仏の桜への応援コメント
この詩もなんだか栗栖亜雅沙さんらしい。
押し問答の末の情け容赦の無さを
仏心という堪忍の魂で
またそれを桜として(!?)描いてるのですが
車を所持し、運転し、
事故に遭った際はバカ正直に話しては
どうにもならないことがある。
正直者はバカを見るというのを、
顕著に現していて、しかもシニカルで、
コミカルで、主人公の心の嘆きが
しくしくと聴こえてくるようで俺この詩
たいへん好きです。
この間宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を
読んだのですがあの詩のデクノボーというのも
思えばバカ正直者で、
それでもバカ正直を辞められない生き方というのは、たとえ損をしてもそこに一つ貫いた美学があるのではないか、それを桜(任侠!?)に形容したのではないかと考えて、栗栖亜雅沙さんの詩や作品の深さを改めて痛感しています。
大人だなあ。
栗栖亜雅沙さん。
禁忌への開放への応援コメント
この詩を読んでいる内に、
目がトロンとして来て気付いたら
5時間くらい眠ってしまいました。
心が落ち着く詩ですね。大人な詩で
栗栖亜雅沙さんらしいです。
父と同じ道を行ってはいけない、
という詩だと思って読みましたが
もう少し細部が深そうです。
それでも背中に守られていた。
今度、己がその背中に見ていたもの
その何を開放したとしても
今度は自分がその背で守らなければいけない。
「父」という存在に自分がなる日。
その事を考えます。
心から憧れるのですが
果たして向いているのか。さてさて。
作者からの返信
れんさん、いつもありがとうございます。
眠ってしまったとあり、退屈だったかと焦りましたが、お褒め頂きホッとしました。
大人への扉って、ある種禁忌のヴェールに包まれてるイメージを持っていました。
今思えば勝手な思い込みですね。
夜討ち朝駆けは、2時間ドラマの見過ぎかもしれません。
オリンピックもあっという間に閉会式、声援をおくり、泣き、笑い、スポーツというドラマに様々な主人公が生まれました。
少しでも、いいなと思って頂けるよう続けていきます。
永遠の星への応援コメント
ネクトルはネクターのことでもあったんですね。
作者からの返信
はい、ギリシャ神話では神々の飲みものと言われていますね。
そんな飲みものならば、永遠を約束してくれるのでは、というところでした。