日の出の子供。

トシキ障害者文人

第1話 徹夜明けに見る、子供たち。

今夜も徹夜で書きそうである。毎日夢中である。毎日徹夜だ。いつ眠るのか?

気がついたら、いつの間にか眠っていた。どのくらい眠っていたのか。今は、何日なのだろうか。何時かな。

僕は、起き上がり、壁掛け時計を見る。朝の7時である。気がつくと、カーテンの外は明るい。グループホームの玄関が開いて、せわしなく、

「おはようございます。」

という声がする。世話人さんが靴を脱いで上がって廊下を過ぎてゆく。僕は、起き上がって、パソコンから離れて、自室のドアを開けて、玄関に向かう。靴を履いて、表に出る。朝日がまぶしく登っている。僕は未来を感じる。そこに、大きな輝く子供の笑顔があるからだ。見ると、向こうの道を、笑顔の子供が通学する。


太陽は、子供の笑顔である。毎日見ている。毎朝上る。見るといつも笑顔である。いつも輝いている。大変なエネルギーを発している。未来である。万物の未来だ。そこが未来の入り口だ。たまに、厚い雲に隠れてしまう。雨がしとしと降ってくる。風も強く吹く。雷もなる。荒れた一日になることも。霧もまく。雪も降る。夏は暑く。冬は寒い。全部、太陽の影響である。地球のすべてのエネルギーと自然の源は、太陽からきている。人間の源は何か?そうだよ。子供である。子供に未来のヒントが隠されている。太陽のもとで遊ぶ子供である。みんな笑顔である。太陽は、子供を笑顔にする。希望は子供を笑顔にする。


この世は何であるのか。そうだよ。子供の世界だ。たくさんの子供の世界であるということ。

今、僕は、56歳のオジサンの精神疾患者で物書きをしている。僕は、若いころ、娑婆の会社の先輩から、盛んに、

「お前は子供だ。結婚しても子供は子供を産めない。」

と言われた。上司や先輩には、僕は、子供のように見えたらしい。僕は思う。

「大人が子供ではだめだ。僕も早く大人になりたい。」

しかしいくら頑張っても子供と言われる。女性たちも子供と言う。大人と言うのはどういうものか?一向に分からない。

時は流れ。55歳になった。ある時、僕は、気づく。

「子どもは大人になりたがる。」

そうなのだ。将に僕なのだった。いくらおしゃれして大人ぶっても、車に乗ってカッコよく大人のふりをしても、煙草をくわえて大人びても、世間は一向に、僕を、子供だとみる訳である。僕が大人になりたがる子供だったのだ。


女性たちも、僕の本性を見抜くと去っていく。新しい彼氏ができている。やがて、結婚して、めでたく子供が生まれている。そんなカップルを幾度も見た。


朝日を愛そう。毎日昇る朝日である。朝日の元の子供を愛せればいい。僕も子供が欲しいから。僕の子供は太陽の中にある。


男性も女性も、相手のどこを見ているのか。よくある質問である。

僕は、こう答える。

「相手の子供を産む自分である。」と。

いくら着飾ったり、いくら強くてお金持ちだって、お互いに、それは違うと思う。


相互に交差しているのである。クロスしている。

男性は、女性の子供を産む自分を見ている。男の自分の財力と責任能力である。

女性は、男性の子供を産む自分である。女の自分の分身を産む力と育てる力である。


子供は、自らの力で伸びていく。自力で輝く。

太陽は子供だ。僕は、太陽の国、日本の子供たちの愛を知ろう。僕も、日本で、生まれたからだ。それでいい。




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