第7話

 大変なことになった。

 今朝の旧市街は、どこもかしこもスマウグを手にした人で溢れている。

 みんな、俺が昨日上げた画像を見ているに違いない。


 酒が欲しくなり酒場にやってきた。


麦酒エールを一杯」

「はいよ。そっちの嬢ちゃんたちは」

「同じものをいただければ」

「私も同じものでいいのだ!」

「あれ、二人ともお酒は飲めるのか?」

「たしなむ程度ですが」

「我は酒豪なのだ、アンゼも猫被ってるだけで酒飲みなのだ」

「ディア」


 アンゼが静かな怒りを浮かべた。

 ディアは焦りつつ、ゆっくりと目線を逸らす。


「そっか、二人は酒好きか……って、なんでついて来てるんだよ! アパートで待っててって言ったじゃないか!」

「デイモンの剣として常にお傍にいなければなりません。これはわたくしたちの義務であり、宿命なのです」


 ディアがにやつきながら、


「ついてきたらダメなのか? いかがわしい店にでも行くつもりだったのか?」

「行かないよ。まったく……」


 事態は取り返しのつかないところまできている。

 11階層への転移神殿が見つかったこと、11階層の大扉ニューゲートが見つかったこと、そして11階層の階層門番レイドボス討伐。

 すべて、俺のやったことだ。

 あれが大扉ニューゲートだなんて誰が思うんだ。デカい扉なんて他にいくらでもあるもんなんじゃないのか。

 そもそも閉じられた状態の大扉ニューゲートを見たのは初めてだ。

 階層門番レイドボスだってそうだ。

 50年間一度も発見されてこなかったんだから、わからなくて当然だろう。

 倒せたのはアンゼのおかげだ。


 酒場のスイングドアが開き、レイさんたちの姿が見えた。

 騒がしかった辺りが何故だが少し静かになる。冒険者たちが、レイさんたちをじろじろと見た。

 なんだろうか……。

 俺を見つけたエマさんが、こちらに手を振っている。

 3人が近づいてくる。


「隣、いいか」とレイさん。

「はい」


 昨日の今日だ。

 嫌じゃないが、気まずい。会いたくはなかった。

 3人が、向かいの席に着く。


「知り合いかい?」


 レイさんがアンゼとディアをちらと見て、ぎこちなく聞いた。

 どう説明すればいいだろうか。俺ですら、まだよくわからないのに。

 新しいパーティーメンバーだと思われてはまずい。

 かといって、11階層の階層門番レイドボスの部屋の祝福の宝箱ゴスペル・チェストから見つけた剣です……なんて言えない。


「昨日、ちょっと針の塔オベリスクに行ったときに」

「……パーティーを組んだのか」

「いや、その、一人でですけど」

「一人でだと!」

「デイモン、あなた何考えてるのよ! 針の塔オベリスクに一人で入るなんて!」

「なるほど、流石のデイモンもソロはまだ無理だったか」とジェイムスさん。


 流石の、の意味はわからないが、どうも3人は、二人を通りすがりの救助隊か何かと勘違いしたらしい。

 なんらかの魔物モンスターに殺されそうになっていたところを、俺は助けられたというわけだ。


「見ない顔だなあ、上階層の冒険者か?」とジェイムスさん。

「そ、そうなんですよ。二人は上階層から下りてきたらしくて」

「デイモン、今朝の肉が食べたいぞ!」ディアが言った。

「今朝の肉? ああ、河川蜥蜴リザードマンか。あれは酒場には置いてないよ。針の塔オベリスクに狩りに行かないと」

河川蜥蜴リザードマンの肉を所望する!」

「だから置いてないんだって」


〈氷結袋〉が森に吊るしてある。

 なぜだか冒険者があまり近づかない森だから、今戻ればまだあるかもしれない。


「待て、デイモン」とレイさん。 「今、河川蜥蜴リザードマンと言ったか? まさか、あれを相手にしたのか?」

「え、嘘でしょ……本当だったの?」とエマさん。

 ジェイムスさんが言った。 「だから言っただろ」


 レイさんが溜息をついた。


「デイモン、実は君に話があるんだ。世間で今何が起きているのかは知っているだろ」

大扉ニューゲートが見つかった話ですか」

「11階層の、大扉ニューゲートが見つかった件だ。今や10階層などどうでもいい。最大の問題は、名無しの冒険者だ」


 どきっとした。

 まるで自分のことを言われているように感じた。

 自分のことだけど……。


「なぜだか名無しの冒険者が、僕たちの〈集会場ミーター〉アカウントをホストしている」


 唐突に言われ、丁度口に含んだ酒で咽る。


「大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です」

「それが理由で、今僕らは治安維持隊に監視化にある」

「え、監視?」

「名無しの冒険者の仲間だと思われてるのよ」とエマさん。

「治安維持隊には攻略課という部署があるんだ。攻略課を通し、貴族たちが英雄会メシアに出資金を出しているというのは有名な話だ。針の塔オベリスクの攻略には金がかかる。大扉ニューゲートを見つけた英雄会メシアは、出資金に見合うだけの働きをしたというわけだ」


 ジェイムスさんが言った。


「だが昨日、名無しの冒険者が11階層に到達した。奴らにとって、これほど面白くない話もないだろう。メンツ丸潰れだ。貴族というスポンサーなしに、英雄会メシアが大手ギルドであり続けることはできない。英雄会メシアは今回、スポンサーからの信用を失った」

「酷い話ですね」

「名無しの冒険者は今後追われることになる」レイさんが言った。

「え、そうなんですか?」


 マジか。嘘だろ……。


「捜査はもう始まっているらしいわ」とエマさん。 「スマウグの逆探知もやったらしいんだけど、なんでも、名無しの冒険者は魔道具にも精通しているらしいの」

「どういうことですか?」


 どういうことだ。俺は魔道具になんか精通してない。

 レイさんが言った。


「治安維持隊の大佐の話では、名無しの冒険者はスマウグを改造したのだとか。スマウグの中に魔力防壁のようなものが築かれており、探知できないそうだ」

「なるほど」

「僕たちは3日後、治安維持隊の遠征に加わる」

「そうなんですか?」

「デイモン、僕たちと最前線へ行かないか?」


 いきなりの誘いに、俺は絶句した。


「君がいれば心強い。君の洞察力やスキルは役に立つ」

「なにを言ってるんですか?」お世辞にもほどがある。

「7年前、僕らは9階層にいた。大扉ニューゲートを見つけるため、大手ギルドやプロ冒険者たちと同じように、前線にいたんだ」

「え、3人が9階層に!」


 レイさん、エマさん、ジェイムスさんは頷いた。


「だがそこで見たのは、冒険者の大量の死だった。優秀な者や若者、好奇心の強い者や、勇気のある者から順に死んでいった。あの頃、9階層は墓場と化していた。僕らのように怖気づき、前線を離れた者だけが生き残った」

「お前のことだ、デイモン」とジェイムスさん。

「俺?」


 レイさんが答える。


「君のような、若く才能に溢れた者が大量に死んだ」

「ソロで挑むような奴もいたなあ」

「だから僕は、君を前衛には出さなかったんだ。いずれは、とは思っていたよ。君の実力は理解していたからね。だけど才能だけじゃ、どうにもならないこともあるんだ。経験を積もうと突破できないものもある。大扉ニューゲートの探索とは、耐え続けるということなんだよ」

「余力を十分に残した状態で、一定のペースをキープしながら走り続けるの」

「まあ当然、息は詰まるわなあ」

「ペースを乱した者から死に向かう。才能でも経験でもない、前線で信じられたのは運だけだった。僕らは運が良かったんだ」


 レイさんが席を立った。

 エマさんもジェイムスさんも続き、席を立つ。


「デイモン。パーティーに、戻ってきてくれないか」


 改まったように、レイさんはそう言った。

 俺は、1、2秒の間を置き答えた。


「すみません。これ以上迷惑をかけたくないので、俺は戻れません」


 俺が再加入を断った3日後。

 レイさんたちは、治安維持隊の遠征隊の列に混ざり、9階層へと旅立った。

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