第40話 双葉杯のペア
それから俺たちは、ルーツィアの優勝者インタビューを見ずに競技場を後にした。どこに行くのかは知らないが、俺とミアはアストさんに付いていく。
「試合が早く終わっちゃったから、先に二人に話をしようかな」
彼女がそんなことを言いながら俺たちを連れてきたのは、旧図書館の前だった。ミアにもここは教えているのか。他には誰が知っているんだろう。
「お姉様、お話とは何でしょうか? 二人に、と仰っていましたけれど」
「うん。二人に、ね。まあ、まずは二人とも、そこに座ってよ」
そう促されて、俺とミアは互いに顔を見合わせて、入り口前のベンチに腰掛けた。
「二人には、優勝したら、
ミアにも俺と同じ約束をしてたのか。しかし約束をしていようがしていまいが、結局優勝できなかったんだから、どちらでもいいことだが。
「それでね、この約束って、優勝したらって話しかしてなくて、優勝できなかったらの話はしてなかったよね?」
思わず唖然としてしまう。確かにそうだ。俺の方から一方的に、優勝したら願いを聞いてほしいとお願いした。それを聞くメリットはアストさんにはないはずなのに。だったらその条件を満たせなかった場合は、相応の罰があっても良いのでは? アストさんの言い分はそういうことだ。
しかし待て、それはアストさんと組めないということで充分罰ではないだろうか。いや、それは約束をしていない状態に戻っただけだ。ゼロかプラスかという約束は、あまりに俺に有利すぎる。
「わたしが希望する優勝できなかった二人への要望は……二人でペアを組んで、
再び、俺とミアは言葉もなく互いの顔を見合わせた。
俺とミアで、ペアを組む。悪くはない。俺は元々ペアが決まっているわけでもない。それに彼女は実力的にも二年生次席という肩書き付きだ。
だがミアは、それで納得するだろうか。何やら俺を目の敵にしている様子。俺が自分の“お姉様”であるアストさんの弟子であるのが気に入らないのか。
「クロはどう思う? 今年はレンフィールドとは組まないんでしょう? ミアじゃあ、ペアとしては不足?」
「いえ、充分だと思います。ルーツィアには完敗でしたが、それを除けばこの
俺の言葉に、うんうんと、アストさんは満足そうに頷いていた。ミアもぽかんと口を開けてこちらを見つめている。俺が彼女を褒めるとは思っていなかったとでも言いたそうだ。
「うん。わたしとしても、戦術の相性自体は悪くないと思う。それにね、わたしが教えてきた二人だからこそ、一緒に組んでみてほしいっていうのはあるかな。わたしは教えるの、あまり上手じゃあないからね。どれくらいわたしの教えが身になっているか、見せてほしいんだ」
ミアもアストさんの従妹として、俺よりもずっと前から彼女の教えを受けてきたのだろう。俺は基礎を身に付けてしまっていたから、応用的な部分を中心に教えてもらっていたけれど、ミアは幼い頃から、基礎的な部分から教わっていたのだろう。
逆に、ミアがアストさんからどんな教えを受けていたのか、知りたくもある。
「ミアはどうかな。巻き込んじゃったみたいでごめんね。やっぱりクロと組むのは嫌?」
ここで嫌だとはっきり言われたら少し悲しかったが、ミアは首を縦には振らなかった。
「お姉様がそう仰るのなら、ミアに断る理由はありません」
「ありがとう、ミア」
「クロード……さん、精々ミアの足を引っ張らないようにしてくださいな」
視線を合わさずに、そっと手が差し出される。俺はその小さな手を優しく握り返した。これで、今年の
「まだ時間はいくらかあるし、まずは相手をよく知ること、だよ」
相手をよく知ること。アストさんが口を酸っぱくして何度も俺に説いてきた言葉だ。ミアもその言葉には覚えがあるらしく、合わせてくれなかった視線をちらとこちらに向けてきた。
「“よく知ると言ったって、何からどうやって知ればいいんですの?”」
アストさんがミアの口真似をして、彼女の心の内を代弁した。それが合っていたのかどうかはわからないが、ミアはあたふたとしながら最終的に、俺を睨みつけてきた。俺は何も言ってないのに。
「今回は敵として知るわけじゃないからね。それに、知るだけじゃなくて、ペア戦では呼吸も合わせていく必要がある。となると一番は、同じ時間を共にすることかな。というわけで、この後わたしの部屋で一緒にお夕飯を食べないかな? と言っても、もうたくさん作っちゃったし、来てくれないと困るんだけど」
やはりアストさんの手作りの夕食にありつけるらしい。生きていてよかったと心底思う。
「ぜひ、ご一緒させてください!」
「ミアもですわ!」
「ありがとう、二人とも。じゃあ一度部屋に戻って、シャワー浴びて着替えたら、またおいで」
こうして一度お開きとなり、アストさんの部屋へ再集合となった。
もう二年近くも彼女に師事していながら、実はアストさんの部屋に入るのは初めてだったりする。一体どんな部屋なのだろう。フランさんの部屋を趣味の悪い部屋だと言っていたから、あんな感じではないのだろうけど。
それにしても、思わぬ形でペアの相手が見つかった。アストさんは、誰かと組んで出場するのだろうか。……あまり男の人とは組んでほしくないなと思うのは、やきもちなのだろうか。
何にしても、この次にアストさんと組めるとしたら、九月の
八月の
ミアと俺で、どこまで行けるだろうか……。
悶々と考えながらシャワーを浴びて、部屋着に着替え、俺は自分の部屋を出た。観戦帰りの学生と上手く時間をずらせたのか、誰ともすれ違うことはなかった。
もう日も暮れる頃だ。こんな時間の外出を誰かに見られるのは少し面倒だったため、好都合だった。
アストさんの部屋は
部屋のインターホンを押すと、開いてるから入ってー、という声だけが返ってくる。手が放せないのかもしれない。夕食を作っておいたとは言っていたが、最後の仕上げや盛り付けなどは、帰ってからやるのだろうし。
お邪魔しまーす、と恐る恐る玄関の扉を開けると、香ばしい匂いが鼻から肺一杯に入ってくる。
中は思ったよりも殺風景で、あまり物がない。最低限の物だけがあるような部屋で、とても貴族のお嬢様の部屋とは思えないが、彼女らしい気もする。
あまりきょろきょろするのも申し訳ないので、廊下を真っ直ぐ歩いてさっさと居間に着いた。広々とした居間は、木製の家具と、それに合う茶色を基調としたカーテンやソファで構成されている。フランさんの部屋と比べると、とても落ち着いた印象を受ける。
「あ、クロの方が先だったんだね。ごめんね、わたしもさっきシャワー浴びたところだから。もうちょっと待ってて」
「あ、いえ、お構いなく」
さっきシャワーを浴びたばかり……。とりあえずソファに座ったはいいものの、なんだか妙にそわそわして落ち着かなかった。
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