籠の鳥は、闇を喰らう<親子>

ささやん

第1話 プロローグ

 シルヴァンが魚を釣ってくると言ったのは、少し前の話。

(寒いなあ)


 晴れているうちに雪山を越える算段は、やっぱり甘かった。

 峠へのこの道が、次の町への幹線だから、大丈夫だろうとたかをくくってたのは確か。


 十代なら、冬でも素足で膝上のドレスでも平気だった。

 もっともお母様に叱られたけど。

 アラサーになると肌色のタイツが手放せない。

 もっとも膝上のドレスは、仲間から憐れむように視線を避けられる。

 溜息をつくと、すぐに白く変わる。


 ▽―――――▽


「大丈夫、大丈夫、ここにいるより楽しそうだ」

 シルヴァンの言葉に、私とスレイマンは同意しかねた。

 これはもっと前の話、冒険者パーティ「籠の鳥」の私達は、山の景色を見ながら考えていたのは、山に入る直前の町でのこと。

「ねえ、おじさんなら、峠、越えられるよね」

 彼はどこかで空いた馬車と御者を見つけて、ねだるようにこう尋ねたらしい。

「ああ、今の天気が保つなら、遅くとも昼過ぎには峠は越えられる。後は下りだから晩までに次の町に着くだろう」

(はい、騙されました)

(ったく、シルヴァン様は、見た目どおり子供ですな)

 私と小太りの貴族は、目で語り合った。

 一見十代の少女に見える百歳の男のエルフに渋る御者がニヤけながらも馬車を出すことを了承してしまった。

 確かに過疎った町だった。何もとは言わないけれど、無い。

 この町に立ち寄らずに一気に隣町へとスレイマンも考えていたようだ。

 ただ、馬車の手配がうまくいかずに、この町どまりとなった。

 こういう事は、旅をしていればよくある。

「雪に埋もれてもまさか死ぬなんてないよね?」

 シルヴァンが私、このキルケさんを煽ってくる。ただ中年のおっさんは、三日位ならと小声で答えた。

(薪に着火するのを間違えて、森を魔法で燃やしても、笑って許してよ)

 ぐちってもしょうがない。

 多めに食料や藁も積んでいる御者を見て、半ばあきらめる。

 長身で黒いロングコート、端正で無表情なサテアはずっと黙っている。

 どうでもいいらしい。

 終始無言のまま、客室に乗り込んでいった。


 △―――――△


 峠を越える直前で雪の降る量が、というか雪で前が見えなくなっていた。

「困りましたねぇ」

 御者が小窓を開けて、客室の私達に正しい判断を告げた。

 確かにこの先の勾配は、くたびれた馬達には厳しそうだ。

「とりあえず、ここいらで一休みしようか」

 この期に及んで、シルヴァンは一人元気だ。

 一休みで済むかは置いといて、全員が賛成だった。


 大きな樹の根元に馬車を停めて、私達は、焚火をしながらシルヴァンを待っている。

 すこし時間が経っている。

 焚火に入れた、木の実が爆ぜた。

 御者から一つ貰った。熱いので掌で転がすのはなんだか楽しい。

 割って食べると甘い。奴の分も食べてやる。


 道の横を少し下ると河原で川が見える。

 馬車からも見えていた。凍ってはいない。

「ここの魚は、旨いんだよ」

 シルヴァンに御者が何気なく、そんな話をしたのが、そもそもの間違い。

 吹雪の中、さすがに同行する仲間はいなかった。

 粗末な木の器で私は、蜂蜜入りのお茶をすすりながらぼんやりしていた。

(寒いなあ)


「おーい、ちょっと手伝って」

 川の方からシルヴァンの声がした。

 彼は困っていても、そんな素振りを言葉に乗せない。

 心配はしていないけど、丸太に座っていてお尻も痛くなってきていた。

 しぶしぶ私は立ち上がって川へと降りようとして足を止めた。

「どうして?」

「わかんないよ、しょうがないよね」

 全身雪まみれで少年のように笑うシルヴァンは、大きな猪を引きずっていた。


 私の剣で猪を斬れとふざけたことを言うシルヴァンを無視して、御者から鉈を借りた。

 サテアが、森の神に感謝の言葉を囁いている。そうこれは感謝だわ。

 なぜか食材が魚から肉に昇格し、おかげで馬車代がチャラになったのだもの。

「感謝!」私は猪の片脚を切り落した。


 さすが解体は山越えに慣れた御者にとってお手の物だった。

「ここで酒盛りと行きますか?」

 毛皮を樹の陰で剥がしてきたと思うと、雪の上に肉を落す。

 分厚い刃の短剣で、網目状の切り口を付けると、手袋のまま、塩を肉に万遍なく擦りこんだ。

 塩?ああ、客室に転がってた岩塩か…。

 折れたレイピアの長い刃先?で肉を貫いた。

 あとは、焚火の横に突き刺した一組の竹の棒の上に肉の橋を作るだけ。

 私は手をこすりながら、それを見ていた。


 雪が少し小ぶりになって来た。しかし、辺りは暗くなっている。

 普通なら、そんな提案をする御者でもないだろう。

「そうだね、急ぎの旅じゃないし」

 軽口のシルヴァンは、もう野営するつもりだ。

 サテアはまだしも野営を嫌いそうなスレイマンまで、嬉々として酒の準備を始めている。

 そもそも、野営する気が無ければ、肉の丸焼きなんか作らない。

(もう、男ってやつ話…)

 御者が、焚火に香草を投げ込む。

 聞けば、あの過疎った町で飯屋をやってるらしい。

(あの町じゃ、客はいるのかな)

 白煙が肉を包む、これは店で食べる時にする匂いだわ。

 時折、肉から脂が落ちて、ジュウっと音を立てて小さな炎が見える。

 御者は器用に細い竹とナイフを使って、肉の表面を削った。

 それをまだ凍っているタレにさっと漬けると私に勧めた。

 手で取る事に躊躇っていると、スレイマンに攫われた。

「これは旨いですなあ」

 静かだと思っていたら、既に酒が入っているみたい。

「……」

 次の肉片は迷わず指で摘まんで口に入れた。

「熱っ、おいしい」

 茂みの樹になっていた黄色い実を絞って口に数滴垂らす。

 御者のお薦めだそうだ。

 なるほど、口の中がさっぱりしてまた肉を食べたくなる。

 少し離れた雪の上に魚が数匹落ちた。

「あー、僕の狩ったやつを先に食べてる……」

 そう言えば、こいつの姿をなかったわね、釣りをしていたようだ。

 (ご苦労様)

「確かに、うまいな」

 珍しくサテアが感想を言った。

 ただし、細い竹を器用に二本使って、肉を口に運んでいた。

「その魚も焼くんでしょ、シルヴァン」

 私は、笑顔で言ってやった。

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