正義よりキャッシュフローが大事なので、モンスターは瞬殺、監査は即死の現代ダンジョン配信をします。 〜君が軽蔑した男は、君を守って破産していた〜
ジュテーム小村
第1話 「法的に許される最短の殺し方【0.8秒】
配信タイトルは、いつも通りだ。
《【検証】災害復旧活動:対象モンスターの"迅速排除"について》
視聴者数、現在3,247。コメント欄の流速は毎秒2件。金融庁の監視タグが既に付いている。問題ない。想定内だ。
俺――鷹宮恒一は、都内第七ダンジョンB3階層の崩落危険区域において、スマートフォンのカメラを起動したまま、天井の亀裂を観察していた。幅0.3ミリ。深さは推定1.2メートル。老朽化による応力集中箇所が3カ所。崩落確率、7割強。
……いけるな。
俺は深呼吸を1つ。空気中の埃の密度、湿度、気温。全て記録する。後で必要になるかもしれない。記録は、言い訳の材料になる。言い訳は、法廷で身を守る盾になる。
「えー、本日の検証内容ですが」
淡々と、報告書を読み上げるように言葉を継ぐ。視聴者に分かりやすく、かつ法的に正確に。
「こちらの区画は、先月の地震により構造体に損傷が認められ、立入禁止措置が取られています。
しかし遺失物法に基づき、施設管理者が指定する『災害復旧活動従事者』に限り、特例的な立入が認められています。本日の活動は、当該特例に基づく正当な業務となります」
コメント欄が流れる。
『また堅いタイトルだな』
『どうせ瞬殺だろ?』
『※この配信は金融庁監視対象です』
『このおっさんの配信、毎回弁護士みたいで草』
『法律の授業かよ』
『でも炎上しないから安心して見れる』
『逆に言えばつまんねえってことだが』
『いや、結果はいつもヤバいぞ』
問題ない。炎上しない範囲で、情報は正確に伝える。それが俺のやり方だ。視聴者数は多くないが、質が高い。彼らは俺の配信から、金になる情報を読み取る。
スマホの画面に、別ウィンドウで開いたリアルタイム市況データが表示される。
WTI原油先物、ドバイ原油、ブレント原油。どれも安定している。EV関連株価指数も横ばい。ドル円為替も動きなし。JOGMEC関連の鉱物資源ファンドも静か。
今日の作業が市場に影響を与える確率は、15%以下。許容範囲内だ。
俺の配信を監視しているのは、一般の視聴者だけではない。トレーダー、アナリスト、経済安全保障の専門家、そして恐らく公安関係者。
彼らは俺の一挙手一投足から、ダンジョン資源の供給動向と、日本のエネルギー政策の行方を読み取ろうとする。
だから、慎重にならざるを得ない。言葉を選ばなければ、明日には参考人聴取だ。
画面の隅に、小さく表示される数字がある。今月の配信収益予測。税引き後、インボイス控除後、経費差引後――残るのは、雀の涙だ。それでも、ゼロよりはマシだ。
そして、もう1つ。
俺の耳に、悲鳴が届く。
◇
朝霧ひかりは、息が出来なかった。
いや――息をしている。心臓も動いている。でも、空気が肺に入ってこない。まるで水の中にいるみたいに、全身が重くて、冷たくて、埃っぽい空気が喉を締め付けて――呼吸のリズムが壊れている。パニック発作、だろうか。いや、違う。これは、ただの恐怖だ。
「ひかりさん、後ろです!」
仲間の声が、遠くに聞こえる。誰の声だったか、一瞬分からない。ああ、
振り返る。そこにいたのは、異形。
全長4メートルを超える、甲殻類のような外骨格を持つモンスター。分類名『
そもそも、この階層に出現するはずのない、上位種だ。イレギュラー。事故。運が悪かった、それだけのこと。
ひかりの脳裏に、過去の記憶が蘇る。
――あの日も、こんな風に追い詰められた。
――あの日も、絶望しかなかった。
でも、あの時は。あの時は、彼が助けてくれた。優しく、強く、「大丈夫だ」と言ってくれた。
「逃げて……!」
誰かが叫ぶ。でも、もう遅い。
後方は瓦礫で塞がれている。前方には、あの怪物。左右の通路は狭すぎて、あの巨体が突進してきたら、全員が潰される。ひかりの頭の中で、計算が回る。逃走成功率、ゼロ%。戦闘勝利率、ゼロ%。生存率――
血の匂いがする。それは、さっき倒れた仲間のものだ。傷は浅い。でも、出血が止まらない。治癒魔法の使い手は、もう魔力切れだ。回復ポーションも、使い切った。
ああ、そうか。私たち、ここで終わるんだ。
ひかりの視界が、ゆっくりと霞んでいく。恐怖で、涙も出ない。ただ、心臓だけが、うるさいくらいに跳ねている。死にたくない。でも、どうしようもない。
ごめんなさい、お母さん。私、ダメだった。探索者になるって言って、家を出て、結局こんなところで――
その時――
「全員、壁際に伏せろ」
低く、冷たい声が、空間を切り裂いた。
知っている。この声を、知っている。
◇
状況確認。瞬き1つ分の時間で、思考を回す。
探索者5名。うち1名負傷、出血量は致死量未満だが放置すればショック症状のリスクあり。重装甲種1体。推定耐久値、通常武器では貫通不可。
物理攻撃耐性、8割以上。魔法攻撃は有効だが、この距離では詠唱時間が足りない。
逃走経路、封鎖。残存時間、30秒程度。モンスターの次の行動予測――突進攻撃。回避不可能。
武器使用によるリスク――銃刀法違反のグレーゾーン突入。書類作成工数、最低でも3時間。事後の管理所からの聴取、2回。弁護士との相談、1回。報労金請求権の喪失リスク、60%。最悪の場合、銃刀法違反で書類送検。
却下。
天井の亀裂。崩落確率、7割前後。誘導可能、のはずだ。巻き添え範囲、半径8メートル程度。落下予想重量、約4トン。モンスターの外骨格強度を考慮しても、この質量なら恐らく圧殺できる。
探索者たちは壁際に逃げれば回避可能。モンスターの移動速度から逆算すると、回避不可能。巻き添えによる探索者への二次被害リスク、30%以下。多分、許容範囲内。
採用。
俺は配信カメラを、天井へと向ける。視聴者に見せる。これは、記録だ。証拠だ。
「災害救助における障害物除去作業を実施します。当該作業は、二次災害防止を目的とした緊急措置であり、施設管理者の事前承認を得ております」
嘘だ。事前承認など、得ていない。でも、事後承認は取れる。取らざるを得ない状況を、今から作る。
コメント欄が一瞬止まる。そして――
『は?』
『障害物除去?』
『おいおい、また例のアレか?』
『破壊活動防止法ギリギリのやつ来るぞ』
『これ、本当に合法なの?』
『グレーゾーンの魔術師だな』
『法律に詳しい奴、解説頼む』
俺は、持っていた金属棒――ダンジョン内で拾った、ただの鉄パイプだ――を、天井の亀裂へと投げた。投擲速度、時速80キロくらい。狙いは正確だった。
金属棒が亀裂に食い込む。ギシリ、と嫌な音が響く。応力集中。亀裂が広がる。構造限界を突破。コンクリートの破砕音。鉄骨の軋み。
そして――崩落。
天井から、数トン単位のコンクリート片と鉄骨が、重装甲種の頭上へと落下する。モンスターは、反応する暇もなかった。外骨格が砕ける音。肉が潰れる音。黒い体液が飛び散る。
圧殺。所要時間、1秒弱。
完了。
俺は、配信カメラに向かって、淡々と説明を続ける。視聴者は、今の光景をどう解釈するだろうか。英雄的行為か、冷酷な処刑か。どちらでもいい。重要なのは、法的に正しいということだ。
「武器の直接使用は、銃刀法および遺失物法の解釈が面倒です。
特に、ダンジョン内でドロップした未登録の刃物は、『法令により所持が禁止されている物』に該当するため、たとえ一時的な使用であっても所有権取得の意思表示と見做されるリスクがあります。
結果、報労金請求権を失うだけでなく、銃刀法違反として検挙される可能性も排除できません」
画面を少し傾ける。潰れたモンスターの死骸が映る。視聴者は、これを見て何を思うだろうか。
「したがって、本件では環境を利用した排除手段を選択しました。使用した鉄パイプは、ダンジョン内の廃材であり、武器ではありません。また、天井崩落は本来発生し得た自然災害であり、私はその発生時期を『調整』しただけです。災害救助法における障害物除去の範疇として、適法に処理されています」
コメント欄が、爆発する。
『今の合法なのかよ』
『武器使ってないからグレー回避か』
『頭おかしいだろこいつ』
『でも違法じゃないんだよな……』
『これ、災害救助法の「障害物除去」として処理されるのか?』
『瓦礫を"利用"しただけで、"武器"じゃないもんな』
『やべえ、こいつ天才か悪魔かどっちだ』
『弁護士より法律に詳しいんじゃないか』
『こいつの配信、法学部の教材にできるレベル』
『褒めてるのか貶してるのか分からん』
画面の端に、別の通知が流れる。市場が動き始めた。
『速報:WTI原油先物、突如+2.3%』
『中東情勢関連か?』
『いや、ダンジョン魔石の供給懸念だ』
『魔石ドロップ期待値が下方修正されたってことか』
『やばい、EV関連見ろ!EV大手系が一斉に下げてる!』
『代替エネルギーとして石油需要が上がる読みか』
『またお前かよ"市場の死神"!!』
『おい、中東原油産出国の対日感情がまた悪化するぞ』
『このおっさん1人で外交問題起こすなよ』
『経産省と外務省が泣いてるぞ』
『JOGMECの中の人、見てる?』
予想通り――いや、跳ねすぎだ。
2.3%? たった1本の鉄パイプで?
俺は奥歯を噛みしめる。この変動幅は、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)の担当者が泡を吹くレベルだ。明日、また始末書か? それとも任意の事情聴取か?
計算が甘かった。市場は、俺の行動を過大評価しすぎている。
俺の配信は、ただの「探索動画」ではない。市場関係者が、ダンジョン資源の供給動向を監視するための「情報ソース」として機能している。アナリストたちは、俺の行動パターンから、日本のダンジョン資源政策を読み取ろうとする。
そして、俺が瓦礫を使ってモンスターを排除したという事実は――「武器を使わなかった」という事実は――市場に対して、「ダンジョン産の武器ドロップが期待できない」というシグナルとして解釈される。
武器がドロップしないなら、魔石もドロップしない可能性が高い。魔石の供給が滞れば、代替エネルギーとしての価値が下がる。結果、既存エネルギー源である石油への需要が回帰する。
株価が動く。為替が動く。先物市場が動く。
俺は、それを知っている。だから、配信にはこう記載している。
《※当配信内容は、金融商品取引法に基づき一部ディレイされています》
リアルタイム配信ではない。5分間のディレイをかけることで、インサイダー取引のリスクを回避している。俺が情報を得て、それを配信する。視聴者がそれを見る。その間に5分の遅延がある。この5分が、俺を守る。
全て、計算通り――のはずだった。
俺は画面に目を落とす。返済計画のスケジュール表が、脳裏に浮かぶ。今日の配信収益と、報労金の見込み額。重装甲種の討伐報労金は、評価額の約5%。推定10万円程度。そこから税金を差し引いて、インボイス控除を加味すると――手取りは、おそらく6万円前後だろう。
配信収益は、広告とスーパーチャットで3万円くらい。合計で9万円、いや、もう少し少ないかもしれない。
今月の返済額は、4,800万円。今日の稼ぎが、どれだけの意味を持つのか。
ああ、そうだ。2、3日分、返済が早まる。それだけで、十分だ。
そして――
「……なに、それ……」
震える声が、俺の背後から聞こえた。
朝霧ひかり。知っている。昔の、仲間だった。
◇
朝霧ひかりは、立ち上がれなかった。
いや、立ち上がりたくなかった。膝に力が入らない。全身が震えている。これは、恐怖の余韻なのか、それとも――
目の前で、何が起こったのか、理解できない。
怪物が、死んだ。瓦礫の下敷きになって、ぺしゃんこに潰れて、もう動かない。黒い体液が、床に広がっている。埃と血と、何か焦げたような匂いが混ざって、吐き気がする。
助かった。私たちは、助かった。
でも――でも、これは。
何なの、これは。
「助けたつもり? それとも、ただの……処刑?」
ひかりの声が、震える。自分でも、何を言っているのか分からない。ただ、言葉が勝手に出てくる。
彼――鷹宮恒一は、振り返らない。ただ、スマホのカメラに向かって、何かを喋り続けている。まるで、ひかりたちの存在など、最初から無かったかのように。
「これは災害現場における二次被害の防止措置です。遺失物法および災害救助法の範囲内で、適法に処理されました。
なお、当該区域は既に立入禁止措置が取られており、本来であれば民間探索者の立入は認められていません。
しかし、緊急避難的状況下においては、生命保護が最優先されます。その観点から、本措置は正当化されると考えられます」
適法。合法。法律。
ああ、そうだ。彼は、いつもそうだった。でも――昔は、違った。
あの日、彼は私を助けてくれた。瓦礫の中で、私を庇ってくれた。「生きてるなら、それでいい」と、優しく笑ってくれた。あの時の彼は、法律なんて一言も言わなかった。ただ、「助けたかったから、助けた」と、それだけだった。
優しく、強く、温かい人だった。
でも、今は――今の彼は、まるで機械みたいだ。感情がない。血が通っていない。まるで、計算機が喋っているみたいだ。
「……あなた、変わってしまったのね」
ひかりは、立ち上がる。膝が笑っている。でも、言わなきゃいけない。言わないと、私の中の何かが壊れてしまう。
「そんなやり方……人間のやることじゃない!」
彼は、一瞬だけ、こちらを見た。
その瞳には、何の感情もなかった。驚きも、悲しみも、怒りも、何もない。ただ、事務的に、状況を確認しているだけの――まるで、書類を読んでいるような、冷たい目。
ひかりの胸が、きゅっと締め付けられる。
ああ、ダメだ。この人は、もう戻ってこない。
あの時の、優しかった彼は、もういない。
そして、彼は何も言わずに、背を向けた。
ひかりに何も言わず、仲間たちに何も言わず、ただ黙って、ダンジョンの奥へと歩いていく。その背中は、昔と同じなのに、今はどこまでも遠い。
◇
生きてる。それで十分だ。
俺は、配信を終了する。コメント欄が、まだ荒れている。
『正論魔王wwww』
『でも正解ムーブなんだよな……』
『こいつ、本当に人間か?』
『探索者の鑑だけど倫理観が死んでる』
『そもそも倫理観で飯は食えないからな』
『法律守ってるだけマシだろ』
『他の探索者も見習えよ』
『見習ったら精神壊れるわ』
人間かどうか、は興味がない。重要なのは、法律に違反していないこと。市場を過度に混乱させないこと。そして、借金を返すこと。
それ以外は、全てノイズだ。
スマホの画面に、通知が届く。
【次回返済予定額:¥48,000,000】
【残債総額:¥32,874,512,203】
【返済期限:2027年03月】
俺は、それを1秒だけ見て、画面を伏せる。
(……今日の判断で、返済が2、3日は早まるか)
328億円。自己破産不可の、法的賠償金。あの日、俺が選んだ選択の、代償。
でも、後悔はしていない。あの時、他に選択肢はなかった。全員を助けるために、俺は階層を崩落させた。結果、民間施設とインフラに甚大な被害が出た。保険会社、行政、JOGMEC、全てが俺に請求してきた。
そして、俺は全てを受け入れた。
遠くで、朝霧ひかりの声が聞こえる。彼女は、まだ俺を睨んでいる。仲間たちも、戸惑っている。当然だ。彼らから見れば、俺は冷酷な怪物だ。
嫌われるのは、慣れている。生きてさえいれば、それでいい。
知れば、あいつも共犯になる。だから、説明はしない。誤解されたまま、いい。俺が悪役を演じている間は、彼女は英雄でいられる。それでいい。
俺は、無言でダンジョンの奥へと戻った。
配信タイトルは、いつも通りだ。視聴者数は、いつもより少し増えた。それだけのことだ。
明日も、明後日も、俺は同じことを繰り返す。法律の範囲内で、最も効率的に、モンスターを排除する。市場を混乱させない範囲で、情報を流す。そして、少しずつ、借金を返していく。
――"殺さない努力"は義務ですが、"生かす義務"までは、法律に書いてありません。
————
※第2話は【19:17】公開予定です。
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