Dear.への応援コメント
平和が戻り、破壊兵器として使われたアンドロイドたちは武器の破棄よろしく処分されたということでしょうか。戦場帰りの兵士たちがろくに社会復帰のサポートを受けられず社会不適合になる姿にも重なりますし、使われるだけ使われた家畜が屠殺される場面のようでもあり、要らなくなったからという理由だけで大量に廃棄される服や道具などの様々な廃棄物も彷彿とさせます、
人間は集団になればなるほど、何か大事なことを想像する力をごっそりと落としてしまい、だから戦争なんか平気でやりますけど、一方でこの物語のアメリのように一対一で向かい合うことで「人ならざるもの」とでも意思を通わせることができる可能性があります。そしてそれが誰かに伝わり誰かを変えることもないわけじゃない。
アメリとルイーザの無念が、せめて誰かの心に届くといいですね。
作者からの返信
読了ありがとうございました。
戦争のせいで生きる上で本当に大切な力を麻痺してしまった人間は、彼らが作り出したアンドロイドを「モノ」として扱い、最後は捨てます。「邪魔だから」と。
結局、大事なのはたった一人の人間と心を通わせるその瞬間なのだと思います。一人の人間、ひとつの機体が何かを変えるわけではないけれど。
大勢じゃなくても良い。誰かに刺さり、届くために彼らは手を繋ぎます。
編集済
Dear.への応援コメント
送り出すアメリと、ただ「いってまいります」というルイーザの姿が目に浮かび、しばらく息が詰まっていました。
きっとこのままだとコメントも暴走するなと思い、一旦頭を冷やしてきました。
用済みになったら捨てられる。
これは機械(アンドロイドも含めて)だけに限った話ではないと思います。
人間って集まると、偉い生き物になったと錯覚するんですよね。
身近な話だといじめなんかがまさにその例です。
世界観も登場人物も全く違うのに、何故かそのようなものを連想しました。
それでもアメリのような、ルイーザと心を通わそうとする者が現れたりするのが人間という生き物なんだなと改めて感じました。
そういう人こそ一番苦しんでしまう。何なんでしょうね、この世の中は。
私個人の意見ですが、これまでに読ませてもらった蒔さんの作品の中で一番刺さったかもしれません。
勢いでファンアート描きそうになるくらい好きなお話でした。
(作者さんに許可取ってないじゃないかと我に返りました)
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。本当に嬉しいです。
多分、人を平気で傷つけたり、いじめに手を染めるような人たちは、誰かと向き合うことが怖いのだと思います。
「向き合う」ということは、「共に苦しむ」ことと一緒ですから。彼らはその行為から逃げ、目を逸らし、誰かと「向き合う」ことのできる人間を恨み妬んで嫌がらせをする。本当に、人間は哀れな存在です。
それでも私は、この物語の登場人物と一緒に苦しみたいです。「向き合う」ことを諦めたくないから、私はアメリのような勇気のある人間になりたいと思いました。
嬉しいご感想ありがとうございます。
ファンアート、作ってくださったら嬉しいですね!(決して書けという意味ではありません……)
ありがとうございました。