東京ブレイバン
東條都
第1話 カルマ
恨み渦巻く都市、東京。数千万人にも膨れ上がった人口は、良くも悪くも様々なドラマを生み出す。
成功する人の裏に失敗する人あり。俺、
「今日からここが我が家だな!」
ドアを開けると辺り一面にカビ臭い匂いが漂うアパートの一室に、俺たちは引っ越してきた。父が事業に失敗したことで、遂に家すらも売り払わねばならなくなったのである。だがそれでも、家族の雰囲気は夜空に光る一番星のように明るかった。
父はどこまでもお人好しで、自身の事業のために借金をしている中、困窮する社員に個人的にお金を貸したり、俺たち家族を旅行に連れて行ったりしてくれていた。
「今日のご飯は……もやしときのこね」
そう言って袋から食材を取り出しているのは母、
顔はあまり似ないものの、俺はこのお人好しな両親にここまで育てられてきた。
「いただきます」
割れた皿によそったもやしときのこを、家族で囲って食べる。
「そういえば、あなた」
半分ほど食べ終えたところで母が父に聞いた。
「明日の準備は出来ているの?」
父は無言で、だが力強く頷いた。
事業に失敗したことで借金を背負った父と母、そして俺は明日から『怨恨狩り』をする事になるそうだ。
というのもこの日本では近年、人の恨みが具現化した『怨恨』という怪物となって街中で暴れ出すという現象が多発している。
最早怨恨の暴走は東京ではかなり一般化してきており、人々はその対応に頭を抱えている。
それ故に、勿論この状況を商売とする者も多々存在する。
『民間の怨恨狩』自称怨恨ハンターの人々をタダで雇い、怨恨の死体を法外な価格で販売しているのである。
ほぼ闇商売の域に達してはいるものの、日本でしか発生しない『怨恨』を買い取ろうとする客は多いのである。
そして俺たち一家は明日から、その『民間の怨恨狩』として、怨恨の討伐にあたるという訳だ。
「まずは弱めの怨恨を狙って当分の生活資金を稼ぐ。強い怨恨は、ある程度装備も実力も整ってからだな」
少し黄ばんだ紙コップに入った水を飲み干し、父は言った。
俺たちの装備はとある『民間の怨恨狩』が運営する闇サイトの通販で購入したナイフ。正直頼れる武器とは言い難いが、サイトの管理人曰くある程度の怨恨には通用すると言う。要するに、『駆け出し用』の武器だ。
そして、俺たちはこの何とも言えない緊張感の中、あまり話さずにご飯を平らげ、ぬるいシャワーを浴び、明日の着替えである古びたワイシャツとズボンを枕元に置いて、ツギハギの布団に包まった。
「五郷、そろそろ行くぞ!」
翌朝早く、父が笑いながら俺の肩を叩き、起こした。どうやら父も母も準備は万全のようで、俺は急いで身支度を済ませて家を出た。
「今日の依頼は……結構近いな」
『民間の怨恨狩』からのメモに記された特徴を紐解き、俺たちはその目的地へ向かう。そこはとあるバーだった。
「あら、あの子かしら?」
母が指を指した先には、バーの前でこっくりと肩を落とす1人の男性の姿があった。何やら、禍々しい雰囲気を醸し出している。
『まず、声をかけるべし』
メモに記され通り、俺たちは接触を試みる。勿論、後ろに隠した手には、全員がナイフを持っている。
「やぁそこのお兄さん!」
父が、持ち前の陽気な声で話しかけた。
――その時だった。
『ブシュン』
何かを貫いたような音が、耳をよぎる。
「ぐぁっ……はっ!?」
瞬間、父が呻き声を発した。その方を見ると、なんと男の腕から伸びた黒い触手のようなものが、父の胴体を貫いていたのである。
「えっ……あなた!?」
咄嗟に父の方へと駆け寄る母。すると男はにっこりと笑み、何の躊躇いもなくもう片方の腕で母の腕を引きちぎった。
「ぎ、あああああぁぁぁぁぁ!!」
あまりの痛みに身を捩らせる母。
――俺はもうどうすることもできずに、男と見つめあう。任務の情報の限りでは、一般人でも倒せるような弱小怨恨だと聞いたはずなのに……。
するとしばらくして、ドス黒い会社が一台バーの前にやってきた。
「いやぁ瀬古くん、ご苦労だねェ」
車から降りてきたのは、丸々と太った成金のような男性。それを見るや否や、男は腕を元に戻し、礼をした。
「あ、貴方は……」
すでに息の切れた父の横で息を切らせながら、母が問いかける。
「これは一番グロいところに来ちゃったねェ。ワタシが、某『民間の怨恨狩』のオーナァ、
すると母は表情を一変させ、傷口から血を吹き出しながらも叫んだ。
「聞いていた話と違うじゃないですか! だいたい、こんな強いだなんて!!」
すると亘理は自身の肥え太った二重顎を撫で回しながら言った。
「強いの尺度なんて、人それぞれじゃなァ〜い?」
「……くっそ」
そして畳み掛けるように、亘理は言葉を繋げる。
「そもそもォ、
「この、外道……」
だが亘理は母のその言葉を聞きもせず、懐から何やら分厚い封筒を取り出し、瀬古と呼ぶ男に手渡した。
「はいこれ、約束のほ、う、し、ゅ、う!」
「あっ、ありがとう、ございますっ!!」
瀬古はそう言うと突如として屈み、亘理の靴を舐め始めた。
「もう
そして、気づけば瀬古は四つん這いとなり、亘理の椅子となっていた。
「この子、強さの割にお金には目が無いみたいなのよねェ。お金をちょっと渡したら、犬みたいになっちゃったわァ」
亘理は瀬古の尻を叩いて言った。
「瀬古くん、今日は良くやったわねぇ。さ、楽しい解体ショーのお時間よォ!」
その瞬間、俺の背中に怖気が走った。まさか……
「心配しなくて大丈夫よォん! 貴方もこのパパとママを解体したあと、すぐに送ってあげるわァん!」
亘理はぬらりと立ち上がり、父と母の方へと迫る。俺は動こうとしたが、瀬古が素早い動きで俺の喉元にナイフを突き立てた。
「やっ……やめて!!」
母が決死の叫び声を上げた。だが、
「うるさいママねェ。そんな子にはコレよォ」
無情にも亘理は母の持っていたナイフで母の喉を掻き切ったのである。
「がっほ……」
声の出せなくなった母を見て、恍惚とした表情を浮かべる亘理。
「じゃ、始めるわよぉん!」
暴れようとする母の腕を乱暴に押さえると、先ほど喉を掻き切ったナイフで衣服を一枚ずつ剥がしていった。全てを剥がし終えると、亘理は魅入ったような、少し残念そうな表情を浮かべる。
「美人なだけあってェ、なかなか良い体なのねェ。生きたまま売っちゃえば良かったわァん!」
母の喉の傷口からひゅうひゅうと空気を出しながらも、pなんとか足掻こうとする母であったが、最早そんな力は何処にも残っていなかった。
「無駄に活きが良いわねェ。じゃ、本番いくわよォォ!」
亘理が高らかにそう叫び、間髪入れずに母の胸の真ん中にナイフを突き立て、勢いよく、縦一文字に腹を掻き切った。
「成功ねェ! 綺麗な心臓だわァ……」
切り離された心臓を嬉々とした目で見つめる亘理。喉元にナイフを突き立てられている俺は、何も口に出すことが出来ず、そのあまりの恐ろしさ、悔しさから、ただただ涙を流すばかりであった。
「殺して……やるっ……!」
意図せず、漏れた言葉。
「黙れ」
瀬古のナイフを持つ手に力がこもる。
「いいのよぉ瀬古くん。どうせこの子も死ぬんだからァ」
そう言って、けらけらと笑う亘理。許せない、許せない……!
すると頭の中で突如、走馬灯のように両親の記憶が流れ出した。一緒に旅行に行った記憶、風呂に入った記憶、お金が無くても楽しかった日々……そしてその終わりには、
『――復讐をしたいか?』
と言う問い。
俺は迷わず、頭の中で「はい」と叫んだ。すると、俺の周囲に何やら禍々しい気が漂い始める。
「わ、亘理さま……!」
俺の異変に気がついた瀬古が亘理を呼ぶ。
「これが腎臓ねェ〜」
だが亘理は解剖に夢中で、気がついていない様子だった。
「か、かくなる上は……!」
そう言って、瀬古が腕を変形させようとしたその瞬間、
「――させるかよ」
何者かが、瀬古の腕を断ち切ったのである。
「な、何事ォ!?」
事態に気付いた亘理が慌てて振り返る。
するとそこには、身長180センチはある、ストリートな格好をした若い女性が立っていた。
その女性はキャップのつばをあげて言った。
「どうも、私は能黒五郷の怨恨、カルマ。よろしくな」
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