第2話:火花散るデコレーションと、鉄くずのプライド


〖免責事項〗

本作はフィクションです。

実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

また、作中に登場する法律・科学技術・名称等は、物語上の演出が含まれています。



1.鉄の墓場


東京の下町、荒川区。


迷路のような路地裏に、いずみの実家「鈴木スクラップ」はあった。


「うわぁ……すごいなこれ」


優斗は圧倒されていた。視界を埋め尽くすのは、錆びついた鉄骨、ひしゃげたドラム缶、切断されたパイプの山。

特有の鉄錆の匂いが鼻をつく。


「汚ねえだろ? ここがアタシの遊び場だったんだよ」


いずみが軍手をして、鉄の山を慣れた足取りで登っていく。


「文哉の計算だと、直径15センチの鋼管が20メートル分要るんだろ? ……あった、これだ」


彼女が指差したのは、解体現場から出たと思われる古びたガス管だった。


同行していたかれんが、不安そうに眉をひそめる。


「いずみちゃん、これ……本当に使えるの? なんかボロボロだよ?」


「表面が錆びてるだけだ。磨けば新品同様だよ」


いずみはパイプを蹴飛ばして音を確かめた。

カーン、と硬質で澄んだ音が響く。


「鉄は裏切らねえからな。人間と違って」


その横顔には、自分の育った場所への誇りと、どこか諦めのような寂しさが混じっていた。


東大工学部という華やかな場所にいながら、彼女の根っこは常にこの「鉄の墓場」にある。

優斗は、彼女がなぜいつもどこか刺々しいのか、少しだけ分かった気がした。


---


## 2.コンプライアンスの壁


翌日、東大の実験棟。


運び込まれた「廃材」を見て、エリートたちは絶句した。


「本気ですか……?」


文哉が、汚れたパイプを見て顔をしかめる。


「深海実験のシミュレーションですよ? 1ミリの誤差も許されない精密装置に、こんなゴミを使うなんて」


「ゴミじゃねえ!」


いずみが食ってかかる。


「磨いて検査すりゃJIS規格と同等だ! 新品のパイプ買う金がどこにあるんだよ!」


「予算がないのは事実だが……」


嘉門先生も頭を抱えている。


そこへ、コツコツと革靴の音が響いた。

商社マン、史郎だ。


「騒がしいですね。……なんですか、この粗大ゴミは。……どうやって運んだんだ?」


「実験用のパイプだ。これからアタシが繋ぐ」


いずみが溶接機を引きずり出した瞬間、史郎の声が鋭くなった。


「待て」


史郎は冷たい目でいずみを見下ろした。


「学生の工作気分で火を使われては困ります。ここは国立大学の施設だ。万が一火事でも出してみろ、プロジェクトごと吹き飛ぶぞ」


「……あ?」


「溶接作業には、労働安全衛生法に基づく国家資格が必要だ。無資格の学生にやらせるわけにはいかない」


史郎の言葉は正論だった。

文哉も頷く。


「そうですね。ここは正規の業者に……ああ、予算がないんだった。じゃあ詰みですね」


空気が凍りつく。


所詮、素人の寄せ集め。遊び半分。

史郎や文哉の視線が、そう語っていた。


いずみは無言で、油で汚れた作業着のポケットに手を突っ込んだ。


そして、くたびれたパスケースを机の上に放り投げた。

バサッ。


中から、何枚ものカードが扇状に広がった。


優斗が覗き込む。


『ガス溶接技能講習修了証』

『アーク溶接等特別教育修了証』

『玉掛け技能講習修了証』

『フォークリフト運転技能講習修了証』

……etc.


「全部あるけど。どれがいい?」


いずみが睨みつける。


「な、なんだこれ……」


文哉が絶句する。


「アンタらが塾で偏差値上げてる間、アタシは現場で鉄板担いでたんだよ。……受験勉強の合間に全部取った。文句あるか?」


史郎は免許証を一枚拾い上げ、顔写真(不機嫌そうな女子高生時代のいずみ)と、目の前のいずみを見比べた。


「……本物か。しかも実務経験あり」


史郎は微かに口角を上げ、カードを戻した。


「いいでしょう。コンプライアンス(法令遵守)はクリアだ。……ただし」


史郎は腕を組んだ。


「腕前は保証できない。立ち会わせてもらう。施設担当には、ちゃんと話ししてあるんだろうな?」


「上等だ。……目ェ開けてよく見てな」


---


## 3.マッド・ギャル


「じゃ、始めるよ。光強いから直視すんなよ」


いずみは足元のバッグから、マイ・溶接面を取り出した。


現場の空気が、一瞬で変わった。

いや、凍りついた。


出てきたのは、黒い無骨なシールド……のはずだった。

だが、その表面はファンシーなキャラクターシールで埋め尽くされ、ギラギラに輝いていた。

額の部分には、ダイヤ風のシールで『IZUMI』の文字。


「……ぷっ」


文哉が吹き出した。


「なんだよ、それは。魔法少女に変身でもするつもりか?」


「……うるせえ!」


いずみの顔が真っ赤になる。


「剥がそうとしたら強力接着剤だったんだよ! 『剥がしたら絶交』って脅されてんだ!」


部屋の隅で、かれんがVサインをしてウインクした。


「似合ってるよー! 戦うマッド・ギャルって感じで!」


「テメェ……後で覚えとけよ」


いずみは悪態をつきながら、デコ・シールドをガバッとかぶった。


その瞬間、彼女の纏う空気が変わった。

職人のスイッチが入ったのだ。


『バチバチバチッ!!』


青白いアーク光が走る。

飛び散る火花が、シールドのラインストーンに乱反射し、薄暗い実験室がまるでディスコホールのように煌めいた。


見た目はファンシー。だが、その手つきは神業だった。

溶接棒を運ぶ一定のリズム。母材との絶妙な距離感。


優斗は見とれていた。

普段はガサツで口の悪いいずみが、今は誰よりも美しく見えた。


---


## 4.プロの評価


数十分後。


作業を終えたいずみが、シールドを脱ぐ。汗で前髪が張り付いている。


繋ぎ合わされたパイプの継ぎ目には、魚の鱗のような均一で美しい波模様(ビード)が走っていた。


「……どうだよ」


いずみが史郎を睨む。


史郎は無言で継ぎ目を指でなぞった。凹凸を感じさせない滑らかさ。


「……悪くはないですね。とりあえず、漏れの心配はなさそうだ」


憎まれ口を叩きながらも、その目は認めていた。


その時、入り口から一人の男が入ってきた。


作業着姿の無精髭の男。この施設の管理人、エイジだ。

普段は無愛想で、学生たちとは口もきかない彼が、いずみの溶接跡をじっと見つめた。


「……いいビードだ」


ボソリと、低い声がした。


「え?」


いずみが振り返る。


「電流の調整が的確だ。……いい腕してるな、嬢ちゃん」


エイジはそれだけ言うと、また無言でモップ掛けに戻っていった。


その背中を、チャオがじっと見つめていた。

同じ「透明人間」として、何かを感じ取ったのかもしれない。


いずみは呆気にとられ、それから少しだけ頬を染めて、鼻をこすった。


「……道具の趣味はともかく、と付け足されなくてよかったよ」


文哉は、その光景を複雑な表情で見ていた。


自分は計算式でしか世界を見ていなかった。

だが、目の前には、自分の計算を「形」にする圧倒的な技術がある。


(……負けた、のか?)


エリートのプライドに、小さなひびが入った瞬間だった。


---


## 5.エピローグ:見えない壁


実験装置の目処は立った。

だが、問題は山積みだ。


研究室の片隅で、チャオが一人、パソコンに向かっていた。

ヘッドホンからは、相変わらず外部を拒絶するような旋律が漏れている。


そこへ、史郎が近づいた。

手には、差し入れの缶コーヒー。だが、チャオの前に来ると、その笑顔は消えた。


「優秀そうだね、留学生」


史郎の声は、いずみの時よりも冷たかった。


「で、そのデータ、母国のどこに送信するつもりだ?」


チャオの手が止まる。


「……そんなこと、しません」


日本語で答えるが、声は震えていた。


チャオは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに史郎の目を見返した。

その視線には、怯えではなく、どこか悲しみに似た色が見えた気がした。


「おい史郎、学生をいじめるな」


嘉門先生が割って入る。


「彼は仲間だ」


史郎は冷ややかに笑い、先生の耳元で囁いた。


「先生、『セキュリティ・クリアランス』って言葉、知ってますか?」


「……なんだと?」


「このプロジェクトは、もう大学のサークル活動じゃない。特定秘密に触れる資格がない人間は、排除しなきゃいけない。……たとえ、優秀な学生でもね」


史郎はチャオの肩をポンと叩き、部屋を出て行った。


残されたチャオは、拳を握りしめ、ヘッドホンの音量を上げた。


彼が本当に聞きたくないのは、史郎の言葉か、それとも母国からの呼びかけか……?


泥まみれの結束が固まる一方で、冷たい分断の刃が、静かに忍び寄っていた。


* * *




〖やさしい用語解説〗

嘉門先生と優斗の「マッドメン・ラボ」




 Theme 03:溶接と免許 ~女子でも取れる?


優斗

「いやー、いずみさんカッコよかったっすね! でもあんなに免許って種類あるんですか?」


嘉門

「溶接の世界は奥が深いぞ。いずみが持っていたのは主に以下のものだ」


  ガス溶接技能講習

可燃性ガス(アセチレンなど)を使って金属を繋いだり切ったりする資格。


 アーク溶接等特別教育

いずみがやってた「バチバチ」光るやつだ。

電気の放電(アーク)熱で金属を溶かす。


 玉掛け技能講習

クレーンに荷物を掛ける作業。

実はこれが一番事故が多くて重要な資格なんだ。


優斗

「へえー。東大生で持ってる人なんてレアですよね」


嘉門

「『現場を知らない設計者』は三流だ。図面上で完璧でも、実際に作れなければ意味がない。

いずみのように『手の平で鉄の温度がわかる』技術者は、日本の宝だよ」


 


  Theme 04:セキュリティ・クリアランス(適性評価)のリアル


優斗

「最後に史郎さんが言ってた『セキュリティ・クリアランス』。あれ、チャオ君かわいそうじゃないですか?」


嘉門

「だが、現実は甘くない」


日本でも2024年に

  『重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律(新法)』が順次施行され、

ついにこの制度が本格導入された。


これは、政府が保有する

  『漏洩すると国の安全保障に支障が出る情報(重要経済安保情報)』**を扱う民間人に対し、

国が身辺調査を行う制度だ。


  調査内容:犯罪歴、薬物使用、借金、精神疾患、そして「外国勢力との関係」

目的:技術流出を防ぎ、同盟国と機密情報を共有できるようにするため


優斗

「同盟国って、アメリカとかですか?」


嘉門

「アメリカだけじゃない。

イギリス、オーストラリア、カナダなどの英語圏の機密共有枠組み『ファイブ・アイズ』や、G7諸国だ」


「実はこれまで、G7の中でこの制度を持っていなかったのは日本だけだったんだよ」


優斗

「ええっ!? 日本だけ仲間外れだったんですか?」


嘉門

「そうだ。だから海外からは

『日本に重要情報を渡すと漏れるかもしれない(漏らしても罰する法律がない)』

と恐れられ、肝心な情報が共有されてこなかった」


「いわば、『VIPルームへの入場券』を持っていなかったんだ」


優斗

「なるほど……。この法律ができたことで、やっと日本も世界のトップレベルの作戦会議に参加できるようになったんですね」


嘉門

「そういうことだ。だから史郎は焦っている。

『入場券』を手に入れたばかりの日本が、また情報の管理でミスをすれば、今度こそ世界から見捨てられる、とな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る