狐姫の婿
鵲三笠
第1話 狐姫との婚約
とある日の夜。東京にある会社のデスクで、カタカタとタイピングしながら資料を作る一人の会社員がいた。
周りに人はいない。なぜならとっくに定時を過ぎているからだ。
「ふぅ……やっと終わった……」
会社員の
(資料もできたし、明日は休みだし、贅沢しますか)
パソコンの電源を切ると、鞄を持って席から立ちあがった。
会社を出ると、歩いて数分のところにある居酒屋に入店する。
「いらっしゃい!って甲斐じゃないか!」
「お久しぶりです。大将」
「来ないから飽きられたかと思ったぞ!」
「会社のプロジェクトが順調で忙しくて……」
「そうかい。大変だなぁ……」
「今日、資料が完成して一区切りついたのでやっと来れました」
「お疲れ。ご褒美につまみ、おまけしてやるよ」
「ありがとうございます。じゃあいつもので」
「はいよ!ししゃも、刺身、唐揚げの盛り合わせとビールね」
ここにはいつも週一回は来ている。
初めては上司に連れられてだったが、店の雰囲気を気に入って常連になった。大将とも通ううちに仲良くなり、世間話をしていたりする。
「ほらよ。ビールとおまけの枝豆」
「ありがとうございます」
「それにしても元気でよかったよ。本当に飽きられたかと……」
「そんなことないですよ。大将が作る料理好きですし、会うのも楽しみにしているんですよ?」
「嬉しいなぁ~ところでさ、仕事順調なんだろ?それを見て女性からモテてるとかあるんじゃないか?」
「そんなことないですよ」
「本当か?甲斐は優しいし、いいやつなんだから、彼女できてもおかしくないと思うんだけどなぁ」
「……」
僕は今まで恋愛をしたことがない。人を好きになったことも。
好きと言われたことも。
女性と関わる機会は仕事でもあるが、あくまで同僚や上司といった関係性。
それ以上、発展することはない。
別に結婚したいとは思っていない。
でも父さんと母さんに孫の顔を見せた方が喜ぶと思うし……
「はいよ!唐揚げ」
「ありがとうございます」
甲斐は割り箸を手に取ると、パキッと割って食べ始めた。
「ごちそうさまでした~」
店を出ると、少しふらつきながら駅に向かって歩き始める。
(少し飲み過ぎたかな……)
酔いを感じながらゆっくり歩く。やがて駅に着き、電車に乗ると席に座る。
(眠くなってきたな……少し寝よう……)
目を閉じるとゆっくりと眠りについた。
―――数十分後
「……うん?」
目が覚めると、電車はトンネルを走っていた。周囲には誰もおらず、乗客は甲斐一人だった。
(……寝過ごしたか?)
そう思い、車内LCDを見るが非表示。乗った時は案内していたのに……故障か?
スマホで確認しようとすると、圏外になっていた。
(この路線……圏外になるようなところ通ってたっけ?)
鉄道の知識に疎い自分には分からない。どうしようもないので大人しくしていると、トンネルを抜けた。
(景色見ればわかるかな?)
ドアに近づくと、暗い景色で複数の大きな動物が自分を睨みつけていたのが分かった。
「う、うわあああああ!」
慌てて、後ろに下がると背中がドアに当たる。後ろを振り向くと、こちらも大きな動物たちが自分を睨んでいる感じがする。
(こ、ここ……山の中か?それに熊みたいに大きかったような……)
戸惑っていると、車内アナウンスが流れる。
『まもなく狐里。狐里。終点です。お降りの際はお忘れ物がないようご注意ください』
狐里?自分が乗った電車の行先と違うような……
そう思っている間に電車は狐里駅に到着し、ドアが開く。
ホームに降りると外は真っ暗。しかも何も見えない。
(ここ……どこだろう?とりあえず駅員さんに!)
改札に向かうと、駅員が一人立っていた。
「すみません。寝過ごしてしまいまして……戻りの電車ってまだ走っていますか?」
「……」
駅員は甲斐をじっと見つめる。
「……?あの……」
「あなたが富田甲斐さんですね」
自分の名前を言われて思わずえっ……と声が漏れる。
「どうして僕の名前を……」
「お待ちしていました。ようこそ狐里へ」
駅員の瞳が変色する。その瞳を見た甲斐は眠くなってしまい、意識が途絶えた。
甲斐が目を覚ますと、大きな狐が自分を見ていることに気づく。
「あっ。起きた。大丈夫?」
「……えっ?」
気のせいか?狐が喋った気がする。
「急に眠らせてごめんね。そうした方が早いと思って」
「……」
酔っているせいか、狐をじっと見つめたままで違和感を抱かない。
「目覚めたか……」
目の前には体が大きい、狐の老人が玉座に座っていた。
「……しゃべってる」
ようやく頭がはっきりし、状況に戸惑う。
「まずは手荒なまねで我々の里に招いたことを詫びる。すまなかった」
老人が頭を下げると、自分を見ていた狐も頭を下げる。
「え、えっと……」
「突然のことで状況が分からないだろう。ゆっくり説明する」
「……はぁ」
老人は甲斐をじっと見つめて発言する。
「ここは『狐里』という我々、『獣人』が住む里だ」
「獣……人……?」
「そして君が住んでいる人間界ではない」
頭が追い付かない。狐里?獣人?人間界?何がなんだか分からない。
「安心しろ。命を狙っているわけではない。要件があってこの世界に来てもらった」
「要件?僕にですか?」
とりあえず悪い人たちではないとわかってホッとする。
「要件とは……」
「娘の……婿になってくれないか」
突然の発言に、甲斐がぽかんと固まる。
「……婿?」
「そうだ」
「……婿?」
戸惑ってしまい、もう一度聞き返す。
「頼む。引き受けてくれ」
「いやいやいや……ちょっと待ってくださいよ!どうして僕が……それに婿になるってことは帰れないってことですか?」
「いや……逆だ。娘を人間界に……君の家で同棲してもらう」
「それでも……住むなんて無理ですよ!」
するとコツコツと後ろから足音が聞こえる。
それに気づいた甲斐が振り返ると、ツインテールの美女が立っていた。
その姿は獣人ではなく、人間だった。
「娘には人間に化けてもらって生活させる。これならどうだ?」
「……」
甲斐が美女を見つめる。見つめる頬がどんどん赤くなっていく。
(綺麗……この人が……僕と結婚……)
浮かれているとハッとなって、頭をぶんぶん振る。
「それでも……娘さんは僕のこと好きじゃないと思うし、僕も……」
「勘違いしているようだがこれは私が決めたことではない。娘が決めたことだ」
「!!!」
甲斐は思わず美女の顔を見つめる。表情は冷たく、甲斐をじっと見つめている。
「娘が君との結婚を望んでいる。私は反対したんだ。人間と結婚することなどあってはならぬと。それでも……娘は望んだ。だから君を呼んだ」
「そう……なんですか……?」
「……」
美女は相変わらず冷たい表情をしている。しかし、こくりと頷いた。
「どうして……」
「さて。そろそろ君を元の世界に返そう。
「はい」
ドアが開くと強風が発生し、甲斐をドアに吸い込んだ。
「ちょっ……!」
「人間よ。娘を頼んだぞ」
老人の姿が見えなくなり、暗闇へと吸い込まれた。
ピピピ!ピピピ!ピピピ!
甲斐がアラームで目を覚ます。音を止め、周囲を見渡す。
(家だ……)
見慣れた部屋。見慣れたベッド。見慣れた天井。間違いなく自分の家だった。
(夢か……)
そうだ……あんなこと現実的に考えてありえない。部屋のドアを開け、リビングに向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
甲斐は洗面所に向かって、歯ブラシを取ろうとすると、ピタッと手の動きを止める。
(あれ……誰にあいさつしたの?)
怯えながら声がしたキッチンを見ると、料理をしているツインテールの美女が立っていた。
「どうかなさいましたか?」
間違いない。あの時に会った……
「えぇぇぇぇぇ⁉夢じゃないぃぃぃぃぃ⁉」
甲斐の不思議な結婚生活が今、始まろうとしていた。
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