金木犀のかおり
よもぎ
00.プロローグ
放課後の美術室。窓からは、夕暮れ時の赤い光が鋭く差し込んでいた。
清水春香(しみず はるか)は、数人の男子生徒に囲まれていた。
彼らは高く
まるで警察の取り調べだ。彼らは一方的に、春香を問い詰め始めた。
最初は、好きな異性のタイプや髪型、部活のことなど、他愛もない質問だった。
なぜそんなことを聞かれるのか分からなかったが、
しかし、質問の内容は
そして、彼らは本来の目的である「問い」を春香にぶつけた。
春香は思わず口を
彼らの意図を
「清水は、自分の気持ちに正直に答えればいいんだよ」
目の前の男子が、どこか焦りを
「先輩のこと、好きなのか。もし告白されたら、付き合うのか。どうなんの?」
春香は
質問の対象である『先輩』の姿を思い浮かべる。
自分に向けられた温かな眼差し。
太陽みたいだ、と感じていた人。
「わ、私は……」
言葉が続かない。
体は
問われたところで、自分でも自分の気持ちが分からない。
激しくなる
先輩のことは嫌いではない。むしろ、良い人だと思っている。
他の男子に対するものとは違う感情を抱いている自覚もあった。
けれど、この感情をどう表現すればいいのかが分からない。
この胸の奥にある「くすぐったい感情」は、彼らの言う『好き』と同じ意味なのだろうか。
大多数の生徒は、
けれど、春香にはそんなものは必要なかった。
彼女の望みは、ただ一つ。
特別なことはなくていい。
仲の良い友達とのたわいもない会話、大好きな絵に向き合える部活の時間。
そんな「ありふれた日常」が続くこと。それだけで良かったのだ。
それだけを願っていたのに、今この状況は、彼女のささやかな日常を壊そうとしていた。
春香は必死に言葉を
「先輩は、清水が『いい』って言ってるんだ」
更に混乱が深まる。 『いい』ってどういうこと? 私の何が『いい』の?
「そう思ってくれてる先輩に対して、どう思ってるか言えばいいだけなんだよ?」
優しく問いかけているようでいて、その実、逃げ場を
問い詰めてくる少年以外の男子たちは、この状況を面白がるようにニヤニヤと笑っている。
(どう答えれば、正解なんだろう)
(同級生たちは、なんて言えば納得してくれるの?)
(……なんで私が、こんな目に
次々と疑問が
しびれを切らしたのか、一人の男子が春香の肩をガシッと掴んだ。
「清水だって同じ気持ちだろ? 先輩のこと、好きなんだろ!」
「やめて!」
春香の叫びが、教室中に響き渡った。
「私の気持ちを勝手に決めつけないで! 先輩がどうとか、そんなのどうでもいい! 迷惑なだけ!」
先ほどまでの
その
男子たちの顔から、一気に血の気が引いていく。
「悠真(ゆうま)……先輩……」
その一言に、春香は息を
教室の後方、入り口の前に一人の少年が立っていた。
河野悠真(こうの ゆうま)。 今、男子たちが繰り広げていた問いの中心にいた人物。
悠真は肩を上下させ、ひどく息を切らしていた。
「先輩! お、俺たちは先輩のことを思って……」
男子たちが慌てて
悠真は荒れた呼吸を整え、ゆっくりと春香たちに歩み寄った。
「……お前ら、これから部活だろ。早く行け」
「で、でも……」
「行けって言ってるんだ!」
悠真の
あまりの
「清水さん!」
「っ!」
悠真がとっさに支えようと手を伸ばしたが、春香は反射的にその手を振り払っ
てしまった。
「あ、ごめんなさ……い……」
「……迷惑、だったよね」
悠真が
「え……」
「俺、清水さんに迷惑がられてるなんて、知らなくて……」
「ち、ちが……」
「……もう、こんなことはないから。あいつらにも、ちゃんと言っておくから」
「先輩、話を……」
悠真が顔を上げた。
その表情を見た瞬間、春香は何も言えなくなった。
泣き出しそうなほど、ひどく傷ついた顔をしていた。
「ごめん」
一言だけ残して、悠真は立ち去った。
廊下を駆けていく足音が、どんどん遠ざかっていく。
春香は崩れるように床に座り込んだ。
傷つけてしまった。
あんなに大切にしてくれた人を、あんな言葉で傷つけてしまった。
悠真のあの表情が、頭から離れない。
もう二度と、自分に向けられるあの優しい笑顔を見ることはないのだ。
遠ざかる背中を思い、心の中で「ごめんなさい」と繰り返す。
とめどなく
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