第3話 十五通の手紙と、古代魔法の椅子

――サルコジ島/サルトリ村 夜

サルコジ島の夜は、静けさが「厚い」。

海風が家の板壁を撫で、遠い波の音が、ゆっくりと呼吸するみたいに寄せては返す。

港の灯りはもう届かない。ここは島の外れ。サルトリ村――村民一人、村長一人の村だ。

家の外には、レイが作った畑が月光に縫われている。

黒い土に白い線が走るように、畝が浮かぶ。

鶏小屋では鶏十羽が、羽を丸めて「寝てるんですけど」顔。

牛は草を反芻し、時おり鼻息で藁が揺れる。

愛馬が小さくいななき、木の柵がきしんだ。

平和だ。

それはもう、笑えるくらい平和だ。

……家の外だけは。

「先生、布団の角、これで合ってますか!?」

「剣聖殿、角は“合ってるか”じゃなく“揃える”ものです」

「アーモンドさん、それ騎士団の規律でしょ。家の布団に持ち込まないでください」

「持ち込みます。生活は戦場です」

「戦場……先生の家が今まさに……」

「マイさん、声が大きい!」

「ごめんなさい!」

レイ・バァフェット(五十八歳/人間/剣聖/サルトリ村長)は、窓際に立ち、コーヒーを淹れながら外を眺めた。

コポ…コポ…という音が、心を守る結界だ。

(……帰ってきたはずなんだが)

一か月ぶりに島へ戻っただけなのに、家の中は、すでに“パーティー会場”みたいになっている。

理由は単純。

女子が三人いる。

騎士団の娘・アーモンド。

女王の娘・クリーム。

ドワーフ鉄鋼組合長の娘・マイ(すでに鍛冶場を増築済み)。

そして、レイはコーヒーを一口飲む。

(……俺はいつから女子寮の管理人になったんだ)

■ 十五通の手紙(ほぼ女王)

机の上には、封筒の束がある。

港の冒険者ギルドの職員――マーガレット(30歳独身・世話焼き・レイを好き・レイ無自覚)が渡してきたものだ。

「剣聖様、お留守の間、届いてましたよ。ええ、いっぱい」

“いっぱい”の概念を疑う量だった。

レイは一番上の封を切る。銀の封蝋。エルフ文字。いい匂い。

アーモンドが背筋を正す。

「女王陛下の手紙……」

クリームは視線を落とし、どこか誇らしげ。

「母の字は綺麗でしょう」

マイは封蝋に感動している。

「すげぇ……これ、貴族のスタンプだ……!」

レイは淡々と読む。

レイへ

お元気? 私は元気。

政務は今日も大臣に丸投げしました。

あなたが港で買ったパン、私も食べたい。

愛してる。

ニベア

レイは封筒を机に置き、コーヒーを飲んだ。

「……丸投げは元気の証拠か」

アーモンド

「それで国が回るのが怖い」

クリーム

「回ります。母は“丸投げ”の精度が高いので」

マイ

「丸投げを極めると最強なんだね!」

アーモンド

「学ぶな!」

マイ

「ごめんなさい!」

■ 手紙2~5:日常と愛が交互に殴ってくる

手紙は基本、たわいない。

花が咲いた、学校の発表会があった、焼き菓子が上手く焼けた、孤児院に寄付した――

ただ、最後に必ず入る。

追伸:あなたの首飾り、ちゃんと付けてるよね?

愛してる。

レイの胸元で揺れる銀のネックレス。

レイは意味を知らない。大事にしているだけ。

クリームは“エルフの習慣”を知っているから、視線が一瞬だけ鋭くなる。

アーモンドは気付かず、真面目に言う。

「剣聖殿……女王陛下、あなたの生活を把握し過ぎでは?」

レイ

「……手紙だし」

マイ

「手紙って怖いんだね!」

クリーム

「母は愛が重いだけです」

アーモンド

「“だけ”で済ませるな!」

■ 手紙6~10:島暮らしへの口出しが増える(=近い)

レイへ

畑は輪作を。

牛乳は必ず冷やしてから。

温泉を作ったなら私を招待して。

愛してる。

ニベア

レイは一瞬だけ固まった。

(温泉のことまで……?)

マイが目を輝かせる。

「先生、温泉あるの!?最高!」

クリーム

「美肌効果ありますよね」

アーモンド

「剣聖殿、温泉を作ったのですか……」

レイ

「……作った」

三人

「行きたい!」

レイ

「今は行かない。夜だ」

マイ

「先生、夜の温泉が一番だよ!」

アーモンド

「黙れ!」

マイ

「ごめんなさい!」

■ 手紙11~14:甘さが増える(爆発前の静けさ)

レイへ

今日、あなたを考えながらケーキを焼いた。

途中で少し泣いた。

焼き上がりは完璧だった。

愛してる。

ニベア

レイは手紙を折りたたみ、黙った。

静かすぎて、外の波音が急に近くなる。

アーモンドが声を落とす。

「……剣聖殿。女王は、今もあなたを」

レイ

「……うん」

クリームは、目を伏せたまま言う。

「母は、ずっとです。

私、それ……分かります」

マイが空気を読まずに言う。

「先生、モテモテじゃん!」

アーモンド

「空気を読め!!」

クリーム

「読め!!」

マイ

「ごめんなさーい!!」

レイはコーヒーを飲む。

逃げではない。呼吸だ。生存戦略だ。

■ 手紙15:最後の一通(=宣言)

最後の封筒は、いつもより薄い。

字も少ない。

逆に怖い。

レイへ

あなたが島に帰った。

そして今、あなたの家に“誰がいるか”も知ってる。

……私、行くね。

愛してる。

ニベア

レイは手紙を机に置いた。

「……来るな」

アーモンド

「来ますね」

クリーム

「来ます」

マイ

「来るんだ!?」

レイ

「声がでかい」

マイ

「ごめんなさい!」

■ 古代魔法転移――“椅子の向かい”が割れる

レイがカップを持ち上げた、その瞬間だった。

まず、部屋の温度が一段落ちた。

風がないのに、ランタンの火が“縦に”揺れる。

空気が、音を失う。

波音さえ、遠ざかる。

次に――床板の上に、紋章が咲いた。

それは普通の魔法陣じゃない。

冒険者ギルドの転移術みたいな“便利な丸”ではない。

幾何学が、祈りに変わった形。

円が重なり、六芒が重なり、古代文字が波紋のように流れ、中心に“王権神授”を示すエルフの紋が浮かぶ。

光は白金色。眩しいのに目が痛くならない。

逆に、見てしまうと――魂の奥が勝手に膝をつきそうになる。

(……古代魔法)

クリームが息を呑んだ。

「母上……!」

アーモンドの喉が鳴る。

「こ、これは……」

マイは固まったまま、なぜか小声で言う。

「……すげぇ……宗教だ……」

レイは口の中で呟く。

(違う。これは“国家”だ)

魔法陣の中心が、空間ごと“裂けた”。

裂け目は黒じゃない。

星空みたいに深い、青い“裏側”が覗く。

そこから――

香りが先に来た。

森と花と、冷たい水と、甘い焼き菓子みたいな匂い。

次に――

白い指先が現れ、裂け目の縁を軽く押し広げる。

まるで、扉を開けるように。

そして最後に――

女王が“出てきた”。

空間から、滑るように。

いや、違う。

出てきたのに、最初から“そこに居た”みたいな存在感。

黒に近い深緑のドレス。

装飾は少ない。だが一つ一つが古代魔法の器だと分かる。

髪は夜の流れ。肌は月の白。

目は――獣みたいに真っ直ぐで、優しくて、怖い。

ニベア・カーター。

裂け目は女王の背で閉じ、魔法陣は最後に一度だけ輝いて――

何事もなかったように消えた。

ただ、床板に残る薄い熱と、香りだけが、本物だったと告げる。

ニベアは、レイの向かいの椅子を見て、当然のように腰を下ろした。

コトン。

椅子が鳴った。

それだけで、世界が戻ってくる。波音が帰り、ランタンが普通に揺れ、鶏が寝返りを打つ。

ニベアは微笑んだ。

「こんばんは、レイ」

レイは反射的に引いた。

「……うっ」

■ 反応、三者三様

アーモンドは即座に跪こうとして止まる。

騎士団の規律と、今自分が“弟子としての家”にいる現実が喧嘩している。

「女王陛下……!」

クリームは深く頭を下げる。だが声は強い。

「母上。……なぜ、ここに」

マイは緊張で背筋がピンになり、なぜか敬礼。

「ドワーフ見習い、マイ!であります!」

ニベアは目を細めた。

「かわいい」

マイ

「えへへ!」

アーモンド

「緩むな!!」

クリーム

「緩まないで!!」

マイ

「ごめんなさーい!!」

■ 女王の第一声:嫉妬(※笑顔)

ニベアは机の上の手紙の山――空になった封筒を見て、満足げに頷く。

「全部読んだのね」

レイ

「……読んだ」

「偉いわ」

レイ

「……怖い」

「怖い? どうして?」

レイは言葉を選ぶ。

優しいせいで、言葉が刃にならない。

だから沈黙が増える。

「……」

ニベアはその沈黙を、当然のように“肯定”に変換した。

「うん。分かった」

(分かったの意味が怖い)

ニベアの視線が三人へ移る。

「増えたのね」

アーモンド

「剣の修行のために参りました」

クリーム

「魔法剣士として剣を学ぶためです」

マイ

「鍛冶場を作りました!」

ニベア

「……最後の子、方向性が強いわね」

レイ

「俺もそう思う」

マイ

「えへへ!」

アーモンド

「えへへ、じゃない!」

■ 部屋がない問題、女王の解決策=爆弾

ニベアは部屋を見回し、さらっと言った。

「狭いわね」

レイ

「狭い。1SLDKだ」

ニベア

「なら、私がここで寝る」

アーモンド

「……は?」

クリーム

「……は?」

マイ

「……は?」

三人の“は?”が綺麗に揃う。

ニベアは微笑んだまま、宣言する。

「私はレイと同じ部屋、同じベッドに寝るわ」

レイ

「……え?」

アーモンドが前に出る。

「陛下、それは――」

ニベア

「女王命令よ」

アーモンド

「……っ」

クリームが眉を吊り上げる。

「母上、ここは私が――」

ニベア

「あなたは娘よ。自分の布団で寝なさい」

クリーム

「……っ、母上!!」

マイが真面目に悩み始める。

「先生のベッド、一人用ですよね?」

レイ

「そうだ」

マイ

「じゃあ……溢れる……?」

アーモンド

「溢れるな!!」

クリーム

「溢れない!!」

ニベア

「溢れてもいいわ」

レイ

「よくない」

■ 逃げる剣聖=コーヒー追加

レイは立ち上がり、黙ってキッチンへ行き、コーヒーを淹れ直した。

コポ…コポ…

この音だけが、世界を保つ。

窓の外を見る。

畑。

鶏。

牛。

馬。

静かな夜。

――平和はある。

ただし、部屋の中だけが戦場だ。

背後で、女王と娘と騎士とドワーフが、バチバチを始める。

「母上!私は先生の弟子です!」

「弟子は寝る場所をわきまえなさい」

「女王陛下、規律が――」

「規律より愛よ」

「愛って便利ですね!」

「黙れ!」

レイはカップを持ち、静かに呟いた。

「……コーヒーがうまいな」

月は高い。

女王は向かいの椅子で微笑む。

弟子たちは燃えている。

こうしてサルトリ村の夜は更ける。

明日、確実に地獄が始まる。

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