卒業式

卒業式当日。学校中が少し浮き足立っているように感じた。そんな中、私は自分が卒業するという訳でもないのに、胸の鼓動が落ち着かない。私の足は無意識に音楽室へと向かっていた。音楽室がある階にはあまり人がおらず、自分の足音がやけに大きく聞こえた。その時、音楽室から聞き慣れた音が聞こえた。


「……え?……まさかっ」


 その時私は走り出していた。確証は無い。ただこの音は確かに彼の音だ。音楽室の前に着く。深呼吸をして中を覗く。そこには初めて音楽室で出会った時と変わらない背中があった。


「……れ、玲、先輩」


彼の背中がゆっくりとこちらを向いた。その瞬間、時間が止まったかのような感覚に包まれる。


「こんにちは」


 初めて会った時と変わらない笑顔だ。私は思わず泣き出した。彼は一瞬戸惑ったように見えたが、その後微笑んで私の頭を撫でた。


「沢田さんは泣き虫だな。……ごめんな1人にして。」


 涙が止まらなかった。思ったように言葉が出てこない。


「先輩っ、玲先輩っ」

「はいはい、ここにいるよ。」


そう言って彼は微笑んだ。

 しばらくして落ち着いてから、自分が子供のように泣いていた事を思い出し、恥ずかしくなって彼の顔を見れなかった。その時ふと、今日が卒業式だと思い出した。


「あの、先輩、卒業式の会場行かなくて大丈夫ですか?」

「まだあとちょっとは大丈夫かな。泣いてる女の子を1人にするわけにもいかないしな。」

「す、すみません」

「謝んなくていいよ。ごめんな一年以上も」


 彼の目は優しくて、けれど顔は少し寂しげな笑みを浮かべながらそう言った。


「いえ。あの、受験はどうでした……?」

「おうっ、バッチリよ」

「……よかったぁ」


 その言葉を聞いて、幾分か心の不安が晴れたように感じた。

ここで手紙のことを思い出した。今渡した方がいい。けれどいざ渡すとなると、あの手紙が本当にあれで良かったのかという気持ちになり、渡す勇気が出なかった。


「……?どうかした?」

「あっ、いえ、……なんでも」

「……そう。あっそうだ、実は俺沢田さんに渡したいのがあってさ!」


 そう言うと彼はカバンの中を探し始めた。何かを手に取るとそれを手で隠した。


「少し目瞑ってて。」

「……え?あ、はい」


 私は少し戸惑いながらも目を閉じた。何が起きるか分からないまま、ドキドキと胸が高鳴った。


「まだ開けちゃダメだよ。……まだ、、、まだ、……よしっ!いいよ。」


 彼の手が首元を触る感覚があった。その首元を見てみると、そこには可愛らしい音符のチャームが着いたネックレスがあった。


「俺、女の子にこういうのやったことないからさ。何がいいかわかんなかったんだけど……。受け取ってくれますか」


 先輩は今までに見たことの無い照れくさそうな顔で言った。


「……え、これ私に……?」

「そう。沢田さんに。」

「…………嬉しい」

「……ほんと、?」

「とっても嬉しいですっ。」


 私はまた泣き出してしまう。


「沢田さんは泣き虫だな。」


 そう笑いながら彼は私の涙を拭いてくれる。私はしばらくネックレスを見つめ、それを抱きしめた。


「あっ、あの、」

「ん?どうした?」

「実は渡したい物が、、このネックレスと比べたら全然価値の無いものですけど、」

「沢田さんから貰えるならどんなものでも嬉しいよ。」


 まただ。彼はいつでも私の背中を押してくれる。本当にこの手紙で良かったのか。まだ迷いはあったが、今日を逃せばもう二度とこの思いを伝えられない気がした。


「じっ、実は手紙を書いたんです。今までの感謝の気持ちを込めて。あの、文も拙くて字も汚いし、全然上手くかけてないけどっ」

「っ!手紙書いてくれたの?ありがとうっ。俺もっと頑張るよ!」


 私の言葉を遮ってそう笑ってくれる彼の笑顔に、勇気を出してよかったと思えた。


「ここで読んでいい?」

「っ!?ちょっ、やめてください目の前で読まれるのは流石に恥ずかしいですっ!」

「ははっ、ごめんごめん。家で1人の時に読むよ。」

「……お願いしますよ」


 きっと私の顔は赤く染まっているだろう。彼は私の手紙を見つめて表情が緩んでいた。そんな彼の顔を見れたのなら勇気を出してよかったと思った。


「俺そろそろ会場行かなきゃだわ。手紙ありがとな。大切にする。」

「先輩もネックレスありがとうございます。大切にします。」

「また機会があったら俺のピアノと一緒に歌ってくれるか?愛華」

「はい!是非……って、え、名前……?」


 いつも沢田さん呼びだったのに急に愛華って。

「ははっ、またねっ、愛華」


 ドッキリが成功して喜ぶ子供のように嬉しそうに笑っていた。その表情が可愛くて思わず固まってしまった。先輩はそのまま音楽室を去っていった。私は突然の名前呼びに顔が火照るように赤くなった。心臓がドキドキしてどうしていいか分からずその場に座り込む。


「あれは、ずるいよ……」


 心臓の鼓動がなかなか収まらない。彼の顔と言葉が頭の中で繰り返し響いて、恥ずかしくて、嬉しくて、くすぐったかった。

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