偽りのΩは最強のβ~フェロモン無効の転生武道家が、狂犬王子の求愛を物理で回避する~
藤宮かすみ
第1話「偽りのオメガ、騎士団の門を叩く」
王都の空は抜けるように青く、入団試験日和だった。石畳を踏みしめるブーツの感触を確かめながら、ルッツは巨大な正門を見上げた。ドラグノフ王国騎士団。武力を誇るこの国において、最高の栄誉とされる場所だ。
周囲には緊張した面持ちの若者たちがひしめいている。その大半が、体格に恵まれたα(アルファ)か、実務能力に長けたβ(ベータ)たちだ。Ω(オメガ)の姿は皆無に近い。この世界において、Ωは「庇護されるべき愛玩用の性」として扱われているからだ。
ルッツは前世の記憶を持っていた。かつて日本という国で古武術を修め、心身を鍛え抜いた記憶だ。だからこそ、この世界の理不尽な区分けが我慢ならなかった。生まれ持った第二次性別だけで人生が決定づけられるなど、くだらないにも程がある。
ルッツ自身はβとして生まれた。特筆すべき魔力もなければ、フェロモンもない。だが、身体機能と前世の技術がある。
「次、受験番号402番、ルッツ・アークライト!」
試験官の太い声が響く。ルッツは短く息を吐き、前に進み出た。
試験官は筋肉の鎧をまとったような巨漢のαだった。手にした木剣を弄びながら、値踏みするようにルッツを見下ろす。
「細いな。βか?事務方志望ならあっちだぞ」
「いいえ。実戦部隊志望です」
ルッツがきっぱりと答えると、周囲から失笑が漏れた。試験官も鼻を鳴らす。
「威勢だけはいいが、怪我をしてからでは遅い。身の程を知れ」
「身の程、ですか」
ルッツは口元だけで笑った。
「試験の規定では、実力があれば性別は問わないはずです。それとも、α様はβに負けるのが怖いのですか?」
試験官のこめかみに青筋が浮かんだ。
「……生意気な。後悔するなよ」
開始の合図と同時に、試験官が踏み込んだ。速い。α特有の身体能力による爆発的な加速だ。普通のβなら反応すらできずに吹き飛ばされるだろう。
だが、ルッツには見えていた。重心の移動、筋肉の収縮、視線の動き。
大振りの木剣が空を切り裂く轟音が響く。しかし、そこにルッツの姿はなかった。
「なっ!?」
試験官が目を見開く。ルッツは半歩、右斜め前へ滑るように移動していた。入り身。相手の懐、死角へと一瞬で侵入する。
試験官の勢いを利用し、ルッツは相手の軸足に自分の足を引っかけ、手首を軽くひねった。
巨大な体が、嘘のように宙を舞う。
ドォォン!と砂煙が上がり、試験官が背中から地面に叩きつけられた。受け身すら取らせない、鮮やかな投げ技だった。
静寂が訪れる。笑っていた受験者たちは口をあんぐりと開けていた。
ルッツは木剣を試験官の喉元に突きつけ、涼しい顔で告げた。
「ああ、申告が遅れました」
会場中の視線が集まる中、ルッツは堂々と嘘をついた。
「俺はΩ(オメガ)です。か弱きΩでも、騎士になれますよね?」
その瞬間、会場がざわめきを超えて凍りついた。
αを一撃で投げ飛ばした男が、Ωだと?
ありえない。だが、目の前の現実は覆らない。
(よし、これで掴みはOKだ)
ルッツは内心でほくそ笑んだ。
βであることを隠し、あえて「最強のΩ」として振る舞う。そうすることで、「Ωは弱い」というこの世界の常識をぶち壊す。それがルッツの目的だった。
実際にはβなので、Ω特有の発情期もなければ、フェロモンに惑わされることもない。最強の偽装工作だ。
まさかその嘘が、国一番の猛獣の目を覚まさせることになるとは、この時のルッツは知る由もなかった。
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