孤児院のニューフェイス 7

 10歳の子供の体は、思った以上によく燃費が悪いらしい。

 隣のベッドではレオとルークが「ぐーすー」と幸せそうな寝息を立てているし、私の足元では、コロも丸くなってすやすやと眠っている。


(……みんな、この食事で足りてるのかな。慣れって、すごいな……)


 でも、私はダメだ!

 この空腹のままでは、安眠できない! そして安眠できない生活は、私のスローライフの理念に反する!


(……よし)


 私は、音を立てないように、そーっとベッドを抜け出した。

 もちろん、向かう先は厨房ではない。あそこには、私の胃袋を満たすものは何もないのだから。

 廊下を抜け、ギィィと鳴る玄関の扉を、細心の注意を払いながらゆっくりと開ける。

 外に出ると、ひんやりとした夜の空気が肌を撫でた。

 空を見上げれば、前世では見たこともないくらい、満点の星空。


(綺麗……だけど、今はそれどころじゃない!)


 私は孤児院の裏手、建物の影になっていて通りからは見えない、ちょうどいい感じの空き地へと移動する。

 腕の中からコロを降ろすと、彼は心得たように私の隣にぴったりと身を寄せ、丸くなる。うん、ちょっと肌寒いもんね。


 手頃な木箱が転がっていたので、そこにちょこんと腰を下ろす。壁に背中を預ければ、秘密基地みたいでなんだか落ち着くな。


「……暗くて手元が見えないな。よし」


 指先に意識を集中させる。


「《照明》!」


 ぽん、とソフトボールくらいの柔らかな光の玉が生まれ、私たちの周りをふわりと照らし出した。

 うん、これで即席の深夜食堂の開店準備が整った。


『コトリ、お腹すいたの?』


「うん、そうなの。コロも、まだお腹すいてるでしょ?」


『うん!』


 元気でよろしい!

 私は、四次元バッグに意識を集中させる。


『カップ麺(とんこつ醤油味)、取り出し!』


『コンビーフ缶、取り出し!』


『ドッグフード用のお皿、取り出し!』


 ぽん、ぽん、ぽん、と手の中に次々と現れる、文明の利器たち。

 そう、私の夜食だけじゃない。愛する我が子のための、夜食もちゃんと用意するのだ!

 まずは、コロのご飯から。

 コンビーフの缶をぱかりと開け、お皿の上にどさっと乗せる。

 おお、この見た目のジャンキーさ、たまらない!


『わーい! お肉だ!』


 目の前のコンビーフに、コロの尻尾がちぎれんばかりに振られている。

 うんうん、ちょっと待ってね。今、もっと美味しくしてあげるから。


「《保温》!」


 念じると、お皿の上のコンビーフが、ほかほかと湯気を立て始めた。

 脂が少しだけ溶け出して、香ばしい匂いがふわりと立ち上る。


「はい、コロ、どうぞ」

『やったー! いただきます!』


 私の許可が出るや否や、コロは夢中でコンビーフにがっつき始めた。

 うんうん、その食べっぷり、見てるだけで幸せになるわ。

 さて、と。

 飼い主の夜食タイムと行こうじゃないか。

 私は、自分の分のカップ麺の準備を始める。


『ステンレス水筒、取り出し!』


 中には、森で汲んで《浄化》しておいた、きれいな水がたっぷり。


「《保温》!」


 熱湯をイメージして念じると、水筒の中の水が一瞬で熱湯に変わる。

 カップ麺の蓋を開け、かやくを入れ、熱湯を注ぐ。

 蓋をして、待つこと3分。


(ああ、この背徳感、たまらない……!)


 みんなが寝静まった夜中に、一人だけこっそり食べるカップ麺。

 前世でも、たまにやっていた禁断の夜食。

 まさか、異世界の孤児院の裏で、もふもふ動物と一緒にやることになるとは!

 夜の静寂に、ずぞぞぞーっ! と、およそ10歳の美少女が出すとは思えない、豪快な麺をすする音が響き渡る。

 うまい! うますぎる!

 塩水スープの後だからか、とんこつ醤油の濃厚な味が、五臓六腑に染み渡るようだ。


『コトリ、それ、いい匂い!』


 いつの間にかコンビーフを平らげたコロが、私のカップ麺をキラキラした目で見つめている。

 うん、君は本当に食いしん坊だね!


「コロも食べる?」


 麺を一本、ふーふーして冷ましてから、コロの口元へ持っていく。

 ちゅるん、と器用に麺を吸い込むコロ。


『おいしい! でも、ちょっと辛い!』


 うん、そのリアクション、前も見たな! 可愛いから何度でも許す!

 二人でひそひそと、秘密の夜食パーティーを楽しんでいた、その時だった。

 ガサッ。

 すぐ近くの路地の暗がりから、物音が聞こえた。


(……誰かいる?)


 心臓が、どきり、と跳ねる。

 リックの「変な路地裏とか入るなよな」という忠告が、脳裏をよぎる。

 ここは路地裏じゃないけど、孤児院の裏は、昼間でもあまり人が通らない、寂しい場所だ。


『コトリ、知らない匂い! 二人!』


 コロが、私の腕の中で、小さく唸り声を上げた。

 その声には、明らかな警戒の色が滲んでいる。


 まずい。

 見つかった。


 暗がりから、ぬっと二つの人影が現れる。

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