『時の孤島』
かましょー
漂流者
焼け焦げた金属の匂いが、海風に乗って鼻を刺した。
上原隆博は、咳き込みながら砂にまみれた身体を起こした。
口の中には塩辛さと鉄の味。頭が重く、視界はぼやけていたが、それでも自分がどこにいるのかはっきりと理解できた。
「……墜ちたのか、飛行機が……」
最後の記憶は、高度を急激に下げていく機体の中、悲鳴とともに酸素マスクが落ちる音だった。
世界的物理学者・上原隆博は、学会で議論の火花を散らすライバルの磯田大輔と共に、スイスで開催された物理学の国際会議から日本へ帰る為に飛行機に乗っていた。だが、飛行機は突如として乱気流に巻き込まれ、制御を失い、海上へ墜落してしまったのだ。
海の音がしっかりと聞こえてきた。
周囲には、海から打ち上げられた荷物や飛行機のシート、焦げた電子機器の破片が見える。打ち寄せる波が、それらをゆっくりと運び、再び海へと引き戻している。
と、その時――
「……生きてたか」
かすれた声が、浜辺の向こうから聞こえてきた。上原が顔を上げると、砂浜を物色している男の姿があった。
「……磯田か?」
その人物は後ろの席にいた磯田だった。上原の呼びかけに、磯田はちらりと視線を投げたが、無言のまま手にしたバッグの中身を漁り続けていた。
「……他の乗客は?」
上原が辺りを見廻し磯田に聞く。
「機体と共に沈んだと思う。見た限り、生き残っているのは俺達だけだ」
その言葉はあまりに淡々としていた。感情が削ぎ落とされたようなその口調に、上原は背筋が寒くなる。
自然とポケットに手が伸びる。携帯電話は壊れているようだ。
波打ち際で自分のバッグを見つけた上原が、肉体の激痛に耐えながら近寄ると、目の前で先にそれを手にしたのは磯田だった。
「俺の鞄だ」と上原は言った。磯田はただ静かに頷いて鞄を置いた。
中には昔から使っているメモ帳、ペンケース、スイスで強引に買わされたコインケースなど、今持っていてもどうしようもない物ばかり入っているが、やはり自分の物となると手放すと不安な気持ちになるものだ。
生き残った二人は、浜辺に散らばる残骸の中から使えそうな物資を探し続けた。上原は慎重に水や医療品を見つけては、それを地面に置いて一つずつ確認していた。一方、磯田は素早く行動し、袋に物資を詰めていく。保存食、飲料水、懐中電灯、刃物。数は限られていた。
磯田は手にしたバッグ等を肩にかけ、その場を立ち去ろうとする。
「おい、どこへ行くんだ」
こちらを少しだけ振り向いた磯田は「俺は俺で生き残る。二人でいると、いずれ争いが起こる」と言い放つ。
「電話は?」
「海水と砂で壊れている。それにこんな所では電波もないだろうな」
「……そうか」
磯田が左手に握っていたビニール袋から何やらスナック菓子の様な物が見えた。
「その食料を半分……」
「断る」
磯田はそう言って森の中へと消えていった。
一人ずつになった上原と磯田。
二人のサバイバル生活が始まった。
上原はその後、森の中で木の実を集めたり、海では簡単な罠を仕掛けて魚を捕る術などを徐々に身に付けていった。筏を作り、空からの発見を狙って浜辺に巨大なSOSの文字を作る事もあった。
遠く離れたところで巨船を目撃する事もあったがなすすべなく、ただ見つめるしか出来なかった。
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