員が、動く。


 俺は、通路を確保する。

 邪魔な資材を、踏み砕く。

 転がったコンテナを、蹴って転がす。


 破損。上等。

 命のほうが安い。書類的に。


 管理所の職員が、固まっている。



「動け」



 職員が、動く。


 俺は、最後の探索者を確認する。

 全員、出口へ向かっている。


 よし。


 俺は、最後に現場を確認する。

 残留者、ゼロ。

 死者、ゼロ。


 最適解、達成。



 ◇



 朝霧ひかりは、出口に到着した。


 胸が、跳ねている。

 手が、震えている。

 足が、まだ不安定だ。


 でも、生きている。


 ひかりは、振り返る。

 鷹宮恒一が、最後に出てくる。


 表情が、ない。

 指示が、短かった。

 選別が、冷酷だった。


 ひかりは、自分が「助けられた」という実感がない。

 ただ、「処理された」という感覚だけがある。


 私は、人として扱われなかった。

 荷物のように、動かされた。


 でも――


 ひかりは、周りを見る。

 全員、生きている。

 負傷者はいるが、死者はゼロだ。


 春野が、小声で言う。



「……助かった」


「……」



 ひかりは、答えない。


 春野が、続ける。



「あの指示、全部正しかったな」


「え……?」


「喋るな、走るな、止まるな。全部、生存率を上げる指示だった」



 ひかりの心が、揺れる。

 春野が、さらに続ける。



「でも、誰も死んでない」



 その一言が、ひかりの胸に刺さる。


 誰も死んでない。

 あの冷酷な指示で、誰も死んでない。

 あの暴力的な救助で、死者ゼロ。


 私の手順は、また負けた。

 正しいはずなのに。


 ひかりの心が、揺れる。

 その揺れを認めたくなくて、怒りに変換する。



「……あんなの、助け方じゃない」



 春野が、首を傾げる。



「でも、結果は――」


「結果じゃない!」



 ひかりの声が、大きくなる。



「やり方が、間違ってる!」



 春野が、何も言わない。


 ひかりの心が、揺れる。


(……私が間違っているの?)

(違う)

(私は正しい。正しいはずだ)

(あの人のやり方が、間違ってる)

(あのやり方を認めたら、私の全てが否定される)

(私が今まで守ってきたもの、信じてきたもの、全部)


 ひかりは、その揺れを認めたくなくて、怒りで上書きする。

 自分を守るために。


 ひかりは、鷹宮を見る。

 鷹宮は、管理所の職員と何か話している。


 あの人は、私を見ていない。

 私の存在すら、「人員の1つ」として処理された。


 ひかりの拳が、握られる。


(私が守りたかった"正しさ"は……)

(また、届かなかった)



 ◇



 俺のスマホが、鳴る。

 通知だ。


 画面を見る。


《管理所システム通知(様式AC-11)》

件名:事故関連情報の仮登録について

区分:未解析区域/共鳴崩落(疑い)

発生日時:2026/01/20 16:42

原因者(暫定):鷹宮 恒一

損害見積(暫定):¥87,000,000

対応:ヒアリングへの出頭(任意)

備考:本通知は自動生成された仮登録情報です


 ……来たか。


 助けた結果が、これか。

 「原因者(暫定)」って、付箋みたいに貼るな。


 俺は、現場を片付けただけだ。


 でも、システムは俺を「原因者」と呼ぶ。

 自動生成された、無機質な通知で。


 俺の胃が、きゅっと縮む。



 ◇



 翌日。管理所の会議室。


 白い壁、録音機器、議事録、様式番号。

 丁寧語の圧力。


 救助より怖い、言葉の戦場。


 俺の向かいに、3人の男が座っている。


 1人目:東都総合商事、資源部門担当。30代、丁寧語で逃げる。

 2人目:顧問弁護士。40代、語尾が柔らかい刃物。

 3人目:管理所職員。50代、中立の顔で処理。


 商社担当が、口を開く。



「鷹宮様、この度は想定外の事故が発生し……弊社としても遺憾でして……」


「……」


「ただ、契約上の整理が必要かと……」



 整理。綺麗な言葉だ。

 要するに、責任の押し付け先を決める会議。


 管理所職員が、淡々と言う。



「本件は事故扱いです。まずは責任範囲の確認を行います」


「議事録を作成します」



 商社担当が、資料をめくる。



「現場の状況を確認させていただきますが……」


「探索者様の現場判断が、直接的要因になった可能性も……」



 つまり、俺の過失扱いに持っていく。

 俺が「救助」と呼ぶものを、「誘発行為」と呼び直す。


 商社担当が、続ける。



「サンプルの破棄行為が、音圧を発生させた可能性があります」


「また、退避指示のタイミングが……」



 弁護士が、丁寧に追撃する。



「一般的な救助手順と比較すると、鷹宮様の判断は……やや独自性が高いかと」



 独自性。

 つまり、「教本通りじゃない」と言いたい。


 俺は、短く答える。



「違います」



 商社担当が、止まる。



「……と、おっしゃいますと?」


「契約第4条(保険・補償)」



 俺は、手元の資料を開く。第5話で作った、勝てる契約書。



「保険適用上限は3億円です」


「損害見積は8,700万円」


「この事故は、その範囲内」



 商社担当が、少し焦る。



「いえ……しかし、今回の損害は予想を超えており……」


「超えていません」



 俺は、資料の該当ページを示す。



「別紙注記を確認してください」


「未解析区域の注記に『共鳴崩落の可能性(過去事例あり)』」


「契約締結前から、明記されています」


「既知リスクです」


「想定外ではありません」



 商社担当の手が、止まる。

 資料をめくる音が、消える。


 顧問弁護士が、割り込む。



「鷹宮様、一般論として現場判断が事故を誘発した可能性——」


「一般論は不要です」



 俺は、弁護士の言葉を遮る。



「契約上、"予見された事故"です」


「防災安全確認・暫定登録調査の範囲内です」


「単独責任は成立しません」



 商社担当が、資料をめくる手を止める。

 笑顔が、少し剥がれる。

 

 弁護士が、小声で商社担当に何かを言う。

 商社担当が、資料を確認する。

 

 5秒の沈黙。

 

 商社担当の目が、俺から資料に移る。

 資料から、管理所職員に移る。

 そして、また俺に戻る。

 

 笑顔が、完全に消える。



「……確認します」



 その声は、少し震えていた。


 管理所職員が、淡々と言う。



「契約第4条、確認しました」


「保険適用上限:300,000,000円」


「損害見積(暫定):87,000,000円」


「注記についても確認します」


「共鳴崩落の可能性、契約締結前から明記」


「議事録に記載します」



 俺は、決め台詞を言う。



「罰金より高いのは、死者が出た後の工数です」


「今回、死者はゼロです」


「工数は最小です」



 商社担当が、何も言わない。

 弁護士も、黙る。


 管理所職員が、議事録に記入する音だけが、部屋に響く。


 勝った。


 でも、請求は消えない。

 胃薬の在庫を、確認しとくか。



 ◇



 会議が終わった。


 でも、「解決」はしていない。


 保険で処理できる範囲は守った。

 だが、管理所の「追加対応」で費用は増える。


 封鎖延長。

 監督増員。

 再調査。

 講習追加。


 「原因者(暫定)」は、まだ剥がれていない。


 俺のスマホが、鳴る。


《損害見積(暫定):¥87,000,000 → 更新中》

《追加対応:封鎖延長/監督増員/再調査》


 返済アプリも、鳴る。


【次回返済額:¥48,000,000】

【返済期限:あと9日】


 俺は、画面を閉じる。


 救助は、無料じゃない。

 誰かが生きるたび、誰かが請求書を書く。


 ……その宛先が俺なら、安い。



 ◇



 朝霧ひかりは、自宅で資料を読んでいた。


 事故報告書。

 安全講習の追加資料。

 管理所からの通達。


 全て、あの事故のせいだ。

 全て、鷹宮恒一のせいだ。


 ひかりの心は、まだ整理できていない。


 誰も死ななかった。

 でも、あのやり方は間違っている。


 正しいはずなのに、負けた。

 正しさが、届かなかった。


 ひかりは、資料を閉じる。


 ……私が間違っているの?


 その問いを、認めたくなくて。

 ひかりは、怒りで上書きする。



「……こんなの、英雄じゃない」



 ひかりは、写真を取り出す。

 パーティメンバーと一緒に撮った写真。笑顔の鷹宮恒一が、そこにいる。


 あの時の彼は、優しかった。

 あの時の彼は、法律なんて言わなかった。

 あの時の彼は、ただ「助けたい」と言った。


 でも、今の彼は――


 ひかりは、写真を裏返す。

 見たくない。

 見たら、もっと混乱する。


 ひかりの手元に、管理所からの通知がある。


《追加安全講習:受講必須》

《提出書類:活動報告書(詳細版)》

《監督強化:パーティ単位での制限追加》


 これも、あの人のせいだ。

 あの人が、無茶をするから。

 あの人が、ルールを無視するから。


 でも――


 ひかりの心の奥で、小さな声が囁く。


(本当に?)

(本当に、あの人のせいだけ?)


 ひかりは、その声を無視する。



 ◇



 俺は、自宅で缶ビールを開ける。

 第三のビール。108円。


 カップ麺を啜る。98円。


 画面には、監督追加の通知が表示されている。


《配信監督措置について(追加)》

・事故発生時の即時報告(義務)

・監督官同行の義務化(試行導入)

・配信停止権限の付与(管理所判断)

※本措置への協力は任意です

※未回答の場合、自動的に「協力拒否」として記録されます


 任意って書いてあるのに、拒否する選択肢が見当たらない。

 拒否したら「協力拒否」と記録される。


 つまり、任意(義務)。


 俺は、缶ビールを一口飲む。


 モニターには、掲示板のコメントが流れている。


《"市場の死神"、また事故処理》

《死者ゼロ。でも原因者(暫定)認定》

《助けたのに加害者扱いで草》


 読者は、俺を「魔王」と呼ぶ。

 管理所は、俺を「原因者(暫定)」と呼ぶ。

 商社は、俺を「責任者(候補)」と呼ぶ。


 そして、朝霧ひかりは、俺を「最低」と呼ぶ。


 全部、正しい。


 俺は、画面を閉じる。


 救助は無料じゃない。

 誰かが生きるたび、誰かが請求書を書く。


 世界は俺を死神と呼ぶ。

 俺は世界を書類と呼ぶ。


 そして――

 朝霧ひかりは、俺を最低と呼ぶ。


 それでいい。


 嫌われるのは安い。

 守るコストに比べれば。


 俺は、返済アプリを開く。


【次回返済額:¥48,000,000】

【返済期限:あと5日】

【追加支出(暫定):¥87,000,000】


 請求は増え続ける。

 借金は減らない。

 胃は痛い。


 でも、誰も死んでいない。


 それでいい。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

毎日更新で進めていく予定なので、追いつくのが大変な方はフォロー/ブクマだけ先にして、落ち着いたタイミングでまとめ読みでも大丈夫です。


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次回もよろしくお願いします。

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