先駆けホムンクルスの忘却録
豆坂田
第1話 事件と捜査官
亜人オルデリクスによって治められる都市『ミナカタ』の中央街。十字に交差する道路を中心として都市一番の交通量を誇る運搬路が、今日ばかりは封鎖中だった。十字路には数台の警察車両が止まり、辺り一帯には白い幕が張られている。
中央街の建物に灯るネオンの看板やホログラムの光、警備隊が持つストロボライトの光がコンクリートの地面に溜まった水たまりに反射していた。光が照らす先は交差する道路の中心で爆破した一台の車両だ。
「またか。これで亜人の殺害は三件目だぞ」
事態究明のため爆破した車両を取り囲む警備隊の後ろで、通信端末片手に様子を眺めていた人間の男が呟いた。
最近ミナカタで起きている亜人を狙った殺人事件。犯人は未だ掴めていない。亜人の排斥を掲げる人間主義者の犯行か、亜人に恨みを持つ者の犯行か、あるいは、ただの快楽殺人鬼か。
「考えても意味は無いか。現場に残った証拠からどうにか探るしかない」
人間の男——フェナクは草臥れたスーツを羽織り、仕事へと戻る。
◆
ジリリリ、と古い固定電話から着信音が鳴っていた。ノイズにも似たその音は本に囲まれたビルの一室に響き渡る。棚にはびっしりと本が詰められ、壁やテーブルの上、それどころか床にさえ足の踏み場もないほどに本が積み重ねられていた。
朝日の淡い陽光が窓から差し込む部屋で、もぞもぞと誰かが本の下で動いていた。
「煩いなぁ……」
本の山からくぐもった声が聞こえるのと同時に、手が飛び出して受話器を目指す。正確に受話器の居場所を掴めているわけではなく、音を辿って右往左往。テーブルの上を何回か叩いて蟻のように歩かせて、やっと指先が受話器に触れる。
同時に本の山から人が顔を出した。
肩まで伸びた灰色の髪に薄っすらと蒼い目。顔は怖いぐらいに整っていて中性的。一目では、いや何度見ても男か女か分からない顔つきだった。はだけた服でぼさぼさの髪のまま、欠伸混じりに受話器を取る。
電話口の向こうにいる女性はすぐに応答した。
「マキアさん! やっと出ました。何度も掛けたんですからね」
朝から煩わ……いや活発過ぎる声に思わず耳に近づけていた受話器を離す。そして何回かの呼吸の後に受話器を離したまま応答した。
「あー編集さん。おはようございます」
「おはようございますじゃないですよ。もうお昼ですよ。それよりも、新作の執筆の方、どうなんですか」
「どうもなにも……ミステリー小説ってのは……アイデアが思い浮かばないうちは書けないもの。気長に待つといいんだよ」
「気長に待つって、それで何か月も」
「ということで、完成したら送るからよろしー」
「あっ! ちょ、ま――」
ちょうど切りよく会話も終わったところで受話器を元に戻す。編集はまだ喋り足りていなかったようだけど必要なことはすべて伝えたし、これでいいだろう。
「もう昼かー」
窓の外を一度眺めて色々と考える。
お腹が空いた。でも外に出るのは億劫だ。
かと言って
「さて……」
色々と考えた結果。二度寝することに決めた。
着信音のせいで数刻早く目を覚ましてしまった。眠気が残る今ならば十分深い眠りにつける。
目を閉じて毛布にくるまって、古本の匂いが充満する部屋で眠りにつく。
——が、編集からの電話で目が覚めてしまったのか布団で顔を覆い隠しても、寝床を変えても、一度体を伸ばしてみても、眠りにはつけなそうだった。
「んーん」
この調子ではずっと寝られない。
上体を起こして窓の外を眺めてみる。晴れ晴れとした蒼い空が広がっていた。外に出るのは仕事の次ぐらいに嫌だが、このぐらいの天気であれば出てやってやらんこともない。
「仕方ない……」
ため息交じりに立ち上がって部屋の電気を点ける。久しぶりの人工的な光源に目が焼けるような眩しさを覚えつつ、クローゼットの扉を開いた。外へ出るのなんていつぶりか。長年開かれていなかったクローゼットからは嫌な臭いがした。
「……う、カビ臭い」
ミナカタがある地域は高温多湿ではないものの、長い間開いていなかったらかび臭くもなるし、服が傷んでしまう。
「あ……」
服を一つ手に取ってみて悩んでいたところで一つ思い出す。
「そう……いえば」
床に置かれた本の僅かな隙間に足を置いてテーブルの脇に置かれた椅子へと近づく。
椅子には一つの紙袋が置かれていた。
「これこれ……中身は見て無かったけど……」
かなり前に、あまりにも家を出ないことを編集が心配して、というか外行きの服が無いことを心配して幾つか服を見繕って貰った。結局着ずに今日まで来てしまったが、なんと使う機会が来た。
服はさぞ喜んでいることだろう。クローゼットの中で死んでいった服には目を背けながら。
「さてさて編集さんの腕の見せ所だよー」
そう言ってマキアは袋から服を取り出した。
◆
「うん~美味しい~」
肉まんを頬張りながらマキアが街中を歩いていた。服装はハイウェストパンツが特徴的なスタイル。身長が170㎝を越えているマキアとよく似あう。
(そういえば、編集ちゃん)
背の高い子に憧れがある、とか言っていたことを肉まん片手に思い出す。唐突に服を買わせてくださいと言ってきたのも、そのせいかもしれない。
(ふむふむ……あ)
色々と考えながら食べているといつの間にか肉まんが無くなっていた。買った場所から数十メートルしか移動していないというのに、なんて消えるのが早いのだろうか。
「あ、すいませーん。これ一つください」
手持無沙汰になってしまったので通りすがりの露店でケバブのようなサンドイッチを買う。
昼ご飯を食べるつもりで外出したが、このままでは目的の飲食店に辿り着く前にお腹がいっぱいになってしまう。ただ、もしそうなっても服を買いに行けばいい運動なるかな、と考えている――と、視界の隅に気になるモノが映った。
それは一人の少女だった。
マキアが住んでいる区画は人間の割合が多く比較的治安が良い。しかしそれでも子供一人で出歩かせるのは危険だ。亜人よりも危険ではないというだけで、人間も十分危ないのだから。
それに。
(あれは……亜人)
目立つ体毛こそないものの、被った帽子の形状からして特定の亜人が持つ特徴的な耳を持っているはず。見るものが見れば気がつく。人間至上主義者に代表されるように、亜人を忌み嫌う人間が少なからずいる中で、亜人の子供一人が人間の多い街を歩くのは危険だ。
亜人を積極的に迎え入れ、人間もまた歓迎している『ミナカタ』でも、その事実は変わらない。
「ちょっとちょっと、親はどうしちゃったのよ」
サンドイッチを急いで口の中に詰めて横道へと入っていく子供を、マキアは呼び止めた。
「はひふはっ……!」
「え?」
口に食べ物が入っていたせいで上手くセリフを紡ぐことができなかった。しかしそれでも少女は気になって立ち止まってくれたから良しとする。
マキアは口の中の物をすべて飲み込んで一度深呼吸をしてから、まるで何事も無かったかのようなキメ顔で仕切り直す。
「君、親はどうしたの」
「おや? ……アベルはいなくなっちゃった」
「あべ……その人が親?」
「ん? そんなところ!」
状況が状況なだけに、元気はつらつに答える少女に一言物申したいところだがさすがにそんな状況ではない。
どうしたものか。
身元不明の亜人……とりあえず警備隊に預けておけば安心だろうか。それか親が近くにいるのならば少しだけ探して回るのもありか。いや、少女と一緒にいるところを見られた自分が誘拐犯に間違われるかもしれない。
(無難に警備隊のところ連れて行くのかな)
色々と考えた末に決断を下したマキアが少女を見る。
「君、お姉さんについてきて、飴あげるから」
「……?」
「あ、違うか。こんなところにいたら危ないよ、送ってあげる」
首を傾げて、これも違うな、とマキアが思い悩む。
どうしよう、誘拐犯のような言葉しか出てこない。
どうにかしなければ、と言葉を選んでいる間にも少女からの疑念が強くなっているように感じる。
危険な大人じゃないのに。
「えーと、なんだろう。とにかく、えー」
思い悩み、どうにか言葉を紡ごうとする。首を傾げ、頭を捻って、ことばを絞り出す。
そうして、どうにかこうにか試行錯誤していると、突然後ろから声をかけられた。
「貴様! 何をしている!」
声の圧と言葉の内容からして思い浮かんだことは二つだった。
一つは少女の親。
裏路地に入ったところで怪しい女が子供に話しかけている状況を鑑みれば、まず警備隊に突き出されるのはマキアだ。
もう一つは少女に話しかけているマキアを見て不審がった一般人が声をかけたか。こちらもまた、状況を鑑みればまず警備隊に突き出されてしまう。
「いや! えと、これは違くてですね!?」
頭の中で最悪の想定が幾つも流れながら振り向きざまに弁明する。
(……ん?)
振り返って後ろを見た時、背後には人間の男が二人立っているだけだった。当然、男達がマキアを『不審がった一般人』という線はある。しかし彼らが手に持っている拳銃を見れば幾らかその想定は変わる。
街中での拳銃の所持は違反だ。たとえ警戒していたとしても持ち出すのはおかしい。
つまり何か目的を持っていて拳銃を携えていたことになる。
そして今マキアたちがいるのは横道から一本入った裏路地。人通りは少なく、偶々通りがかった男二人組が拳銃を持っていることは、果たしてありえるのか?
(いや、ありえないね)
親のいない少女、『貴様! 何をしている!』という第一声。
男たちは少女を追いかけていた?
(これは、ありえるね)
マキアの中である程度の予測が出たところで、男達は拳銃を構えながら警告する。
「今すぐその少女から離れろ。さもなくば今ここで撃ち殺す」
「一つ聞いておきたい。君たちはこの子のなん――」
冷静にマキアが状況を整理しようとしたところで、一発の弾丸が放たれた。乾いた空気を割るようにして鳴った発砲音は街中に響き渡り、放たれた弾丸はマキアが握り締めていた。
「いきなり撃つなんて随分と野蛮だ」
握られた拳を開くと潰れた弾丸がぽとりと落ちる。弾丸は甲高い音を響かせながら数回ほど地面で跳ねて、やがて止まる。
「生憎、弾丸程度じゃ死ねない性分なんでね」
「ばけもの――」
もう一人の男も拳銃を取り出し、弾倉に入った弾丸すべてを撃ち切ろうと引き金を絞る。
しかしそれよりも早く、マキアは距離を詰めた。
人間の数十倍、いや数百倍にも達する身体能力を持ってして一歩踏み出せばそれは一瞬で間合いを詰める技となる。勢いに身を任せ手のひらを男の腹に沿えれば内蔵すらも破壊する必殺の一撃となる。
マキアは男達が認識できる上限よりも遥かに早く動き、二人まとめて吹き飛ばす。
男達の腹には服の上からでも分かるほどにくっきりと手のひらの形が刻まれ、口からは血液が吐き出される。
白目をむいて数メートルぶっ飛んだ後、男達は背後の壁にめり込んだ。
「やっぱり、女物の服は動きにくいったらありゃしないね」
土煙を上げて倒れる男達を一瞥し、体を伸ばす。しばらく部屋に引きこもっていたせいで体が上手く動かなかったが、それでも一般人に負けるほどではない。
さて、一難去ったところだし今度こそ少女を送り届けようか――と、考えたところで後ろから少女の声が聞こえた。
「アベルーー!」
言葉の内容からして、今度こそ本当の親が現れたのか。
マキアは一言言ってやろうと心に決めながら振り向く。
「もう、子供はちゃんと見てくだ……あれ」
アベルどころか、後ろには少女一人いなかった。
「あれ……あれあれ、ど、どどどうしちゃったの」
確かに先ほどまで少女はいたはず。ほんの数秒前とかの出来事だったはずだ。しかしどれだけ、くまなく見てみても姿はおろか痕跡の一つもない。裏路地は一本道で隠れられる場所などないのに。
「ちょっと……」
理解のできぬ現象に冷や汗をかいた。
であるというのに、現実は目まぐるしく変化する。
「そこのお前!」
また後ろから声を掛けられた。
勘弁してほしい。
何度振り向かせるつもりだ。
男の仲間か?
そう思いつつ振り返ってみると銃声を聞きつけてやってきた警官がそこには立っていた。
現場には気絶した男二人。拳銃が二挺転がっている。
それも二挺ともマキアの足元。
誰が悪いのか、馬鹿でも推測がつく。
「あ、いや。その……違くて。私はほんとに悪く無くてぇ」
「黙れ! 逮捕する!」
「わたしじゃないってぇええ」
どれだけ否定しようにも現場が物語っている。
マキアは有無を言わさず連行された。
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