底辺配信者の俺、スキル《塩対応》で世界最強になりました
なおや ゆかり
第1話「同接1、ボス寝る」
配信を開始した瞬間、画面右上の数字が、いつものように僕を殴った。
同時視聴者:1
「……来てくれてありがとう、唯一神」
虚空に向かって頭を下げる。もちろん、返事はない。コメント欄も沈黙。もしかしてこの“一人”って、僕自身じゃないよね? 配信サイトの仕様、たまに怖い。
僕――海斗(かいと)、十九歳。
肩書きは「ダンジョン配信者」。登録者は二十三人。今日も元気に底辺だ。
スマホのインカメが映すのは、薄暗い地下入り口と、僕の顔。目の下のクマが、まるで“配信者”じゃなくて“社畜”を名乗れと言ってくる。実際、昼はコンビニバイトだ。
「えー、今日も『第七区・市民ダンジョン』からお届けします。目的は……えっと……」
目的。
目的って何だっけ。
スパチャ? 来ない。
切り抜き? されない。
スポンサー? 夢物語。
僕の目的はただ一つ――何か起きろ。
市民ダンジョンは、国が管理している“安全な”やつだ。危険度は低い。つまり、配信としても地味。派手な大手はみんな、企業が用意した高難度に行く。僕みたいな底辺が行ける場所は、ここしかない。
ゲートをくぐると、空気が変わる。湿った石の匂い。遠くで水滴が落ちる音。壁に埋め込まれた灯りが、ぼんやりと道を照らしている。
「今日は下層の手前まで行って、ボス部屋の前で……」
言いかけて、やめた。
どうせ誰も見ていない。
そう思った瞬間、コメント欄が一行だけ光った。
ネギトロ:お、今日も生きてるじゃん
「うわ、喋った! 唯一神が喋った!」
僕は嬉しさのあまり、スマホを落としそうになる。
「ネギトロさん、いつもありがとう。あなたがいなかったら僕、配信という概念を諦めてた」
ネギトロ:やめろ、重い
軽いツッコミがありがたい。人間は、たった一人でも見てくれる人がいると生き延びられる生き物だ。
僕は深呼吸して、奥へ進む。
出てくるのはスライムと、コボルトと、たまに骸骨。基本、弱い。戦闘は“映えない”。でも、映えなくても戦うしかない。
「はい、スライムさん。いつも通り――」
短剣で一閃。ぷに、と切れる。
ネギトロ:芸がない
「うるさいな! 底辺に芸を求めるな!」
そのまま進み、階段を降りる。
下層手前。ここから先は、少しだけ危険度が上がる。たまに中ボスが出る。たまに、怪我をする。
そして今日の僕は、運が良かった。
いや、悪かったと言うべきか。
角を曲がった瞬間、床に転がっていた何かを踏んだ。
「うわっ!」
足が滑り、身体が前に投げ出される。
スマホを守ろうとして変な体勢になり、肘を壁にぶつけた。
「痛っ……!」
でも本当に痛かったのは肘じゃない。
胸の奥だ。
心臓のあたりが、ひゅっと冷える。
視界の端に、半透明のウィンドウが出た。
――スキル獲得:
「……は?」
僕は思わず声が漏れた。
「なにそれ」
ダンジョン探索者には、稀に“固有スキル”が発現する。
発現条件は不明。遺伝とも、強い意志とも、死線とも言われる。大手配信者はみんな、固有持ちだ。
そして僕は今、十九年の人生で初めて――固有を引いた。
引いたのに。
「……《塩対応》?」
いらない。
いや、固有は全部強いって言われてる。だけど、名前がもうダメだ。強そうじゃない。最強っぽさが皆無。料理か?
ネギトロ:草 ネギトロ:固有来たやん ネギトロ:名前終わってるけど
「終わってるって言うな!」
僕はウィンドウを凝視した。説明文が出る。
――《塩対応》:対象の“熱量”を低下させる。
「熱量ってなに!? 気持ち的な!? 温度的な!?」
ネギトロ:どっちでもヤバそう
確かに。温度なら冷却系で強いかもしれない。気持ちなら……敵のやる気を削げる、ってこと?
そのとき、前方の通路から、低い唸り声が響いた。
ゴォ……ッ。
影が揺れて、巨大な犬型モンスターが姿を現す。
ヘルハウンド。下層手前の中ボス。赤い目。牙。筋肉。熱気。
「うわ、出た!」
普段なら、ここで逃げる。
僕の装備は安物だ。勝率は五分五分。怪我したらバイトに響く。
でも――今日の僕は、固有持ちだ。
「……試すしかないよね」
僕は短剣を構え、スマホを胸の前で固定する。
「えー、視聴者のみなさん。今から
ネギトロ:視聴者“さん”な ネギトロ:複数形使うな
「うるさい!!」
ヘルハウンドが吠えた。
突進。床が震える。牙が迫る。
僕の喉が乾く。
でも、覚悟を決めた瞬間、なぜかスッと――どうでもよくなった。
「……まあ、いっか」
口から出たのは、そんな言葉だった。
同時に、胸の奥から“冷たい何か”が広がる。
それは熱ではなく、温度のない空気みたいな感覚。
ヘルハウンドの動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
「効いた?」
僕はさらに、追い討ちをかけるように呟く。
「……別に、来なくてもよかったのに」
次の瞬間。
ヘルハウンドが、止まった。
走るのをやめた。吠えるのをやめた。首を傾げた。
そして――
その場に、ドサッと座った。
「え?」
モンスターの赤い目が、なんだか眠そうに細まっていく。
あれ、犬ってこんな顔するんだ。
可愛い……いや、違う。
「ちょ、ちょっと待って、寝る? 寝る流れ?」
ヘルハウンドは、まるで“今日もういいや”と言いたげに、前足を折りたたみ――
そのまま、寝た。
「寝た!!!!」
ネギトロ:wwwwwww ネギトロ:ボス寝落ち配信始まった ネギトロ:塩対応こわ ネギトロ:敵のモチベ粉砕してて草
僕は呆然として、スマホの画面を見た。
同接が、いつの間にか増えている。
同時視聴者:12
「え?」
コメント欄が、突然動き出した。
風吹けば名無し:なんで寝たw
風吹けば名無し:なに今のw
風吹けば名無し:スキル強すぎ
風吹けば名無し:塩で眠くなる犬w
風吹けば名無し:切り抜き案件
……僕の配信に、複数人がいる。
嘘だろ。夢?
「えっと……みなさん、こんばんは。えっと……」
言葉が詰まる。
何を言えばいいのか分からない。
ヘルハウンドはすやすや眠っている。
僕は勝ったのか? これは“討伐”じゃないよね? 寝てるだけだし。
試しに近づいて、短剣を向ける。
――罪悪感が湧いた。寝てる犬を刺すのは、人として終わってる。
「……起きるまで待つ?」
風吹けば名無し:待つなw
風吹けば名無し:寝かしつけ配信w
風吹けば名無し:ASMRいける
ネギトロ:お前、才能の方向性おかしい
「僕が一番そう思うよ!」
そのとき、僕のスマホに通知が来た。
配信サイトの自動システムからだ。
『あなたの配信の一部が人気急上昇クリップに選ばれました』
「……は?」
風吹けば名無し:うお
風吹けば名無し:伸びるぞこれ
風吹けば名無し:草
風吹けば名無し:塩対応の人だ!
胸が、ドクンと鳴った。
僕は画面の右上を見る。
同接がさらに増える。
同時視聴者:48
僕の人生で、見たことのない数字。
「え、ちょ、待って……僕、今、何が起きてるの?」
ネギトロ:お前が塩だからだよ
最悪の理由だった。
僕は、眠るヘルハウンドを見下ろしながら、ゆっくり息を吐いた。
「……とりあえず、起きるまで雑談しよっか」
風吹けば名無し:草
風吹けば名無し:寝かしつけ配信者
風吹けば名無し:新ジャンル誕生
風吹けば名無し:次は人間にも効く?
最後のコメントが、妙に引っかかった。
――人間にも効く?
僕は笑って誤魔化しながら、心の中でだけ思う。
効いたら、世界終わるな。
その直後、ヘルハウンドが寝返りを打った。
ゴロ……。
僕の足元に、メッセージウィンドウが再び開く。
――《塩対応》レベルが上がりました。
「……え?」
僕は、嫌な予感しかしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます