第2話 プラネ
「まったくなんだったんだ今の時間」
あの後見るからにご機嫌なメロさんから依頼書を受け取り、僕は冒険者ギルドを出たのだが、その際もおっちゃん達から揶揄いの言葉をかけられた。
別に悪い気はしない。みんな良い人だし、何よりメロさんは優しくて美人だし。
ただ僕は10歳なのだ。揶揄いの言葉をかけるにしては、いささか若すぎるのではないだろうか。
「まぁ拒絶されるよりは何倍もマシか」
どんな言葉であれ、皆の反応はこんな僕を受け入れ、可愛がってくれている証拠である。
皆が優しいというのもあるが、きっとそれだけではなく、僕がこれまで草刈りの仕事を愚直にこなしてきたことで1人の冒険者として認められたというのもあるのだろう。
「だからこそ、日々の依頼に感謝しながらきちんとこなすんだ」
そんな決意と共に、僕はローブを風に靡かせながら依頼主の家に向かって走る。
あ、そう。ローブであるが、極力身に纏うようにしている。
というのもどうやらこのローブには特殊な力があるようでどういう訳か汚れないのである。おかげで草刈りや雑用を行う際に土や埃で服を汚さずにすんでいる。
「まさかただのボロ布だと思っていたローブにこんな特別な力があったなんて」
いわゆるチートと言うにはいささか派手さに欠ける能力ではあるが、有用であることには間違いない。
果たしてこのローブと鎌はこの身体の少年の持ち物なのか。それとも神様が餞別として与えてくれた代物なのか。
少年の記憶も無ければ、神様と会話した記憶もほとんど残っていない僕には判断はつかないが、何にせよ僕の手元にある以上ありがたく使わせてもらうつもりだ。
と、そんなこんなで色々と思考しながら走ること数分。僕は今回の依頼主が住む、屋敷の前へと到着した。
「うーん、相変わらず凄い家だ」
僕は感心するようにその大きな屋敷を目に収めた後、敷地を囲う鉄柵へと近づく。
そしてそこに付いているドアへと近づくと、魔道具であるチャイムを鳴らした。
すると少ししてその魔道具から「ん」という女声が聞こえてくる。
「こんにちはプラネさん。シキです」
「おお、シキだ。待ってて」
言葉の後、ガチャリという音と共に、目の前の扉が開く。
──中世の世界観なのに、この辺りの技術はまるで前世の日本のよう。これが魔道具……ひいては魔法の力なのかな。
僕はそう感心しながら扉を開け、敷地内に足を踏み入れる。それから大きな庭に伸びる石道を通り、屋敷の前へと到着する。
その瞬間、ガチャリと目の前の扉が開く。
するとその奥から身長140cmほどか、僕より少しだけ背の高い少女がヒョコリと顔を覗かせた。
「おはよ」
そう気さくに声を掛けながらも、しかし表情の一切変わらない彼女はプラネさん。
13歳という幼さでありながら、史上最速で冒険者ランクAまで登り詰めた天才魔法使いである。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「ん、よろしく。それじゃ入って」
「はい、失礼します」
言葉の後、床にまで届きそうな程長く伸びた水色の髪を目に収めながら、彼女に続いて歩く。
これまでのやり取りでわかるように、実はこの屋敷には何度も足を運んでいる。
というのも、何ともありがたいことに彼女は週に2回のペースで僕に指名依頼をしてくれているのだ。いわば僕の一番のお得意さんという訳である。
果たして僕の仕事ぶりを気に入ってくれたのか、それとも冒険者の中では珍しく彼女よりも年下のため興味を抱かれたのか、その表情からも言動からも真意は読めないが、何はともあれ彼女のおかげで僕が安定した生活を送れているのは間違いない。
……ありがたいな。
僕は心の中で感謝を述べながらプラネさんに続いて歩くと、少ししてリビングに到着する。
「ん、座って」
「はい。失礼します」
言葉の後、テーブルを挟んで向かい合う様に椅子に腰掛ける。
「…………」
その後彼女が言葉を発するのを待つが、どういう訳かプラネさんは眠そうな瞳でこちらをジーッと見つめたまま動かない。
彼女はこの世界でも珍しいオッドアイであり、右眼が金色、左眼が碧色に染まっている。その瞳は大層美しく、こうしてジッと見つめられると思わず吸い込まれそうになるが、僕はグッと堪えて言葉を発した。
「あ、あのプラネさん?」
「ん?」
「その、今はなんの時間でしょうか」
「休憩」
「きゅ、休憩?」
「そう。シキはうちまで走ってやってきた。きっと疲れている。だから休憩」
「な、なるほど。ありがとうございます」
「ん」
……いや、過保護過ぎない?
僕は内心苦笑を浮かべる。どういう訳か彼女は僕を甘やかす節がある。
その方法は毎回違うのだが、いやはやまさか到着早々休憩とは思いもしなかった。
……とはいえ、依頼主が休憩と言ったのだ。ここは彼女に従おう。
基本的に依頼時は依頼主の指示に従うようにしている僕はそう考えると、時折プラネさんとやり取りをしながらのんびりとした時間を過ごした。
◇
あれから30分ほど経過した所で、プラネさんがチラと時計に目をやった。
「ん、休憩終わり。早速依頼の説明をする」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「とは言ってもいつも通り。シキには寝室の掃除をお願いしたい」
彼女からの依頼は主に2通り。1つは庭の手入れ──つまり草刈り。そしてもう1つが今回の依頼内容である寝室の掃除である。
それぞれ週に1回依頼がある。つまり曜日によりやることは大体決まっているため、僕は特に疑問も持たずに返事をする。
「了解です。早速取り掛かりますね」
「ん。よろしく」
言葉の後、プラネさんは立ち上がると「ん」と言いながら僕に手を差し出す。
いつものことであるため、僕は当たり前の様にその手を取った。
こうして手を繋ぎながら、僕たちはプラネさんの寝室を目指す。
ちなみに何故手を繋ぐのかはわかっていない。
ただ彼女が僕と共に寝室に向かう理由は、僕が掃除する様を見学するためである。
……まったく、天才の考えることはよくわからないな。
内心そんなことを思いながら、小さくも柔らかい彼女の手に引かれ歩くと、少しして寝室の前に到着する。
「では開けますね」
「ん」
言葉の後、寝室の扉を開く。すると僕の目に、服やら本やらが散乱したいわゆる汚部屋が飛び込んでくる。
「プラネさん」
「ん」
「1週間ですよ」
「……?」
プラネさんは首を傾げる。
「いや、なんでもないです」
毎度依頼を受けていることからわかるように、僕は毎週この部屋を掃除している。
つまり彼女は1週間でこの汚部屋を完成させている訳である。
……これもある意味才能だなぁ。
なんてことを思いながら、頑張ろうと気合いを入れる。
ちなみに寝室以外は比較的綺麗に整えられいる。というのも、彼女はこれだけ大きな屋敷を持っていながら、その時間の大半をこの寝室で過ごしているのである。
それならこんな大きな屋敷必要ないのではとも思うが……全く、やはり天才の考えはよくわからない。
「さて、それじゃ掃除を始めますので、プラネさんはいつも通りベッドの上に座っていてください。僕が物を手に、必要か否か確認するので、その回答もお願いしますね」
「任せて」
プラネさんは頷くと、僕の手を離し、ふわりと浮かび上がる。そしてそのままフワフワと漂うとちょこんとベッドの上に女の子座りで着地した。
その姿を見届けた後、僕は掃除を開始する。
先ほど汚部屋と呼称したが、幸いにも生ゴミのようなものは散乱していない。床を埋め尽くすのは、そのほとんどが服や本である。
故に慣れてしまえば、もっと言えば本や服の仕舞う場所さえ覚えてしまえば、比較的短時間で綺麗にすることができる……はずなのだが、実際にはそこまでスムーズには進まない。
何故ならば──
僕は散乱する服や本の中に手を突っ込み、何らかの布を引っ張り出す。
それをジッと見つめ、その正体が何なのか理解した瞬間思わず目を背けた。
「プラネさん! これ!」
「ん。パンツ」
「ん。パンツ。じゃないですよ! 前回言ったじゃないですか。下着類は流石に恥ずかしいから普段から仕舞うようにしてくださいって!」
「言ってた」
「じゃあこれは何ですか!」
「パンツ」
「……そうだけど! そうじゃない!」
「……?」
「はぁ……わかりましたよ。今回は僕が片付けます。でも次回からは下着類が散乱することはないようにしてくださいね」
「ん。わかった」
「ほんと、頼みますよ!」
言葉の後、僕は顔を真っ赤にしながら手に持った下着を畳み、所定の場所へとしまった。
◇
そんなハプニングを重ねながら掃除をすることおよそ1時間。僕の目の前には綺麗に整頓された寝室が広がっていた。
「さすがシキ」
そう言ってプラネさんはパチパチと拍手をする。僕は掃除疲れなのか気疲れなのかわからない謎の疲れに苛まれながら、懐から依頼書を取り出すと彼女に手渡す。
「依頼書です。サインお願いします」
プラネさんはうんと頷くと、どこからともなくペンを取り出し、スラスラとサインを書いた。
「いつもありがとう」
「いえ。こちらこそいつも依頼ありがとうございます。おかげで安定した生活を送ることができてます」
「うぃんうぃん?」
「まぁ、そうですね。ウィンウィンです」
「ん。ならこれからもよろしく」
「はい。よろしくお願いします。……さて、それじゃそろそろ──」
「待って」
「……?」
「お腹すいた」
「は、はぁ……」
そう返すと、プラネさんはジーッとこちらを見つめてくる。
「ま、まさか僕に作れと……?」
「できる?」
「まぁ、ある程度はできますけど」
「追加でお金は払う。だからお願い」
「大した物は作れませんが、それでもよければ」
「ん。楽しみ」
こうしてどういう訳かプラネさんのために料理を作ることになった。
◇
彼女の家にある物で簡単な料理を作り、テーブルへと並べていく。
僕と一緒に食べたいとのことだったので、彼女と向かい合うようにいつもの席に腰掛けた後、食事を開始した。
……思いの外美味しくできたな。
そう自画自賛した後、チラと目の前のプラネさんへと視線をやる。
彼女は相変わらず無表情のまま、その小さな口で黙々と食べている。
「プラネさん」
「……?」
「いかがですか」
「天才」
「あはは。ありがとうございます」
どうやら口に合ったようだ。
僕はホッとすると、食事を再開した。
こうして特に会話もなく食事を続けていると、ここで突然プラネさんが口を開いた。
「シキは今後もずっと草刈りをする?」
「そう……ですね。需要がある限りは続けようと思っていますよ」
そうあくまでも需要がある限り。それがなくなってからどうするかは……まだ考えていない。
「……魔物討伐は?」
「それは……多分やらないと思います」
「どうして?」
「色々理由はありますが、一番は怖いからですね」
この世界で生きていく術を探す際、当然魔物討伐も選択肢として挙がっていた。
しかし元々日本という安全な世界で生きていた僕には、どうしても魔物と対峙する勇気は湧かなかった。
だからこそ町の中で完結する草刈りや雑用を行うことでこれまで生活費を稼いでいた。……もちろん、みんなが喜ぶ姿にやりがいを感じていたというのもあるけれどね。
「……そう」
プラネさんはそう言うと下を向く。それからすぐに顔を上げると、再び口を開いた。
「シキは以前記憶がないと言っていた」
彼女と何度か顔を合わせる中で、たくさんのことを話した。話題の一つとして、僕の身の上話もしている。
もちろん転生したことは伝えられないため、彼女に話したのはあくまでも路地裏で目を覚まし、それ以前の記憶がないということだけだが。
とは言え実際この身体の所有者であろう少年の記憶はないため、嘘は言っていない。
だから僕は「はい」と言って頷く。
そんな僕の姿をジッと見つめながら、プラネさんは言葉を続ける。
「だからきっと知らないと思うけど──シキのローブと鎌は魔装の類い」
「魔装……ですか?」
初めて耳にする言葉に、思わず首を傾げる。
「ん。魔力を持った武具のこと。その性能はまちまちだけど、大抵が凄まじい力を有している」
「凄まじい力……」
確かに鎌には収納できるという力と抜群の切れ味が、ローブには汚れないという能力がある。
だが凄まじい力と言うには、いささか物足りない。
──つまり、これ以上の能力がある?
疑問を抱く僕の前で、プラネさんは続ける。
「シキのものがどんな力を持っているのか、詳しいことはわからない。けれど魔装である以上、何らかの力を持っているのは間違いない」
「…………」
「これを活かさない手はない」
「……だから魔物討伐をした方がいいと?」
「ん」
プラネさんは力強く頷く。その珍しく力の籠った瞳を目に収めた後、僕は思わず視線を逸らす。
「……怖い?」
「それは……はい」
「そう」
プラネさんは呟くようにそう声を漏らした後、少し悩むような素振りを見せる。
一瞬の静寂。それを破るように、意を結した様子で彼女は再び口を開いた。
「シキは魔物と対峙したことある?」
「いえ、ありません」
「ん。なら、一度挑戦する?」
「えっ」
「シキは気にならない? ローブと鎌がどんな力を秘めているのか」
「……気にならないといえば嘘になります。ただやっぱり──」
「私が一緒に行く」
「プラネさんが?」
「そう。だからシキに危険はない。どう?」
そう言ってプラネさんは首を傾げる。
……あのプラネさんが、冒険者ランクAの強者であるプラネさんが一緒に行動してくれる?
確かにずっと思ってはいた。もしかしたらローブと鎌には他にも能力があるんじゃないかと。
しかし魔物に対する恐怖心がその興味を上回り、ついぞ町から出られずにいた。
でももしもこの町最強格のプラネさん付き添いの元、鎌とローブの能力検証を行えるのだとしたら──
「プラネさん」
「ん」
「僕、知りたいです。このローブと鎌にどんな秘められた力があるのか。……だから、お願いします。僕を魔物の元へ連れていってください」
言葉と共に、僕は頭を下げる。その姿を目にし、プラネさんはどんな時も変わらないその表情にほんのりと笑みを浮かべると「ん。任せて」と言った。
──この世界に転生しておよそ2ヶ月。こうして僕は初めて魔物と対峙することになった。
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