第1話 99回の失恋は恋のスパイス。

「会長!俺、会長のことが大大大大、大好きです!今日は遠回りして手を繋いで帰って、横浜駅でクレープ食べてから帰りませんか?あ、もちろん、俺の彼女になってくれることが前提ですけど!」


 バンッ!


 木製の机に書類の束が叩きつけられる音が、神奈川高校の生徒会室に響き渡った。目の前の少女の目から、今にも怒りの火花が飛び散るのが見えるようだ。


「鏡悠……。何度言ったらわかるの!?執務室でそんな気持ち悪いことを言うのはやめなさいって言ってるでしょ!」


 水原森川――俺が「会長」と呼んで慕う生徒会長が、気品を保ちつつも怒りをあらわにして立ち上がった。さらさらとした黒髪が、窓から差し込む夕日に照らされて輝いている。

 美しいその顔は、今や耳の先まで真っ赤だ。怒っているのか、それとも照れているのか。……まあ、俺からすれば、こうしている時の彼女は1000%増しで可愛く見えるんだけど。


「でも会長、これは俺の心の底からの真っ直ぐな言葉ですよ。正直であることこそ、生徒会役員の柱じゃないですか?」俺は自分なりに一番カッコいいと思うサムズアップを決めて答えた。

「柱なのはあんたの頭の方でしょ!あんたは生徒会副会長なのよ!その無駄にいい頭を、自分の会長を口説くためじゃなく、運動部の予算報告書をまとめるために使いなさい!」


 彼女は鼻を鳴らすと、まるで民草を裁く女王のような仕草で再び椅子に座った。  整った制服と襟元で輝く金の生徒会バッジが、彼女のステータスを強調している。彼女は神奈川高校の『氷の女王』だ。冷徹で、高嶺の花で、そして最高に生意気……。でも、それこそが10年前の海岸での事件以来、俺が彼女に狂わされている理由なんだけど。


「大体……」彼女は顔を背け、なかなか引かない赤みを隠しながら言葉を続けた。「私のような気品ある美少女が、毎日振られるのが趣味みたいな冴えない男と付き合うわけないじゃない。あんたなんて……私の靴についたゴミみたいなものよ!」


 ああ、その刺さるような毒舌!傷つくどころか、逆に挑戦欲が湧いてくる。彼女の「ひめデレ」っぷりが全開だ。


「光り輝くゴミ、ってことですか?」俺は余裕で返した。

「違うわ! ゴミはどこまでいってもゴミよ!」

「やっほー。二人とも、今日の放課後も随分とイチャついてるね! ウケる〜!」


 突如、明るい声が緊張を打ち砕いた。生徒会室のドアが開き、金髪をツインテールにし、校則ギリギリの短いスカートを履き、綺麗にデコられたネイルを光らせた少女が入ってきた。

 彼女は佐々木エリカ。俺たちの生徒会会計だ。原子力発電所よりもエネルギーに満ち溢れた「ギャル」である。


「エリカ!ノックぐらいしなさい!」会長が苛立ちを爆発させる。

「あちゃー、会長また怒ってる。そんなんじゃ早く老けちゃうよ?」エリカは小言をスルーして俺のところにやってきた。彼女は親しげに俺の肩を抱く――バニラの香水の匂いがふわりと漂った。「どうよ、悠っち?今日もウチの女王様への告白は成功した?今ので何回目?98回?99回?」

「99回目ですよ、エリカさん。縁起のいい数字でしょ?あと一回で大台の100回だ!」俺は誇らしげに答えた。


 エリカは爆笑しながら、俺の背中をバシバシと叩いた。肺の位置がズレるかと思った。


「さすが悠っち!諦めないねー!アタシは応援してるよ!もし会長が嫌なら、アタシのとこ来ちゃう?なーんてね、冗談!へへっ!」エリカは、恥ずかしさで顔がナスのように紫になっている会長に向かってウィンクした。

「エリカ!鏡!出ていきなさい!今すぐ!!」

「え?でも報告書が――」

「出ていけぇぇぇぇぇ!!」


 会長が投げた黒板消しが、俺の耳のすぐ横を飛んでいった。あの投球速度……本気を出せば野球部のエースになれる。

 俺とエリカは、厚い英和辞書が飛んでくる前に慌てて部屋を飛び出した。ドアが閉まると同時に、中から会長の荒い息遣いが聞こえてきた。


 俺は廊下の壁にもたれかかり、暗くなり始めた神奈川の空を眺めた。あの部屋の中で、森川は両手で顔を覆いながら、高鳴る鼓動を鎮めようとしているはずだ。

 俺のことが嫌いだと言いながらも、俺が入学した時に副会長として直々に指名したのは彼女自身だ。

 本当に嫌いなら、最初の告白の時点で俺をクビにしていたはず。でもそうしなかった。彼女は、俺を毎日自分の隣にいさせてくれている。


「悠っち」エリカがニヤニヤとした笑みを浮かべ、肘で俺の腕を突っついた。

「わかってるでしょ?さっきのはただの強がり。あんたが『大好き』って言った時、あの子の目……とろけそうだったよ」俺は薄く微笑んだ。「もちろん。だから、俺はやめないんだ」


 99回の失恋?ああ、そんなのはただの数字だ。この世に、猪突猛進な愛でぶつかり続けて崩せない城なんてない。明日は記念すべき100回目の告白。そして、俺には大きな策がある。


「待ってろよ、会長。明日こそ、あんたに『はい』って言わせてみせるからな」

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