02:Resonance / Rewrite-Code
肺が焼ける。
神経が、冷たい氷のような電子信号に貫かれている。
アリアは機体内の『S.Y.N.C.-L.I.Q.U.I.D(シンク・リキッド)』――共鳴性記述液の中で、自らの鼓動が白銀の巨神「ウーヴェルチュール」と重なり合うのを感じていた。
「シンクロ率、八〇パーセントを維持。アリア、落ち着け。君が見ているのは現実だが、君が握っているのは『現実を書き換える力』だ」
脳内に直接響くテツトの声。
視界はもはや、肉眼によるものではなかった。
武雄の街を覆うノイズの密度、不気味な影――エコーの熱量、そこで世界の綻びの深さが、無数の数式とスペクトルとなって網膜に投影されている。
「テツトさん……これ、何なの? あの空に浮かんでいる、真っ黒な『何か』は……!」
「……『不履行体』。あるいは、一方的に捨てられた約束の残滓だ。彼らには形がない。だからこそ、この世界の『意味』を食い破って、自分たちが存在するための空白を作ろうとしている」
空を仰げば、先程までの夕焼けは跡形もなく消え去っていた。
そこにあるのは、インクをぶちまけたような虚無の塊。
その中心から、巨大な「手」のような、あるいは「鎖」のような漆黒の幾何学体が、学園の校舎を掴もうと降り注いでくる。
『ABUSIVE-LOGOS……ABUSIVE-LOGOS……』
物理的な音ではない。
精神を直接削る、不快な高周波。
アリアの脳裏に、かつて自分が味わったわけではない「裏切りの記憶」が、ノイズとなって溢れ出す。
「嫌だ……! こんなの、聴きたくない……!」
「聴く必要はない。……アリア、長槍を構えろ。その右腕に、君の憤りを乗せて撃ち抜け!」
テツトの怒号に近い指示に、アリアの指が動く。
白銀の機動巧機が、重力に従わぬ滑らかな挙動で地を蹴った。
凄まじい風圧が、地下から這い出た機体を一気に上空へと押し上げる。
――速い。
自分の体が、数トンの重さを脱ぎ捨てて、光の速さで思考をなぞるような感覚。
「兵装、リライト・ブレード展開!……座標定義、固定。書き換え(リブート)シーケンス、開始!」
アリアが手にしていたマイク型の長槍が、眩い銀の刀身を吐き出した。
迫りくる漆黒の幾何学体。エコーの「指」が校舎に触れる寸前、ウーヴェルチュールはその先端を銀の旋律で切り裂いた。
斬った、という感覚はない。
「消された部分に、新しい線を書き足した」という、奇妙な全能感。
ノイズに侵食されていた空間が、銀の光に触れた瞬間に、元の琥珀色の夕闇へと修復されていく。
『……っ!? GAAAA……!』
エコーが、名状しがたき叫びを上げてのけぞった。
一方的に世界を消去する権利を奪われたことに、怪異は激しく動揺している。
「すごい……。私が動けば、世界が直っていく……」
「感心している暇はないぞ、アリア。本隊が来る。空の『UNILATERAL-VOID』を閉じない限り、この街の消去(デリート)は止まらない」
テツトの声に緊張が走る。
学園の屋上で、腰を抜かしていたワカが、ようやく我に返って叫んだ。
「ア、アリア……なんですの、あの白銀のバケモノは! わたくしを置いてきぼりにして、一人でそんな……そんな格好いいことを……っ!」
「ワカ、下がってて! ここは私が……私たちが何とかする!」
アリアはウーヴェルチュールの胸部、ヴォーカル・コアから溢れ出すエネルギーを、自らの「意志」という名のコードで最大出力まで引き上げた。
かつて、誰にも聴かれずに消えていった物語がある。
中途半端に投げ出され、見向きもされなくなった想いがある。
そのすべての「残響(エコー)」を背負って、白銀の巨神は再び加速した。
「リライト・ブレード……最大解放。……もう、勝手に終わらせたりさせない!」
アリアの叫びと同期するように、機体の翼が光の粒子を撒き散らす。
空を覆う巨大な「一方的絶縁」の文字に向けて、アリアは銀の旋律を込めた一撃を突き立てた。
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