第2話

「ハァ……」


 エールで熱った体と煮詰まった思考を冷ますように風を切り、俺は森の中を疾走する。自然と俺の口からは溜息が漏れた。


「まさか勇者パーティがヤリサー化するなんてな」


 考えたくなくても考えてしまう。それが人間の性。


 馬鹿みたいだ、本当に。俺だけが仲間外れ。悲しいな。


 ……いや、むしろよかったのか。俺は女性との付き合いは健全であるべきだと考えている。関係が進めば、そういうことをしてもまぁいいだろ。でも、彼女達はまだ一ヶ月も経たないうちに一人の男に、その……下品だが……股を開いた。


 あり得ねーだろ。どう考えても。その中に俺が好きだった幼馴染までいた。


 ……ショックだ。暫くの間は女性と距離を置こう。そう決意を固めるくらいには今立ち直れそうにない。


『ギィ!』

『ヒト! ヒト! ボクサツ!』


 正面にはインプとゴブリンの群れ。耳障りな威嚇の声を上げながらこちらへ迫ってくる。


 彼奴らで憂さ晴らししてやる。魔族なんだから誰も困らないだろ。


 で、気を取り直して……ゴブリンの方は何故人間の言葉を喋ってんだ? まーいいか。取り敢えず放っておいたら、コイツらの向かう先にある町と────俺がさっきまでいた酒場まで被害に遭う。それは困る。あそこは俺にとって色んな意味で大事な場所だ。


「殺す」


 俺は走りながら右手で木の枝を拾い、左手で丈の長い草を引き抜く。あの程度の魔族は本来、勇者なら素手で撲殺できる。勇者の肉体は魔族と戦えるように神の手で仕上げられている……とされている。最初は眉唾だと笑ってたが、この恩恵を自覚してから信じるようになった。


 だって、じゃないと説明がつかない。俺の肉体なのに、俺の意思を問わず、魔族を傷つけられないなんて有り得ないだろ。


 どれだけ体術を極めても、徒手空拳が魔族に通じないようになっている。おそらく俺に与えられた恩恵の代償だろう。


 だから、俺は魔族を殺す際は絶対に素手では戦わない。どれだけ殴っても蹴っても魔族にダメージを与えられないからな。無駄に体力を使うだけで、何の意味も伴わない行為だ。やる意味を見出せない。


『ギィ、ギィイ!』

『シネ! ユウシャ!』


 空から滑空してくるインプの群れを右手の枝で切り裂く。幾十もの数が同時に襲いかかってくるが、俺の目にはとてもとても鈍い動きに映っている。蝿が止まるようなスピードだ。的確に羽を切り裂き、脳天を貫いて、塵に帰していく。


『ユウシャ! ヅヨ゛イ゛! ダズゲデェッ!』


 知るか。魔族は死ね。ゴブリンが振り回す棍棒を紙一重で躱しつつ、聖剣となった草を振り回す。客観的に見れば間抜けな光景かもしれんが、聖剣が発する力────聖質を帯びているので当たれば問答無用で弱い魔族は滅ぼせる威力を持つ。


 ゴブリンは擦り傷を受けただけで、傷を負った箇所から肉体が溶け崩れていく。人間のように命乞いをしながら消滅していく姿に俺の感情は動かない。


 奴らの慈悲を乞う声は学習した結果だ。人間には感情があり、その感情に訴えかけることで、隙を窺っている。つまり、奴らは今際の際に至っても人間への殺戮本能が消えることはない。


 だから、殺す。勇者であるから魔族を殺すという理由だけじゃない。生かしていたら人間にとって有害な存在だから殺す。慈悲なんて向けるだけ無駄だ。


『ユウシャ、オ゛ガジイ゛ぃ゛イ゛!!!!』


 血飛沫を上げ、破裂するゴブリン。俺はその血の一滴も浴びないように飛び退く。そのまま空中で体を捻って躱しつつ、右手の枝を投げナイフのように背後へ投擲する。棍棒を振り上げて奇襲を狙っていたゴブリンの眉間を貫いた。


 魔族はこういう奴らだ。低知能な下級魔族であっても、これくらいの戦略くらいは仕掛けてくる。


『オガジイッ、オ゛マ゛エ゛、オガジイ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ーーーーッ!!!!』

「何もおかしくねーよ。俺は勇者だ────邪悪な魂を持つ、魔族の気配を見逃すわけがないだろ」


 悲鳴をあげるゴブリンを鏖殺しながら、俺は森の奥深くへと潜っていく。

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