第3話



「おはようございまーす!」



 エドアルトは元気いっぱいでやって来た。

 梯子の途中に腰掛けて、書物を読んでいたラムセスが「よう」と軽く手を上げる。


「うわー また散らかってる……」


 一面の本の海。


「三日前に片付けたばっかりじゃないですか」

「いいよ放っておいて。そのうちメリクがまた積み上げて通れるようにしてくれる」

「いや、そんなこと俺がやりますよ……」

 エドアルトはラムセスを尊敬しているけれど、彼にとってはメリクも偉大な師なので、あまりあからさまな雑用やお茶汲みをさせないでほしいのである。


 前に一度ラムセスにそんなにメリクを雑用に使わないでほしいと頼んだら「馬鹿野郎! この俺の頼む雑用なら金払ってもやりたいという奴は五万といるし、俺にお茶を淹れられるなんて普通は感動ものだ!」と激怒されたので以後は言わないようにしている。

 

 ラムセスはほとんどの時、エドアルトなどにも気さくに接してくれるいい人なのだが、たまになんのスイッチが入ったのか、よく分からないことで本当に怒ったりするのである。


 確かに賢者ラムセスの頼む仕事なら、例え雑用に見えたって大変な意味のあることなのかもしれない、魔術師がやれば、尚更有意義なのかもしれないと思って、雑用には目を瞑ったが、せめてお茶は俺が淹れますと提案したのだが、「ふざけるな! 美人が淹れる茶じゃないと飲む気が失せるだろ!」とそれも激怒されたので、もう諦めた。


 魔術師が気難しいのか大人が気難しいのかラムセスが気難しいのか、

 エドアルトには分からなかったが、とりあえずメリクという魔術師の師に出会えた自分は幸せなんだなあと思った。


 彼もとても複雑な事情は抱えているが、とりあえずなにかよく分からないこだわりを持っていたり信じがたいほど散らかしたり不思議なことで突然怒ったりはしない人だったので、あんなに付き合いやすい魔術師の人はすごく珍しいのではないだろうか。


 メリクの場合むしろ何でもかんでも自分でやってしまって、弟子に雑用を頼んでくれないのが弟子として悩みだったが、周囲のものは何でも使えが信条のラムセスを見ていると、大変贅沢な悩みだったのだなと実感したのである。


 ちなみにミルグレンは「まさかあの赤毛、メリク様にお茶なんか入れさせてないでしょうね⁉」とよく聞いて来るので、エドアルトは入れさせてない入れさせてない俺が全部やってると嘘をついている。


 彼女の中でメリクは彼女の王子様であり神様より上なので偉い人が誰もいない。

 だから相手が天使だろうと賢者だろうとラムセスがメリクにお茶を淹れさせているなんて知れたら大変なのだ。


「今日はたくさん魔石取ってきました!」


 エドアルトが背負って来た鞄を下ろす。

 大きいものから小さいものまで色とりどりだ。


「おっ。随分今日は質のいいものも混じってるな」


 ラムセスがしゃがみ込んで一つの魔石を手に取り、陽射しに当てている。

「いつもの所じゃないだろ」

「すごい。やっぱりすぐそういうの分かるんだ」


「当たり前だろ。採取した魔石には環境の特徴が出るんだよ。宝石と同じだ。

 深い、人の目に着かない所に埋もれてる奴は、宿っている魔力も強い。

 俺は新しい土地に行くとまず魔石を採取する。

 するとその国の魔術観が分かるんだよ。

 洞窟や遺跡に魔石が多いと、魔術的に因縁の強い土地ということが分かるけど、並の魔石が多く見つけられるならば、そこは国として魔術観が浸透していて、よく管理されていることが分かる。

 そういうところは治安がいい。

 

 魔石がほとんど刈り取られてる所は、民度が低い。


 魔石と宝石の違いも分からない奴らが多く、魔術を金にしか換算しない。

 こういう所は、魔術を重んじる他国からも煙たがられるはずだから、結局程度の低い魔術師や、そういうところで生きられなくなったならず者のような魔術師が集まるわけだ。


 でも実はこういう所にはつまり、本当の実力者がいない。


 本当に価値ある魔石は、優れた魔術師しか見つけられない場所にある。

 だから表面上は荒らされていても、大地の奥に眠る宝石は、暴かれていないことが多い。

 地に眠る知恵を掘り起こせない連中もいるが、

 中には敢えて、掘り起こしてない場合もある。

 これは魔法則を重んじる土地柄に多いから、うっかり好奇心でそういう奴らの神域に手を出すとえらいことになるというわけだ。


 一番警戒すべきは小さい魔石も大きい魔石も価値あるものも価値の無いものも、大地の知恵を例外なく刈り取られている土地だ。

  

 これは実力のある魔術師が大地の知恵と、富と、財を独占している証だ。

 そういう土地はとても不自然だし、悪しき因果を呼び寄せることもある。

【補填】というやつだ。


 急速に土地の魔力が失われた時、精霊法が正常に守られて来た世界では、そういう異質が起きた時、世界の安定を保つために精霊が補填に動くことがあるんだ。

 ちょっとやそっとのことじゃ起きないが、余程大規模だとな。

 精霊が動くと魔力が動く。魔力が動くということは」


「そうか……魔物や不死者がそこへ集まったり増えたりするのか」


 エドアルトは思い出した。


「俺が生前旅をしてた時、大規模な不死者の宿る場所を見つけたことがあります。

 エルシドの遺跡と、

 ガルドウームの古い神殿。

 どちらも魔術的な因果が強いと思うんですが……」


 ラムセスは梯子に片足をかけて頷いた。


「うん。元々は魔術師がそこで何らかの大規模な活動を行っていたんだろうな。

 実力はあるが、強欲な術師たちがな。

 大地の恩恵を自分たちで独占しようとして、悪しき補填を招いたんだよ」


「なんか感動する」


「ん?」

「だって、ラムセスさんは俺がそうやって見て来たものが、そうなるよりずっと前に生きた人じゃないですか。

 それでも現状の話を聞けば、俺がその時分からなかった、見えなかったものでも自分の生きた世界の後に起こったことも全部分かるんだ」


 ラムセスは梯子の足場に、選び取った幾つかの色とりどりの魔石を等間隔に置きながら、笑った。


「過去も未来もな。魔術を分析すれば、世界の理が必ず見えて来る」


「おれ、……その時は何でその地にそんなことが起こったかも、なんでそんな悪い奴らがいるのかも、分からなかった。

 でも、今話を聞いていて、なんとなく分かりました。

 そう言えばメリクが悪しき因果に手を染めれば必ず悪しき因果に飲み込まれるって言ってた。必ず、って言い切ってたけど」


「あいつも並の術師じゃない。そういう闇の因子が居付いたならば、過去に闇の因子が蒔かれた土地なんだということは分かっていたんだろうな」



「……魔術師ってほんとにすごい」



 エドアルトの素直な言葉にラムセスはふっ、と笑った。


 本当に愚直な、世界の隔たりを感じる表現だけれど、

 こいつのこういう言葉には不思議と嫌味や雑味が少しも感じられない。


 多分エドアルトはラムセスが認識している魔術という世界の、三分の一も理解は出来ていない。

 それでも「魔術師は」という言葉に想う時の彼の感動と、ラムセスの実感は、多分そんなに大きな差はないように感じるのだ。



「……今の話を生前に聞いていたらなあ。

 俺、魔術師のことを全然知らなかったから、メリクのしてくれることや出来ることが、『ふつう』だなんてとんでもない認識違いをしてました。

 薄々とは分かるようになってはいたけど、はっきりとは分かってなかった。

 メリクは今のラムセスさんと同じようなこと、ちゃんと話してくれてたんだって、今なら分かるのに」


「今分かったなら全然構わんさ。

 だってそれこそ『メリクが話しておいた価値がある』ってことだろ?」


 この人の周囲の人間の使い方は普段とても雑だけど、たまにすごく優しいことがある、とエドアルトは思った。

 こんな人が生前メリクの前に現われてくれたら、彼の世界はきっと変わっていたんだろうと、そういう確信がある。


 ただ、それはエドアルトは思っただけで口にはしなかった。


 嬉しそうな顔を一瞬見せたが、それ以上は何も喋らなかったエドアルトを見て、ラムセスは何かを感じ取ったように小さく笑みを見せた。


「そういえば……メリクはお出かけですか?」


 最近はずっとラムセスの側にいて記録を取っていたのに今日はいない。

「ん? そこにいるよ」

 ラムセスが顎で隣の部屋を示した。

「?」

 エドアルトが歩いて行って部屋の入り口で立ち止まった。目を丸くする。

 奥のソファでメリクが眠っていたのだ。


「数日間、記録取りっぱなしだったからなあ。俺が本取りに行ってる間に寝てた」

「すげー……メリクがあんな熟睡してる感じの、おれ初めて見る……」


 エドアルトは自然と体勢を低く、しゃがみ込んで声も小さくなった。


「そうなのか? 時々うたた寝してるの見るぞ」

「うたた寝くらい俺も何度かありますけど、あれはうたた寝って感じじゃ全然ないですよ」


 邪魔したくなくてエドアルトは部屋の外に出た。


「俺と旅してる時も、ほんといつ寝てんだろって感じの人だったから。

 寝てることはあるけど、すぐ物音で起きちゃう人なんですよ。

 ここは上から聖歌も聞こえて来るのに」


「魔術師は本の側が一番落ち着くのさ」

 ラムセスは笑っている。


「あー 俺今はっきりと自分は魔術師に向いてないんだなって思った。

 俺はホントこういう本の海も落ち着きませんよ。

 書庫とかもなんか圧迫感感じませんか?

 なんか大きい書庫とかにいると全部読め~~~って言われてる気分になって来て……」


「全然感じない。むしろ俺は本の上でも寝れる」


「ラムセスさん本をそんなに愛してるのになんで扱いこんなに雑なんですか?」

 エドアルトは口許を引きつらせた。

「雑に扱ってなんかないぞ」

「扱ってますよ。一冊探すのにすぐ本棚の本ポイポイ床に投げ捨てていくし、投げ捨てたらそのまま絶対拾わないし、拾わなかった本は踏んづけて歩くし」


「愛してるからそのままにしてるんじゃないか。

 俺はゴミが床に落ちてるのは嫌いだぞ。すぐ拾うか捨てるし燃やす。

 本は床に落ちててもゴミじゃないからそのままでもいい」


「分かったような分からないような…………いや! やっぱり分からない!

 本は踏んづけちゃダメです。本は大切な知識なんでしょう。

 誰かの知識が文章化されたものだって言ってたじゃないですか。

 大切な誰かの知識なんだから、靴で踏んじゃダメですよ。

 作者が見たら悲しくなるでしょ」


 ラムセスは声を出して笑っている。

「分かった分かった。まあ暇でしょうがない時お前の言葉を思い出したら拾うようにする」

 二人の男はもう一度、入り口から中を覗いた。


「ラムセスさんホント凄いですよ。メリクもすごい魔術師だから、絶対ラムセスさんのこと尊敬してるはずですけど、それなのに貴方の部屋で寝るなんて相当気を許して和めてるんだろうな」


 ラムセスは入り口の壁に片腕で頬杖をついて、眠るメリクの方を優しい表情で見ている。


「メリクって元々のんびりしてる人なんだけど……でもほんとは、サンゴール時代とかはもっと違う人だったのかなあって」


「まあなあ。俺が思うに、サンゴール時代は他人や周囲の人間にすごく気を遣って、優秀な人間をこいつは演じていたんだと思う。いや、元々魔術への興味は本物だし、学ぶのも好きだったんだろうけどな。

 優秀な人間にならないと城にいられなくなると思った、みたいなこと言ってたしな」


 そういうことをラムセスはまだメリクからは話されたことはない。

 だがラムセスはエドアルトに不思議と話してくれた。


「母親から聞きましたけど、アミアさんってそういう考えはしない人だと思う」


「そこが魔術師の難しい所だ」


「?」


「女王アミアカルバは確かに、女王としては有り得ない感性でメリクに愛情を注いで育てたとは思うけどな。

 メリクにとっては、あの冷酷な魔術の師匠の方が重さの比重が強い。

 女王がどんなに愛情を込めた一言よりも、あの王子の、自分を罵倒する言葉の方が意味があると思ってしまう。

 魔術師として冷静な判断や、知性があればどっちを優先すればいいということは『理解』は出来る。でも魔術師としての『本能』がそれを選ばせないことがある」


「……俺、生前旅してる時メリクに、いい魔術師になるよりいい人間になることの方が難しいって言われたことありますよ」


 あいつらしいな、とラムセスは笑っている。


「それって、そういうことを言ってたのかなあ。優れた魔術師だから、苦労しないわけじゃないって」


「まああんまり難しくお前は考えるな。メリクは魔術師の喜びも苦悩も知ってるから、それはお前に向いてないって思ったんだろうよ。

 お前みたいな奴は魔術が使えれば自分は魔術師なんだと思うだろ?」


「それは……絶対思います」

「けど違うんだよな」

 ラムセスは頬杖をついた腕とは逆の手で、赤毛をわしわしと掻いた。


「魔術師としての苦しみを理解出来た方が、よほど魔術師らしい魔術師と言える。

 メリクはお前に魔術を教えるのは構わなかったが、魔術師の苦しみの方は関わらせたくなかったんだろうな。

 だから最初の頃はお前をよく置いてったんだろうよ。

 メリクに感謝しろよ、小僧。

 普通魔術の師匠は弟子のことそこまであんまり考えん奴多いんだからな。

 お前が魔術師になりたいなら魔術師としての苦しみなんて嬉々として食ってみろみたいな奴の方がずっと多いんだぞ」


「それはもう……すごく感謝してます。俺はもっと厳しくしてくれてもいいのになあなんて思ってたこともあるけど、今はメリクのそういう心にすごく感謝してます。

 悪い魔術師も、不死者も、俺は怖かった時期がある。

 メリクがそういう人だったら、俺は飲み込まれてただろうなあって思いますもん」


 そのエドアルトの返事を聞いてラムセスがフッ、と笑い歩き出した。

「ラムセスさん」

 エドアルトもついて来る。

「ん?」

 ラムセスは窓辺に腰を下ろした。


「……リュティス王子のことなんですけど」


「ああ」

「ラムセスさんから見て、あの人をどう思いますか」

「どうって?」


「ええっと……なんていうか……。

 俺はあまり生前も、今も、彼は知らない人なんです。

 でも【魔眼まがん】という力でとても苦しんで生きてた人で、気難しかったけど、最後の最後には、サンゴール王国軍を率いてサンゴール王国の為に戦った、立派な人だったっていうことは聞きました。


 メリクのお師匠様としては……彼は一度も、リュティス王子のことを悪く言ったことが無かったから、付き合いにくい人だとしても、それは魔術師としては珍しくないし、それに適応できなかった自分の方に非がある、って彼はいつもそう言うんですよ。そういう見方をする。

 ……でも本当にそうなんですかね?

 メリクはすごい人ですよ……。

 魔術師としての実力もそうだし、優しいし、

 自分をもっとよく見せたり、周囲を頼ったり、信じて欲しいとは思うけど、

 結局彼の中には他人を重んじる気持ちがすごくあると思うんです。

 他人が苦しむくらいなら、少しくらい自分が苦しくても我慢しようみたいな所がある。

 

 俺が不思議に思うのは、なんでリュティス王子がそこまでメリクを憎まなきゃいけないのかなってことです。


 生前は王位継承問題とか、あったってミルグレンから聞きました。

 細かい部分では友好的に出来なかった事情はあるかもしれないけど、メリクは国を出たんだから、もういいと思いませんか?

 それに【天界セフィラ】に覚醒してからも、メリクはあんまり彼の世界を侵略してはないと思います。

 うちの母親やアミアさんは仲がいいから、自然とサンゴールやアリステアに生きた人たちが集まって、仲いいお付き合いだなーと我ながら思いますけど、そういう中でもメリクははっきりと一線、引いてると思うんです。


 ウリエルに追従を決めたことも……もしかしたら、その一線を引いていることが関わってるのかなって……。

 ……あっ! いえ! 俺は別にまだ地上側に未練があるとか、まだまだなんとかメリクを説得してウリエルから引き離したいとか、そんな下心があるわけじゃないんですけど……! なんていうか……!」


「落ち着けよ。そんなこと分かってるって」

 ラムセスが笑っている。

 狼狽していたエドアルトは赤面した。


「……はい……そうじゃなくって、でもメリクはちゃんと、彼から離れることを選んだと思うんです。だけど――今回仕掛けて来たのはリュティス王子からなんですよね?」


「あいつが呼び出したって言ってたからな。

 そういうことは生前も含め、一度もなかったとメリクは言ってたよ。

 だから余程の話があると思ってついて行ったんだと。

 あいつ自身は弟子2の話かなと思っていたらしいが。

 メリクは【魔眼の王子】の冷徹さはよく肝に銘じていて、警戒し、気安く近づくことを自分に固く禁じていたようだが、あいつの方から近づいてくるってことは全く想定してなかったんだよ」


「メリクはサンゴールの轍から完全に外れようとしてた。

 なのにどうして、命を奪いに来る必要があるんですか?

 メリクは黙って消えようとしていたのに、なんでそれも許されないんですか?

 それって、すごい憎しみだと思いませんか?

 メリクが一体あの人に何をしたらそんなに憎まれるんですか?」


「それを俺に全部答えろと言ってるのか?」


「答えられるなら答えて欲しいです……。

 正直、何故か全然分かんないし、納得も出来ないし。

 ……もしかしてメリク、まだ何か言ってないことあるんですかね?

 いや、あったからって、あの人にメリクの命を奪う権利なんて絶対無いと思いますけど」


「多分無いんじゃないか?

 平民で戦災孤児だったけど、女王陛下に拾われて王宮で育ったこと、

 平民の分際で女王陛下のお命じになるまま王子様に魔術を教えていただいたこと、

 そうまでして育てていただいたのにさようならも言わず国を出たこと、

 その上追いかけて出奔した王女を、説得して国に戻さなかったこと、

 奴が思うメリクがした悪いことはそんくらいだと思うぞ」


「どれもメリクのせいじゃないですよ! それに一番最後のはミルグレンが説得されて国に戻るような奴じゃなかったから数に入れなくていいです!

 メリクに帰れとか言われて国に強制送還してたらあいつどの道、舌噛んで死んでましたよ!」


 だから入れなくていい! と言い切ったエドアルトに、ラムセスは笑って「分かった。じゃああいつのことは除外しよう」と頷いた。


「決定的な何かがあったわけじゃないんだろ。

 とにもかくにもあの王子には、生前のメリクが目障りで仕方なかったんだよ。

 周囲が許するなら、目にもしたくないくらい邪魔な存在だった。

 それをあいつ側からの気持ちとしては、王子という使命を負う手前、殺意を我慢してやっていたという解釈になる。

 

 メリクがあいつを骨の髄まで『王位継承者』と言っていた。


 俺もそう思う。

 普通の人間は国の軛から外れたら果てしなく自由になる、ただそれだけだ。

 任を受けていたら、使命から解放される。

 だがあの【魔眼の王子】は、生前メリクには手を出さなかったのに、国というくびきから解放された途端、私情に駆られて殺しに来た。


 けど、あそこまで極端な例はそうあることじゃないから、そんなに突き詰めて考えないでいい。あの王子の単なる性格の問題だ。


 俺にはあいつのことは分からん。

 俺に分かるのはメリクのことだけだ。

 メリクはあいつが師匠じゃなかったら、大概の人間には認められて愛されてたはずだ。

 だからあいつがメリクを何でそこまで憎んだのかとかは考えなくていい。納得する答えなんぞ出ない」


「そ! そうですよね! あの人じゃなかったらメリクは絶対多くの人に愛されてましたよね⁉」


「まーな。逆にあんなに有能で出張らないけどちゃんと考えしっかり持っていて補佐能力が高く術師としても優秀で魔術師特有の神経質な面も全然なくて顔もいい奴のどこを嫌えばいいんだよ」


「第二の生でラムセスさんがいてくれてホントよかったです」

「突然なんだよ……」

「じゃないとメリク本当に師匠がそう思うなら仕方ないとか思っちゃって殺されてたかも」

 ラムセスは苦笑した。まあ、有り得る話だ。


「俺じゃさすがに、そういうの止められないから……。

 ……そういえば、あの時ラムセスさん、何かを感じたからメリクのこと探しに行ったんですよね? やっぱり魔力的なことだったんですか?」


 エドアルトは魔術師の中でも、こういう彼らだけが共有したり感じたり、把握する感覚や世界観に強い興味を持っているようだった。


「両方だな」

「?」


「俺はあの時より前に【魔眼の王子】のことをメリクから聞いてた。

 何となく、思い出したんだよ。弟子2があいつの不在のことを言ってただろ」

「生前、出不精だったっていうあれですか?」

「ああ」


 それはエドアルトも聞いた。

 だがリュティスが不在だと聞いて、まさかメリクを狙いに【天界セフィラ】に来てるなど、繋がるはずもない。

 あの人物はそれまで頑なに【天界セフィラ】に来ようとしなかった人でもあるのだから。


「弟子2が、あいつは余程のことがないと出歩かないと言っていたから。

 メリクはあいつの国の為の闇討ちを『王族としては凄まじい行動力を持った人物』と言っていたのを聞いてたからな。

 それでその時、その言葉が妙に頭に残った。

 残ったのは魔術師の直感かもしれんが、その直感はメリクから【魔眼の王子】の人物像を正確に聞いてなければ働かなかったものだ」


 闇討ちのことは、エドアルトはラムセスから教えてもらった。

 少しだったが、リュティスが魔力を持たない女王の代わりに、公に動けない仕事を担っていたという話だ。

 サンゴール国民にはそういう面を見せていなかったという。

 そのため彼はただ城の奥館にいて、人を嫌い世を嫌い、滅多に表に出て来ない沈黙の王子だと揶揄されていたのだ。


 エドアルトは、誰かに誤解されようと理解されなかろうと、国の為に自分を犠牲にすることは、王子として立派な行いだと思った。


 それに彼は思ったのだ。


(メリクも、そういうところがあった)


 自分が何かをしてやっても、自分がしたんだと言わず、気づかれなくても一向にかまわないという姿勢を見せるところだ。


 彼は恩を与えることで、人が自分に感謝してついて来ることも警戒していたから、そういうことをしたのだと思う。


 リュティス王子もそうなのだろうか。


 だとしたら、二人の考え方や美徳はとても似てると思うのに、なぜ殺し合わなければならないのかが全く分からない。


「つまり……リュティス王子が動いた以上は、

 相当な理由で貴方は動いたと読んだんですか?」

「まあそういうことだ」

「あの、部屋を出た時にメリクが彼に命を奪われるかもしれないということを予測していましたか?」



「命かどうかは知らんが、本気で来るだろうなとは予測していたよ」



 ……メリクの魂は今、死傷を負っている。


 リュティスが攻撃を与えて来れば、それは死にも繋がるだろうとラムセスはあの時、的確にそこまでを予測していた。


「そうなんですか……」


「けどお前もあの時はなんか直感が走ったんだろ」

「直感、ってそんな感じかはよく分かりませんけど。感じたことのない危機感みたいなものは、感じた気がします。居てもたってもいられなくなったから」

「それはどうしてだ?」

「えっ」


「俺はメリクの話と直感が組み合って予見をした。

 ――ならお前は?」


「そ、それはえっと……」


 あの時エドアルトはメリクのことを特に気に掛けていたのだ。


「……それより前に、貴方とメリクの会話を聞いてしまってて……生前メリクが、どんな想いで俺と旅することを受け入れてくれてたかとか……俺に会って絶望してしまったのに、なんであんなに優しかったのかなとか……とにかくメリクのことばかり考えていたから。だから余計気になったのかもしれないです。……こんなのちゃんとした説明になりませんよね」


「なるよ。お前が会話の中でメリクという人間に対して、特別集中していたということだろ?

 お前は普段魔術的勘の働かない奴だが、あの時は働いた。

 その理由はメリクという人間を理解したいと猛烈に思っていたからだ。

 一番の真っ当な理由だよ。

 魔術を使うということは、魔法則や精霊法と集中し、正面から向き合うということだ。

 お前はサダルメリクを通して、理解したいという目的に集中し、向き合った。

 だから精霊がお前に囁いたんだよ」


「……じゃあ、ある意味で俺はあの時、魔術の世界に触れてたって言ってもいいんですか?」


 ラムセスが頷く。

「そうだったのか……! おれ、多分初めてです!

 魔術の世界に触れられたって思うこと。

 そうか……。魔術って、そういうことなのかぁ」

「師匠の危機に初めての魔術の勘が働くってのもお前らしいがな」


「……リュティス王子から、メリクへの手加減とか何も感じなかったんですか?」


「一つもな」


「くそー なんでだよ!」

 エドアルトは怒った。


「リュティス王子、今は眠ってるみたいだけど、起きたらまた来ると思いますか?」


「来ないんじゃないか?

 メリクに手を出したらどうなるか、俺が痛いほど分からせてやったからさ。

 まあ来るほどバカだとは思いたくない。

 冷酷な上に単なる馬鹿が師匠じゃ、さすがに慕うメリクが可哀想だからな」


 ラムセスがメリクのことを好意的に見てくれてることは、エドアルトはとても感じる。


 以前本棚を一つ空にしておけと頼まれて、そのあとそのままになっていたので何に使うのかなと思っていたら、ある日色々な物がそこに置かれていて、ラムセスが珍しい魔術的な物品を、目の見えないメリクが手に取って鑑賞出来るようにしてくれているらしかった。

 

 ラムセスはメリクの魔術的な実力をとても買っていてくれて、彼が視力を失っていることもさほど気にしてる様子がない。

 色々仕事も頼んでいて、薬草採集などに連れて行ったりもしていて、ミルグレンは心配しているが、メリク自身はラムセスの手伝いを楽しんでいるように見えた。


 エドアルトは地上に行った時、何度かリュティスを見たことがある。


 話したことはない。

 無駄に明るいと言ってしまってはなんだが、あのアミアカルバの側でよくもあんな押し黙っていられるなと感心するほど、彼は外界と自分を遮断して陰に籠っている印象だった。


 あのリュティスとメリクが師弟だと言われても全然しっくりこない。


 どちらかというとラムセスとメリクの方がよく言葉を交わし、お互いの意思疎通が出来ているので、こっちの方が師弟に見えるほどだ。


「……ラムセスさんがメリクのお師匠様になってくださいよ」


「なってくださいってなんだよ……」

 ラムセスが声を出して笑っている。

 さすがにエドアルトも、魔術師がそうコロコロ気分で師匠を変えられないことは理解していたが、つい口から出てしまった。


「だってラムセスさん、メリクのこと気に入ってるでしょ」


「気に入ってる!」


 ラムセスが即答したので、エドアルトが今度は笑った。

 魔術師ラムセスのこういうところは、すごく好きだ。


「最初会った時はあそこまで楽しい奴だと思わなかった。

 でもあいつはやはり魔術をやらせると抜群に輝くな!

 特に、あの【魔眼の王子】の大魔法を結界で完全に凌いだ時なんて最高だった!」


「ラムセスさん、もしリュティス王子の大魔法にメリクが対処を放棄してしまったり、凌ごうとしたけど駄目だった時はどうしてたんですか?」


「あの瞬間は助勢する気はなかったよ。メリクがそれを望んでないとも思ったし。

 あいつは生前、一度もあの王子と正面から向き合ったことが無かった。

 一度も言い返したことが無かった奴だから。

 俺は一度くらいぶち当たればいいと思ってた。

 もしそれで負けたり、その勇気がメリクに無いなら、まあ仕方ないと思ってたよ」


 これだけ聞くと冷酷な言葉に思えるけど、きっと「メリク自身が望んでいない」という部分をよく理解してくれて、彼の意志を尊重してくれたのだと、今はエドアルトは信じられた。


 そうやって相手に期待したり、成果を待つことが、何より苦しいことだってあるのだ。


 信じなければ、待てないことも。


ラムセスはメリクを信じたから待ってくれたのだと思う。


「でもあいつは師匠に対して、どれだけ攻撃されても一度もやり返さなかった。

 それがあいつの願いなんだよ。

 相手を打ち倒せないなら、そら、自分を守ることしか出来ない。

 あいつは最善の選択をし、それを実行した。

 その結果があの完全なる結界だよ。

 あの結界の輝き。見てて最高だった」


 嬉しそうにラムセスがそんな風に言ったので、聞いていたエドアルトも嬉しくなった。

「魔石、片付けておきますね」


「ああ。その梯子に並べたやつは特に良質な魔石だ。他のとこに別に入れといてくれ」

「わかりました! それが終わったらちょっと本片付けておきます」

「うん」


「あ、ラムセスさん」


 伸びをしながら、隣の部屋に行こうとしたラムセスを呼び止める。


「すみません、さっきの話なんですけど……言ってたじゃないですか、魔術師が冷静に正しいと理解出来ることと、でも魔術師としての本能が選んでしまうことが必ずしも一致しないって」


「ああ」


「ラムセスさんも今まで……ありましたか? そういうこと……」


 ラムセスは一瞬表情を止め、自分の手を見下ろした。


 炎の紋章が刻まれた指輪。


 数秒後、魔術師ラムセスはフッ、と笑った。




「一度も無いよ。」




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