第8話 これからよろしく①
委員会決めがあった日の6限目に早速、今年度初の委員会定期集会が全ての委員会で行われる予定だ。
今は5限目の数学が終わった直後の休み時間であり、クラスメイト達は皆、机上の教科書やノートを机の下に片付けて席を立つ。委員会ごとに招集場所が異なるため、筆箱のみを持参してバラバラに教室を出て行く者がほとんどだ。
体育委員の招集場所は3年2組の教室となっており、2年2組であるこの教室の丁度上の階に位置している。距離的にはそこまで離れていないが、休み時間の10分というのは、案外短いものだと日々の学校生活で身に染みていた。他学年も集まる場に遅れて悪目立ちだけはしたくない一心で筆箱片手に席を立てば、人影がそっと背後から近づいて来たことにふと気付く。
『黒瀬くん』
ドキリ、と。
逸る鼓動を無視するように振り返れば、案の定、凛とした声の主は白峰さんだった。
『私も同じ体育委員だから、良かったら一緒に教室まで行かない?』
左の片耳に横髪を掛けつつ、俺より10センチほど低い身長の彼女がやや上目遣いでこちらを伺っていた。
(いや、上目遣いかわい...てか、昨日は全然気付かなかったけど、白峰さんの左目の横に泣きぼくろがある!)
昨日は横髪に隠されていたのだろう、今ならハッキリとよく見える泣きぼくろ。陸上部に在籍している白峰さんだが、日焼けには気を遣っているのか、彼女の肌はどちらかと言えば白い方だ。泣きぼくろも白い肌により一層際立って見える。可愛い。泣きぼくろが特徴の女優が出演しているドラマが去年の年末辺りに流行り俺も視聴していたが、その女優を見ても特に何も感じなかった。しかし、白峰さんの泣きぼくろはこんなにもグッとくる。やはり可愛い。
『...黒瀬くん?』
『っ!、いいよ。一緒に行こう』
泣きぼくろの衝撃からなんとか心を持ち直し、当たり障りない返事を心掛けた。けれどまさか、白峰さんの方から俺に声を掛けてくれるとは...。きっと、俺の今日の星座占いは一位だったに違いない。ありがとう天秤座。
『良かった。先輩の教室って普段入る機会がなかなか無いから、ちょっとだけ緊張してたんだ。でも、黒瀬くんと一緒なら安心だよ』
ふわっと笑う白峰さんにバキュンと撃ち抜かれる心臓。
何でもサラッとこなしてそうなクールな見た目なのに、先輩の教室に入ることに緊張してるんだ。これがギャップ?しかも、一緒なら安心だと柔く笑ってる。その笑顔、100点満点です。
『...俺も。一人より安心...かも』
『黒瀬くんも緊張とかするんだ?』
好きな子に突然話しかけられて、今現在絶賛ドドド緊張中ですが?!
『まぁ...俺も先輩の教室とか全然行かないし...』
『そっか。ふふっ、お揃いだね』
(っ!、また笑ってくれたっ。お揃い万歳!)
じゃあ行こっか。と促す彼女の声掛けで二人揃って教室を出る。ナチュラルに白峰さんと横並びで歩けている事実。お互いに一歩近寄れば肩同士が触れ合うほどの近距離だ。それに伴い、ふわりと鼻をくすぐる香りに意識が思い切り引っ張られる。女子は香水でお花系の甘い香りを纏っている子が多い印象だが、隣を歩く白峰さんからはサボン系の清楚で優しい甘さを含んだ香りが漂ってくる。好きな子の纏う匂いってだけで、一番好きな香りに思えてくるから不思議だ。
(匂いで余計にドキドキしてきた...もしかして俺って、実は結構変態だったのか?????)
他の人には恥ずかしくて聞けない疑惑を自問自答しながら、階段で転けるなんてダサい真似だけはしないようしっかり足元を見つつ一段一段登っていく。そして気付けば、特に会話も無く3年2組の教室前に到着していた。
『失礼します』
教室後方の扉は開きっぱなしだったため、白峰さんは礼儀として一声かけて入室する。俺も白峰さんを習うように、『失礼します』と一声かけて彼女の後ろに続いた。
『おや?二人とも新メンバーかっ!黒瀬と...隣のキミ、ネクタイが青だから黒瀬と同じ2年生だな!2年生は座席の真ん中縦2列の手前から順に座ってもらっているから、そこの真ん中青ネクタイ4人の後ろに同じクラス同士の横並びで座ってくれ!』
(わ、体育のヤマ先だ。体育の授業中以外もなんでこんなに元気がいいんだよ...)
若い体育教師の前のめりな勢いに、つい少しばかり苦笑いしてしまう。あの人ーーー山城先生は去年から我が校の男子生徒の体育を担当しているため、俺はある程度この勢いに慣れている。しかし、ヤマ先と面と向かう機会が滅多になかったであろう白峰さんは、驚いてしまったのか目をパチパチとしきりに瞬かせていた。
『...先生の言うとおり、あそこの席に座ろうか』
『っ、あ、了解』
(えっ、了解って返事かわいっ!『うん』じゃなくて今確かに『了解』って言ってたよな?!焦って咄嗟に出た言葉だったんだろうけど...だとしても可愛いな)
不意打ちのキュンにも何とかポーカーフェイスを保つ。
教室前方の出入り扉付近に立っていたヤマ先はやはり体育委員の顧問としてそこに居たらしく、『2人ともこれからよろしくなぁ!』と挨拶してくれた。応えるように『こちらこそよろしくお願いします』と2人揃ってペコリと頭を下げる。その後、ヤマ先の指示通りに同級生4人が集まって座る席の一つ後ろの席まで白峰さんと移動した。
席と言っても、普段の教室の座席とは異なり、勉強机無しの椅子のみの席だ。3年2組の先輩達の勉強机は教室後方や廊下に分けて端に寄せ置かれており、代わりに、椅子が横6列の縦5列でキッチリ並べられていた。
この学校は、各学年5クラスずつ存在する。体育委員は各クラスから男女1人ずつの選出になるため、計算すると総合人数が30名になる。つまり、この教室内にある30脚の椅子は体育委員メンバー皆が座れるように準備されたものということだ。
(パッと見、今集まってんのは全体の半分くらいってところか)
なるべく気にしないようにはしていたが、白峰さんと入室したときからずっと視線をあちこちから感じていた。直ぐに興味を失って逸らされるだろうと思っていたのに、なかなか逸らされない。むしろヤマ先以外のほとんどからガン見されている気さえする。
(まぁ、白峰さんみたいな美人が突然目の前に現れたらジッと見たくもなるよな。分かる)
心の中だけで腕を組みウンウンと頷く。その気持ち、俺も分かるってばよ。
チクチク刺さる視線を無視して手前にある椅子と椅子の間を抜けて行き、白峰さんと俺は教卓側から3番目にある椅子に辿り着く。俺達の前に座る同級生4人が右側に男子2人、左側に女子2人と分かれて座っていたため、自然と確保した椅子は右側が俺、左側が白峰さんの並びになった。早速座ろうとしたその時、
『まさか此処で会うとはな!会ったの3学期終わり頃ぶりじゃん、黒瀬!』
俺と白峰さんが腰を落ち着けるや否や、4人の内俺の席の真ん前に座っていたソフトモヒカンヘアーの男子生徒が、俺の方を振り返りつつ『よっ!』と片手を挙げながら声を掛けてきた。
『あ、相楽じゃん。お前も体育委員になったんだ』
『そうなんだよ!ちなみに去年も体育委員だったんだかんな!』
『へぇー。じゃあ相楽は同級生だけど体育委員の中ではセンパイってことか。俺、体育委員は初めましてだから、色々頼りにするわ』
任せとけ!と得意顔で胸を叩く相楽。コイツからなんとなく感じるコミカルな雰囲気に、不思議と緊張感が溶けていく。
(良かった。同じ委員会の中に話しやすい奴が居た)
自分からは積極的に話しかけることが少ない俺みたいなタイプにとって、相楽みたいな気軽に声をかけてくれる存在は有難い。特に、プライベートではない公共社会の場においては。
『仲良さそうだね。黒瀬くんの友達?』
俺と相楽を交互に見遣った白峰さんは、コテンと首を傾げて俺にそう尋ねた。
『あー...友達って言うか、こないだ知り合ったばかりの知り合いって言うか...』
『ちょっ、黒瀬ヒデェよ!俺はもう友達になれたと思ってたのにさぁ!』
『何がヒドイんだよ。知り合ったのは3学期の終わりでぶっちゃけ最近だし、2人でやったことと言えばその後連絡先交換して新刊の感想を何回かLINEで送り合ったぐらいだろ』
『あんなに[ゴッドアームレスリング部の神力君]について熱く語り合ってたのに?!冷たい!あの時の熱さはどこに行った?!』
『それは完全にお前の気のせいだよ』
確かにどハマりしている漫画ではあるが、熱く語れるほど細部まで熱中して読み込んでいた覚えはないし、相楽と密にやり取りをした記憶も無い。
『俺の勘違いだったなんて...』
ガックリと項垂れる相楽。その気落ちした肩を、相楽の隣に座る女子生徒がバシバシと叩き出した。
『元気出しなってば!相楽っちよく考えてみて。黒瀬くんの連絡先って、持ってるだけで凄いんだから!一体何百人の女子がそれをハイエナみたいに狙っていると思ってんのよ?!』
(女子が女子を堂々とハイエナ呼ばわりしてる...しかも[何百人]って、流石に誇張しすぎだろ)
座席位置的に、彼女は相楽のクラスメイトなのだろう。割と遠慮がない力で肩を叩かれているように見えるが、相楽から苛立ちは感じられない。『イテテ』とダメージは確かに受けているようだが、直ぐに『それもそうだな!』と納得するばかりで、むしろ彼女の励ましが効いたのか晴れた表情すらしていた。感情表現がハッキリしてんなコイツ。
『それよりさ!昼休みに噂話でちょこっと聞いてはいたんだけど、やっぱり2年2組では黒瀬くんと白峰さんが体育委員になってたんだね!ウチはジャン負けで体育委員になったんだけど、体育委員になってて良かったぁ!あの時グー出したウチってばナイスってカンジ!』
先程相楽を力強く励ましていた彼女はしっかりと背後へ身体を向き直し、興奮したように俺達2人へ話しだした。
彼女と俺は恐らく初対面だと思う。もしかしたら『おはよう』くらいの挨拶ならしていたかもしれないが。緩くウェーブ掛かった茶髪は肩に触れるかどうかといった長さで、白峰さんと正反対みたいだ。
『噂話だなんてすごいね。私達のクラスが委員会決めしていたのは今日の2限目だったのに』
『そんなの、速報だよ速報!校内でも有名な美男美女が揃って同じ委員会に入ったんだから、お近づきになりたい人はみんな『どの委員会だ?!』って知りたがって当然だよね!ウチのクラスの男子なんて、彼女居ないやつらが相楽っちに『今すぐ委員会俺と代われ!』って問い詰めてたし』
(えっっっ)
カシャン。
『ん?あ、黒瀬、筆箱落としてない?』
相楽に言われて目線を先程音がした足元に向けると、自身の筆箱が木張りの床に落ちていた。手から気付かぬ内に力が抜けて落としたのだろうか。相楽にありがとうと伝えて、上体を屈ませ腕を伸ばして難なく拾い上げる。しかし心の中では、警報が鳴っているみたいに唐突な危機感がドッと押し寄せていた。
(は?嘘だろ...白峰さんめちゃくちゃ他の男子からあからさまに狙われてんじゃんか!!!)
いや、考えてみれば、こんな綺麗で可愛い人がモテない訳が無い。さらによくよく考えてみれば、彼氏がいない可能性もないように思えてきた。
(しまった...白峰さんに彼氏がいるか確認してなかった...)
どうやら初恋に浮かれ過ぎていたみたいだ。好きな人に恋人がいるのかなんて一番最初に気になることだろうに、そこまで考えが及んでいなかった。
筆箱を拾い上げた時の俯き気味な体勢のまま急速に冷えていく俺の脳内を他所に、茶髪の彼女は『ねぇねぇ』と白峰さんに話しかけ続ける。
『内緒なら内緒って言ってくれていいんだけど、白峰さんって今、カレシいるの?』
(何その質問ナイスタイミングすぎんだろ!)
バッと顔を上げ直し、聞き逃さないよう聴覚を研ぎ澄ます。
直ぐ隣にて、申し訳なさそうに『ウチ、ホントは仲良くなってから恋バナとかしたい派なんだけど、クラスの男子にどうしても今日聞いてこいって言われててさぁ』とごめんねポーズ付きでお伺いされていた白峰さんは、『いないよ』とサラッと答える。
(いない?まじ?ーーーよかった...)
変な汗をかいたが、一先ず安心する。好きな人を愛し合っているだろう恋人から略奪するなんて腐った根性は持ち合わせていないし、だからと言って簡単に初恋を諦められる気もしないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます